第三話『邂逅』

　他人。
　人。
　世間。

「～～～～～～っっ!?!?!?」

　あああああああああああああ!!!!
　見つかった見つかった見つかった見つかった見つかった見つかった見つかった!!
　知らない人に見つかってしまった!!

　見られてしまった！
　こんな場所で！
　こんな姿で！

　おっぱいもアソコも丸出しで！
　犬の恰好で！

　浅ましく発情している姿を！

「おうううううっ!?」

　うわうわうわうわうわっ!?
　どうしようどうしようどうしよう！
　とととりあえず逃げなきゃ！

　突然の事態に頭の中がパニック状態になる。
　もうまともな思考なんか残ってなかった。
　冷静に考えればこんな格好で逃げることなんて出来やしないのに、とにかく目の前の危機から逃れることしか思い浮かばなかった。
　不自由ながら急いで四つん這いの格好に戻ると、疲れていたのも忘れて必死に手足を動かした。

「あ、ちょっと、どこいくの!?」

　そんな声が聞こえたけれども、お構いなしだ。
　来た道をひたすら逆走する。

「待って……！　って、あ、これ」

　ぐぇっ!?
　首が、くるし……？
　あ、しまった、リード！

　雰囲気を出すためだとかいって、首輪にリードをつけてしまったのが運のつきだった。
　いや、そんなのがなくても結果は変わらなかったとは思うけれど。
　とにかく、思い切りリードを引かれてしまっては、その長さ以上に逃げることも出来ない。

「ううううーーーっっ!?」
「ちょっと、落ち着いて！　別に乱暴するわけじゃないんだから」
「ううーーーっっ！」

　落ち着いてなんかいられない。
　どこにそんな力があったのか、わたしはとにかく暴れまわった。
　恐れていたことが現実になって、頭の中は恐怖と混乱でいっぱいだったのだ。

「もう……仕方ないわね」

　突然後ろからガバッと何かが覆いかぶさってきた。

　う、動けない……！
　なになになにっ、何されて……!?

　あ……。
　もしかして、抱き、しめられて……る……？

「ほら、何もしないから」

　パニックになって無我夢中で暴れまわっていたけど、その事実、声を認識して、ひとまず動きを止めた。

「落ち着いて、ね？」

　なんだろう……。
　酷く優しげな声。

　この人は、何もしないのかな？
　ひどいこと、しないのかな？
　悪い人じゃないのかな？
　もしかして、いい人なのかな？

　いや、まだいい人だと信じてしまうわけにはいかないけれど……。

　でも、温かい……。
　いい匂い……。

　手に入る情報が、断片的に頭の中へ沁み込む。
　少しぽうっとなって、こんがらがった頭が落ち着いていくのが分かった。

「ふぅ……少しは落ち着いた？」
「んぅ……」
「そう。じゃあ離すからね。逃げたりしちゃダメよ」

　私を抱きしめていた女性の身体が離れる。
　散々暴れまわったせいで疲れてしまったのもあるけど、何故か私の身体は逃げようとはしなかった。

　前を向くと、視界がかすむ。
　ぼんやりと映る女性の指が私の目に迫り、何をされるんだろうと少し身構えたらただ涙を拭ってくれただけだった。
　知らない間に涙まで流していたみたい。

「あらためてみると、可愛い子ね。何でこんなことしてるの？」
「んふ……んん……」
「ああ、そっか、その状態じゃしゃべれないか……。って、ん……なによ……これ」

　女性の手がそっと口枷に触れる。
　どうやら外そうとしてくれているみたいだけど、それは出来ない。
　口枷には錠が掛かっていて、鍵は私の手の中だ。
　そのことをジェスチャーなりなんなりで伝えて、口枷を外してもらう、いや、いっそのこと全部外してもらおうか、とも思ったけど。

「んーっ！　んーっ！」
「……ごめんなさい。何を言いたいのかわからないわ……」

　その計画はあえなく頓挫した。
　だいたい手足が折り畳む形で拘束されている時点で、ジェスチャーも何もあったもんじゃない。

「うーん……そうね……。じゃあ、私がいくつか質問を出すから、首を振って応えてくれる？　イエスは縦、ノーは横ね」
「……うー」

　代替案として出された提案に、私は首を縦に振った。
　確かにこの状態だとそれが一番手っ取り早い。

「じゃあまずは一つ目。これは誰かに強制されたの？　犯罪の可能性はある？」
「……んー」

　首を横に振ると、女性は明らかにホッとした表情を見せた。
　確かに普通はそう思うよね……。

「そう。……ひとまず安心したわ。なにか事件に巻き込まれていたんじゃ、シャレにならないからね」
「……」

　むしろ、これから巻き込まれる可能性もあったわけだけど……。

「と、いうことは……これは、誰がやったの？　あ、これ二つ目ね。……もしかして、自分で？」
「……………………ん」

　もの凄く恥ずかしい告白だけど、仕方ない。
　顔から火が出そうなくらい赤くなりながら、ほんの少しだけ首を縦に振った。

「なるほどね……」

　さっきまでと違って、気のせいか女性の声色が楽しげに聞こえた。
　それは静かに、感情が高ぶるのを隠すような声。
　顔だけ覗いてみれば、当惑と心配が交わりあったような表情なんだけれど。

「姿だけ見ると、自縛マゾヒスト……それを、野外に出て……。でも、尻尾までつけているとなると……」

　普通なら聞きなれない、でも私にとっては聞きなれている言葉が出てきて、薄れ始めていた警戒心が再び再燃する。

（この人……普通の人じゃ……ない……？）

　そもそも、自分で言うのもなんだけど、こんな姿の人間に、こんなに冷静に話しかけることなんてできるのだろうか。
　本来なら、嫌悪して放置、または警察に連絡するのが一般的な反応だと思う。
　だけどこの人はそうするでもなく、まるで興味ありげにこちらを覗き込んでいるのだ。

（……なんだか、怖い）

　急にこの人が怖くなってきて、私はじりじりと後ずさりを始めた。
　でも。

「あ、こら、逃げちゃダメって言ったでしょ？」
「あぐっ！」

　そうだった、リード、持たれたままなんだった。

　首輪につながれたリードを引っ張られると、逃げることなど叶わない。
　このリードがこの人の手にある限り、私はこの人から逃れられない。
　突然そのことが酷く危機的状況にあることを思い出させて、再び混乱しようとした頭はそれを恐れて違う結論をはじき出した。

（あ……さっきの妄想……今、まさに……この人が……）

　自分でもバカだなぁと思う。
　なんとわかりやすい現実逃避だろう。
　でも、このときの私はとにかく冷静ではなく、この人が『害なす人』であることを極端に恐れていた。
　それに、一度繋がっていた思考回路はたやすくその結論を導き出し、芋づる式に関連する神経回路をひきずり出す。

（だめ、それだけは……考えちゃ、だめだ……）

　泥沼に嵌まっていきそうな自分を何とか引き上げようとする。
　けれど圧倒的な現実の前に心が困惑し、足がすくむ。
　結局私の精神は恐怖から逃げることを選ばず、恐怖を快楽に変換して生き延びようとすることで、現実から逃げることを選んだ。

（握られてるんだ……私を……私の運命を……今のこの状況……。私をどうしようと、この人の自由なんだ……）

　ぎゅうぅっっと胸が締め付けられる。
　動悸がする。
　息がしづらい。

　ブピュッ、と音が聞こえるくらい、乾いたと思っていたお股からまた愛液が噴出した。

「あら……あなた……」
「ん!?　ん、ん～！」

　先程とは打って変わって楽しげな表情を隠そうともしない、その顔がどうしようもなく怖い。
　私は思わずブンブンと頭を横に振った。

「うふふ。まだ何も聞いてないじゃない。……じゃあ三つ目ね。……あなた、まさかこんなことして、感じてるの？」
「うーっ！　んーーんーー！」

　なんていじわるな質問なんだろう。
　こんなこと、少しでも前向きな気持ちがなかったら、絶対やらないのに。
　破滅的な気持ちよさを求めて、その一歩を踏み出したのに。
　その結果が、誰が見てもわかるくらい溢れ出しているのに。
　今だって、こんなに……。

　でも、その質問を認めるわけにはいかない。
　それくらいの常識、日常への未練はまだ残ってる……はずだ。
　私は必死で首を横に振った。

「あははは。そんなに必死で頭振っちゃって。本当かしら～？　古臭い言い方だけど……もっと正直なお口に聞いちゃいましょうか？」
「んーーーーっ!?」

　だめ！
　それだけはだめ！
　私は全力でその場を離れようとする。

　けど、リードを握られている以上、ここから離れることなど出来やしない。
　それでも、そんなことわかっていても、じっとなんてしてられない。
　首が絞まるのもかまわず、私は公園の出口目掛けて足を踏ん張る。

「ほら、もう観念なさいな。ん、しょ、ほら、どれどれ……」
「あうう～～っ!!」

　だけど、いくら踏ん張ったところで、私の不自由な身体はズリズリとバックを開始する。
　あえなく手繰り寄せられた私は、ガッチリと腰をホールドされた。

　グチュ……クチュリ……。

「あおぉぉぉ……！」

　最も隠すべき場所が、最も隠しておきたい事態が、赤の他人に暴かれた。
　女性の細くて冷たい指先が、火照ったぬめりの中に吸い込まれていく。
　自分の指とはまた違う違和感に、背筋がゾクゾクと震える。

　初めて自分以外の人に触られた……。
　しかも、濡れて……感じてしまっているのが、ばれた。
　こんな変態的なことをして、惨めに快楽を享受している自分が。
　真っ当な立場の、同性に。
　悔しい。恥ずかしい。情けない。
　こんな屈辱って、無い。

　でも、そんな感情よりも先に、ようやく与えられた直接的な刺激にしびれるような快感を覚えた、自分自身が一番情けなく思えた。

「ふふっ。もうグチョグチョじゃない。こんな状況で感じるなんてね。ということはあたしに見つかるまでの間も相当楽しんでいたんでしょう？　あーあ、心配して損しちゃった」
「おおぉ……う……」

　蔑むような視線に、私はいたたまれなくなる。
　悔しくて、情けなくて、また少し涙が溢れてきた。
　なのに、下のお口からは相変わらず涙以上によだれをたらしていて。

　ああ……こんなことになるなんて……。
　予測は出来てたはずなのに。リスクは覚悟の上だったのに。
　どこかで、絶対大丈夫、という根拠のない確信を持ってたんだ。

　それが全部裏切られた。

「ふふ……いいわぁ、その顔。グチャグチャになったそういう顔を見るだけで、お姉さん濡れてきちゃうわ……。ん……」
「ふぶぅーーっっ!?」

　女性の顔がアップになって、まさかと思った時にはすでに手遅れだった。
　口枷の周りに垂れたよだれもろとも、キスをされた。
　思わず後ずさろうとしたけど、両手でがっしりと抱え込まれて、身動きが取れない。
　そのうちジュルジュルとよだれが啜られる音がすると、わけも無く再び涙が出てきた。

「ん……ちゅるっ……あは……甘～い……。ちゅぷっ……ん、あれ、泣いてるの？」
「おふっ……おふっ……」

　自分でも何でかは分からないけれど、急に涙が止まらなくなって、
　おそらくここ最近の中で一番泣いた。

「もう……必死に涙堪えてるのが萌えるのに……。本当に泣いちゃったらお姉さん困っちゃうでしょ？　……まぁいきなりこんなことされたら泣いちゃうのかしら……？」

　溢れ出る涙を、ペロリペロリと舐めとられる。
　なんだか猫みたいな人だな……。
　また舐められるそばから雫がこぼれた。

　何で私、泣いてるんだろう。
　キスのせい……とは、また違うような気もする。
　確かに、その、初めてだったけど、この異常な状況と、この人への驚くほどの嫌悪感のなさで、意識はすれど感情にまでは結びつかなかった。
　見つかった恐怖、もあったけど、それも、最初に比べれば随分落ち着いている。

（あ……）

　いつのまにか頭を撫でられているのに気付いて、また涙がこぼれた。
　何で泣いてるの？
　わからない。
　でも。
　不自由な身体が、心が、溜め込んだ感情を、涙が放出してくれているような、そんな気もした。

▼

「……ねぇ、あなた。独りでこんなことしてるんでしょう？」
「………………ん」

　しばらく胸を借りたように泣き腫らした私は、ようやくある程度の自分を取り戻していた。
　親にも見せたことの無いような大泣きを受け止めてもらったせいか、不思議ともうこの人に対しての警戒心は吹っ飛んでしまっていた。

「だれも、パートナーもいないんでしょう？」
「…………ん」
「ひとりだと、いろいろ大変だと思わない？」
「…………ん」

　ぽつぽつと繰り出される質問に、私は馬鹿の一つ覚えのように小さく首を縦に振り続けた。

「ひとりだと、出来ることも限られるわよね。もどかしく思うことも、あるわよね？」
「……………………ん」

　ほんの少しだけ、キュッと胸が苦しくなった。
　ひとりで出来る事の限界。
　他人が、パートナーがいてこそ味わえるもの。
　屈辱、被虐、強制、被支配……連帯感。
　実際に実行したのは今日が初めてだけど、妄想だけは何度もした。
　だからこそ感じていた、感情。
　それは、私がずっと思い描いていた妄想。
　叶うはずない、叶えてはいけないと思っていた理想。

「そうよね。……じゃあさ」

　ああ、やっぱり。
　じわり、と、熱いものと冷たいものが一緒になったような、そんな矛盾した「何か」。
　痺れにも似たそれが身体中を満たしていく感覚に陥った。

　わかっていた。けど、気付いてはいけない想いだった。
　どこかで、待ち望んでいたこと。
　冗談のように、スパイスのために、思い描いた妄想ではなく。
　理解を、得られる相手。
　格別の被虐と支配でもって。
　私を、受け入れて、受け止めてくれる人。

「一人でするより、もっとイイコトしてみない？」

　一つひとつの言葉が、私のこの思いを確信へと至らせる燃料となる。
　それに呼応するように全身が震えだす。

　雨上がりのような澄んだ星空の下、スッと立ち上がったお姉さんは、妖しくはにかんだ笑顔で、私を絡めとった。

「あたしが、あなたを飼ってあげる」

　ついに満ち満ちた身体の中心で、ゴキュン、と心臓が跳ね上がるのを感じる。

　いけないことに、手を出す瞬間。
　戻れない道に、足を踏み出す瞬間。
　深い谷底に、身体を投げ出す瞬間。

　なんともいえない感覚。
　苦しくて、それでいて甘美な、息の詰まる動悸が止まらない。
　どこかホッとしているのに、なのに、苦しい。

　隣に立つ人の顔を、
　見つめて。
　見つめて。
　見つめて。
　そして、『目が合った』。

　見下ろす視線。
　見上げる視線。
　愛玩具を見る目線。
　所有者を見る目線。
　飼い主の眼差し。
　飼い主様への眼差し。

　視線に意味が宿るのだと、こんなに強く実感したことは無かった。

　その手に繋がるリード。優しい微笑。
　お尻に感じる尻尾。踏みしめる砂利の音。
　犬。ペット。飼い主。愛玩動物。奴隷。ご主人様。私。お姉さん。
　目が潤んで、わけがわからなくなって、よだれが垂れて。
　踏ん張った手足はそれでも自由にならなくて。
　荒い呼吸は収まらなくて、ゾクゾクと背筋に冷たいものが走って。
　身体中が熱くなって、頭の中が熱くなって、目頭が熱くなって。
　愛液を噴き出して、涙を流して、心が融けていきそうで。
　諦めるように、受け入れるように、嬉しそうに、悲しそうに、力が抜けたように。
　私はコクンと、首を、落とし、一言。

「……わん」

　と、鳴いた。

　お姉さんは、微笑んだ。

▼

　飼われる宣言をしたあと。
　今すぐにやることも無いので、とりあえずベンチに座った我が飼い主様。
　私のこの格好じゃベンチに上がれるはずも無いので、お姉さんを見上げながら足元に『おすわり』したら、「おりこうさんね」と頭を撫でられた。
　無性に胸が温かくなった私には、思った以上に飼い犬根性が備わっていたみたいだった。

「さてと、たなぼた式にお互いの願望が叶っちゃったわけだけど……」

　そういわれると何故かすごく恥ずかしい。
　というか、この人も日々「オモチャな女の子が欲しい」と妄想していたのかな？
　そう思うと少しこの人が可愛く見えてくる。

　そういえば、この人は今いくつくらいなんだろう。
　失礼ながら私より年上なのは間違いないと思うんだけど。
　そんなことをぐるぐる考えていると、隣から声を掛けられた。

「うーん……そうね……じゃぁ、……って、あ。あたしたち、まだお互いの名前も知らないのよね」

　そう言われれば、そうだった。
　そんな相手と命を預けるような関係を結んでしまうなんて、私もつくづく無用心だなぁ。

「きちんと話もしたいし……とりあえず、それ、全部外そうか？　というか、外せるの、それ？」
「んーー、んーーー」

　視線を合わせるようにかがんできたお姉さんに、手首に付いた磁石の存在をアピールする。
　外すというキーワードが出たせいか、急に「早く開放されたい病」を発症してしまったものだから必死だ。

「なに？　……んー、これは、磁石……？　で……あー、なるほど！　このがま口の留め金みたいなやつをとればこの手袋が脱げるってわけね」
「んーーぅ！」

　そのとおりだ、という意味を込めて盛大に頷く。
　って、ジェスチャー、通じるじゃない。
　さっきは「わかんない」とかなんとか言ってたのに……。
　もしかして、というか、やっぱりこの人、最初からそのつもりで……？
　……ま、今となってはどっちでもいいことではあるけど。

「へー、よく考えてあるわねぇ……。でも、これだと別に自分で取れるんじゃ……っと、ん、んっ!?」

　私の肩と手首に手が掛かり、引き剥がそうとされる。
　けど、何度かグッグッと力を込めても、びくともしないようだった。

「……な、なんとまぁ強力な代物で……こりゃ自力じゃ無理だわ」
「……あぅー」

　そこまで強力だったっけ？
　改めてとんでもなことをしていたのではないかという思いが湧き上がる。

「んー……あのさ、とりあえずこの手さえ自由に出来れば、あとは何とかなるの？　鍵とかの類があなたの家にまとめておいてあったりとかはしない？」

　それは、大丈夫。
　手さえ自由になれば、口枷の鍵はこの手の中にあるから、
　それで私の意思を伝えることが出来る。
　足だって、巻かれたベルトに鍵は付いていない。
　なので、大丈夫、という意味を込めて首を縦に振る。

「……そう。なら、あたしが外そうと思えばいつでも外せるのね」

　にやり、としたお姉さんの表情を私は見逃さなかった。
　それと同時に、ぞくり、と身体が震えた。
　これはきっとサディストの顔だ。悪いことやいたずらを考えたときの顔だ。
　人生２０年も生きてないけど、それは分かる。

「うん、わかったわ。なら、ここでこうしていても仕方ないし、行きましょうか？」
「あぅ？」

　もう嫌な予感しかしないけど、どこに？

「あなたの家に戻らなくても、外せるんでしょう、それ。なら、別にあたしの家でもいいわよね？」
「あ、あぅぅぅ……」

　そうだけど……そうだけど……。
　外堀からじわじわ埋められていくのってこんな感じなのかなぁ。

「いいじゃない、特に断る理由も無いでしょ？　……それとも、このままリードをベンチにくくりつけて帰っちゃおうかな～？」
「あうううう～～～～っ!?」

　だめだめだめ、それだけは絶対にだめぇ！

　決定権が向こうにある以上、何をされてもおかしくないので、必死になって首を振った。
　そんなことされたら、本当に身の破綻だ……！

「でしょ？　いいから、来なさいな。これからのこと、ゆっくり話したいし、ね？」
「……んぅ」

　そうまで言われたら、断ることなんか出来ない。
　まぁもとより勝ち目の無い私なんだけれども。

　でも、希望的観測から言えば、今日はこのまま帰れると思っていた。
　それで、一旦リセットして、ちゃんとしてから、それから……。
　それから……。

（どうするっていうの……）

　どっちにしたってすることは変わらない……か。
　それに、ちゃんとってなによ、ちゃんとって。
　もう何がなんだか分からなくなってきた。

「じゃ、早速帰りましょ。あんまり長居してたら、他に誰か来ちゃうかもしれないわよ」
「んーーー！」

　それはヤダ！

「うふふ。それも面白いかもね」

　あ、悪魔だ……。
　でも、そんなところが私のマゾ心に響いてくるのだから、困ったものだと思う。

「あうーー……」

　それはともかくとして、もう逃げたりしないから、これ、外して欲しいんですけど。
　自分で着けておいてなんだけど、今すぐ外せるとわかった途端、さっきから猛烈に外したい欲求が高まってしまっている。

「うーーっ、うーーー！」
「んー？　なーに？」
「あうーーー！」

　これ、外して、お願い！

「……んー、ごめんねぇ。何が言いたいのかよく分からないわ」
「んーーーーーっ!!」

　嘘！
　その顔は絶対分かってるって顔だもん！
　しかも、絶対外す気ない！

「あううぅ！　ううーー！」
「ほらほら、そんなバカ犬みたいに唸ってないで。あんまりうるさいと……あ、そうだ」

　お姉さんは私に繋がるリードを手早く外灯の柱にくくりつけ、何を思ったかいきなりスカートの中に手を入れ、ショーツを脱ぎだした。

「おううぅ!?」
「ちょっと恥ずかしいけど、あなたに比べればマシね」

　そう言いながら脱ぎ終わったそれを、口枷によって開きっぱなしの私の口の中に押し込み始めた。

「おぶっ!?　んん～～！　んー……！　ん……！」
「最後にちょうど良くぶら下がってる蓋をして、と」

　あえて外したままだった蓋を戻され、吐き出したくても吐き出せなくされてしまった。
　下着、それも、他人のものをほおばるというなんとも屈辱的な仕打ち。
　口の中に広がる布の感触やほのかに感じる温かさも加わって、私はただただ嫌悪感に震えた。

「んんん……！　んー……！」
「もう、そんなに嫌がらないの。あたしが傷ついちゃうでしょ？」

　左右に振っていた頭をぐいっと引き寄せられ、おでこがくっつくくらいに顔を寄せられた。

「ほら、今あなたの口の中にあるものは何？　ただの下着？　布きれ？　違うわよね。愛しい愛しい飼い主様の穿いていた、飼い主様のぬくもりが感じられる下着よ。それを今あなたは、口いっぱいに感じているの。むしろこれはご褒美だと思わない？」

　まるで催眠術をかけるかのように、私の心に言葉を塗りつけてくる。
　そんなことを言われると、なんだか「そうなのかな」という気持ちになってくるけど……。

　でも、やっぱり嫌なものは……嫌だ。

「無茶を言っているように聞こえる？　あなたにはまだ早かったかしら」

　口に溜まった唾液を飲み込むと、下着に染み込んだ唾液までも一緒に吸い込み、ほのかに苦味がしたときには本気でえずきそうになった。
　でも、見つめられたその瞳にもうしわけないような気がして、目にいっぱいの涙をためながらもなんとか堪えきった。

「……可愛いわ。今はそれで十分よ」

　また頭を撫でられた。
　我慢してよかった、と少しホッとした。

「ほら、もう文句は無いわよね。いい加減早く行かないと……。あたしだって今はノーパンなんだから」

　こっちは全裸なんだけど……とは当然言えない。
　でも、とにかく早く行かないと危険度が増していくのは確実だよね……。
　観念してついていくことにしよう。

「ほら、おいで」

　くいっとリードが牽かれる。

「散歩ならではのお楽しみはまた今度味合わせてあげるから、今日のところは我慢して早く帰りましょうね」
「ううー……」

　いろいろ反論したいこともあるけど、できない。
　とりあえず、牽かれるままに歩こう。
　そう思いながら、お姉さんの家まで深夜の道を黙々と歩いた。