俺が楓と出逢ったのは、とある会場で開かれていた人身売買オークションでのことだ。 それは俺が世間との付き合いに嫌気がさし始めていたころ、知人のツテを頼り参加を許可された会場だった。 絵に描いたような孤島。地図にも載らない密やかな隠れ家。 その実主要な設備はすべて地下に格納され、実態を知らない者にとっては見付けることすらできない会場。 一社会人としてそれなりに場数は踏んだつもりではいたが、その一般人の立ち入りを禁じる、いや、『禁じざるを得ない理由』を持つ地へ足を踏み入れることに、まるで子どもの頃立ち入り禁止のエリアへ忍び込んだときのような、確かな緊張と興奮を抑えることができなかった。 見目麗しい少年少女から始まり、希少性の高い異常体型や体質、奇形を持つ者。 有名ブリーダーに育てられた、高い完成度を誇る奴隷や家畜、玩具など。 単に借金や誘拐によって堕とされた者から、さまざまな事情を抱えた者まで、世界中に潜む好事家たちも足繁く通うラインアップが魅力との説明を受けた俺は、情けないことにしばらく震えが止まらなかった。 そこにはこの世界の暗部とも呼べるような、 まさしく禁忌の世界が広がっていたのだから。 ▼ 「1億3000! 1億6500!! ……さぁほかにいらっしゃいませんか!?」 ステージではまさにオークションが進行中であり、さまざまな掛け声や怒号が響く。 それなりに格式の高そうな内装や来場者にあって、目の前のやりとりはやや熱を帯びすぎているようにも感じる。 ただ、それもステージの上の光景を見れば仕方のないことだろう。 その証拠に、ライトを浴びて物のように値段をつけられていく哀れな命を前に、未参加の俺ですら心臓が高鳴るのを抑えることができなかった。 「……要さんはあまり興味がおありではないのですか?」 ステージを囲むように配置された椅子に座り、様子を眺めていた俺の隣から話し掛けてくるのは、結城巴。 ここを紹介してくれた知人のパートナーのようなものらしい。 まるで女のような名前だが、れっきとした成人男性だ。 長身で優男を体現するような顔つき。 筋肉質ではないが貧弱でもなく、総じて喰えなさそうな外見をしている。 実際その通りだと会って数分で確信したが。 「2億1000!!」 「はい、出ました! 2億1000!! そちらの428番の方の落札とさせていただきます!!」 ステージから競り終了の声とともに小槌を叩く音が聞こえる。 また一人、新たな人生を歩む者が生まれたようだ。 ひっ立てられる少女を少し複雑な思いで見つめる。 「興味がないというより……まぁ今日は下見がてら来てみただけですから」 「そうですか。案内を任されましたが、参加される様子がなかったもので。金にお困りではないのでしょう? 表の世界では相当鳴らしたようではないですか」 確かにわざわざこの場所に来ているのに、参加する素振りすら見せないのは不自然かとも思ったが、俺の半分は本気の言い訳に巴は特に疑念を抱くこともなかったようだ。 単純に、興味をそそられないのかと訊いてくる。 「昔の話です、それは。今はしがない一投資家ですよ。それに、食指の動くものがあれば参加してみるつもりです」 「しがないとはまたご謙遜を。ですがまぁ、退屈をされていないのであれば結構です」 「案内のし甲斐がありませんからね」と軽く笑みをこぼす巴に合わせるように、俺も軽く笑みを浮かべておく。 「貴方には感謝しています。俺一人では勝手も分からない。本当なら栄治が来れば済む話だったんですが」 「あの人も忙しい方ですから。私も恩を売っておきたい相手ですしね」 「恩を売りたいなら高価なオレンジジュースでも送っておけばいいのでは」 「さすがによくご存じですね。ただ毎回同じものだと芸がないと怒られる始末で……」 視線はステージに向けつつも、共通の友人をネタに談笑する。 スポットライトの下では、パフォーマンスだろう、年端もいかない少年がボンデージの女性に責められていた。 先ほどまでとは打って変わって、女性特有の黄色い声が飛ぶ。 「……で、しょっちゅう俺も狙われてまして。こちらはその気もないのに」 「それはそれは。確かあの人はバイセクシャルでしたね。……と、ああ、そういえば、私に対して敬語でなくてもけっこうですよ? 私、どうも相手に敬語を使われると気の休まらない性質でして」 「そうですか? では遠慮なく」 人の人生が決まるその場にいるにしては、やけに平穏な会話が続く。 会場入りの際の昂りも、時が経つにつれ徐々に治まり、今は比較的穏やかにその様を眺めることができている。 それが慣れなのか麻痺なのか、はたまた適性なのか、それは分からないが。 周囲を見渡せば、皆掘り出し物を手に入れようと必死なのだろう、赤い顔をした男性の姿もちらほら見える。 今ステージで跪いている女性は、外見的には特に特徴は無いものの体内に特殊な改造が施されているとか何とかで、電光掲示板に5億を超える値が表示されており、会場は異様な盛り上がりを見せていた。 「何か先輩からアドバイスなどあれば聞いておきたいのだが」 「そうですね。こういった商品の売買自体初めてということですし、とりあえず一通り買い揃えてみる、というのもひとつの手ですね。そうすれば自分が何を求めているのかがよく分かる。あとはまぁ一般的にこれらは消耗品ですから、乱暴に扱えばそれだけ耐久年数も下がり、頻繁にここに通うことになります」 「参考意見としてありがたく受け取っておこう。だがまぁ、最後の忠告だけは大丈夫だな。何しろ俺は博愛主義なんでね」 「そうであることを祈ります。私としても、無為に命が壊れることを良しとしませんから。生き物を飼うからには責任と義務が付き纏う。たとえそれが玩具であっても」 一瞬、巴はこの場にいるにふさわしくないような、憐れみや自責や後悔の念を混ぜこぜにしたような複雑な目を見せる。 それは言葉尻から一拍後に綺麗に消え去ったが、何故かやけに俺の胸の奥に強く焼き付いた。 「……」 「……ま、貴方は大丈夫そうですね」 「……。分からんぞ。知らぬ間に奴隷潰しの悪評が立っているかもしれん」 「それはないですね。これでも私は人を見る目はあるのですよ」 「信じていいか迷うセリフだなそれは……」 そんな感じで話に華を咲かせている俺達とは対照的に、オークションは一つの区切りを向かえたらしい。 席を立つものが出るなど、いつの間にか少々気だるい空気に包まれていた。 「この様子は……一旦休憩時間でも設けるのか?」 「まぁ似たようなものです。先ほどで目玉商品の一つが終了しましたから。ひとまず見たいものは見た、といったところでしょうか。主催者側もそれは分かっていますから、ここからしばらくはC級・D級の箸休めのような商品が並ぶはずですよ」 「なるほど」 どちらにしろ参加していない側からすればあまり関係の無い話なので、相槌を打ちながら適当に視線を動かす。 何人かの奴隷候補たちが出てきたり奥に引っ込んだりしていたが、確かに巴の言うように、先ほどに比べればまるでおまけのような値段しか付けられていなかった。 その理由は不慣れな俺にも納得できるもので、例えばすでに精神が崩壊状態にあったり、前の飼い主に必要以上に無残な改造を施され、もはや美を感じられなかったりと、目の肥えた好事家たちの眼鏡には到底かなわないだろうというものばかりだった。 要するに、単純に人気の無い売れ残り商品なのだ。 どういった事情があるかは分からないが、勝手な都合で弄ばれ、値段を決められ、あまつさえ人気が無ければ捨てられるか、廃棄されてしまう彼女達を思うと、直接的に関係ないとはいえさすがに良心の呵責が感じられた。 とはいえ、今すぐここから踵を返すようなヤワな好奇心でこの場にいないのだが。 「頭の悪い飼い主がいると、本当に迷惑だと思いませんか?」 「確かにそうだな」 「他人の嗜好にあれこれケチを付けるつもりは毛頭ありませんが、私の懐がもう少し広ければ、と思うことが何度もありますよ、ここにいるとね。……っと、どうやら次の商品で1部は終了のようですよ」 巴の言葉につられてステージを見ると、ちょうど前の商品が競り終わり、次の商品が出てくるところだった。 「……! あれは……」 「おや、珍しく商品に興味をお持ちになりましたか。ちょっと待ってください……え~っと……ああ、ありました。あれは『楓』ですね。さっき言ったような、前飼い主に手酷く扱われて精神状態に若干難アリの奴隷です。それほど珍しい特徴もないので、あまり良い値は付かないのではないかと」 巴が自前のメモを捲りながら、ステージ上の『楓』の情報を伝えてくれる。 確かに巴の言うとおり、その顔に生気はなく、動きも怠慢だ。 周りのガードマン風の男達に引っ立てられてようやく歩いてきたといった様子である。 「もしかして……男なのか?」 「『楓』ですか? いえいえ、女性型ですよ。まぁ間違えるのも無理ないですが」 いや、俺も女だと分かっているが、ただ確信が欲しかったのだ。 何故なら。 「どう見ても、男のモノだな」 その少女の股間には、屹立する立派なイチモツが付いていたのだから。 「そうです。お分かりだとは思いますが、いわゆる『ふたなり』というやつです。最近ではもう珍しくなくなりましたが」 「やはりそうか。いや、話には聞いていたが、生で実物を見たのは初めてだ」 「表に出ることはないですから、無理からぬことかと。それでもアレは人工物ですけどね。生来のふたなりであの大きさを持っているものは、いくらここのオークションとはいえ数年に一度お目にかかれるかどうか。ましてや競り落とすなんてとてもとても……」 確かにそれだけの希少物なら、見栄の張り合いも重なって相当な値が付けられるだろうというのは想像に難くない。 俺にはとてもじゃないがそこに入る余地なんかない。 天然ものと呼ばれるものに限って言えば、だが。 「それゆえ人体改造によってふたなりが生み出されているわけです。大きさ・感度・形状好きなようにカスタム出来る人工物か、天然ものにしかない独特な風情か、好みの分かれるところですね。単純な値打ちでいえば差は歴然ですけれど。そもそもふたなりという嗜好自体最近はめっきり節操がなくなって……」 巴の声をBGMに、俺の視線はステージにくぎ付けになる。 長々と続く巴のふたなり議論も興味深いところではあったが、俺の意識の半分はもうすでに『楓』にあった。 精神不安定の欠陥品だろうが、値打ちのない改造を受けていようが関係ない。 俺はただ見惚れていた。 『楓』という少女に、一目惚れしていたのだ。 ▼ ステージ上では、商品の説明が行われていた。 「さて、続きましての商品はこちら。NO.23の『楓』です」 「……」 パッとスポットライトが楓を捉える。 まばらとはいえ視線が集中するが、楓は微動だにしなかった。 「おい! 自己紹介するんだよ!」 「……NO.23……の……楓……です。よろしく……お願い、します……」 楓は黒服の男に小声で促され、ようやく自己紹介を済ませる。 お辞儀をした楓の頭で、さらさらと鈍い臙脂(えんじ)色の髪が躍る。 特に抵抗している風ではないが、基本的に覇気が感じられず、渋々といった様子だ。 「もっとシャキッとしろ! 売れ残っても知らんぞ!」 「……」 あまりに愛想のない態度に、再び男が小声で叱責する。 笑えばほとんどの人が可愛いと認識するであろう顔立ちも、殺された感情のもとではただの能面と変わりない。 「……。さぁ! それでは購入検討の一助として、『楓』によるデモンストレーションをお見せしましょう!」 これ以上進行を滞らせるのはまずいと判断したのか、司会者の男は傍で控えていた黒服たちに指示を出し、楓を拘束し始める。 おそらくこの期に及んでの不服従も、ここでは日常茶飯事なのだろう。 「……」 特に抵抗らしい抵抗もしない楓は、明らかに違う用途で使われるであろう分娩台、いや、もはや拘束椅子と言ってもいいそれに乗せられる。 そして瞬く間に両腕両足を椅子に縛られ、股を客席に向けた恰好で身動きが取れないようにされた。 その後、この場において楓の記号とも言える、大きくそそり立つペニスの根元に、食い込むように何重にも拘束ベルトが巻かれた。 「ん……」 無表情な口から微かに漏れる息遣いが、マイクによって会場中に拡散する。 さすがに羞恥心を感じるのだろう、白く細い手足がごそごそと解放を求めているのが分かる。 「さぁみなさん! このふたなり奴隷のペニスの根元には、射精を禁じるベルトが巻かれました。さらに手足は縛られていますから、この奴隷は今全くの無防備です。ここまでくればやることはひとつですよね!」 あからさまと言えばあからさまな司会者の煽り文句に、会場からも「いいぞー!」「ガンガン責めろ!」などといった野次が飛ぶ。 買いはしなくとも、こうしたデモンストレーションで楽しませてくれる。 商品たちによる充実したパフォーマンスも、このオークションの魅力のひとつだ。 会場を包む熱気は、言葉以上にそれらを雄弁に語る。 「そう! 今回の責めは『射精封じ』! この奴隷にはしばらくの間、射精できない辛さを味わってもらうことにしましょう!」 「……っ」 僅かだが楓が顔をしかめる。 その様子から、おそらく今までにも同じような責めを受けたことがあるのだろうと観客に予想させた。 「へっへっへ。それじゃあ存分に楽しませてもらおうかな」 見るからに屈強な黒服の男たちが楓の周りを囲む。 ただでさえ小柄であろう楓の姿が、さらに小さく見える。 拘束椅子に横たわった楓を取り囲むその光景は、まるで肉食獣の群れだ。 「確かお前は相当ペニスを弄繰り回されていたはずだよなぁ。ということは……」 いやらしい笑みとともにツツーッと男の爪先が楓のペニスの裏筋をなぞる。 「ひぅ!」 見た目に似合わず繊細な指遣いに堪え切れず、声を漏らしながら、ビクン!と楓の身体が痙攣を起こす。 だがギチギチに絡めとられた身体は僅かに椅子を揺らしただけだった。 「感度は良好ってわけだ。……絶望的なほどに、な」 なぞられただけで、楓の背筋がゾクゾクと反応を示す。 (普段はここまで敏感じゃないはずなのに……) いつもと違い少しの刺激を何倍も強く感じてしまう身体に、戸惑いを隠せない。 そんな動揺を感じ取り、楓に見えないところで獰猛な笑みを見せながら男がピクピクと震えるペニスを握り締める。 「ぁぁぁあ……!」 「へっ。握るだけで感じすぎるってか。ならこうするとどうなるかな?」 動揺を抑える時間も与えない。 期待通りの反応を示す楓に笑みを深くしながら、竿の部分を握った手を上下に扱きだす。 「だ……め……んぅうぅ……!」 触られるだけで飛び跳ねそうなくらい敏感なペニスは、擦りあげられることにより早くも快感を爆発させようとしていた。 「すごい感じ様だな。こいつ、何やっても反応の薄い欠陥品じゃあなかったのか?」 「いや、実際そうなんだが、何でもこのショーのために特別な媚薬を打ち込んであるらしいぜ。まぁ欠陥品じゃないってアピールして少しでも高く売り飛ばしたいんだろうよ」 「なるほどな。ようするに薬がねぇと楽しめねぇってことか」 取り囲む男たちは、マイクに拾われない程度の小声で会話を交わす。 「それも、超強力なヤツな。こんなの毎日使ってたら、すぐぶっ飛んじまうよ」 「シラフだとつまんねぇし、薬使うとすぐ壊れる。確かに欠陥品だな」 「だろ? ……と、どうやらそろそろ限界だな」 ボソボソと会話をしていた男たちも、楓の変化に気付く。 楓の声が切羽詰ったものになり、責め手の男も手の動きを加速させる。 「ぁぁあっ! い、いやっだめぇぇええ!!」 「おいおいもうイクのか? これじゃ先が思いやられるな。まぁいい。ひとまず一発目、イッとけ」 「やぁぁぁああ!! イ、ィぐぅぅぅううっぅ!!」 急激に高められた快感は、止まることなく性欲を刺激し続け、射精による快感を得ようとする。 だが。 「あああああ!! 出ない! だせないっぃぃいい!!」 拘束バンドによってしっかりと通り道をふさがれた精液は尿道を擦ることなく、狂おしいまでの射精欲は解消されぬまま逆に苦痛へと転換される。 「いやぁぁぁ……ださせてぇぇええ」 「たった一回でこれかよ。そりゃ前の飼い主も飽きるってなもんだ。ま、せいぜいここの飼い主様候補の方々を楽しませろよ」 そう言うと男は周りの黒服たちにも目配せをし、今度は全員で楓の身体をいじり始める。 「ひぎゃぁああああ!! や、やめ、もうぎゃあああ!!」 男たちは事前に教えられている楓の性感帯をことごとく責め、短時間で楓を絶頂へと導く。 ただでさえ媚薬で全身性感帯のようになっているというのに、さらに弱いところばかり責められてはたまったものではない。 それに射精することが出来ない楓にとってそれは拷問以外のなにものでもなく、次第に頭の中は射精のことしか考えられないようになっていった。 「はがあぁぁあっ!」 「よーし、皆一旦ストップだ。……どうだ、楓。射精したくてしたくてたまんないだろう?」 「し、しゃせ……せ……」 「だよな。だけどな、まだもうちょっと時間あんだよな。だから、最後にもうひとつお前の得意な責めをしてやるから、それでめいっぱいアピールするんだぞ?」 そう言うと男は隅に置かれていた道具の詰まったケースから、まるでサボテンのように突起がついたパールバイブを取り出す。 「うわ~チーフも鬼だなぁ……」 「あの突起はやべえよ」 「い、いやぁ! それいやぁああ!」 初めて明確に抵抗の意思を見せる楓だが、身体を縛り付ける拘束具はそれを許さない。 楓の周りにいた男達が楓のペニスの尿道をほぐしだす。 「さすがに少しぐらいはほぐしておいてやるよ」 「まぁ本当に少しだけだがな」 「やめてぇえ! さわらないでっ! そこはダメなのぉおぉおおおお!!」 尿道口をなぞられ、軽く指を突っ込まれる。 小指とはいえ、大人の男の指が入るまでに拡張されたそこを、ローションを塗りたくった指が上下する。 その責めに会場にいる観客の何人かが自身の股間を押さえた。 「さぁ、お待ちかね。これで存分にイキまくれ」 ズブッ、グ、グチャァ……! 「~~~~~~~!!!!」 指による蹂躙もそこそこに、悪魔のような造詣のバイブが、尿道口にあてがわれ、躊躇なく押し込まれる。 どうみても細い尿道に入るとは思えない、玉の連なったバイブ。 パールに付いた突起物が尿道内を抉るように擦り上げ、傷口を掻くような痛痒さと底上げされた快感を与える。 「がはああっぁあぁぁああぁ!!!!」 突起物の先端は丸く加工してあるために、かろうじて尿道内を傷つけることは無かった。 だが選ばれたパールバイブ自体も太く、おざなりにしかほぐされなかった尿道のせいもあり、楓は人のものとは思えないほどの絶叫を轟かせた。 グッチャッグッチャッグッシャッ! 「あああああああ……!!!!」 男たちにとっては膣を嬲るのと同じように、バイブが上下を繰り返す。 ミチミチとバイブに蹂躙される尿道だったが、きちんと計算されて選ばれただけに裂けることは無かった。 ただ痛みを感じなくなってくると今度は逆に……。 「うあっうっ! はぁああ、ああああっ」 「おいおい、何されてるか分かってんのか。これで気持ちいいとか、頭おかしいぜ」 どこの穴とも違う瀬戸際的な快感を味合わされ、射精はできぬまま幾度と無く絶頂へと導かれる。 同じ器官を持つからか、その様子に傍で見ている男たちもうすら寒いものを感じた。 「あうぅ……!! うっぬ、ぬ゛ひで、ぬ……いで……っ!」 もはやまともに言葉を発することも出来ず、楓はギュポギュポとほじられる尿道と射精のことしか感じられなくなっていた。 「さあ責めももう終盤です。この間に落札者を決めてしまいましょう! 最終的に一度も射精をさせることなく落札者様に手渡されますから、買ってその場で楽しむことが出来ます! では1000万からスタート!!」 そしてそんな楓の心境もすべて無視され、競りは淡々と進んでいく。 ▼ 絶えず訪れる痛みと快感と射精欲によって頭の中をぐちゃぐちゃにかき回された楓だったが、それでも客席が騒がしくなると少しだけ正気を取り戻した。 (……始まった、のかな……?) 自分という商品に値段が付く。 今後の人生が決まる。 それはとても重大な意味を持つ事柄だが、今の楓には他人事のように思えて、特に興味も湧かなかった。 「どうですかな? この商品は……?」 絶え間なく続く拷問に意識はすぐにでも飛んでいってしまいそうになるが、それとは別に、いやに冷静な別の意識体のような自分が客席の会話を捉えていた。 「いやぁ、私はパスですな。一昔前ならともかく、今じゃもっと優秀な人造ふたなりが出回ってますからな」 「そうですなぁ。いうなれば流行遅れ、といったところですか? あのデモンストレーションはなかなかのものですが」 「安く買い叩けるのであれば……という方がほとんどじゃないんですかな? それでも1億以上はなかなか出てこないかと……」 この世界における古参たちは、そう冷静に状況を分析していた。 彼らはオークションに参加することには飽き、代わりにこうして自分の知識をひけらかし、仲間と議論することを生きがいとしているのだ。 そうして最前列の端のほうで交わされる自分の評価が耳に入るが、それでも今の楓には特に意味の無い話だ。 (もう、なんでもいい……) それが、今の楓の本音だった。 自分が売られようが、どうでもいい。 前の飼い主にされた仕打ちも、もう過ぎたことだ。 身体は狂おしいまでの寸止めで荒れ狂っているが、射精の許可は結局自分ではどうにもならないのだから考えるだけ無駄。 自分を誰が落札しようが、関係ない。 ただ。 (あんまり酷いこと、されないといいな……) 発狂しそうな責め苦の中、それだけは叶って欲しいな、と残り少ない意識の中で思う。 (一生のお願いは、やっぱり1回だけかな……) 気付けば喧騒もおさまり、数人の声が聞こえるのみとなった。 どうやら落札希望者同士少しだけ競り合っているようで、数字を掲示する応酬が聞こえる。 だがそれも次第に収まっていき……。 「さぁ、1億1000! もういませんか!? ……ではこれで――」 決まったのかな、と諦観混じりにそう思い意識を手放そうとした瞬間。 「2億」 「落札者は……ってに、2億!?」 突如現れた金額を掲示する声に、一瞬ザワッと会場がどよめく。 観客のレベルからすれば大した金額でもないのにざわめくあたり、楓の評価がよく現れているようだった。 それは司会者も同じだったようで、しかし慌ててその場を取り繕う。 「いや、し、失礼いたしました! 2億ですね。これ以上……はもう無いでしょうから、はい、おめでとうございます! 落札者はそちらの……えー770番の方に決定いたしました!!」 「ふぅ」 「か、要さんっ!?」 薄れゆく意識の中、小さな溜め息と驚いたような声が頭の中に残る。 (誰なんだろう……いいひとだったらいいな……) 叶わないと知っているのに。持ってはいけない希望だというのに。 楓は性懲りもなく『今度こそ』という思いを抱く。 もしかしたらそれは、楓にとって最後の気力だったのかもしれない。 そんなことを知る由もなく、楓はついに意識を手放した。 基本的に落札した商品はひとまず綺麗に洗浄され、きちんと見繕われた衣服を着せられ、納品される。 落札者の希望によっては衣服の交換や持ち帰り方法の変更、いくつかのオプションの有無などがサービスで付いてくるため、例えば卑猥な衣服を身にまとわせ羞恥プレイを行いながら連れ帰る落札者や、輸送用木箱に詰め込みバイブ等オプション付きで家まで輸送を希望する落札者もいる。 諸書類のサインを終え、法的にも名実共に楓の所有者となった俺は、巴から聞いたそのサービスの話に感嘆しつつ、密かに呆れているところだった。 「なるほど……痒いところに手が届くサービスということか。オプションに金を喰われるのは車なんかと同じだな」 「……要さん。言いたいことはいろいろとありますが、単刀直入に聞きましょう。なぜあれを?」 商魂たくましくオプション料金が列挙されたボードを眺めていると、巴が声を掛けてくる。 ……確かに、非常識な買いかたをしたなと自分でも思う。 評判のよろしくない欠陥品を、それも普段ならもっと格安で買えるような商品を、わざわざ追加で金を積んで買ったのだから。 だが、確実に手にしておきたかったのだ、楓を。 初めは自重して我関せずを貫こうと思ったが、我慢ができなかった。 競り合いで値が吊り上がるのも面倒だったし、何よりそれだけの金を積んでも惜しくないと思った自分がいたのが大きい。 幸いにして、金に困るような生活はしていない。 僅かばかりの優越感と自己顕示欲が満たされたと考えれば、それほど高い買い物ではなかったと自分を納得させる。 ただそれを巴に説明するのは面倒だったので、適当に「何となく」と言葉を濁した。 「まぁ参加記念のお土産のようなものですかね。観光地価格で買ったのだと思うことにします。……おや? どうやら来たみたいですよ?」 よく分からない例えを展開していた巴だったが、楓の姿を確認すると俺に知らせてくれた。 「ああ……」 そんな巴に、生返事を返す。 一応相槌は打ったが、姿を確認した俺の意識はすでにそちらに無かった。 「お待たせいたしました。こちら本日お客様が落札されました商品『楓』でございます」 俺の姿を確認した従業員が鎖を引き俺の目の前に楓を引き立てた。 首輪に後ろ手枷姿の楓が目に入る。顔はずっとうつむいたままだ。 ステージ上での痴態を感じさせず、まるで登場時の焼き増しのようだった。 「お客様のご希望通り、移送方法は自家用車での直接お持ち帰り。オプションはなしということですが……本当にオプションのほう、よろしいので?」 向こうの予想以上の高値で落札したせいか、やたらとオプションを薦められた。 金払いのいい客に愛想がいいのはどこも同じだ。 「ああ。……いや、そうだな。ちょっと契約書をくれないか」 「は? あ、はい、ただいま」 特に必要ないので断りを入れ、しかし思うところがあったのでその言葉を取り消す。 受け取ったオプション用の契約書にいくつか適当にチェックを入れ、その分の金額の小切手を切る。 「あとは上手いことやってくれ」 「あ、あの……」 「ノルマ大変なんだろう。同情するよ」 「お客様……」 「じゃあな」 捨てゼリフ気味にそう言い残し、出入り口へと向かう。 ……少し、いやかなりキザったらしかっただろうか。 ただこの世界で俺は新人だ。あまり悪印象を持たれたくない。 慣例となっているであろう『オプションを付ける』という行為を無視する、そのことによって生じる弊害は取り除いておきたい。 そして個人的に恩も売っておく必要もあった。これは必要経費だ。 なら素直にオプションを付けていればいい話だが、何のことはない、俺は早く帰りたいのだ。 女性の買い物が長いのは世の理だが、同時に金持ちの買い物も面倒くさい。 慇懃なお辞儀を背に、楓へと繋がる鎖を軽く引きながら車のほうへ向かった。 ▼ 「案内役で来たはずなのですが、すっかり役立たずになってしまいました。それにあれは私には真似できませんよ」 「大げさだな。社交辞令など子どもでも使う」 「状況と桁が違うでしょうに」 特に反抗もせず淡々としている楓を車に載せた後、まだ会場に残るという巴と二人で、しばらく話をした。 「それにしても今日は楽しかったです。あの人から貴方のことはいくらか話を聞いていましたが、やはり会ってみないと人は分かりませんね。……あ、もちろん褒め言葉ですよ?」 「お互い様だ。こちらとしても助かった。また縁があれば助言願いたいものだ」 「喜んで」 共通の友人と言うファクターがあったとはいえ、巴とは今日会ったとは思えないくらいに打ち解けることができた。 人脈は何よりの財産なため、このことはプラスに捉えていいだろう。 「では、貴方の戦利品も寂しがっているでしょうし、ここでお別れといきましょうか」 「そうだな」 互いに言葉とともに握手を交わす。 楓を乗せた車に戻り、エンジンをふかす。 「ではまた」 「ああ」 そして軽く手を振り見送る巴の姿をバックミラーで確認しながら、島から出るフェリーの搬入口へと車を走らせた。
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