「面倒を掛けさせるな」 「あんたは、フォルハイムっ!? な、なん、で……! お、俺はやってねぇ!」 「何を慌てている、私はただお前を連れて来いと言われただけだ」 「そんな、俺は、ただの一般市民だぜ……? なんであんたが出てくるんだよ……!?」 「私の名前を知っている時点で、”ただの”市民とは言えないと思うが」 「……っ」 「それと、最近食い扶持が増えたんでな。金が要るんだ」 「し、白々しい……! あんたのその能力があれば、金なんざいくらでも……っ!?」 「視線で狙いがバレバレだ。もう黙ってろ」 よく口の回る男を昏倒させる。大方話をしながら機を伺っていたのだろうが、そんな隙は与えない。 時間にしてわずか数分。下調べの期間を入れたとしても、報酬額から言えばそれなりに割のいい仕事だ。 しかしながらぐったりとした男の身体は重く、それをこれから運ばなければならないという事実に気持ちも重くなる。 「よっ……と」 触れても何も楽しくない身体を担ぎ上げ、人目を避けて路地を歩く。 意識を失った男の口から、かすかに甘い匂いが漂う。最近この辺りで流行っているドラッグだ。 「いつの時代も、どこの国でも、こういうものは無くならないものだな」 この男は売人だ。そして”組織”の構成員でもある。 「……」 ただ、精々末端構成員のリーダー格程度だろう。大した情報は望めそうにない。 変な色気を出すことはせず、依頼者の元へ運ぶことにする。 「もしや、と思ったが、そう簡単に尻尾は出さないか」 かつての因縁に、少し思いを馳せる。 にわかに騒がしさを増したこの界隈で、撲滅したはずのドラッグが再び出回りだした意味。 「……まだ諦めていないのか」 苦々しい思いを噛み殺しながら、人気のない路地をただ歩いていく。 ▼ 「……とか、どうでしょう!?」 「どう、と言われてもな……」 昼下がりの午後。気怠げに流れる時間の中、同じソファに座ったヒカゲが興奮気味に身を乗り出す。
「ご主人様、いつもふらっといなくなる時があるじゃないですか。きっと悪い奴を退治しに行ってるんですよね?」 「小説の読みすぎだろ……」 「じゃあ何しに行ってるんですか」 「それは……原稿を出しに行ったり、打ち合わせに行ったり……」 「打ち合わせはともかく、原稿出しに行くくらいならあたしを使えばいいじゃないですか」 「いや、まあ、何というか……」 「……怪しい」 なんだか今日はやけに食いつくな。 そういう娯楽小説を読んだというのも、あながち的外れじゃなかったのかもしれない。 「まさか……娼館……」 「おいおい」 「あたしじゃ、満足できないですか……?」 「面倒くさい方向に話を拗らせるな」 「でもいいんです。あたしはただの奴隷だから、ご主人様に意見なんて……よよよ」 「目を見て言え目を」 「えへへ」 実際、”今は”文筆家として生きているから、嘘は言っていない。 どうしたって、かつての影が日常に割り込んでくることもあるが。 「さて、あたしもお仕事してきますね」 「……ああ」 それをヒカゲに見せるわけにはいかない。
コメント