第三話『妖性転移』

 『思考を流し込む』能力。内容としては単純なものだ。
 相手の思考を、術者の思考で上書きする。それだけ。
 
 例えば相手に、『今日はハンバーグが食べたい』と流し込む。すると、相手の頭の中に『今日はハンバーグが食べたい』という思考が生まれる。
 このとき、相手は自発的にそれを考えたわけではない。だが、結果としてそれを自発的に考えたものとして処理する。まぁ人間誰しも、今自分が考えていることが誰かに与えられたニセモノだとは思わないから、当然の話ではある。

 そうして相手の意思決定根拠そのものを、術者の都合のいいものに上書きする。だが、上書きするだけでそこに強制力はない。流し込んだ思考を受けてどう行動するかは、あくまで対象の判断に任される。何とも回りくどい話だ。
 そもそも思考誘導法自体は心理学に基づいたもの、暗示や催眠、果ては拷問や洗脳に近いものまで、さまざまな技法が確立されている。それらと比べるとこの能力はどれよりも地味でささやかで、そして寡黙な能力といえた。

「ふぅ……」

 残念なことに、不便な点は多々ある。

 まず、効果は対象の『思い込み』の強さに左右されるということ。
 この能力は本人が持つ常識や価値観ではなく、あくまで今現在の思考を一時的に上書きするだけだ。なので、自分の考えたことが絶対正しいと固執するような相手や、即断即決するような相手だとやりやすい。だが、常に自分の思考すら疑うような疑心暗鬼の持ち主や、ころころ思考を変えるような天邪鬼相手には効果が薄い。
 延々と流し込み続けることにより、強引に思考を染めることもできなくはないが、あまり現実的ではない。何より非常に疲れる。

 次に、相手の思考を読めるわけではないこと。
 流し込む思考が本人本来の思考とあまりにかけ離れていると、当然効果は薄い。自分は何故こんなことを考えたのか、という違和感にしかならないからだ。臓器移植の拒絶反応に近い。
 ゆえに相手の思考に沿った内容にする必要があるわけだが、肝心の思考を覗き込む力はない。なので相手がどんな思考回路を持ち、今何を考えているのか、探りながら能力を使うことになる。

 他にも色々と制約はあるが、要するに全ては相手次第の能力であって、問答無用で相手を意のままにするような強制力を持つものではないということだ。
 普通に使えばせいぜい、どちらにしようかと悩んでいる相手の決断を後押ししたり、面白可笑しな妄想を流し込んで悪戯を楽しむ程度の能力。
 せっかく特殊能力というか特異体質を手に入れたというのに、我ながら可愛いものが身に付いたものだと思う。

「そろそろか……」

 だが、ものは使いようで、考えようだ。
 一見役に立たなそうに見えても、使いどころは必ずある。制約があるというのなら、その逆をいけばいい。条件さえ満たせば効果は出るということは分かっている。
 そうして使いこなせた結果、得られるであろう報酬は、苦労するに足る魅力的なものなのだ。

 それを得るためならば。使えるものは何でも使う。あの日の俺はそう決意した。そして、実行していった。
 俺は手に入れた能力を存分に振るい、欲望が赴くままに『久織』を『創り続けた』のだ。

▼

コンコン……。

「ん?」
「先生……いる……?」

 前の生徒が退室してからしばらく。
 コーヒー片手に一息ついていたところに、久織の声がした。

「ああ、いるよ。いらっしゃい」

 普段から元気が有り余った子どものような彼女には似合わない、控えめなノック。いや、そもそもノックなんか今までしていなかった。するようになったのは最近だ。
 扉を見れば、恐る恐る部屋の中を覗く彼女と視線が合う。声をかけると、安心したのかほっと息をついて中に入ってきた。

「どうしたんだキョロキョロして」
「いじわる。他の子がいたみたいだったから……」

 俺の白々しい心配はあっけなく轟沈する。久織はとてとてと部屋の中央にある簡素なソファに近づくと、気が抜けたのか仕事で疲れたサラリーマンのようにぐったりと、しかし何かを気にするように慎重に座り込んだ。

「はふぅ……」

 少し歩き方がぎこちない。雲の上を歩くようにふわふわしているかと思えば、突然誰かに肩を叩かれたかのようにビクッと身体を硬直させていた。
 本来なら体調でも悪いのかと心配になるところだが、幸い俺は理由を知っている。少し荒めの息を繰り返す彼女を尻目に、備え付けの冷蔵庫を開けた。

「今日も暑いな」
「そだね……」
「また顔を出してきたのか」
「……うん。引き継ぎも終わったし、もう引退なんだけど……ね。顧問の先生が、ぎりぎりまで後輩の指導をしてほしいって」

 聞きながら、久織の経緯を思い出す。

 結果を残せず居場所を失っていた彼女の、現役最後の大会。
 冷めた周囲の目をよそに見事インターハイの決勝まで駆け上った彼女は、表彰台の上からチームメイトを見返した。
 これまで期待される成績を残せず、心ない仕打ちも受けてきただろう。だが成績を重んじるからこそ、もう今の彼女に文句を言える奴はいない。彼女は自分の力で、皆の口を黙らせ掌を返させたのだ。

「そうか。頑張ってるな。……ん」
「わ、ありがとっ」

 顧問でさえ、それまでは腫れ物を触るような接し方だったのにな。
 言いかけた言葉をぐっと飲み込み、久織専用と書かれたボトルから注いだ少し甘い麦茶を差し出す。
 部外者なりに言ってやりたいこともあったが、俺がでしゃばって解決する問題でもなかった。それにこうして自分の力で信頼を勝ち取ったのだ。今更水を差す必要もない。久織もそれは望んでいないだろう。
 両手でグラスを持ちクピクピと喉を鳴らす姿は、どこか誇らしげにも見えた。

「まぁ……よかったよ、いろいろと」
「先生最近そればっかり。……でも、うん。そうだね」
「まだしばらく忙しいな」
「まあね。でも、顔出して、口出すだけだし」

 聞いた話では、めざとい大学や実業団から早速アプローチがあったようだ。元々目は付けていたのだろうが、それまで接触がなかった辺り現金なものだと思う。もっとも、今はじっくり考えたいと全ての返事を保留にしていたようだが。まぁ久織ならどこへ行っても活躍できるだろうと心配はしていなかった。
 それに、俺はそこに関して干渉するつもりは毛頭なかった。彼女の人生は彼女のものだ。変な能力を使っておいて言えた義理ではないが、彼女には好きに生きていって欲しい。それが俺の本心だった。

「後輩からお手本をせびられるんじゃないのか」
「まあ、うん。言われる」
「やってあげればいいじゃないか」
「無理だよ……。もう、できないの知ってるくせに」
「んー、どうしてだったかな」
「ほんといじわるだよね先生」

 ただ俺は、彼女が欲しかっただけなのだ。
 好きに生きる彼女の、隣の席を誰にも譲りたくない。望むのはそれだけ。
 だからこそ、俺は能力を使う。使える。大義名分があるから。彼女を自分のものにしたいという、この欲望が愛情だと信じていたから。だから躊躇わない。
 それがたとえ、人として最低なことであっても。

「意地悪でもいいさ。お手本として走れない理由を教えてくれないか」
「む~~~」
「ほら」
「……先生、本当はボクのこと嫌い?」
「逆さ。好きだからこそだよ」
「ひゃぅっ!? あぐっ、むうううぅ~!」

 飲み干したグラスを両手で握り、ソファに身体を預けている久織の肩に手を置く。たったそれだけなのに、彼女は素っ頓狂な声を上げて、身体を跳ねさせた。
 よく見れば全身が小刻みに震えている。恨めしそうにこちらを睨むその顔も、どこか力がない。頬はほんのりと紅く染まり、一息ついたというのに未だ息が荒い。

「さあ、冗談はこれくらいにして。……点検の時間だ」
「はぁ……うん」
「……どうした?」
「ううん、……だってやっぱりまだ、恥ずかしい、よ……」

 知らない者が見れば、熱でもあるのではと思うだろう。だが、知っている者が見れば、その姿は全く別のものとして映る。

 発情。俺の抱く感想はそれだった。
 しっかり受け答えはするものの、どこか浮ついた声、仕草、表情。首元に鼻を近づければ、この時期の少女特有の青さと甘酸っぱさ。そして混じる汗と、雌の匂い。

「だ、め……汗かいて……っ」
「匂うな。いい匂いだ。久織の匂い」
「うぅ……」
「恥ずかしいか?」
「うん……。だけど、『必要なこと』だし……」

 彼女が口にする言葉に、俺は心のなかで口角を上げる。

 『恥じらいのある女性が男性に好まれる』
 『恥ずかしいという感情は、自分をもっと女性らしくするのに必要なこと』
 『確か、前に読んだ雑誌か何かにそう書いてあった』

 繰り返し流し込んだ思考は、しっかりと久織の中に根付いているようだった。
 実際に彼女がそんな記事を読んだかどうかは分からないし、そんなことを書いている雑誌があるのかも知らない。だが、そういえばそうだったかも、と思えるレベルならそれでいい。それだけで人は納得してそれを真実として受け入れる。
 それに、誰に聞いたか分からない噂話の出処を探ろうなんて考えるやつはいない。そうやって心理の隙を突いて違和感を薄めていく。

「必要なこと、か。なら、もっと恥ずかしい気持ちにならないとな」
「そう……なんだけど……。うぅぅ~」
「なら、命令してやろうか」
「……っ」

 加えて、動機付け。
 本人が抱える不満、問題を解決する方法として提示することにより、積極性を引き出す。
 コンプレックスを利用する、というと聞こえが悪いが、ダイエットだって同じことだ。コンプレックスだからこそ、より細く美しくあろうとする。学歴や挫折もそうだろう。皆コンプレックスをバネに頑張っている。その手助けをするだけだ。
 少し作為的なのは否定しないが。

 久織の場合は、自分の性格や体型の子どもっぽさ。それと周囲に味方がいなかったせいか、承認欲求が強い。自分を必要としてくれる、心から依存できる相手を探している。
 普段の明るさは彼女なりの隠れ蓑であり、同時に感情の裏返しでもある。

「見せろ、久織」
「……はい」

 『命令されたら、その通りにしなくちゃいけない』
 『命令してくれるのは、必要としてくれるから』
 『先生がボクを必要としてくれるから、命令してもらえる』
 『嬉しい。必要とされるのは嬉しい』
 『命令されると、嬉しい』

 心理の隙とコンプレックスを使い、関連付けし、より自然な思考を演出する。他人にとって違和感があるかは関係ない。あくまで本人にとっての真実になればいい。
 そして、流し込む思考はこの場限りじゃない。長い期間に渡って、何度も、何度も、繰り返す。脳みその奥の奥にこびりつくまで。流し込まなくても自分でそれを考えてしまうようになるまで。
 そうすることで、やがて思考は術者の望むままに染まる。これこそが、俺が考えたこの能力の利用法だった。

「ん……」

 久織がゆっくりと立ち上がった。俺はその手からグラスを抜き取る。そして部屋の扉の内鍵を確認し、いつも座っているデスクチェアに腰掛けた。
 彼女は部屋の中央、俺の目の前に移動する。一瞬躊躇った後、制服であるセーラーワンピースの裾を握った。

「……」
「久織」

 その態勢のまましばし動けなくなった久織を促す。こちらを見た彼女はコクリと頷き、意を決した様子で両手を上へと持ち上げ始めた。
 裾は握ったままだ。当然スカート部分は捲れ上がり、隠すべきところがあらわになっていく。

「ぁ……」

 細く引き締まった脚。日焼けした肌と、白いハイソックスのコントラスト。部活を引退して、少し女性らしく肉付きがよくなってきたように見える。両手の陰に隠れて、太ももをもじもじと擦る仕草が何とも艶かしい。
 やがて裾が腰の位置まで持ち上がり、隠された秘所が曝け出される。

「あ、う……」

 そこにあるのは、女子校生らしい可愛い下着、ではない。
 革でできた無骨な黒いパンツだった。

「ちゃんと着けてるな」
「うん……」

 貞操帯、と商品名には書かれていた。
 貞操帯とは、股間部を覆うことによって物理的に性交や自慰を防ぐ器具のことだ。施錠することにより鍵を持つ人間以外には外せなくなり、相手の性欲を管理することができる。……と、商品説明の欄にあった。

 性交を防ぐ、という意味では、確かにこのままでは不可能だろう。革はそれなりに強固で、引き千切るわけにもいかない。身体にフィットしているため、鍵がなければ脱げないのも本当だ。
 ただ、工具を持ち出せばどうにでもなる。金属製の、職人が作り出す悪魔的なそれと比べれば、これは所詮ジョークグッズだ。貞操を守るにはあまりに頼りない。

「こっちも確かめるか」

 ならこれは、何のために履かせているのか。
 貞操帯、ではない。全くの逆だ。これは、久織を性的に責めるための下着なのだから。

「あ、やっ……!」
「そら」
「んあっ!? あ、あ、やぁ……くぅ……っ!」

 俺はポケットから取り出したリモコンのスイッチを入れた。すると低く唸るような音が響き出す。それと同時に久織は悲鳴を必死に押し殺し、膝を曲げ腰を落としてしまった。
 それでもへたり込まず立っているのはさすがだ。両脚は生まれたての子鹿のようにプルプルと震え、内股の状態でかろうじて踏ん張っている。身体をくの字に曲げ、腰が引けた格好。ともすればトイレを我慢しているようにも見える。

「ちゃんと入れているようだな」

 リモコンで操作したのは、遠隔操作できるバイブ。それが入っているのは、久織の後ろの穴。
 彼女は今、ケツ穴を開発されているのだ。

「う……はっふ……と、とめ……」
「ん、止めていいのか」
「あ……」

 『先生はボクと、えっちできないって言った。ボクがまだ子どもだから』
 『でも、お尻の穴なら、いいって』
 『恥ずかしいけど、これを頑張れば、先生はボクを……』

「う、うん……とめ……ちゃ、やだ……」
「……そうか。なら続けよう」

 俺の言葉に逡巡したあと、首を振って続行の意思を伝える久織。
 俺は思わずニヤける口元を手で覆った。

「もっとよく見せてくれ」

 椅子から立ち上がり、久織のそばにしゃがみこむ。
 貞操パンツではなく、調教パンツ。後ろの穴に入れたバイブを固定するのが主な目的だ。
 ただし、彼女を苛むのはそれだけではない。

「ここも大きく育ったな」
「ひゃうっ!?」

 腰を一周するベルト、そこに掛けられた錠によって勝手な脱衣を禁じているわけだが、彼女が自分で脱げない理由はもう一つある。
 パンツの中央より少し下。穴が開けられ、ハトメで補強されたそこから飛び出しているピンク色の肉芽。
 薬品と吸引、オナニーによって肥大化したクリトリスだ。

「つ、よ……ひぃ! せんせ……だ……めっ!」

 こうして指で軽く撫でるだけでガクガクと腰が震えるほど敏感なクリトリス。それを無慈悲にもリングピアスが横に貫き、そのピアスとパンツに付いているリングとが南京錠で接続されているのだ。
 パンツに空いた穴の大きさは、リングピアスが通れる大きさではない。そのため、久織はパンツを履いた後にクリトリスを穴から出し、ピアスを付け施錠している。こうすることでクリトリスは常に外に露出したまま隠すこともできず、南京錠とピアスの重みで刺激に晒され続けることになる。無理に外そうとすればクリトリスが千切れてしまうため、腰ベルトと合わせて二重の枷になっているのだ。

「初めは穴から見えないくらい小さかったのにな」
「う……ん、がんば……って、ひぃ! お、オナニー、したよ……っ!」
「よしよし、偉いな」
「あ……」

 無防備に晒されたクリトリス。直腸を抉り続けるバイブ。
 歩き方や反応がおかしかったのはこのせいだ。

「こっちはどうかな」
「ひゃ、つめた……!」

 それに加えて……と、俺はおもむろに観葉植物用の霧吹きを手に取ると、久織の胸に数回吹きかけた。
 盛夏服は生地が薄い。水に濡ればすぐに下が透けて見える。本来であれば下着が浮かび上がるはずだが、彼女に限ってそれはない。そもそも着けていないからだ。

「こんな簡単に透けてたら、もう皆にバレてるんじゃないか?」
「分かんない……けど……いつも、んっ! ドキドキ、してる……っ」

 浮かび上がるのは、日に焼けた顔とは違う白い肌色。それと膨らみの頂点にあるピンクと、それを貫くシルバー。
 控えめながら膨らみを増してきた胸に濡れた制服がピタリと張り付き、何ともいえないエロスを感じさせる。そしてクリトリスと同じように乳首を貫くピアスが、幼い体躯と対比して背徳感を演出していた。

「それ……にっ! あぅ……、こす、れるから……あ!」

 ピアスによる刺激が止まず勃起を続ける乳首は、動く度に制服に擦れることだろう。股間の責め具と合わせて常に性的快感に浸り続ける久織は、それでも普通を装って学園生活を送っている。身悶えて、時には不審に思われながらも、絶え間ない責め苦によって身体をいやらしく作り変え続けているのだ。
 自分のため。そして、俺のために。

「良い子だ」
「はふ……せん、せ……」
「ご褒美に、出させてやろうな」

 その姿に満足した俺は、部屋の隅にある大きめのケースを開け、道具を取り出した。
 それを見た久織は「あ……ぅ……」と何ともいえない声を漏らし、俯く。

「今日はまだだろう」
「……うん」
「なら溜まっているな」

 それはおまるだった。前方にアヒルがあしらわれたお馴染みのデザイン。便器部分に跨がり用を足す幼児向けのトイレトレーニング用品だ。久織のような歳になって使うことはまずない。
 だからこそ羞恥心を引き出せる。

「……」

 だが、さすがにこれは抵抗も大きい。当然だ。人前で排泄することがすでに異常なのに、いい歳しておまるの世話になるなど屈辱でしかない。もちろん怪我人や要介護者はその限りではないが、久織はいたって健康そのものだ。

「見せてくれないか。久織の可愛らしい姿を」
「うぅ……」

 だから、思考を流し込んで揺さぶる。

 『こんなの恥ずかしすぎるよ……』
 『でも、おしっこしたい。もう我慢できない』
 『先生は見たいって言ってる。でも、汚いし、臭いし、嫌われたくない』

 そして、言葉で追い打ちをかける。

「俺は汚いなんて思わない。臭いなんて思わない」
「……っ」
「嫌ったりするどころか、もっと好きになるよ」

 『先生、嫌ったりしないって。もっと好きになるって』
 『ほんとかな……。でも、先生は嘘つかないし』
 『ちゃんとできたら、褒めてくれるかもしれない』
 『ボク、褒めて欲しい。だから……』

「……ボク、やる」

 挟み撃ちで、退路を断つ。

「よし。準備しようか」

 本当に素直で良い子だ。思い通りの展開に笑みを堪えながら、バイブの振動を止め久織を真っ直ぐ立たせる。
 肩幅に開いた両脚。スカートの裾を持つ両手はそのままお腹の辺りで、革パンツは剥き出しの状態。そこを覗き込むようにしゃがみ込む。

 充血しヒクヒクと震えるクリトリス。揺れるリングピアスに虐められ痛々しいが、次のターゲットはこれではない。その下、もう一つ空いた穴に用がある。

「よく我慢したな」

 外から見えるのは、クリトリスを囚えているものと同じ南京錠。そして銀色に光る金属が、丁度尿道の位置に埋め込まれている。
 小指の半分程の太さの尿道プラグ。それが久織の尿道に挿し込まれ、尿を堰き止めているのだ。

「外すぞ」
「……うん」

 勝手に抜けないように掛けられた錠を外す。尿道プラグは二重構造になっていて、外側の棒がカテーテル、内側の棒が栓の役割をしている。外側のカテーテルプラグは先端が傘のような返しになっているので、容易には抜けない。なので小便をするには、栓棒を引き抜くしかない。

「さあ、しゃがんで」
「ん……」
「一日溜めた小便を出してみろ」

 南京錠によって革パンツと繋ぎ止められていた栓棒を引き抜く。カテーテルプラグ越しなので痛みはないはずだ。
 だがそれがあるからこそ、尿道を閉じることもできない。栓棒を抜いた瞬間、膀胱に溜まった小便がカテーテルプラグを通り、おまるの中へと注がれていく。
 じょぼじょぼと響く音。ふわりと立ち込めるアンモニア臭。みるみるうちに久織の顔が赤くなる。

「あぅ……ううう……」

 羞恥とともに、膀胱が軽くなる解放感を感じているはずだ。だが、カテーテルプラグ越しの排尿は味気ないものだろう。何せあの独特の排尿感がないのだ。それが少し物足りないような、そんな表情をしている。

「全部出たか?」
「……ん」

 だが、仕方ない。排尿を管理されるということはこういうことだ。
 自由に出すこともできず、その快感すら奪われる。

「ついでに大きい方も出そうか」
「うん……」

 次第に久織の返事が上の空になっていく。
 一種のトランス状態に入っているのだろう。いくら理屈を捻じ曲げて受け入れさせているとはいえ、行為自体の負担は着実にその身体に、精神に蓄積している。そのための防御反応が出ても不思議ではない。

 だが、それはこちらとしても都合がいい。
 彼女の体を起こし、手早くクリトリスと腰ベルトの錠を外す。そしてクリトリスのリングピアスを外し、革パンツを剥ぎとった。

「ふあ……」

 解放感からか、久織の口から呆けた声が漏れる。苦笑しながら、俺は革パンツとともに鍵をソファへ置いた。

 ちなみに鍵は普段久織自身が持っている。さすがに週に一度しか来ない俺が小便を管理するのは無理があるし、長期着用を想定していない革パンツを履き続けるのは不衛生だからだ。
 なので彼女はネックレスのように首から下げて肌身離さず持ち運び、毎日排泄や風呂の際に錠を外して、用が終われば再び施錠するという生活を送っている。

 正直、不正をしようと思えばできる。
 週に一度の逢瀬の時だけ着用していれば、それ以外は俺に確認する術はない。厳重に管理しているわけではないから、嘘を吐かれれば分からない。

 だが、だからこそ。この鍵には重みがある。
 これは久織の排泄と性欲を管理する鍵。ひいては久織を支配する鍵だ。そして象徴であり、お互いがお互いを信じている証だ。
 彼女が俺を求める限り、この鍵は俺の分身足り得る。俺の命令の代行者であるこの鍵に、彼女は嘘を吐かない。俺にはそんな根拠のない自信があった。

 彼女は決して俺を裏切らないだろう。もちろんそういう風に調教しているから、ということもある。だが何より俺が彼女を信じていたのだ。俺が求める『俺を裏切らない久織』という存在を。

「抜くぞ。力抜けよ」
「は、ぃ、ひぐっ!?」

 ズルズルと肛門から抜け落ちるバイブ。これだって革パンツを脱がなければ抜くことができない。結果として排泄の自由も奪われていることになる。

「はぁ……はぁ……」

 ぽっかりと空いたケツ穴は物欲しそうにヒクついて、まるで俺を誘っているようだ。今すぐにでもぶち込みたい。その熱を、うねりを、感じてみたい。そう思わせる魔力がある。
 だが、まだ足りない。まだ熟していない。ただのケツ穴セックスではもったいない。強烈な初体験を味わわせてやるために、さらにほぐし、抉り、開発して、その時を待つのだ。

「……それまでの辛抱、だな」
「ひあ、あ!」

 久織の処女を奪うつもりはない。そしてそれを免罪符にするつもりもない。
 ただの、エゴだ。
 自分好みの変態に仕立てあげようとする意思とは裏腹に。どこかで彼女には清らかであって欲しい、出会った頃の彼女がいて欲しいという、情けない俺の願望。

「あ、あ、せ、んせ……!」

 指で肛門を弄るうちに、段々と切羽詰まった声を出し始める久織。
 限界が近いのだろう。おまるを跨ぐ両脚が震えている。俺は彼女の正面にしゃがみ、アヒルの顔から横に伸びる棒を必死に握っているその両手に触れた。

「大丈夫、俺が見ていてやる」
「う、うん……っ」

 普通なら「見ないで」と怒るところだが、瀬戸際に立たされた久織が抱く感情は『不安』だ。だから俺の存在を知らせ、刻み込む。そうして安心を得た彼女が、次に強い感情である羞恥を思い出したところで、命じる。

「さあ、出せ」
「あ、う、ぅあ! あ、あ! で、でるっ! うあああっ!」

 限界に達した久織はそれを解放した。他人には聞かせたくないはずの音が部屋中に響き、先ほどの小便を上回る臭いが充満する。
 思わず俯こうとするが、許さない。その顔を両手で包み、視線を合わせる。涙でぐちゃぐちゃの瞳。茹で上がったような頬の紅。普段の快活さがまるで消え去った、か弱い子どもの泣き顔。

「ふ……」

 そんな彼女に、微笑みかける。全てを許すように優しく。大丈夫だと安心させるように。
 すると、彼女も笑う。ぎこちなく、卑屈に。これでいいんだと、安心するように。
 上下関係が強固になる瞬間だ。

「よく頑張ったな」
「ぐす……うん。ひっく……」
「さ、片付けよう。拭いてあげるから、突き出してくれるか」

 こんなことをもう何度も繰り返している。思考を流し込んでガードを下げたところに、心と身体を抉るような調教。その相乗効果によって久織は急速に変態性を増し、依存度を深め、俺を楽しませてくれている。

「……よし、綺麗になった。パンツ、自分で履けるか?」
「うん、大丈夫……」

 久織の行動一つひとつが愛おしい。せっかく解放されたケツ穴にバイブを埋め込み、革パンツを履く。前の穴からクリトリスを剥き出し、脱ぐときに外していたピアスを付ける。尿道には栓棒を差し込み、それぞれのリングを革パンツに南京錠で繋ぐ。最後に腰ベルトも施錠して、彼女はいつもの姿に戻った。

「先生……」
「ん?」
「今日も、お口で、する?」
「ああ、それじゃあお願いしようかな」

 それらは、決して強制していない。久織が自分で考えて、自発的に行っているのだ。この、口奉仕さえも。
 ズキリと一瞬心が痛む。が、無視する。同じはずだ。たとえその思考回路が他人に作られたものだとしても。今この時、彼女が抱いた思考は確かに彼女自身のものなのだから。

「それじゃするね」

 次第に意識がはっきりとしてきたのだろう。久織の瞳にも、その動きにも、力強さが戻りつつあった。

「……ん、あむ……ちゅ……」
「くっ……」

 俺の気持ちいいポイントを全て把握したフェラチオ。口にしなくても、彼女の頭の中には俺がして欲しい動きがリアルタイムで流れている。経験は浅いのに、まるで熟練の娼婦のような口使い。いつも元気でよく笑う口も、今だけはオーダーメイドのオナホールだ。

「ちゅぶ……ん、ぱぁ……はぐ……んぐぐ……!」
「うおっ!?」
「あぐっ、げほっ!? ごほ、えほ……っ!」

 そんなことを考えていると、久織が大きくむせていた。どうやら俺がイラマチオを求めているという思考が流れてしまったようだ。油断すると無意識に思考が漏れてしまうこともある。俺は迂闊な能力の使用を反省し、彼女を気遣う。

「だ、大丈夫か?」
「ごほっ! ふぅ、はふぅ……。う、うん、大丈夫……。えへへ、上手くできなかった」
「……悪いな」
「……? 何で先生が謝るの。ボクがしてあげたいって思っただけだよ」

 また、心が痛む。どうしてか分からない。ただ、無邪気に笑うこの笑顔を見てはいけない氣がして、俺は気付かれないよう目を伏せた。

「続き、するね?」
「……ああ。頼む」
「今日も飲んだほうがいい?」
「……普通はマズい苦いって嫌がるもんだぞ」
「んー。でも、先生はボクが飲んだほうが嬉しいでしょ」
「まぁ、それは」
「なら飲むよ。もちろん美味しくはないけどね。えへへ」

 心に蓋をする。俺は間違っていない。上手くいっているじゃないか。だから大丈夫だ。
 再び咥え始めた久織の頭をそっと撫でる。「ふんっ」と嬉しそうに鼻が鳴いた。俺は確かに手にしている。このかけがえのない宝物を。それでいいじゃないか。

「んっ……ずぞぞ……ちゅる……」
「……っ」
「ぷはっ……せんせ、もう、出そうでしょ」
「ああ」
「やっぱり。ボク、先生がイキそうなの、何となく分かるんだ」
「そうか」
「きっと相性が良いんだよ」
「かもな」
「えへへ」
「……」
「……遠慮、しないでね」

 先程までとは違い、明らかに射精を促す動き。頭のピストンは激しくなり、ストローを吸うような吸引がキツくなる。
 急速に高まる射精感はいよいよ我慢できなくなり、堤防が決壊した。

「くっ……。出すぞ!」

 俺はどんどん有頂天になっていった。そしてそれと比例するように、いいようのないモヤモヤとしたものも積み重なっていった。

「んぐっ! ん、む!」

 だが、今だけはそれを吹き飛ばすように。
 俺は久織の頭をがっしりと掴み、不明瞭な感情ごと精を吐き出した。

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