外伝01『招かれた友人』

 と、遠いなぁ……。
 もうどれくらい走ってるんだろ。
 それにさっきからずっと同じ景色だし。退屈~。
 運転手さんも無口で、必要最低限以上は何もしゃべらないし。
 それになんでかメイドさんの格好してるし。
 最近はメイドタクシーなんて商売でも流行ってるのかな。
 ……どうでもいいけど。

「……あのー」
「もうすぐ着きます」

 何も言ってない。
 でもまぁ予想してた答えはもらった。
 この無愛想な返事も慣れたもんだ。
 あと何度聞くことになるだろ。

「はぁ……」

 自分しか聞こえないように溜息をつきながら、呼気で少し曇った窓の外を見る。
 視界に映るのは、延々と横に流れる森の木々。以上。
 目新しい景色なんてありゃしない。
 窓の外流れるガードレールの上を走る妄想もしてみたけど、たまにカーブするくらいで障害物の欠片もない道なのですぐに飽きてしまった。

「はぁ……」

 いったいドコまで行くんだろ。
 久しぶりのメールで浮かれて、何も考えず迎えに来た車に飛び乗ったけど……。

 ……もしかして、騙されてる?

「今時誘拐とか流行らないと思うんだけどなー」
「……」

 ラジオすら流れない車内に、軽口が虚しく響く。
 ああ、なんだか会話のキャッチボールが恋しいなぁ。
 相手が全然キャッチする気ないもんなぁ。
 そもそもグローブすら持ってない可能性もあるなこの人。

「見えてきました」
「お、ホントに!?」

 グチグチ文句でも垂れてようかと思ってたら、どうやら着いたみたいだ。
 思わず運転席と助手席の間から顔を出す。
 ああ、たしかに建物が見えてきた。
 感動のあまり泣いてしまいそうだ。皮肉的な意味で。
 これでもうどこかの愛想無しと
 無意味な問答を繰り返さなくてもいいね。

「……なにか?」
「いえなにも」

 おおこわいこわい。
 ワイドショーで特集組まれるのも嫌だし、大人しくしよう。

「……」

 でもどこか可愛いタイプなんだよね、この娘。年上だろうけど。
 自分の中に芯を持っていて、それが揺らぐことなどないと信じてる。
 そんな子を跪かせて靴でも舐めさせたら面白そう。

 ……ま、今はそんなことはいいか。



 ずざざざ……!
 と流れるように駐車するメイド服のおねえさん。
 無表情にドリフトまがいのことされるとちょっと怖い。
 遠心力の余韻が身体に残る。

「着きました。お降り下さい」
「はいはーい」

 ニコリとも笑わないエスコート。
 どこまでも事務的な対応が逆にソソる……って、それは今度にしようって決めたばっかだったっけ。
 兎にも角にも、まず外に出よう。
 よっこいしょ、なんて年寄りくさい気合を入れながら、土煙漂うコンクリートの大地に降り立つ。
 はー、ひっさしぶりに二足歩行したよ。立ち眩みしそう。

「荷物は後ほどお運びします。こちらへどうぞ」
「どうもー」

 先導するメイド服を追いかける。
 ひらひらと揺れる背中の大きなリボンが可愛い。正直襲いたい。
 ……でも暑くないのかなー。もう初夏ですけど。

 とかどうでもいいこと考えてたら、目の前に重厚な扉。
 きっとこれだけでも高いんだろうなー。
 見た目はどうみても板チョコだけど。

「どうぞ」

 ズゴゴ……と動かずの岩でも動かしたかのような重い音が響き渡る……!

 なんてこともなく、普通にキィ……と木の音を鳴らしながら、扉はゆっくりと開かれていく。

「入った瞬間落とし穴とか? いや催眠ガス?」
「……」

 ……バカなこと考えてないでさっさと入ろう。
 一瞬訝しげな視線をくれたメイドの後に続く。

「へぇ……」

 中は……当然のことながら、広い。
 エントランスはそこだけで小さな一軒家が建ちそうだし、床は一面大理石。土足で上がるのが躊躇われるくらいピカピカだ。
 天井も吹き抜けで開放感が……って、新居探しに来たわけじゃないだろ自分。

「すごいねぇ。どうしたらこんなの建てられるんだろ。ぜひあやかりたいね、ご当主様に」
「……。貴女様もお力のある資産家であると伺っておりますが」
「でもただの田舎の成金だしねー。あなたのご主人様とは比べ物にならないよ」
「そうですね」
「……はっきり言うね」
「こちら右へ曲がります」
「……いい性格してるわー」

 角を曲がってまた直線。
 窓の外はさっきまで散々見ていた景色と同じ。
 会話は特になく、コツコツと靴が床を叩く音だけが響く。
 そうしていくつかのドアを通り過ぎて、目の前を歩くメイド服がスカートを翻し、止まる。

「こちらでお待ちください」
「ここが客間ってことね。りょーかい」
「ではお嬢様を呼んでまいります」

 実は機械人形なんじゃないか、このメイド。
 そんなことを思うくらい事務的に一礼をして、来た道を戻っていく。
 ……、ま、素直にくつろがせてもらおうかな。

「失礼しまー……す」

 別にやましいことなんてないけど、なんとなくそっとドアを開ける。
 部屋のなかは当然ながら無人。
 呟く声すら響くくらいの静寂をもって迎え入れてくれた。

「ほうほう、やはり金持ちは違いますなぁ」

 部屋の真中に鎮座したテーブルもソファも、壁際に置かれた食器棚も、本棚も、花瓶やカーテンにいたるまで。どれもカタログでしか見たことのないような高級品ばかりだ。

「でもま、遠慮はなしってことで」

 ボスン、と、埋まってしまうかのようなソファに座る。
 長時間のドライブで疲れた身体に心地いい。
 気を抜けば、そのまま眠ってしまいそうだ。

「いいなぁ。うちにもこれ置こうか、な……っと!」

 ぐん、と伸びを一つ。深呼吸も一つ。

「………………ふぅ」

 ……緊張が、ないわけじゃない。

 愛しのあの子の顔を思い浮かべる。
 情報は手に入れていたが、手を出せなかった。
 それが向こうからコンタクトを取ってくるとは。
 何故なのか。どうしてなのか。どうなっているのか。
 わからないことが多い。
 自分の手から離れたところですべてが終わっていたことが、少しのもどかしさと、少しの悔しさを生む。

 ただ、これはどうしようもなかったこと。
 過ぎた事をいつまでも引きずりながら生きていけるほど、甘い環境には育ってない。

 コンコン……。

「おっと」

 無意識に見つめていた天井から視線を外し、ドアを見やる。

「……いよいよ、かな」

 どうやら、あと数秒で二人は再会するらしい。




「お待たせしてしまったかしら」
「いえ、それほどでは」
「そう。美弥、後で行くからお茶の準備を」
「かしこまりました」

 美弥というのか、あのメイド。そういや名前も知らなかったなー。
 ……なんて。
 そんなとぼけ方じゃ誤魔化し切れないくらい、今の自分の目の前には、インパクトの塊が存在していた。

「長距離の移動で疲れたでしょう?」
「……ええ、まぁ」
「ふふ」

 なんて朗らかな笑顔を見せる人だろう。
 何も憂うことなど無いような、満たされた人間の顔だ。
 でも、不思議と嫌味じゃない。
 こう、個性、いや、天性というか、生まれながらに人の上に立つことを運命づけられているような、そんなことを思わせる空気を、この人は纏っていた。

「なにはともあれ、歓迎するわ。唐貫千佳さん」
「こちらこそ、お招きありがとうございます。藤代啓子さん」

 うわの空であることをなんとか押しとどめ、返事を返す。
 確かに、思った以上にオーラのある人だ。
 ただ、初めに感じたインパクトは、この人からじゃない。
 自分にとってそれ以上に存在感を放つものが、そこにはいる。

「それと、たしかこの子とお友達なのよね。……ね、貴子」
「わ、わんっ」

 主人の手の中、リードに繋がれた首輪。
 一糸纏わぬ姿で、膝を伸ばした四つん這いの姿。
 恥ずかしそうに、顔を赤らめて。
 わんと鳴いた、女の子。

「……きぃちゃん」

 親友だ。

「さてと……」

 ソファに深く腰掛け、脚を組む啓子さん。
 ただそれだけなのに、その佇まいが恐ろしく決まっている。
 あの色気は自分には無いなー。

「何を話したものかしらね」
「……話があって呼んだんじゃないんですか」
「んー、そのようなそうでないような……。あ、それから敬語、使わなくてもいいからね」
「……、りょーかい。……で?」
「ふふ……」

 バカにしてる……というよりは、微笑ましく思ってる?
 ま、どちらにしろ笑い方ひとつで反応してるようじゃ、まだ平常心ってワケにはいかないか。
 バレないように視線を二人の間で往復させる。

「……まぁ、現状紹介って感じかしら。あたしたちも新しい生活で一段落ついたし、お友達も心配してるだろうし、ってことで、ね」
「きぃちゃんの友達は他にもいると思うんだけど……」
「感づいてたのはあなただけでしょ。他の子は貴子が海外へ行ったという情報を疑わなかったけど、あなたはいろいろと調べまわってたものね」
「……そういう、こと……」
「そう、そういうこと。で、今こうして現状も理解してもらったと思うし、これ以上こちらから説明することは特にないんだけど」

 啓子さんの足元、床にそのまま犬座りで座り込むきぃちゃん。
 柔らかそうな胸も、茂みのない秘所も、すべて晒したまま。
 多少羞恥を感じているみたいだけど、嫌がっているようには見えない。
 完全に啓子さんを信頼しきっている。

「……ね、貴子」
「わん」

 私たちは幸せです。以上。
 そう言わんばかりの二人の様子に、疎外感からか鼓動が一つ強く反応する。

「こっちとしては、逆に分からない事だらけで何を聞いていいかわかんないな」
「ま、そうだと思ってわざわざ来てもらったのだけど」
「どういうこと?」
「これからしばらくの間、一緒に暮らしましょう。それですべてわかるでしょう?」
「……っ」

 突拍子もない、……とは、正直あまり思わなかった。
 やっぱりか、という気持ちのほうが大きい。
 連れてこられた時点でいくらかは覚悟してたし、むしろこちらからアクションを起こそうと思っていたくらいだ。

「……わかんないな? あなたからすればお邪魔虫をわざわざ」
「そんなことないわよ。この子の大事なお友達だもの」
「……」
「それに、……たまには刺激も必要だわ」

 どちらも本心だろうけど、後者が本音くさい。
 念のためきぃちゃんの顔をそれとなく覗く。

「……?」

 目が合う。

「きぃちゃんは、どう思ってるの?」
「……くぅ」

 軽く鼻を鳴らし、恥ずかしそうに視線を床に落とすきぃちゃん。
 ……つまりは、そういうことか。

 この二人は、もうそこまで進んでいる。

 そのことを確認できたから、緊張の糸がひとつだけ緩んだ。
 おそらくこれから先、二人の行為を見て怒りや憎しみが生まれることはないだろう、と思う。
 ただ、もどかしさやジェラシーは湧き水のように溢れ出るだろうけど。

「……じゃ、お世話になってもいいかな」
「そう! ふふ……、楽しくなりそうね」
「わぅ……」

 いいよ、見せてもらおう。
 そうでないとここに来た意味がない。
 もはや、見届けないと納得出来そうにない。
 ただ、諦めきれるのかどうか、それだけが心配だけど。

「では、移動しましょうか。そろそろこの子の日課の時間なの。お茶もそこに用意させてあるわ」
「りょーかい」
「ん。……行くわよ、貴子」
「わんっ」

 すっと立ち上がり、扉に向かい歩き出す啓子さん。
 手綱をひかれ、啓子さんの足元に寄り添うように歩き出すきぃちゃん。
 そんな後ろ姿を、無意識に見つめ続ける。

 本来なら、自分が。
 自分が、いるはずだった、その立ち位置。

「……は」

 もう、感傷か。

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