外伝03『真面目な話』

「ねぇきぃちゃん」
「なんですか?」
「あたしのこと好き?」
「ぶっ!?」

 ボッと顔が熱くなるのが分かる。

「い、いきなり何ですかもう!」
「いいじゃない、答えてよ」

 さらさらと、髪の毛を指で梳かれながらその声を聞く。
 意地悪そうな、楽しんでそうな、でもどこか、固さのある音。
 私の瞳を見つめる瞳は揺るぎないけど、その力強さは逆に何かを恐れているようにも思える。
 ……なんて、考えすぎかな。

「こんな恰好のままですか?」
「こんな恰好のまま」
「ひゃ……!?」

 髪を梳く左手とは逆に、意識を持った右手が私の裸体を滑っていく。
 その指が、平が、爪が、ヒヤリと冷たいお姉さまが、まだ熱の残る肌の上を、ほんの少しだけ凹ませながら、スス……、スス……、と、火照った私の上を歩いていく。
 そのたびにゾゾゾと快楽を告げる神経は過敏に反応し、
 体中の毛が逆立つような、髪の毛がボワッとなってしまいそうな、そんな電気信号を脳髄に流し続ける。

「……何か、んぅっ……、違うような、気が、します……」
「本当に真面目ねぇあなた。ちょっとしたピロートークじゃない。さらっと流して『好きです』って言えばいいのに」
「ちょっ! そこはだめです気にしてるんですからっ!」

 クスクス笑いながら横腹をぷにぷにされる。

 ……違うんです。いや、違わないけど、……違うんです。
 あなたはそう言うけど、でも、あなたのそのかすかな心の動きは、そう言ってなかったように思うんです。
 さらっと流して言った言葉なんて、聞きたくない、そんな風に。
 ほんのちょびっとだけ、そんな風に思ってしまったんです。
 それは、自惚れ、でしょうか。

「そんなの、気にすることじゃないでしょ」
「……え?」
「こんなのまだまだ痩せ気味よ。もう少しくらいふっくらしてもいいんじゃない?」
「……」
「……きぃちゃん?」
「…………いえ。そのうち本当にそうなりそうで怖いんですけど」
「あら、運動は適度にさせてるつもりだけど?」
「うぅっ……」

 ここに来てからの調教をいくつか思い出す。
 いや、そりゃ動いてますけどね。
 っていうか走ってますけどね、すんごいきつい姿勢で。
 それを運動と言い切りますか。

「……思い出して興奮した?」
「しませんっ!」

 ただ、なんというか……、うん。
 絶対本人の前で口にしたりしないけど。
 ……なんとなく、『幸せ太り』っていう言葉を思い出した。
 こうして、大切な人のそばで、ゴロゴロと、じゃれあっていられる時間があるというのは、本当に幸せなことなんじゃないかって、最近は特にそう思ったり。

「嘘おっしゃい。本当はどうなのよ、『貴子』」
「……」
「答えなさい」
「……にゃー」
「このっ、あなたいつから猫にジョブチェンジしたのよ!」
「にゃーにゃ」
「なるほど。そっちがその気なら、こっちにも考えがあるわ」
「……に゛ゃっ!? にゃにゃに゛ゃっ!? っ、あははははやめてっ、ごめんなさいふざけ過ぎましたぁ! だから脇の下はやめてください~~~っっ!!」
「飼い主に逆らうとはいい度胸だっ!」
「あっあっ!お、おへそほじくるのやめてぇーーーっ!!」

 ソファの上で、二人がジタバタ踊る。
 傍から見ればバカみたいなやりとりが、妙に楽しい。
 神様なんて信じてはいないけど、私たちを巡り合わせてくれた『何か』には、感謝してもいいかな。

「はぁっ……はぁっ……! こ、これで懲りたでしょ……!」
「……はあ……んぐっ……んっ! ……はあっ……ふぅ……、……わん」
「ふふ……よし。……ふ、はぁ……、ん……ちょっと休憩。さっきまでの疲れも取れてないし。……悪いけど、お茶淹れてくれる? きぃちゃん」
「そ……そうですね……ふぅ。そうしたら……あ、紅茶ですか?」
「ごめん、コーヒーでお願い……。はぁー、しんど」
「了解です。……私も笑い疲れました」

 裸足でペタペタ、キッチンまで歩いていく。
 ああ横腹が痛い。どれだけ笑っても、こればっかりは鍛えられないらしい。

 大いに余韻を噛み締めながらなんとなく振り向くと、そこにはソファに座りなおしたお姉さまの後姿。
 なんだか新婚さんの気分がわかる気がする。
 すぐそこにいる、いつも近くにいる、という幸せ。

 そんな幸せに浸っていたからこそ、不意に見えたその顔に一瞬息がとまる。

「……っ」

 つい、と視線を移して見えたその横顔。
 表情は同じなのに、その顔はさっきまでと似ても似つかない雰囲気をまとって。

 それはとても寂しくて。

 だから私はこのとき、思わず口走ったんだと思う。
 後先考えずに言葉が出てくるなんて、きっとこの人のため以外あり得ないだろうなぁなんて思いながら。

「お、お姉さまっ」
「……ん?」

 振り向いたその笑顔は全くいつもと同じで。
 それが余計にチクリと私の胸を刺す。

 なので私は、私が知っている唯一の方法で、お姉さまと向き合うのだ。
 お姉さまの持つ罪が、傷が、負の感情が、少しでも軽くなりますように、と。
 神様なんて信じていないけど、私たちを巡り合わせた『何か』は、それをする義務があるんじゃないかな。
 そんな自分勝手な思いに、多少の悪戯心と、罪悪感と、大いに本気を混ぜ込んで。

 伝える。

「す……好きですっ!」
「……っ」

 今度はお姉さまがボッと赤くなった。

「あ、あなたって子は、本当に……」

 頭を抱える仕草をしながら、その表情は、切なさ、悲しみ、喜び、覚悟と色を変え、最後は。

「…………ありがと」

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