第五話『処理室にて』

 狂ったようにイキ続けた食事を終え、連れてこられた部屋。
 周りを見渡せば、そこは今までいたダイニングではなく、少し寒々しさを感じさせる地下室の、この前とはまた別の部屋。
 こころなしか前来た部屋よりも近代的?な設備が整っているように見える。

「……そ、それで、なんでここに?」
「ああ。いろいろと準備が要るんでな。少し場所を変えた」

 四つ足を強制されている今の私の状態では、地下への階段は下りれなかったので、食事のときと同じようにお姫様抱っこのような形でここへ運ばれた。
 素っ裸でご主人様に抱きかかえられて、間抜けなのか至福なのかよく分からなかったけど……。
 とりあえず今は、何が始まるんだろう、という疑問が頭の中を駆け巡っている。

「ここで、何を……あ、うっ!?」

 ぎゅるるる……!

「ふふ。なかなか辛そうだな。調子に乗って何度も射精するからだ」
「わ、私のせい、です、か、ぁ……?」

 イキ続けたことによる弊害。戒め。
 それは激しい腹痛と、膨らんだお腹からも確認できる。
 つまり、便意。
 私のお腹の中では、さきほど散々注入した自らの精液や尿が縦横無尽に暴れまわっていた。
 それはギュルギュルとお腹を駆け回り、身体中から脂汗がにじみ出る。

 確かに自業自得なんだけど……なんだかなぁ……。

「早く出したいか?」
「そ、それはもう……で……も、ここ、おトイレ……じゃ……」

 ポコリと膨れ上がったお腹をさすりながら、お尻の穴に力を込める。

「あふっ!」

 わ、変な声出ちゃった!
 お腹の痛みで忘れかけてたけど、今の私のお尻にはプラグがついてるんだった。
 不意打ち気味にお尻の穴をキュッと締めてしまって、ゾクゾクとした電気が心構えという抵抗を受けることなく全身に広がった。

「あ…ああ……」

 気持ち悪いのに……もどかしいのに……いぃ……。
 お腹が痛いのも関係ないくらい。いや、むしろ……。

「……このままでもよさそうだな」
「あ、あ、だめですっ! 出させてください~!」

 呆れた顔のご主人様に、慌てて媚を売る。
 これから何が始まるのかはわからないが、なんにしても出させてもらえるならありがたい。
 中に入っているのが浣腸液ではないせいか、一秒たりとも我慢できない、ってほど極限じゃないけれど、そこにトイレがあればすぐにでも駆け込みたいレベルだ。

「……まぁいいだろう。今回は浣腸責めをするのが目的ではないしな」
「あ、ありがとう、ございます……」
「また今度、存分にな」
「うっ……」

 意味深に微笑んだご主人様に、くいっと首輪のリードを牽かれる。
 お尻の穴とお腹に気をつかいながら、部屋の隅へと歩いていく。
 精液を吸い取る筒から解放されたペニスが、半分以上萎えた状態でプラプラと踊る。
 たまにピタンと触れるお腹は、食べ過ぎたときのように部分的にぽっこりと膨らんでいて、普段見慣れない分なんだか異様だ。
 それと、四つんばいだと今にもお尻からいろいろ噴き出してしまいそうで怖い。
 プラグのおかげ(?)でその心配だけはご無用なんだけど。

(水槽……いや、バスタブ……?)

 連れてこられた先にあるのは、ちょうどバスタブの大きさの透明な容器。
 この姿勢だと、少し見上げる程度の高さだ。
 横幅も、足を伸ばして座ってまだ少し余裕があるくらいかな。

「志乃、準備を。楓はそこの中に入ってくれ」
「はいー」
「こ、この中……ですか?」
「ああ」
「わ、分かりました……」

 何するんだろう。
 まさかこのなかでおトイレするんじゃ……。

「これはちょっと取っちゃいますねー」
「あ、は、はい」

 そんなことを思いながらその透明なバスタブを見ていたら、
 志乃さんに首輪の鎖を外された。
 首輪に掛かるテンションが無くなって、少し物足りなく感じる。
 首輪による息苦しさは相変わらずだけど。

「あとこれもー」

 それから乳首と鼻のピアスが外され、そのピアス穴とお尻の焼印に消毒液が塗られる。

「……っ!」
「ちょっとだけ我慢ですよー」

 消毒液がヒリヒリと染みる傷口に、防水用の絆創膏を貼られた。
 どちらもまだ完全に回復してないので、絆創膏が当たるだけでもピリッと来る。
 だけど、志乃さんが出来るだけそっと、痛くしないでくれているのはわかったので、「ありがとうございます」と言ったら「……えへへー」と笑顔を返された。
 くそー可愛いなぁもう!

「少し顔を上げてくださいー。……はい、オッケーですー」
「ふぁ……」

 鼻中隔へは絆創膏ではなく軟膏のようなものを塗られ、また変な声が出た。
 外した後のピアスはそのまま何かの液体が入ったお椀の中にポチャンと入れられた。
 たぶん消毒薬だと思う。
 外すついでにピアスとピアス穴のケアもしてしまおうってことなんだろう。

「……あの、これ」
「あーそうでしたー」

 志乃さんの趣味全開の両手足猫グローブを掲げると、それも外された。
 同時に、二足歩行を不可能にしていた鎖も外された。
 結構動いてたせいで、手足に汗が滲む。
 けれど、自分が思っていたよりかは蒸れてないみたい。
 割と通気性のいい素材なんだろうか?

「後でまたつけてあげますから大丈夫ですよー」

 ……何が大丈夫なんだろう。
 そんな心のツッコミなど知る由もない志乃さん。

「もう入ってもいいですよー」

 そういってガチャガチャと道具を漁り始めた。
 なんというかマイペースな人だ。

「……とりあえず入ろう」

 二人に構ってもらえなくなった私は、所在なさげに部屋の隅に置かれた透明なバスタブの中に入った。

「よ……こいしょ……」

 お腹が……つかえる……っ。
 腰の高さのそれをやっとの思いでまたいで中に入り、中で四つんばいになる。
 透明だからアクリル素材なのかな、とかどうでもいいことを考え、探偵気取りでコンコンと叩いて材質を調べてみる。

 ……うん、わからない。

「うう……」

 ああ、動くとお腹が痛い……。
 透明な水槽の向こうを覗くと、テキパキと準備をしている二人が見えた。
 この中からその様子を見ていると、なんだか悪い研究者に捕まった実験体みたいだ。

(あながち間違ってなかったりして……)

 なんて考えてたら、ご主人様がチューブやらなにやらを持ってこっちに来ていた。

「これからこの水槽に溶液を流し込むから、ちょっと端に寄ってくれ」
「あ、はい」

 ペタペタと隅っこに移動する。

「んあっ!」

 プラグのことを忘れて普通に座ってしまった。
 ゴキュル、と腸を渦巻く中身ごと内部へと押し込まれ、少し「うっ」となった。

「……なにやってんだ」
「いえ……うぅ……」

 私が移動した反対側にはホースが入れられ、しばらくした後ドロッとした液体がゴポゴポ流れ出てきた。

「心配しなくても害はない。俺にはよく分からんが、肌にいいものらしい」
「そ、そうなんですか? ……わ、ちょっとひんやり……。これが、お肌に……?」

 足に伝わるどろりとした感触を感じながら、志乃さんに視線を向ける。

「ぴかぴかのつやつやになりますよー!」

 作業していた手を止めて志乃さんが答える。

「身体の汚れもばっちりー! 多少の脱毛効果もありますから、定期的に入ればいつでもつるつるですよー」
「はぁ……。ひゃっ!?」

 知らないうちにトロトロした液体が股間にまで到達したようで、そのひんやりした感覚に思わず声が出た。
 二人が作業に戻る中、液体はとうとう私の首まで到達し、私はまるでお風呂に入っているかのような状態になった。

「はふぅ……」
「頭は浸さないでくださいねー。髪の毛なくなっちゃいますよー」
「き、肝に銘じておきます……」

 禿げる恐怖を押し殺しながら慎重にバスタブの側面に身体を預ける。
 液体自体はひんやりしていたが、チリチリと肌の表面を刺すような感覚があり、次第に身体中がぽかぽかと熱を帯びてきた。

「なんだか本当にお風呂に入っているみたい……」

 そういえば、あの時以来、お風呂には入っていない。
 あそこで調教されていたときはいつもホースで家畜を洗うように洗われていたし、湯船に浸かる機会なんてなかった。
 唯一おめかししなきゃいけない時だけ、シャワーを使うのを許されてたっけ。
 人並みに身体を洗ったりできるのが本当に嬉しくて、でも、そのあとに待っているミスの許されないお仕事(大抵知らないおじさんの相手だ)を思うと気が重くなったり。

「……はぁ」

 しばしの間、身体の力を抜く。
 肌を刺すチリチリ感にも次第に慣れて、今は全身に熱がこもっているような感覚。
 お風呂に入っていると思えば、多少年寄りくさいため息も仕方ないよね。

 でも、本当にあの無機質で無気力な生活から、解放されたんだなぁ……。
 まだほんの少ししか経ってないけど、そのときのことが思い出される。
 恥ずかしくて辛いショーも、好きでもないおじさんと我慢して一緒に夜を過ごすことも、もうしなくていいんだ……。
 それもこれも、ご主人様に再び巡り会えたおかげ。

「……で、このプラグが……」
「ですー。そこだけ……なので、私が……」

 チラリと見やったご主人様は、なにやら志乃さんと相談しながら準備を進めている。
 されることだけで言えば、今のほうがすごいことされるんだよね……。
 そう思って、少し苦笑する。

 でも、今は状況が違う。相手が違う。
 好きな人とするキスと、嫌いな人とするキスは、違っていて当然だ。
 だから、受け入れられる。
 ご主人様なら、大丈夫。
 だから、精一杯お仕えしなきゃ、ね……。

「ふ……あ……」

 バスタブの中で、眠くなるのっていつ以来だろう……。
 とっても、あったかい……。

 あったかい、な……。

▼

「待たせたな」
「これから始めますよー」
「ふぇ……? ……あ、ひゃい……じゃなくて、はいっ」

 かなりボーっとしていたようで、気が付いたら水槽の中を覗くように二人の顔があった。

「……なんだ、気持ちよかったのか?」
「はい……なんだかお風呂に入っているようで……。少しポーっとしちゃいました」
「……そうか」

 それは苦笑だったのだろうけど、なんだか妙に温かな微笑みに見えた。

 ごぽ……どぷっ……ごごご……。

 何故か二つある排水溝の『O』と刻まれたほうから、バスタブを満たしていた溶液がどろりどろりと排水されていく。
 身体に触れるひんやりとした空気を感じながら、
 視線の先、微笑みの残り香を追う。

「これからのことがすんだらちゃんと風呂にも入れてやる。ほら、とりあえず今はこれで身体を洗い流せ」

 そういって私の身体にホースでぬるま湯を掛けられる。
 少し冷ために調節されたそれは火照った身体に心地よく、液体を洗い流し終わった後は、
 まるでサウナに入ったみたいに爽快な気分だった。

「さて、それじゃとりあえずその腹の中ものを出すか」
「お、お願いします」

 ぽっこりと膨れたお腹をさすりながら、ご主人様の姿を目で追う。
 やっと出させてもらえるんだ。
 今は小康状態だけど、いつまた暴れまわるとも限らないから……。
 身体も重いし。

「ただ出すのもつまらんが……どうするか」

 ……なにやら恐ろしい言葉が聞こえてくるんですけど。

「ふ、普通に出しても、いいんじゃないですか……? その、ほら、このあと、まだ何かあるんですよね!? そのために、体力を温存しておいたほうがいいんじゃないかな~。なんて……」
「……えらく饒舌だな。と、それはともかく。まぁそうだな……うぅむ。そのバスタブに蓋をして中で盛大に糞まみれにさせるって案もあるんだが」
「ぜっっっっっっっっったいに嫌です!!!!!!」
「……そんなに嫌か」

 やっぱりそういう使い方も考えてたんだ!
 そんなの無理!
 自分が出した汚物にまみれるなんて!
 なんか怪しいと思ってたんだ!
 せっかく綺麗にして貰った身体に、自分のうんちが……。
 ……ああ、想像しただけで鳥肌がたってくる。

(せめてご主人様のものなら、まだ……)

 って、私は何を考えて……!?

「じゃあ俺と志乃の小便浣腸で普通に出させてやるか」
「そうそう、それでいいんです。普通に……って、あれ?」

 今なんかさらっと……。

「え、ちょ、いま、おしっこって……」
「だが、そうか……小便浣腸はいいのに糞まみれになるのは嫌か。ならこれから楓が逆らったときには、罰としてウンコ風呂一日放置の刑だな」
「……え゛」

 久しぶりにこんな潰れたカエルのような声が出た。
 それに、なんだか上手いこと誘導されてません……?
 知らない間におしっこでの浣腸が決定になってるんですが。

 しかも、逃げ道まで断たれてる?

「ま、待ってください! その、浣腸、おしっこ、私まだ何も言って……」
「じゃあ小便と罰どっちがいいんだ」
「わぁこれぞまさに究極の2択ですうれしくない!」

 どっちがいいとかの問題じゃ……。
 というかなんでそんなにノリノリなんですか。

「うう……おしっこがいいわけではないですけど……。とにかくその罰は嫌です……」
「なら浣腸の準備をしよう。罰は嫌なんだろう? なら答えはひとつだな」
「あぅぅ……」

 ああ……押し切られた……。
 なんだか主従関係抜きで言い包められた気がする……。

「さっきまで自分のを入れていたんだから、小便は平気なんだろう?」

 部屋の隅から道具を運びながらのその言葉に、私は弱々しく首を振って応える。
 洗面器にシリンダーと、早速てきぱき準備されていく道具達。
 ご主人様用意良すぎです。

「あれは……その、気にする暇もなかったというか……」

 多少抵抗があったのは事実だけど、あの時は深く考える余裕も無くて、ただ温かいものがお腹の中に入ってきた、くらいの感想しか抱かなかった。

「とにかく、全然平気、なわけではないです……けど……」

 とはいえ、このままグダグダ言ってたらそのうち排泄すらさせてもらえなくなるかもしれない。
 ご主人様の気が変わらないうちに手を引いておくのが得策だと判断した。

「うん。……生意気言ってすみませんでした。どうか私にお浣腸をして、うんちを出させてください」

 きちんと土下座をして、口上を述べる。
 身体に染み付いた動きだ。
 それはそれで哀しい気もするけど。

「なんだ、急に素直になって」
「自分の立場と罰を思い出しただけです」
「……よっぽど嫌だったんだな」

 そりゃそうです、と、つんけんしながらも、とりあえず出させてもらえそうで安堵した。

「……ふ」

 その様子がわかったのだろうか。
 軽く笑っていなされてしまった。
 何となくばつが悪いので、ごまかすように咳をひとつ。

「……でも、なんでご命令下さらないんです? そうすればどんなに嫌がったって、奴隷の私なんか、逆らいようがないのに」

 話を変えることにする。
 浣腸は仕方ない。それはもういいとして……。

(なんで、ご主人様は強引な手段をとらないのかな……)

 今回のことも、本当にやるつもりならいくらでも出来たはず。
 そこが、少しだけ気になる。

「それだと、面白くないだろう」

 でも、返ってきたのは、そんな簡単な答え。
 『答え』なんだとは思うけれど……。
 本当にそれだけなんだろうか。

「……そんなものですか」

 調教の美学?
 とでもいうのだろうか。
 要するに掌の上で踊るというか、弄ばれるのも奴隷の仕事のうちって事?

(確かに、ネチネチとそういうことをするのが好きな人もいるけど……)

 このご主人様は、要さんは、そういうのとは違う気がする。
 とすれば、やっぱり、気遣ってくれているんだろうか。
 だとしたら、うれしい、けど……。

(でも、それだと思いっきり甘えちゃってるよね、私)

 あまり注意はされてないけど、一般的な奴隷にあるまじき態度ばかりとってる私。
 要さんとの関係は、『それ』以上のものだと自惚れたいけど、……奴隷の本分は、忘れちゃ、ダメ。

 ダメ……なんだけど……。

(でも……楽しいんだもん……)

 自分の気持ちが、二転三転する。
 一線を引くって、自分が言い出したことなのに。
 束縛したくないって、重荷になりたくないって、自分でそう答えを出したのに。

(ああ、でも……)

 自分の覚悟と、矛盾する気持ちだってことはわかってる。
 でも、もう少し、浸っていたい。
 ただの主従関係だけで終わりたくない。
 せめて今だけでも、『悪い奴隷』でいさせて欲しい。

「……あと、あんな態度とっちゃって……ごめんなさい。どうしても、地が出ちゃって……。間違ってたら、きちんと躾けて下さい」
「……そうだな」

 違う。
 けど、きっとこれが正しいんだ。
 言葉は、覚悟を映し出してしまう。
 でも、ちょっとだけ、気持ちを滲ませてる。
 ずるいな……私……。

「はい。それじゃあ、お浣腸の続き、お願いします。……辛くたって、私、我慢しますから」

 素直に言いたい。
 『もっと、甘えてもいいですか』って。
 でも、言えない。
 言っちゃいけない。

 私、は……。

「お前は少し、思い詰めすぎだ」
「……っ」

 トク……と、少しだけ心臓が高鳴った。

「あのときお前が言った、自分の覚悟を貫くなら、俺は止めない。お前なりに、いろいろ考えもあるんだろう」
「……」

 ご主人様の言葉が、静かに刺さる。

 あのとき、言った。
 出会って……いや、再会して、間もない頃。

 ……臆病な自分を、傷つけないように。

『恋人として束縛はしたくないけど、貴方を失うのは怖い。だから、せめて『ご主人様』として、貴方を私へと繋ぎ止めておきたい』

「だがな、それは俺のことを信じていないということだ」
「ち、ちが……!」

 そんな……こと……。

「では何を怯えている? 何を躊躇っている? 何を我慢している? ……何を押し殺している?」
「っ!」

 今度こそ、息が止まるかと思った。

「俺は言ったな。『お前に惚れたんだ』と。……だが、お前は信じてはいない。俺の言葉も、気持ちも、関係も。だから、そうやって縋ろうとしているんだ。それが、どんな関係だろうと。たとえ、狂ったような主従関係だろうと」
「縋ってなんか!」
「縋ってるんだよ、どうしようもなく。そして、それが失われるのが一番怖い。だから自分の立ち位置が気になるんだ。相手にとって、きちんと『いい位置』にいるかどうか。気に入られる存在でいるかどうか」

 だって……。
 だって……!
 それは、仕方のないこと。
 そうしなきゃ、生きていけないから。
 家も、家族も、社会の中の自分も、全部失って。
 お金で買われて、今の私に、何が残ってるの。
 せっかく、要さんにこうして逢えたのに。
 それすら失ってしまったら、私は……。

「気に入られないと……都合のいいものにならないと……私、なんか……」

 捨てられて……そしたら……もう……。

「自分の保身のことしか頭にないのなら、そんな奴、奴隷としてもいらん」
「っ!?」

 頭が、真っ白になった。
 そんなつもりは、とは、言えなかった。
 ……言えなかった。

「……いいか」

 ぐいっと目を覗き込まれる。

「束縛したくない、失いたくない。傷つくのがいやだ。お前、本当にそれで人間同士繋がってやっていけると思ってんのか」
「……!」

 頭が揺れたような気がした。
 何故か今更、彼の顔が視界に入った感覚があった。
 何を言われているのか、半分も頭に入らなかった。
 でも、何を意味しているのかは、痛むように染みた。

「俺は最低な人間だ。こうして非道なこともする。どうしようもない。これが俺の愛し方でもあるからだ。だが、もしお前が「もういやだ」と言えば、俺はすぐにでも行為を止めるつもりだ」
「それは……」
「いまはこうやって奴隷と主人なんてやってるが、お前が望むならやめたっていい。欲望を発散するだけなら、他の奴隷を引き取ってきて――」
「それはいやですっ!」

 最後まで言われなくてもわかった。
 私が今受けているようなこと、ご主人様の欲望、それを全部、他の人に……。
 私は、安穏な日々が約束されて。
 誰かが私の代わりになって。

 でも、それは、いや。
 何故だかわからないけど、それはいやだと、そう思った。

「……なら、お前はどうしたい? 恋人がいいなら、それでも構わない。なにしろ今の関係を望んだのは、お前自身なんだからな」
「……はい」
「だがな、後ろ向きな関係だけは許さない。失うのが怖いのなら、お前が俺を束縛することを躊躇うな。相手を自分から、離れられなくするくらいの気概を見せてみろ!」
「……!」

 思う。
 何故この人はこうまでして自分のことを考えてくれるのか。
 相手を信じたつもりで、その実、我が身可愛さに逃げ道を作っていた私を。
 挙句の果てに、自分で作った壁を壊せずに泣いている私を。

(大金を積んだオモチャだから?)

 違う。

(大事な奴隷だから?)

 違う。

(じゃあ……)

(私は、この人にとって特別だと、信じてもいいの?)

 その、答えは……。

「俺を信じろ」

 ……聞こえた。

 だから、信じ、よう。
 この人は、私を捨てたりはしない。
 私が、この人を信じている限り。
 そう、信じよう。
 負い目を、引け目を、感じる必要もない。
 ただ、好きだから。
 どんな理由も、これだけでいいんだと。

「ひとつ、いいですか……?」
「……なんだ」
「しばらくは、このままでいさせてください」
「…………それは」

 それは、この関係を続けるということ。
 主人と、奴隷の間柄でいるということ。
 でも、仕方ないから、そうするんじゃない。
 逃げるために、そうするんじゃない。

「あははっ。別に、深い理由もないんですけど」

 勝手に、笑い声が出てしまった。
 だって、こんなにシリアスに進んできたのに、思いついた言葉が、思ったよりも単純だったから。

「染み付いちゃってますからね。こういう関係が、一番気持ちいいんです。今のところ」
「……」
「それと……」

 ご主人様の呆れた顔が目に入る。
 ごめんなさい。
 一応、冗談のつもりです。
 でも、少し、本当です。

「それと……」

 少しすっきりしました。
 楽に、なりました。
 自分で勝手に悩んでただけなのに。
 また、助けてもらって……。

「酷いこと、してください。もっとご主人様の望むように変えてください。……そうしたらご主人様、もっともっと、私のこと手放せなくなりますよね?」

 相手を、束縛するほどの、気概。
 相手を虜にする、努力。
 今までの私に足りなかったもの。
 消極的を演じすぎて、失われてしまっていたもの。
 それこそが、今の私に必要な魅力。

「……そのうち飽きて捨ててしまうかもしれんぞ」
「そうならないように頑張ります」

 笑って、笑いあった。
 簡単な話だったんだ。
 差し伸べられた手を、とるかとらないか。
 強く、握り返すくらいに。
 差し伸べてすらもらえない人がいる中で。

 やっぱり私は、幸せだ。
 もっともっと、この人に気に入ってもらえるように頑張ろう。
 それは、自分の安全を媚びるためじゃなく。
 そう、それはめいっぱいおめかしをするように。
 ただ好きな人に、もっと好きになってもらうために。

「それで、いつか、ここでの生活に慣れていって……」
「……ん?」

 なんとなく、たたずまいを直す。
 今の気持ちは、告白するときの気持ちと、少し似てる。

「私が納得して、ご主人様が納得して……。そうしたら、私を、受け入れてください」
「……」
「それまでは、私が私に戻るまでのリハビリ期間ということで」

 あえて、軽く言葉を浮かせる。

 今の私は、闇の中で育った、私でない私。
 本当の私は、あの頃の、いろんな意味で元気の良かった私。
 彼といた頃の私。

「……まぁ心配しなくてもその辺は戻ってきているような気がするがな」
「あれ、そうですか?」

 やれやれと言わんばかりのご主人様の顔と言葉。
 ……まあ確かに、ちらほら地が出ていたような気も。

「とにかく、これからはそれを無理に抑えなくていいということだな」
「そうですね。……でも、いいんですか? おとなしい方が、面倒がなくていいんじゃないですか?」

 ……わがまま言うし、すぐ甘えるし。
 つぶやくように言ったその言葉は、それでも意地悪に拾ってもらえた。

「そんなものはあのときから覚悟済みだ」
「……覚悟ってちょっと酷くないですか」
「酷いのがいいんだろう?」
「全然種類が違いますよ!」
「そうか?」

 怒った顔をして見せるけれど、ホコホコした気持ちが抑えられない。
 でもそれを感づかれるのも癪なので、必死に険しい顔を作る。

「ただまぁ、なんとなく、新鮮ではあるな」
「……何がですか?」

 ふくれてみせる私とは違い、ご主人様は笑顔を作る。
 加えてもう一段階、苦笑いのような笑みがこぼれた。

「なんでもないよ」

 釈然としないままの私を置いて、ご主人様は区切るように言う。

「さて。これで晴れてわがままで馴れ馴れしいダメ奴隷ができたというわけだな」
「そうですね。だからしっかり調教してください、ご主人様っ?」

 またいつか、何かで悩むときが来るかもしれないけど。
 とりあえず、今はもう大丈夫。

「……おい志乃、バスタブの蓋はどこだ」
「あああ待って! ごめんなさい調子に乗りました! どうかそれ以外でお願いします~!」

うん、大丈夫。

▼

「……じゃあ、本来の予定を消化するか。志乃、お前も準備しろ」
「はいー」
「……ほ」

 間にとんだ赤裸々告白をしてしまったけど、どうやらやっと話が進みそうだ。
 エステっぽい入浴にしろさっきの話にしろ、実はよりお腹の中をかき回すための時間稼ぎだったんじゃないかと思えてくる。
 ……いや、それはちょっと邪推しすぎかな。

 まぁともかく、意識を浣腸に戻そう。

 目の前には、ご主人様の言葉に特にためらいもなく従う志乃さん。
 ゴソゴソとメイド服のスカートが捲り上げられる。
 なんと潔い……じゃなくて。
 いや、もっと恥じらい持ちましょう……よ……。

 あれ?

(……はいてない?)

 そこにあったのは、何故か剥き身の下半身。
 それと、つるつるの無毛地帯。
 白くみずみずしい幼い恥丘。

 ご主人様の趣味を少し疑った。

「……言っとくが『そういう意味』じゃないぞ」
「……わかってますとも。ええ」
「目を見て言え」

 もちろんご主人様の命令に背くわけにはいかないので、じっとその目を見つめ返す。
 なかなか上手く今の心情を表した視線を向けることが出来たと思う。

「こんなの恥ずかしいですようー、マスター……」

 そして面白がるように、『命令されて仕方なく』感を出しながらもじもじする暫定被害者。

「……こいつら」
「え……? きゃーーっ!? ごめんなさいごめんなさいぃ!!」
「うにゃーーーっ!?!?」

 二人ともども、必殺のアイアンクローをありがたく頂戴した。

「志乃、洗面器の上で構えとけ」
「はいー。いつでもどうぞー」
「あいたた……」

 悶絶から回復したのち、ご主人様の指示が聞こえる。
 ご主人様がしゃがみこんだ視線の先、志乃さんが洗面器をまたいで腰を前に突き出した。
 僅かに産毛だけ生えた恥丘が左右に押し開かれ、ご主人様の指が女の子として最も隠すべき場所をあらわにする。

 とはいえキャーキャー叫ぶようなウブな人間はここにはいないので、作業工程自体は至って事務的だ。
 ……私も汚れたもんだなぁ。

「あ……ぅー……」

 恥ずかしがる代わりに、志乃さんは感じたままの感情を顔で表現する。
 あんな顔されると、ご主人様に触れてもらえる志乃さんがとても羨ましくなるから不思議だ。

「……あれ……それ……?」
「ん? 気になるか?」

 なんだろう。
 開かれた秘部に妙な引っかかりを感じ、少し近づいてよく見せてもらう。

「あ……これって……!」
「志乃に関してはあまり手を加えていないし、つもりもなかったんだが……。こいつ自身の要望もあってな、いくつか弄った箇所もある。これはそのうちのひとつだな」

 視線の先、幼いとはいえ一見すると普通の女性器があるだけだけど、いくつかの変わった所を見ることが出来た。
 まず目に付くのが、常人ではありえないほどの大きなクリトリス。
 平均より、というか、比べるまでもなく大きなそれは、お豆なんていう表現が似合わないほど大きく、へたをすると私の親指がそのままくっついているかのようだ。
 そしてその根元には、クリトリスを締め上げる残酷なリング。
 かなりきつく食い込んでいるのか、クリトリスは真っ赤に充血している。

「このリングは……そうだな、お前にとっての首輪のようなものだ。チタン製で接着面は無数の突起が刺さるように食い込んでいるから、外すとなるとクリトリスも一緒におさらばだな」
「うぁ……」

 私はおちんちんを移植されたからクリトリスはもうないけど、それでも置き換えて考えれば十分その想像はつく。
 その辛さも、快感も。

 そして、その下にあるはずの尿道。
 ともすれば見逃してしまいそうなほど小さな穴のはずのそこは、先ほど私にも施された、でもそれよりももっと堅固で大きなプラグが刺さっていた。

「これ……おしっこの……あ」

 まさか、と思って見た先、本来お尻の穴があるべき場所には果たして、尿道と同じような、しかしさらにジョイント部分の増えたプラグが収まっていた。

「大体お前の思ってるとおりだと思うが、これがある限り、自力で排泄が出来ない。そして、このプラグは一生もの。つまり、二度と外すことはできない。生体機能を失うような外科手術でもしない限りな」

 クラクラと眩暈がした。
 改造の施された秘部と、それを抱えたまま普通に日常を過ごす志乃さん。
 それと、さりげなく、しかし重大に日常を侵食する非日常を目の前にして。

「だから、志乃は自らの意思で排泄をすることは一生ない。全ては排泄穴解除のためのキーを持つ俺が管理しているからな」

 管……理……。
 排泄を、管理されるんだ……。
 したくなっても、自分では出せない。
 他人に許しを得なければ、出すことが出来ない。
 それって、どんな気分なんだろう……。

「し、志乃さんは……それで、いいんですか……?」

 答えなんてわかってるのに、聞かずにはいられなかった。
 そして、その答えはやっぱり思っていたとおりだった。

「もちろんですよー。逆にマスターにしてもらえてうれしいというか、申し訳ない気持ちもありますしー。クリちゃんはちょーっと辛いときもありますけどー」
「はぁ……」

 いつもと変わらない志乃さんに少し圧倒される。
 ともすれば命にすら関わることなのに……。

(これが……信頼?)

 ふとそんなことを思った。

 ……でも、そうか。
 言ってしまえば介護される人だって似たような状況なわけだし。
 お世話してもらえるって考えると、それはそれでいいかも。
 ……なんて半ば強引にポジティブシンキングしてみる。
 うん、なんて言ったって、ご主人様に『してもらえる』って状況、なかなか贅沢なんじゃ……。

(ちょっとしたお姫様気分に……うふふ)

 って、いやいや、やっぱり違うでしょ……。
 問題は『自分の自由』があるかどうかなんだし。
 漏らすことすらできないんだから。

 どんなにプラスに考えたって、自由を奪われることをごまかしきれない。
 自分で排泄が出来ないとなると、もしお許しがもらえなかったら……。
 そうならないためには、ご主人様に逆らうことなんて出来ない。
 それどころか、出させてもらうために、どんな惨めなお願いだって……。
 ああ……外堀から埋められるって、こういう気持ちなのかなぁ。

「……はっ!? いつのまにか自分に装着される前提で妄想を……!」
「……随分長い妄想だったな。それと、残念だがお前にこれを付けるつもりはない」
「そ、そうですか……」

 って、なんで本当に残念な気持ちになってるの私!
 すっかり染まってしまってますよこれは!

 ああ……。
 でも……。
 やっぱりされてみたいなぁ……。
 志乃さんにはあって、私にはないんだ。
 志乃さんは管理してもらえて、私は管理してもらえないんだ。
 私は…………はぁ……。

「その代わり、同じもので脱着可能なものを埋め込む可能性はある」
「結局排泄管理されるんかーい! ……と関西弁で突っ込んでみました!」
「…………」

 微妙な顔をされました。

「……わかったからとりあえず落ち着け。さっきからテンションおかしいぞお前」
「あぅ……」

 ……確かに、おかしいかも。
 どんどん素に戻ってきてるような気が……。
 いや、それ以上にはしゃいでしまっているのかな。

 でも、仕方ない。
 なんだか、タガが外れたみたいに、いろんな感情が溢れてくるから。
 まるで、何年も会ってない友達と再会したときのような……。
 あの、なんとも抑えがたい昂揚感。
 そんなのが、今になって出てきているよう。

「……やっぱり、おかしいですか?」
「お前の人格を否定するつもりはないから心配するな。……だがまぁほどほどにな」
「……ごめんなさい」

 ……そうだ、今は昔とは違う。
 今の気持ちを失うつもりはないけれど……。
 今は、あのときではないんだ。
 もう子どもじゃないんだ。
 立場も状況も違うんだ。
 少し、自重しないと。
 ……なかなか簡単には抑えられないけど、気をつけよう。

「志乃もわかりますよー! ほら、なんでやねーん! なんでやねーん! ……うにゃにゃにゃーーー!?!?!?」

 こうならないように。

▼

「楓……お前も準備しておけ。格好はわかるな?」
「は、はいっ……どうぞお手柔らかに……」

 しみじみと志乃さんから教訓を得ている場合じゃなかった。
 慌ててご主人様の指示に従う。
 きゅるきゅる鳴り響くお腹をなだめながら四つんばいになり、肩と顔を地面につけてお尻を高く上げた。
 二人に視線を向けると、ご主人様が取り出した棒のような鍵が志乃さんの尿道プラグへと吸い込まれるところだった。
 右に3回、左に2回、もう一度右に5回回される。
 カチリ、とロックの外れるような音がして、棒が引き抜かれた後、志乃さんは下に置かれていた洗面器の上にしゃがみこみ、中にジョロロロ……とおしっこを溢れさせた。

「はふー」

 異常な状況下でも事も無げにおしっこを済ます志乃さんを見て、感心していいのかどうか複雑な気持ちになった。

「結構溜まっていたな。2リットルとちょっとってところか」
「そうですねー」

 ……え?

「ちょ、ちょっと多くないですか!?」

 2リットルって……。
 具体的に人がどれだけ排泄するのか知っているわけじゃないけど、そんなに多いとは思わなかった。
 というかおしっこってそんなに出るものなの?

「ん~……まぁ一回分にしては多いかもしれんが、一日二日溜めればそれくらいは普通に出るぞ」
「……なるほど」

 つまり、それだけ我慢させられたってことだ。
 管理下におかれるってことは、ご主人様がそう望むなら、ずっとおしっこを溜め続けなきゃいけないんだ。

「今回は特別だ。普段はきちんと毎日出させてやってるから心配するな。お仕置きのときはこの限りではないが」
「……肝に銘じておきます」

 膀胱炎とかになっちゃったりしたら嫌だもんね。

「まだ何も付けていないのに、随分殊勝な答えだな」
「先行投資です」
「……俺が言うのもなんだが、元本の保証は限りなくゼロのような気もするな」

 言いながらご主人様も志乃さんと同じように洗面器へとおしっこを溜めていく。
 ジョボジョボと音を立てるおちんちんと洗面器。
 『向こう』でも数え切れないほどおちんちんを見てきたけど、ご主人様のは結構大きいほうだと思う。
 薬とかで肥大化させてる人もいたから、単純には比べられないけど。

「……なんだ」
「いえ……見るの初めてじゃないですけど、やっぱり大きいですね」
「……特大サイズのお前に言われても素直に喜べんな」
「ふたなりはカウントに入りませんよ、この場合」

 生来のものじゃないうえに改造までされてるし。
 それに、常時はそれこそ小学生の男の子くらいの大きさしかないしね。

「まぁ小さいと言われるよりかは良いか」

 ご主人様の放尿が終わり、洗面器の中にはなみなみとおしっこが注がれた。
 志乃さんので2リットルって言ってたから、これで2,5~3リットルくらいはあるのかな。
 その水面にシリンダー式浣腸器の先端が入れられ、下から上へとシリンダーの中が黄色く染まっていく。

「プラグが刺さってると、浣腸のたびに穴をほぐす必要が無いから楽だな」
「それはそうだと思いますけど……どこか釈然としないのは何ででしょう」
「まぁ気にするな」

 おしっこを吸い出し終わったシリンダーから、注射器のようにピュッと空気を抜くご主人様。
 その動作と今の私の四つん這いの格好を合わせ見て、なんとなく『まな板の上の鯉』という言葉を思い出す。
 いや、覚悟が座ってるわけじゃないんだけれども。

「さて、入れるぞ」

 シリンダーの先が、私のお尻に入れられたプラグのジョイント口に刺さる。
 数センチ中に入ったところで、シリンダーの先端部分の中腹辺りとプラグがカチリと連結した。
 うわ、思ってたよりきっちりと繋がるんだ……。
 もしかしてこの二つ、セットになってるのかも。

 連結が完了したところで、ご主人様がシリンダーの中身を押し出し始める。
 それと同時に、二人のブレンドされたおしっこがお腹の中に侵入してきた。

「ぅあ……あ……あああ……!」

 感じるのはとにかく温かいということ。
 それと、腸に液体が逆流するという独特の感覚。
 お尻だけは使い込まれていたので、お浣腸自体は慣れたものだけど、そのとき感じるこのなんともいえない感覚は未だに慣れない。

「くは……う……」
「……これでだいたい1リットルだな。なるべく腹圧をかけるなよ。……そら、次だ」

 お腹に、溜まっていく。
 そうでなくてもさっきまで散々自分のおしっこやら精液やらを溜め込んでたのに……。

「……はうっ!」
「もう少しだ。これで全部だからな」

 今の私のお腹の中には、汚物ばかりが入ってるんだ。
 そんなことを考えたら、急に悪寒がして身体が震えた。
 入れられたおしっこが多少なりとも腸から吸収されて、自分がどんどん汚らわしい存在になっていくような、そんな気持ちでいっぱいだった。

「よし、全部入ったぞ。……どうする。苦しければすぐに出してもいいぞ」
「……いえ、もう……少し……っ!」

 全部入り終えたと聞いてホッとするのもつかの間、さっきまでとは比べ物にならないほどの便意とお腹の張り、重さが襲い掛かってくる。
 浣腸本来の意味においては、もう十分にその役割を果たすだけの時間は過ぎているんだろう。
 でも私は、すぐに楽になるほうを選ばず、ギリギリまで我慢することを選んだ。
 痛いし、苦しいし、気持ち悪いし、吐き気がするし、嫌な汗は出るけど、出来るだけ長く、それを、お腹に留めておきたかった。
 もっともっと、内側から染まっていくような感覚を味わっていたかった。

「うぅ……あ……ふ……!」

 5分。10分と時間は過ぎる。

 我慢だ。我慢だ。
 今はただ、我慢しなきゃという思いしか思い浮かばない。

「かは……ぁ……ぐ……!!」

 いつかこれが、気持ちいいという思いに置き換わるときが来るのだろうか。

 かつて黒服たちが言っていた言葉を、思い出しな、がら……。

 それ、も、真っ白な、波の、なか、に……。

「……志乃」
「はいー」

 滲んだ視界の中、ご主人様が志乃さんからホースを受け取るのが見えた。
 その後視界から消えたホースはバチンと音がしてアナルプラグとつながり、再び視界に入ってきたホースの先が、横のバスタブへと持っていかれる。
 2つの排水溝のうちのさっきとは逆側、『F』と刻まれたほうへと繋がった。

「楓。思い切りいきんでみろ」
「う……ぁ……ぃ……っ!」

 ぼやけた意識の中聞こえたその声に従い、普通におトイレをするようにお腹に力を込める。
 浣腸を追加されるときから気になっていたけど、どうやらこのプラグはよほど強くいきまないと漏れ出さないように出来ているらしく、今本気で出そうとしてようやく決壊が始まった。

「くはっ……はああ、ああ……」

 量が量だけに、さっきまでのお腹の中身がすさまじい勢いでホースの中を駆け巡る。
 跳ねるようにしてホースを進む汚物たちは、ゴポゴポと音を立てながら排水溝へと吸い込まれていった。

「ふあっ……ぁ、は……は……っ!」

 天を仰ぐように酸素を求める。
 お腹が空っぽになって、排泄欲求から解放された。
 張り詰めていたものが途切れ、ドッと疲れが出てきた。

「すっきりしたか?」

 垂れてきた脂汗を払い、ご主人様のほうへ向く。

「はい……なんだか魂まで持ってかれちゃいそうでした」
「まぁ量が多かったからな。量的にはこれくらいで十分だろ」

 使い終わった洗面器とシリンダーを志乃さんに渡しながら苦笑するご主人様。
 よかった、あれで「まだまだあんなのは……」なんて言われたらどうしたらいいのかわからないもん。
 3リットルなんて慣れてても辛いんだから。

「そのかわり3リットル全部グリセリンにしても面白いかもな……」

 それは真剣に死ねます。
 真面目な顔して何言ってんですか。

「ま、冗談だ」
「ご主人様が言うと冗談に聞こえないから怖いですよね」

 聞こえたと思うけど普通にスルーされた。うう……。

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