ペットプレイについて、それほど知識があったわけじゃなかった。 何となくそんな関係に憧れて、色々と妄想したこともあったけど。 それはあくまで妄想で、そして一人遊びだった。 そのうちそれだけじゃ物足りなくなって、お姉さまと出会うきっかけになった犬拘束の自縛をすることになるんだけど。 それだって言ってしまえば聞きかじりの情報や妄想を試してみただけのことだ。 「とりあえずは基本的なことを覚えましょうか」 裸で床に正座した私を見下ろすように、ソファに腰掛けたお姉さまが妖しく笑う。 カタカタと身体の震えが止まらないのは、きっと寒さのせいじゃないと思う。 クラスで一番小さな身体も、きっと見た目以上に縮こまって見えているはずだ。 「これから貴女を調教、まぁ躾とも言えるけど、していくのだけど、一番の目的は何か分かる? きぃちゃん」 「……目的」 お姉さまの問いかけに、しばし考える。 目的……目的ってなんだろう。 ……気持ちよくなること? ……うん、まぁそれもあると思うけど……。 何だかそういうことを聞かれているんじゃない気がする。 ……漠然としたものしか思い浮かばないなぁ。 「……幸せになること?」 「あー、まぁ確かにゴールはそれかもね。でも今ここで言いたいのは、躾とは『ルールを覚える、身に付ける』ってことね」 「なるほど……」 社会を生きる上でルールというものが存在する。 お金を支払い買い物をする。他人に迷惑をかけない。時間を守る。 およそコミュニティに所属する時、守るべきルールを教えてくれるのが躾であり教育だ。 じゃあこの場合は? お姉さまと私、二人の間に必要な、守るべきルールがあるということ。 それはわざわざ躾けられないといけないような、特別なもの。 飼い主と飼い犬という、一般常識の通用しない関係上のルール。 それが今から私が覚えなきゃいけないルール。 「例えば……この場合のルールってどんなものがあると思う?『貴子』」 「あ、はい、えっと……」 質問を振られ、慌てて考え出そうとした私の頭に、トスンとチョップが振り下ろされた。 「あいたっ!?」 「減点1。初めてだから説明するけど……。今あたし『貴子』って呼んだわよね。『貴子』って『どっち』だった?」 「……? …………あ」 お姉さまの解説に、頭を抱えながらふと思い至る。 お姉さまは『貴子』のときは犬であるように、と言っていた。 「……わん?」 「はい正解」 疑問形ながら犬の鳴き声で応えると、お姉さまはにっこりと笑って私の頭を撫でてくれた。 ああ、なるほど。 これが『ルール』ってことか。 『貴子』と呼ばれたら『犬』として振る舞う。 それを覚えなさいということなんだ。 「本当はこんなこといちいち説明しなくてもいいんだろうけどね。単純に自分のいいなりになる奴隷が欲しければ、鞭でも薬でも何でも使って望むルールを叩きこめばいいんだから。ただあたしは、きぃちゃんにはちゃんと『自分で考えて』いてほしいから」 「考える?」 「そう。言われたからそうするんじゃなくて。何をするにも、自分で考えて、学んでいかなきゃダメよ。そうじゃなきゃ楽しくないわ。お互いに」 お互いに楽しくない。 その言葉が、コロコロと胸の中で転がった。 今はまだ上手く理解できないけど、意味が分かるのにそう時間は要らないとも思えた。 「あとは……そうね。間違いを恐れないこと。間違ったって、あたしが正してあげる。貴女が悩むべきことはそこじゃないわ」 間違えてもいい。 それは、なんて甘美な響きなのだろうか。 間違いが許されないこの現代で。 間違いを恐れることなく、生きていける。 間違いを恐れて小さく人生を終えるより、よほど自由に満ち溢れた生き方ではないだろうか。 間違えたって、お姉さまが正してくれる。 判断を、他人にゆだねることのできる、贅沢。 お姉さまを絶対者にすることで生まれる安息。 私の価値観はゆっくりと塗り変わっていく。 「さて、次のステップね、『貴子』」 「……わんっ」 「ふふ。そうそう。最後はそれが無意識に出るように頑張りましょう」 覚えたてのルールで応える。 こうして一つずつ覚えていけばいいんだ。 ▼ それから何日もかけて、お姉さまから躾を受ける。 決して焦らず。ゆっくりと。でも一つひとつ確実に。 それは『人間』として生きてきた私の中には存在しないルールだから。 でもそれは、私にとってやけに楽しいものだった。 好きなことに没頭する研究者のように。 小さな子どもが親から教わるように。 私はそれを吸収していった。 ……いや、この場合は飼い主が飼い犬から、と言ったほうがいいのかな。 まず私が覚えさせられたのは、自分の自由に移動できる『範囲』。 いわゆる犬のケージの中、その中だけが私が自由に動き回れるエリアになった。 犬のケージと言っても一応私の身体は人間サイズだから、ケージもそれに合わせてそれなりに大きさはある。 だから縮こまって身動きも取れない、というほどじゃない。 でも余裕があるわけでもないから、せいぜい膝を曲げたまま横になれるくらいだ。 高さも正座して頭が当たるかどうかといったところ。 つまりは伸び伸びと手足を伸ばして寝ることができない広さ。 その中で私は数日間を過ごした。 「……くぅん」 漏れる溜め息を、意識して犬っぽく吐き出す。 躾ということでどんなことをするんだろうとドキドキしていたら、有無を言わさずこのケージに入れられたのだ。 それから数日、そのまま。 最初は訳が分からず、何とか出してもらおうと懇願していたのだけど、しばらくしてその態度こそ改めるべきものなのだと学んだ。 このケージは、私のハウスなのだ。 それと、無闇に飼い主におねだりしてはいけない。 あくまで私はお姉さまありきの飼い犬でしかない。 同じ部屋にいながら構ってくれないお姉さまを格子越しに眺めながら、そんなことを考え、理解した。 ……ただケージに入れられて放っておかれただけで、これだ。 思った以上に覚えることは多いのかもしれないと覚悟する。 ▼ ケージの中は、暇だ。 動き回れるスペースもないし、暇つぶしになるような本やテレビがあるわけもない。 だからすることといえば、ひたすら考えに没頭すること。 それと、じぃっとお姉さまの動きを観察すること。 観察と言っても、四六時中お姉さまがこの部屋にいるわけじゃないので、必然的に考える時間の方が多くなるのだけど。 とはいえその考え事も、特にバリエーションがあるわけでもない。 その思考の多くは、専ら『どうしたら犬らしくなるのか』といったことに割かれていた。 「……ふぅ」 (あっ!) だから、お姉さまが部屋に戻ってくると、嬉しい。 何もすることがない、できない中で。時間だけ持て余している中で。 唯一の外の刺激であるお姉さまの動きに、私は知らず知らずのうちに血眼になる。 今まで以上にその仕草一つひとつに敏感になる。 (頬杖つくときは右手なんだ……) (歩き方綺麗だな……) (あ、右目の瞼がぴくんってなった。ちょっと怒ってるのかな) じぃっ、と観察を続けながら、一日を過ごす。 「貴子」 「……! わんっ」 そんな状態の私だから、声を掛けてもらうだけで飛び上がるほど喜びを抱くようになっていた。 構ってもらえるだけで嬉しい。 そんな原始的な欲求の存在を認識する。 「はい」 「っ! わんわん!」 ゆっくりとケージの扉が開かれる。 普段は錠が掛かって出られないケージの外へ出るチャンス。 だけど私の身体は、ケージに留まったままだ。 何故なら「出なさい」と命令されていないから。 勝手に外に出てはいけないということくらいは、数日ケージの中で過ごせば理解する。 ケージの中から勝手に出ようとしない私を見て、お姉さまは「えらいね」と言うように私の頭を一撫でしてくれる。 ……やっぱり、正解なんだ。えへへ。 胸の中がじわりと温かくなる。 そうしてお姉さまは手に持っていた餌皿をケージの中に入れて、再び扉を閉める。 お姉さまが頷くのを見て、私は餌皿へと顔を近づける。 最初は戸惑いながらもおこなった『犬食い』という行為。 手を使わず、もちろんスプーンなんかない。 口だけで牛乳にまみれたシリアルを頬張っていく。 口周りが白く汚れて、マナーの悪い食べ方。 だけどそれが正しいのだと、お姉さまの表情が教えてくれる。 ただでさえ刺激の少ないケージの中での暮らし。 人でさえ逃れることのできない『食欲』という欲求が、何倍にもなって満たされていくのが分かる。 カフカフ、カフカフと。 ケージの中で丸まって、外からお姉さまに見守られながらの食事は、すぐに私の中でお気に入りの時間になった。 ▼ 特に何をしろと要求されることもなく、いくつかの不自由さを除けばのんびりした時間の中でも、困ったことになる時間というのはやってくる。 言うまでもなく、排泄欲求だった。 「う、うぅ~」 いくら数日間裸のまま、犬のようにケージの中で暮らしているとはいえ、子どもの頃からトイレを使うように躾けられてきた、その『常識』が簡単に消えるわけはない。 だからおしっこがしたくなっても、ついつい我慢してしまう。 とはいえ、いくら我慢したところで、トイレにいけるわけでもない。 結局はこのケージの中、隅に敷かれた犬用のおしっこシートにするしかない。 「……」 初めての時は、我慢しきれず漏らしてしまった。 おしっこシートから外したそれは、ケージの床をびしょびしょにした。 そのときお姉さまはただ怒った顔を見せただけで、でもそれだけで十分私にとっては萎縮してしまいそうなほど怖かった。 なまじ悪いことをしたと分かっているだけ、次からは気を付けようと思った。 だから、私はちゃんとおしっこシートでおしっこをする。 だってそれがルールだから。 「んっ、……はぁ~」 ジョッ、ジョボ、ジョロロ……。 シートの上に跨るようにして、外さないように位置を気をつけながら。 鈍い音を立てながらシートに吸い込まれて黄色いシミになっていくおしっこ。 最後に残った雫を拭きとるために、シートにお股を数度擦り付ける。 手を使ってはいけないというルールの元考えた苦心のやり方。 発情して腰を振っているようで、すごく恥ずかしい。 しかも全く気持ちよくないのかと言われれば、その、敏感なところがシートとさわさわ擦れて、ないとも言えないのが辛い。 きっと自慰をするのはルール違反だと思っているので、これが自慰と見られないか不安だったけど、 ちょうど私がこれをしている現場に居合わせたお姉さまはクスクスと笑っていたので多分大丈夫だろう。 でも恥ずかしい。とんでもなく恥ずかしい。 「くぅ~ん!」 そしておしっこ(大きい方もだけど)をしたら、お姉さまを呼ぶ。 汚れてしまったおしっこシートを交換してもらうためだ。 私の鳴き声を聞きつけたお姉さまが、ケージの中のシートと新品を交換してくれる。 私のおしっこを吸いこんでずっしりと重みを増したシートを交換してもらうのも、とてもとても恥ずかしい。それが大きい方だとなおさらだ。 だけどケージの中がおしっこ臭くなるのは嫌だし、なによりルール違反だ。 それに羞恥心で涙目になる私を、お姉さまはいつも「よくできたね」と褒めてくれる。 それだけで、おしっこをちゃんとできるのは良いことだと理解できる。 そしてもっともっと良い子になろうという気持ちが沸いてくる。 ▼ さらに数日が経過した頃、私は外に出してもらえた。 外とはいっても、首に巻かれた首輪から伸びるリードの範囲。 ケージから半径2~3メートルの中だけだけど。 でも、それだけでも私にとっては飛び跳ねるほど嬉しい。 何より自由に手足を伸ばせる快感と、四つん這いとはいえ自由に動き回れることが楽しかった。 「貴子」 「わんっ」 お姉さまの呼びかけに、急いで足下へと飛んでいく。 難しいことを言わず、ただ頭を撫でたり身体をくすぐったりして構ってくれるのが嬉しくて、お姉さまの手とじゃれあう。 こうしろ、ああしろ、と言われたわけじゃない。 ただ気持ちが赴くままに、お姉さまの手を追いかけて、転がって、太ももに擦り寄った。 それは犬と言うよりも小さな子どもに戻ったような感覚。 それまでの運動不足を吹き飛ばすかのように思う存分遊んで、疲れてきたところを見計らってケージの中へ戻された。 もう楽しい時間は終わりかとがっかりしていたら、扉を閉める寸前で何かが投げ入れられた。 「わぅ?」 それは犬が噛んで遊ぶような小さなぬいぐるみだった。 思わずお姉さまを見ると、にっこり微笑んでいた。 だから私も喜びの声の代わりに「わんっ」と鳴いた。 私の同居人が増えた。 ▼ それからまた数日経った。 起きて、食べて、排泄して、お姉さまと遊んで、寝る。 そのサイクルがすっかり板に付いてきた。 暇だった空白の時間も、ぬいぐるみと遊ぶことで暇をつぶした。 「くん。くぅん。かふ」 手は使えないから、握りこぶしでこねこねしたり。 より犬っぽさを求めて、鼻先で突いたり。 甘噛みするのはさすがにやり過ぎかな、と思ったけど、やってみると思った以上に惨めで楽しかったので、気が向いたらはむはむしていた。 何もない日々。犬としての日々。 人として暮らしていたときとは違う、何もない暮らし。 あるのはただ、生理現象と、お姉さまだけ。 頭の中がドロドロと溶けだすような感覚。 脳の中の、人間の部分が失われ、本能だけの生き物になっていく感覚。 ポカポカと陽だまりの中でまどろんでいるような感覚。 それは存外に心地よくて、幸せで。 ふと揺り戻ってくる『人間』が、強烈な背徳感を残していく生活だった。 ▼ 日にちの感覚も無くなりかけた頃。 いつものようにケージの中でうとうとしていた私を、お姉さまの声が起こす。 「一旦戻ろうか、きぃちゃん」 「わ……ぁ、い?」 久しぶりに聞くその言葉。ぼやけていた意識がゆっくり覚醒していく。 「……お、ねえ、さま?」 「そうよ。なかなか楽しんでたわね」 「た、の……ん、はい……」 不思議な感覚だった。 今までの記憶はしっかりあるのに、何だか夢を見ていたような。 ただ今求められているのは、『きぃちゃん』の方だ。 ちゃんと『思い出さないと』。 「そろそろ『躾』は終わり。もちろんこれからも自分なりに考えて勉強していかないといけないけどね」 「はい……」 「ん。そうしたら、次は『トレーニング』よ。調教と言った方が分かりやすいかしら」 「調教……ですか」 ようやく戻ってきた人間の私が、お姉さまの言葉の意味を捉え始める。 躾が終わった。ということは、ある程度基本的な犬としての心構えみたいなものは身に付いたということだろうか。 「そう。今度は飼い主の命令をちゃんと聞く訓練」 「命令……」 「でも構えて考えないで、今までと同じように、自分で考えて、良いと思ったことをすればいいわ」 「……はい」 「じゃあ明日からね。おやすみ、貴子」 「わん」 簡単な連絡事項だけ伝えられて、再び犬に戻った私は、部屋から出ていくお姉さまを見送ってから横になった。 ▼ 「貴子~」 「わんっ」 お姉さまから名前を呼ばれる。 扉の開いたケージから身体を躍らせ、お姉さまの胸元へ飛び込む。 私の勢いそのまま倒れ込んだお姉さまの顔をペロペロと舐める。 人間の私が知っている、犬の喜びの表現方法の一つを試してみた結果だ。 実際にやるのは恥ずかしいけれど、喜びがどうしようもなくなってこうなってしまうのだというその気持ちは理解できた。 「もうっ、止めなさい」 「わおん」 くすぐったい顔をしながら柔らかく静止の声を上げるお姉さまに従い、渋々といった様子を滲ませながら身体をどける。 そのまま立ちあがったお姉さまは私に向かって「待て」と言って、私から少し離れたところにある椅子まで歩いていって腰掛けた。 「ふぅ」と息を整えるお姉さまを見ながら、私はじっとそこで待つ。 「おいで」 「わん!」 お姉さまの声とともに、私は四つん這いのまま歩きだす。 膝を伸ばして、お尻を高く。 お股がスースーするのは、ここ一週間ほどですっかり慣れてしまった。 むしろその解放感を感じながら、お尻を振って歩くほどだ。 お姉さまのもとへと歩み寄った私は、そのまま顔をあげ次の命令を待つ。 「おすわり」 「わん」 おすわりするのも、あくまで指示を頂いてから。 そして指示を頂いたら、ちゃんと返事をすること。 そうして素早く指示通りの動作をおこなうこと。 「はっ……はっ……」 おすわりは脚をM字に開いたまましゃがんで、丸めた手を前に置く。 まるっきり裸でいるから、隠すべきところも隠れず、丸見えだ。 目を細めたお姉さまの視線が、身体中を眺めている。 そのせいかどうかは分からないけど、自然と犬のように息が荒くなる。 「伏せ」 「わんっ」 四つんばいの姿勢に戻り、そのまま両肘膝を折り畳む。 布団の中で丸まったような形だろうか。 ただし両手はちゃんと前で揃え、顔はお姉さまのほうへ向ける。 窺うように見上げ見たお姉さまの顔は微笑んでいて、上手く出来た嬉しさがこみ上げる。 「ちんちん」 「わ、わんっ」 慣れたとはいえ、これはまだ恥ずかしい。 がに股でしゃがんだ状態で、両手を肩の辺りで丸める。 両膝は、限界まで開く。隠すべきところは、全て丸見えになる。 それが分かっているから、一瞬恥ずかしがって動作が遅れてしまった。 縋るように前を見ると、お姉さまは無表情で「伏せ」と言う。 ……ああ、やっぱりダメだった。 しょぼくれる私に、お姉さまはもう一度命令をくれた。 「ちんちん」 「わん!」 今度こそ、と先ほどよりも素早くちんちんの姿勢になる。 今度は恥も外聞も無い、自信満々のちんちんだ。 お姉さまを見たら、微笑みながら頭を撫でてくれた。 やった!嬉しい! 上手くできたという思いが私の心を高揚させる。 お姉さまは、声を荒げて叱るということはしない。 ただ、間違っていると教えるように、再び命令を下す。 そしてご褒美は上手くできた時にしかもらえない。 だから私は必死で上手くできるように考える。 「次は降参のポーズ」 「わん!」 さっきの反省を活かして、素早く。 ちんちんの姿勢のまま後ろへ、コロンと倒れこむ。 両手は肩の前で丸めたまま。 両膝も開いてアソコもお尻の穴も一目瞭然になる。 当たり前だけど、すごく恥ずかしい。 いわゆる『おなかを見せる』行為で、動物としての弱点を晒すことで、相手に降参と服従を示す姿勢。 「可愛いわよ、貴子」 「わ……ふっ……!」 無防備にさらけ出された私のおなかを、お姉さまの綺麗な足が踏みつける。 初めは撫でるように、徐々に踏み心地を確かめるかのように。 くっくっ、と足に力が込められ、おなかがへこむ。 「はっ……ふ、くっ……」 思わず払いのけてしまうような苦しさ、その直前で巧妙にコントロールされた力加減は、我慢できてしまう分、受け入れざるを得なくなる。 「あ……はっ……ぁ……」 それでも、命じられたポーズは崩さない。 されるがままを、受け入れる。 そうして自分が、おなかを踏まれている、という意味を意識するようになって。 全裸で恥ずかしいところを晒しておなかを踏まれている自分は、服を着て見下ろしていつでも容赦なく苦しみを与えられる飼い主より格段に地位の低い低俗な生き物だと身体で理解する。 「貴子、あなたの飼い主様は誰かしら」 「わんっわんっ(お姉さまです!)」 「じゃああなたは?」 「わんっわん!(犬、牝犬です!)」 「続けて」 「わんっわんっわんわんっ!」 言葉を発することは許されていない。 だから、鳴き声に伝えることを乗せて発する。 表には出てこない。客観的には同じ音でしかない。 でも、大事なのは音の違いではなく、乗せる思いなのだと、お姉さまは言う。 そして私も、そう思う。 無駄に言葉を飾り立てなくても良いだけ、思いもまたシンプルに、また強く乗せることが出来る。 だから、思う。無駄なことを考えずに、それだけを。 「わんわんっわんっ」 (お姉さまは、飼い主様。私は、ペット) 「わんわんっわんっ」 (お姉さまは、飼い主様。私は、ペット) 「わんわんっわんっ」 (お姉さまは、飼い主様! 私は、ペット……っ!) それだけを思い、それだけを乗せて、私は鳴く。 今の状況……踏まれ見下されるこの状況と、繰り返す思いの意味の奔流に、私の中の事実が塗り変わっていく。 「可愛いわ、貴子。あたしがずうっと飼ってあげるからね」 踏みつける足を下ろし、私の身体の上へ馬乗りになったお姉さまが、そっと、優しくキスをくれる。頭を撫でてくれる。 そのことがとても嬉しくて、頭の中がぼうっとする。 畜生根性の染み込みつつある心では、飼い主様の施し一つ一つが身に余る光栄であり、尊ぶべきものだ。 すっかり出来上がってきている私は、そんなことまで考えてしまう。 「わんっわんっ!」 飼い主様に喜んでもらう方法を、考える。 それはとても素晴らしい考えのように思えた。 そして上手くできれば、褒めてもらえるんだ。 ああ……どうすれば喜んでもらえるかな。 何をすれば喜んでもらえるかな。 私ができることは何かな。 お姉さま……飼い主様……。
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