外伝08『犬と考え事 小話』

 ――澱んだところだ、と思う。

 華やかな表の舞台と違って、暗く沈んだ空気。
 最低限の灯りと換気。こもった臭い。啜り聞こえる慟哭。
 天井は低く、壁は厚い。石かレンガか、雰囲気のあるそれは外界の光を通さない。
 いや、そもそも地下に光など届かないか。
 ところどころに配置されたカンテラの灯りが、かろうじて黄土色や錆色の染みの広がる足下を照らしている。

「いつ来ても陰気ね~」
「バックヤードなど、こんなものですよ」

 交わした声は、静まり返った空間の中よく反響する。

 前を歩くスーツの男性。名は……知らない。必要ない。
 ただ『ここ』の副支配人という肩書きだけが、彼を表す記号だ。
 その後ろ姿は堂々としている。迷いは、ない。
 前を向いたまま、私のペースに合わせた速さで歩く彼の後を追う。

 直線的で人工的な空間。
 一年中一定の気温に保たれた保管庫。
 特に感慨もないまま、左右に視線を振る。

 等間隔に、格子が見える。いわゆる鉄格子。
 腕一本通すのがやっとのそれが、この通路と『向こう』を隔てている。
 特筆することもない。無骨なそれだが、効果は見た目通りだろう。

「……」
「……す…………け……」

 鉄格子の向こうから呻くような声が聞こえる。
 白っぽい何かがうごめくのが見えた。

「今日はどのようなものをお求めで、ミス」
「あら~。私もそろそろ常連になれたかなぁと思ってたんだけど~」
「失礼を。『いつもの』でございますね」

 彼の言葉に謝罪の意は感じられない。
 とはいえ私も非難をしたわけではないので、あくまで形式的なやりとりだ。

「……やはり、痛みますか?」
「私の気持ちが、ってこと? やぁね~、貴方らしくない!」
「……忘れて下さい」

 ただ今日は珍しく続きがあった。
 低く、短い彼の言葉。少なくとも冗談には聞こえない声。
 だが私の茶化すような答えに、彼は声色を変えないまま問いかけを引っ込めた。

 ここに出入りしている者たちからすれば、私は割と有名人らしい。
 妖艶な金髪美人や、精悍でたくましい男性。
 嗜虐心を煽るような、いたいけな少年少女。
 そのどれもに見向きもしない。
 ただ、自分と同じ、日本人だけを買っていく変わり種。
 それが私、結城有紀という人間の評価だった。

 それを踏まえれば、彼の質問の意図も分かる。
 彼は「同じ民族の人間が売られているのは忍びないか」と聞いているのだ。
 それはこの業界に手を染めている人間としては珍しく、良識を残している彼だからこそ発することができた言葉だと思う。

「私はただの小金持ち。エリートではないの。この差は大きいのよ~」
「愚問でした。ご容赦を」

 だからこそ、その問いが何の意味も持たないことを、同時に理解しているはずだ。
 どんな民族であろうと、人種であろうと、奴隷に堕ちればそれはただ奴隷でしかない。
 それがたとえ同郷の友だったとしても。
 奴隷は等しく奴隷なのだ。

 だからこそ、平等でいなければいけない。
 そういう『建前』がなくては、いられない。
 全てをすくい上げることなど、できやしない。
 私には、あくまで目の前の『好み』の奴隷を買う程度しかできない。

「明日は我が身ってね~。こちらとあちらは紙一重なのよ~」
「……ミス、やはり貴女は変わり者です」
「……。貴方もね~」

 格子の影に見え隠れする白い肌。黄色い肌。黒い肌。
 そしてその手脚に鈍く光る鉛色。
 俯いた者がいる。縋るような眼をした者がいる。
 全てを諦め呆けた顔をした者がいる。
 彼らの、彼女らの目に、私はどう映るだろうか。
 自分の置かれた立場、環境、状況を、どう認識しているだろうか。
 彼らは『ここ』を、地獄だと思っているだろうか。

 少なくとも天国とは思っていないだろう。
 雨風は防げる。食べ物は与えられる。着るものはある。
 最低限の衣食住は与えられる。
 だがそれは自由を許さぬ監獄だ。
 栄養失調をかろうじて免れる程度の生ゴミだ。
 汚れの染みついたボロ切れだ。

 他人に人生を買われるまでの倉庫での生活。
 その先に待ち受けるのは、鎖か、蜘蛛の糸か。
 酷い主人ばかりでないという事実を見れば、地獄よりはマシかもしれない。
 だが、彼らはそれでも地獄だと言うだろう。
 ならばやはりここは地獄なんだろう。

 とすれば、鉄格子の向こうで闊歩する私は、さしずめ悪魔や怪物の一味だろうか。

「せめてアラクネにならないかな~」
「はい?」
「何でもないわよ~」

 どちらにしても、彼らを見て素通りする程度には染まっているのだ。
 いくら言葉遊びをしたところで、私の本質は変わらない。

▼

 ――歪んだところだ、と思います。

 それは、ここに連れてこられた頃から、思っていたことです。

 ……いいえ、それはもしかしたら、ここに来る前から。
 わたしが日本で生まれ、思春期を迎えた頃から。
 わたしが社会というものを知るようになった頃から。
 そして、両親が蒸発し、身分が変わり、この国に連れてこられた頃から。
 いつだってその思いは、『世界』に対してずっと抱いていたのかもしれません。

「ん……」
「あん」

 隣で寝ていた同じ『部屋』のルームメイトが、目を覚ましました。
 ミルクティのような色のショートボブが特徴的な、メリィちゃんです。
 眠たそうに目を擦りながらこちらを見るので、「おはよう」という意味を込めた鳴き声を返します。
 人間様の言葉を話すことを許されていないわたしたちの、数少ない声。
 メリィちゃんも半分寝ぼけた声で「わうん」と鳴いてくれました。
 寝ぼけていてもしっかり犬語を忘れないあたり、しっかり躾けをしていただいているのだなと感じます。

「くぅん」
「あ、あぅ」

 メリィちゃんはまだ寝足りないのか、少し崩した正座の姿勢で座るわたしの太ももに顔を近づけて、スンスンと匂いを嗅いだ後、そこにトスンとあごを乗せました。
 背中を丸め、手足を縮こめてわたしに寄り添う姿は、まるで、というよりは、まさに犬の姿そのものでした。
 わたしはそんな彼女の行動に「わふ」と溜め息をつきながらも、幸せそうに鼻を鳴らす姿に心が安らぐのを感じながら頭を撫でてあげます。
 ふわふわの髪の毛を撫でつけるたび、手術で付けられたという犬耳がぴくぴくと動くのが可愛いです。

 しばらく、このままで……。
 そう思いながらも、わたしの中の体内時計が「そろそろだ」ということを知らせてくれます。
 陽の光も通さぬ暗い場所ではありますが、結構正確だと自分では思っています。

(そろそろ、ごあいさつの準備をしなきゃ)

 すると、それまでうとうとと、わたしの太ももでまどろんでいたメリィちゃんの犬耳が、先ほどまでより明確に、ぴくぴく、ぴくぴくとせわしなく動き始めます。

「あん、あん」
「わうん」

 顔をあげたメリィちゃんと私の目が合います。
 そして、共通認識の確認。
 眠たそうな目はすっかり覚めて、湧き上がる喜びを隠そうともしないメリィちゃん。
 そんな彼女の様子を微笑ましく思いながら、私たちは二人揃って鉄格子の前まで這って行きました。

「こちらです、ミス」

 ですが、鉄格子越しに聞こえてきたのは、いつもの世話役の男性ではありませんでした。
 その姿は、わたしがここに来てから数度しか目にしたことのない男性。
 分かるのは、おそらく『偉い人』なのだということ。

 普段と違う来訪者に、一瞬戸惑いが生まれます。
 ちらと隣を見ると、メリィちゃんも「あれ?」という顔をしていました。
 だけどそこはメリィちゃん。すぐに意識を切り替えると、いつもやっているように、鉄格子の前まで行って、ご挨拶のポーズをとります。

(わ、わたしもしなくちゃ……っ)

 こういう時のメリィちゃんの切り替えの早さは、さすがだと思います。
 わたしなんかはこういうとっさの出来事に弱くて、何回も調教師の方に注意されたりしますから。
 その点メリィちゃんはどんな時でも自分の行動にブレがなくて、調教師の方が言うには「無意識レベルまで刷り込みができている」んだそうです。
 そしてそういう時は決まってメリィちゃんはよしよしと褒めてもらっているので、それが羨ましくて、わたしももっと頑張らないと、と思います。

 とはいえ、やっぱり今日も上手くはいきませんでした。
 メリィちゃんに遅れること数秒、ようやく我を取り戻したわたしは、慌てて鉄格子前まで行って、メリィちゃんの横に並びます。

 取るのは、服従および検分のポーズ。
 ごろんと仰向けになって、脚を膝裏から抱えて。
 その状態でおまんことお尻の穴を指で広げ、剥き出しにします。
 口は開けて舌を出して、全てを曝け出す格好。

 「抵抗する意志はありません」「何も隠していません」という意味だそうです。
 ここに来て最初に覚えたポーズです。
 初めの頃は恥ずかしくて仕方がなかったですが、これを覚えないともっと酷いことになると言われたので、必死な思いで身体に染み込ませました。

 今では合図があれば無意識に、抵抗なくこの格好になることができます。

「あら、かわいいわね~」

 『偉い人』の隣から、女性の声が聞こえます。
 少し間延びしたその声は英語でしたが、何を言っているのかは分かりました。
 日本で生まれ育ち、英語の成績も良くないわたしでしたが、何年も英語に囲まれて生きていれば、何となく理解できるようになります。

 おっとりとして、優しそうな女性。
 だけどその視線はまさしく品定めするそれのように、わたしの身体を滑っていきます。
 顔から胸、お腹、腕、脚。拡げられたおまんこやお尻の穴の中まで、くまなく。

「はっはっ……!」
「うふふ、ちゃんと『わんちゃん』してるのね~」

 その視線がくすぐったく、また恥ずかしくて。
 慣れたとは言っても、羞恥心が完全に消えたわけではありません。
 視姦するようなその視線に、自然と身体は火照り、息は犬のそれのように荒くなります。

「それと、こっちの子は?」
「こちらはアイルランド出身です」
「そう、お人形さんみたいね~」
「よろしければご一緒でも構いませんが」
「う~ん、すごく興味はあるんだけどね~」

 視線がメリィちゃんに移り、いくつかの会話。
 だけどどうやらメリィちゃんがお目当てではないようです。
 だとすると、わたし?
 突然スポットライトをあてられたような気分になって、わたしはだんだんと落ち着きがなくなってきました。

 きっとこの女性は、わたしたち『商品』を買うためにここを訪れたのです。
 いつかこんな日が来ると、調教師の方からお話は聞いていました。
 ここで良い子にしていれば、わたしを買ってくださる方が現れるのだと。
 そしてその方の奴隷となり、おもちゃとなり、ペットになるのだと。

 奴隷として売られ、商品としてここにいるわたしは、誰かに買われることでしかここから出る術はありません。
 調教を受ける過程で薄れたとはいえ、やはりそれを悲観する気持ちは未だにあります。
 昔のように青空の下で、太陽の下で、のびのびと生きていたいです。

 ですがそれを叶えられるのは、わたしを買ってくださる、飼い主の方だけ。
 なので、なるべく早く買っていただけるように、『良い子』になるよう頑張りました。
 だから今日、今、こうしてわたしを品定めしてくださっている女性に対して、自然と胸は高鳴り、「もしかして……」という思いを抱いてしまいます。

 だけど、一つだけ疑問に感じます。
 なぜ隣にいるメリィちゃんではなく、わたしなのでしょうか。
 自分で言うのもなんですが、メリィちゃんは、わたしよりもかわいいです。
 ご奉仕だって上手で、わたしは怒られたりすることもありますが、メリィちゃんはいつも褒めてもらっています。
 メリィちゃんのほうが、わたしよりもずっと『良い子』だと思います。

 それなのに、なぜ?

 少しの期待と、「期待しすぎてはいけない」という思いと。
 わたしなんかじゃ……という思いがごちゃ混ぜになって、頭の中がこんがらがってしまいます。

 だけど、そのぐるぐるは、他ならぬこの女性によって解かれました。
 しばらくわたしの身体を検分した後、その女性はわたしの前でしゃがみこみ、鉄格子越しにわたしに話しかけてくださったのです。

「あなた、お名前は~?」
「っ!?」

 わたしは驚きました。
 奴隷に過ぎないわたしに、優しく話しかけてくださったこともそうですが……。
 女性が話した言葉が、わたしにも分かる言語、つまり日本語だったからです。

「お名前は~?」
「わ、わぅ……」

 わたしは今日一番の混乱した頭で、必死にどうするべきか考えました。
 ですが、『飼い主様のためになること』以外の自主的な思考ができないように調教された頭では、結局何も思い浮かばず、救いを求めるように『偉い人』を窺いました。

「……」

 『偉い人』は何も口にせず、ただ頷かれるだけでした。
 これはお答えしたほうがいいということ。
 そう解釈したわたしは、先ほどの女性の質問に答えます。

「JP-00348972、です……」

 日本語で問われたので、日本語でそう答えました。
 ここにきて久しく使っていなかった母国語。
 それでもきちんと口から出てきてくれたことに感謝しながら、応えました。
 ですが女性は「あ~……」という何とも言えない表情をされました。

 先ほどは薄暗くて分からなかったそのお顔。
 近くで見ると、確かに日本人と言われて納得できるものでした。
 ただそれも、日本人離れした、西洋の血が混じったようなものでしたが。

「それは識別番号ね~。私が聞きたいのは、ここに来る前の、あなたの本当のお名前」
「本当の、名前……」

 わたしはまたしても混乱しました。
 ここに来てからというもの、名前と言えばそればかりで、それ以外で呼ばれたことなどないからです。
 なので、『本当の名前』というものが、いったい何のことなのか、とっさには思い浮かばなかったのです。

 ですが、いったい何年振りでしょうか。
 本当に久しぶりに聞く、日本語。生まれ、育った国の言葉。
 たった数回の言葉の応酬でしたが、それはまさに呼び水のようで。
 最近は思い出すこともなくなっていた日本での思い出が、次から次へと思い出され、その中にわたし自身の名前を見つけることができて。

「わたし……わたし、片織結衣(かたおりゆい)……。結衣、です……っ!」

 いろんな思いが、急に溢れ出しました。
 封じ込めた幸せな記憶、麻痺した感情、押し殺した気持ち。
 そのすべてが堰を切ったように溢れて、涙とともに流れ落ちました。
 ここがどこかも忘れて。そばにいる人も忘れて。
 それでも服従のポーズを崩さない自分の身体に少し悲しくなりながら。

 わたしは、泣きました。

「ここ、開けてくれる~? あと、手続きお願いね~」
「かしこまりました」

 隣のメリィちゃんが、ポカンとしつつも、心配げにわたしを見てくれているのが分かります。
 そうだ、泣いている場合じゃない。
 そう分かってはいても、なかなか抑えられません。
 すると急に、わたしの身体は抱きしめられました。

「えっ……?」

 驚いたわたしが見たのは、先ほどの女性でした。
 その女性は「柄じゃないんだけど~」と口にしながら、わたしを抱きしめ、ポンポンと背中を叩いてくださいました。

「結衣ちゃん、あのね~」
「……は、はい……ぐすっ……」

 そして女性とわたしの視線が交わります。
 わたしはきっと酷い顔をしています。
 女性は女神さまのように綺麗なお顔です。
 まるで神託を授かるような気持ちで、一言一句逃さないように、わたしは全神経を耳に集中させます。

「私、あなたを買うわ~」
「……は、い」
「先に言っておくけど、私は聖人ではないわよ~? あくまでペットとしてあなたを買うし、ペットであるあなたを飼うの~。ここにいるより泣いちゃうかも~」
「……はい」
「でも、私が欲しいと思ったから、あなたを買うわ~。これからのあなたは、私のペットの、ユイよ~。奴隷のJP-00348972でも、日本人の片織結衣でもない、ただの『わんちゃん』のユイ。いいわね~?」
「……わんっ」

 言葉は酷いことを言っているはずなのに。
 その声はただひたすらに優しくて、私の身体中に染み込むように響いて。
 「この機会を逃したら次はない」という打算が無かったとは言い切れないかもしれません。
 でもそれ以上に、この女性がどうしても言葉通りの悪い人には見えなくて。

 後から思えば、無意識に求めていた母性。
 その塊のようなこの人とともにいられるなら。
 ペットだろうと奴隷だろうと、どんな形であっても。
 そばにいられるだけで私は満たされる。そう思えたんです。

▼

「……知れば知るほど、その、不思議な人ですね」
「もっと正直に言ってもいいのよ。なんてあべこべで頭がおかしい奴なんだ、とか」
「いや、目上の方にそれはちょっと……」

 せっかくオブラートに包んだのに、それをあっけなく剥がし取るお姉さま。
 有紀さん本人から聞いたというそのお話を又聞きしたけど、有紀さんらしいというかなんというか。
 最初抱いた印象と変わらないというのが結局のところだった。

「まぁ誰しもがあべこべな部分は持っているものだけどね。理想と現実というか、誰だって綺麗事だけじゃ生きられないし」
「そう、ですね」
「そのあべこべな部分を、体現してるというか……。他の人間よりストレートに表に出ているのよね。綺麗事を貫くのかと思えば、自分の欲望にも忠実だったりして」

 それはユイちゃんや他の子たちと接する態度を見ていても思ったことだ。
 やっていることは鬼畜というか、酷いことをしているのに、その姿勢というか、内にある思いは愛に溢れていて。
 世間的には受け入れられないし、理解もされないだろうけど、優しさや慈しみの心は、まぎれもなく本物なんだ。

 だから余計に分からなくなってしまう。
 どっちが本当の有紀さんなんだろうって。

「ああ言っていたかと思えば、こっちではこんなことをしている。言っていることとやっていることが違う。まるで二重人格のような二面性。一貫性がない。ブレた人間だと思わない?」
「まぁ、軸がどこにあるのかな、とは思います。どっちでもあって、どっちでもない、というか……。うまく言えないですけど」

 いっそ、奴隷にされる子がいるなんて許せない、理想論者だったなら。
 いっそ、奴隷を虐げることに快感を見出す、ただのサディストだったなら。
 もっと簡単に、有紀さんという人間を推し量れたのに。

 そんな思いを抱きながら答えると、お姉さまは少しだけ笑って、言った。

「でもね、その『ブレた状態』こそがアキなのよ。きぃちゃんの言葉はいい線いってるわ。『どっちでもあって、どっちでもない』。その通りね。どっちも本心だからどっちにもなるし、共存はできないから状況によってどっちかは消える」
「……どっちかに分類すること自体が意味のないこと、ですか?」
「そうね。そして、『ブレること』はブレない。それが本質。言葉遊びのようだけど、そうとしか言い様がないわ。揺れ動く状態を許容して、それ自体を軸にしちゃっているというか。ある意味、究極の我が儘とも言えるかもね」

 それは、自分にとってとても都合のいい解釈だと思う。
 だけど、だからこそ有紀さんは有紀さんであって、そうすることでしか得られないものがあったのだろうと思う。
 「確かにこれだと切り崩すのは面倒かもですね」と言うと、「だから周りが苦労するのよ」とお姉さまは溜め息交じりに付け足した。

「ま、本人たちの問題だから、どうでもいいっちゃいいんだけどね」

 ぐ~っと伸びを一つ。
 お姉さまは「これでこの話はおしまい」と言うように欠伸をした。

 だから最後に。
 あくまでついでとして、聞いてみた。

「もし私がどこかに連れ去られて、売られちゃっても……。お姉さま、ちゃんと私を取り戻してくれます?」
「馬鹿ね。そんなの質問になってないわよ」

コメント

タイトルとURLをコピーしました