「ご主人様……」 ヒカゲは時折、私の寝室を訪ねてくる。 普段身に纏うエプロンドレスを脱ぎ捨て、裸体をあらわにして迫るその姿は、子どもの殻を破り、成体へと成長した証を存分に見せつけるようだ。 年相応にふっくらと膨らんだ乳房。肉付きのいい腰回り。触れた指に感じる張りのある肌。少し高い体温。思考を惑わす雌の香り。 ここに来た時に初めて見た、栄養失調で骨の浮いた痛ましい身体は、もうどこにもなかった。 いつからか始まったこの情事は、もちろん強制しているわけではない。むしろ、そんなことはできないと、何度も断った。 しかし断るたびに彼女の表情は暗く沈み、ついには夜這いを掛けられたのが最初だった。 今にして思えば、それは彼女自身の”記憶の上書き”だったのだろう。 孤児院で商品として過ごしていた頃、夜な夜な行われていた望まぬ性行為。 今でも夜を一人で過ごしていると、時折それがフラッシュバックするのだという。 「ご主人様、着けてください」 「ああ……」 だからこそ、私に抱かれる。商品時代を思い出させる、首輪を着けて。 「あたしが、もう売られるのを待つ商品じゃなく、ちゃんとご主人様のものになったんだって、刻み込んでほしくて」 いつか一度だけぽつりと言った言葉。それは彼女の本心に近かっただろうか。
「ご主人様、また何か考え事してます?」 「……すまない、何でもないんだ」 「……そですか。まぁいいですけど」 声色とは裏腹に、少しだけ眉を下げたヒカゲの顔が目に入る。 しかしそれは一瞬で、次の瞬間にはまた”いつもの”明るい彼女に戻る。 それが嬉しくもあり、痛ましくもあり。彼女の受けた傷は、きっと生涯消えることはないのだと、実感する。 「あまり思い詰めないでくださいね。あたしは、ご主人様に拾われて本当に良かったと思っているんですから」 だからこそ、これからは。 これ以上傷が増えないように、傷を思い出すことが少しでも減るように、この笑顔を守っていこう。 さらさらと彼女の頬を撫でながら、そう思った。
コメント