第八話『溶融、されど綯い交じり』

「さあて、ここからはエロい話だよ、先生」
「切り替え早いなお前……」
「ま、こういう話になることも覚悟してたというか。むしろ引き出すための旅行だったしね」
「……そうだったな」

 ある意味、今回の件は久織に踊らされていたと言えなくもない。
 だが、そこに負の感情はない。むしろきっかけを与えてくれて感謝している。
 本当に。

「そんなわけで先生! クイズです」
「お、おう、突然だな」

 そんな殊勝なことを考えていたら、目の前で久織がクイズ宣言をしながらポーズをとっていた。
 適度に浴衣がはだけ、隙間から覗く素肌が目に眩しい。

「ボクと先生が再会してから、どれくらい経ったでしょう?」
「そう、だな。もう3ヶ月ほどになるか」
「せいかーい。じゃあ第二問」
「続くのか」

 ただの戯れか、何か意図があるのか。
 真意を図り損ねたまま、久織クイズは進んでいく。

「その3ヶ月の間、ボクと先生はエッチをしたでしょうか?」
「……。キス程度ならあったが、直接的な行為には至っていない、な」
「せいかーい。続いて第三問です」
「お、おい、久織。これは何なんだ?」

 わだかまりの解けた今ならともかく。それまでの俺には、とてもじゃないが久織と性行為をする余裕はなかった。請われるがまま軽く口づけを交わしたことはあるが、それだけだ。
 さっきのキスだって、久しぶりだったのだ。

「先生……」

 ……そう、久しぶり、だった。
 ただ、久織にとっては。久しぶりの、深刻さが違ったのだ。

「散々開発された身体を、ずーっと持て余して。死ぬほどもどかしくて。ようやく。ようやく、それを解放してくれる相手と再会できて。……でも、ずっとお預けで。寸止め状態で。ど、どれだけアピールしても、生殺しで……」

 だからそれは必然で。
 俺はこのことも想像しておくべきだったのだ。

「そんな、今にも理性がぶっ飛んじゃいそうな状態の女の子、が、その大好きな人に、抱きしめられて、キスされて、愛を告白……されて。その女の子の心と身体は、……どうなってると、思う……?」
「く、おり……」

 次第に荒くなる呼気。つっかえ始める言葉。それまで抑えていたものが解放されていく感覚。

 ……そうだ。
 今までは、ストッパーがあった。ブレーキがあった。壁があった。
 だから、何とか持ちこたえていたのだ。

「さっきので、気が抜けちゃった。ボク。頑張って、我慢してたのに。全部流されちゃった。もう、無理だよ、先生。ボク、限界……」

 瞳が濁りだし、虚ろな視線で俺を見る。

 スイッチが、入った。
 もう戻れない、境界線を、越えた。

 そんな感覚があった。

「はぁ……ふ……ぅ」

 久織はおもむろに立ち上がると、するりするりと帯を解き、浴衣をストンと床へと落とす。
 果たしてそこには、まだまだ幼さを残しながらも、しっかり女性として成長した身体と。かつての日々を思い出させる、黒い調教パンツが、しっかりと股間に食い込んでいた。

「おま、え、それ……」
「懐かしい? 先生。でもボクは、ボクにとっては、日常の一部なんだ。あの日からずっと。ボクと先生を繋ぐ唯一の思い出だったから」
「あの日から……って、まさか久織、それを、ずっと……!?」

 ずっと、履いたままだっていうのか。別れてから、今まで。
 3ヶ月どころじゃない。3年以上も、ずっと……!

「え、へへ……」

 信じられないものを見る目で久織を見れば、その視線を受け止めた彼女はニッと笑う。
 嘘じゃない。本当に、彼女は履いていたのだ。
 クリトリスを穿つピアスに、尿道を支配するカテーテル、アナルを犯すディルドー。それらを固定する調教パンツを。

「か、鍵は渡してあったよな」
「これのこと? うん、もちろん」

 あの日と同じように細い首にかかるネックレス。その先にぶら下がる小さな鍵を摘み、微笑む久織。
 鍵がある以上、脱げないということはない。当然のことながら、排泄やメンテナンスのために外す必要があるから、使ってはいたはずだ。

 ……だが、『それだけ』だったのだろう。
 彼女の目を見れば分かる。久織は本当に、排泄とメンテナンスの目的でしか脱いでいない。その身を苛む淫具を外すのではなく、自己調教を続けることを選んだのだ。

「ボクの身体は、先生のものなんだ。前にそう言ったよね、先生」
「あ、ああ」
「だからボク、ちゃんと守ってたんだよ。約束。勝手に抜いたり外したりしないで。ずっと『先生』に調教されてたんだ。おかげでクリトリスはこんなに大きくなったし、おしっこの穴も、カテーテルを入れてないと、おもらし、しちゃうようになったんだ。それに、お尻の穴に入ってるディルドー。これ、先生のおちんちんの形なんだよね。ボクのお尻、覚えちゃったよ。先生の形。だって、3年も入れっぱなしなんだもん」

 関係が途絶えてしまったあの日。当然のことながら、変態行為の数々も、それっきりだと思っていた。常識で考えれば、そうなって然るべきだった。
 だが久織は、そんな常識など関係なく、……いや、違う。それほどまでに、失われた俺との繋がりを求めていてくれたのだ。
 健気に。盲目に。

「最初の1年くらいはすごく辛かったよ。まともに外を歩けないんだ。そもそも立って歩くだけで、大きくなったクリトリスは擦れて腰が砕けそうになるし。カテーテルやディルドーも、遠慮なく穴を抉ってくるし。排泄も、先生の命令だと思って毎回ギリギリまで我慢してたから、いつもお腹はパンパンで、苦しくて」

 そうして、これまでの自分が、どんな風に、どんな思いで、これまでを過ごしてきたのか。

「でも、だんだん気持ち良くなってくるんだ。そういう風に調教されたからね。擦られて、抉られて。それがまるで先生に犯されてるみたいで。ただ、そうなると今度は恥ずかしさが襲ってくる。ボク、こんなところで、こんな時間に、何してるんだろうって。皆、普通に日常生活を送ってる中で、ボクだけエッチなところ責められて気持ち良くて悶えてるんだ。それがすごく惨めで情けなくて、気持ちいいのが苦しくなってくる。でも、この頃にはもう頭の中が一日中ピンク色だから、結局全部快感に変換されるんだ。恥ずかしいのも、惨めなのも、情けないのも。苦しいのも、痛いのも、辛いのも。全部ぜーんぶ気持ちいいんだって。頭がバカになるの」

 丁寧に説明してくれる。

「そうしたら次は、もどかしくて死にそうになるんだよ。だって、イケないんだから。知ってるでしょ? 先生。ボク、先生の命令じゃないとイケないんだよ。そういう風に調教されたんだよ。どんなに気持ち良くなったって、最後にはブレーキがかかっちゃう。もう少しでイケそうってなっても、先生の命令が無いからダメだって、もう一人の自分が叱るんだ。そうしたら、限界ギリギリの、あともう数センチ手を伸ばせば届くってところで、ひょいと取り上げらちゃう。まだダメ。まだダメって。いくら泣いて喚いて懇願しても、ボクはボクを許してくれない。絶対に」

 そんな気が狂いそうな状態の中で。

「それでも、そんな状態でも、何とか怪しまれない程度にお話したり、生活したりできるようになったんだ。だから専門学校も行けるようになって。授業を受けている時のほうが気が紛れてマシだったりしてね。卒業するころには、だいぶ隠すのが上手くなった。まぁ最近の話なんだけど。先生と再会する少し前かな。もしかしたら『あの女の人』は、そのタイミングを待ってたのかもしれない。……ま、それはともかく、どんなに辛いお預け状態でも、ある程度我慢できるようになったんだ。……こうして、先生と触れ合いさえしなければ」

 久織の手が。脚が。俺の身体に絡みついてくる。近づいてくる吐息は荒く、温かい部屋の中でも白い湯気が見えるようだった。

「ずっと、爆弾があるんだ。心の中? 身体の中? ううん、どれもしっくりこないな。それはきっと、ボクという存在の中心にあるんだ。そしてその爆弾は、二つの栄養を喰らってどんどん大きくなってる。今この時も、ずっと」

 独白は止まない。

「一つは、恋心。好きで好きでたまらないという気持ち。好きな人に会いたくて。触れたくて。声が聴きたくて。匂いを嗅ぎたくて。痛いくらいに、抱きしめてほしくて。好きだよって、言って欲しくて。ボクのほうがもっと好きだよって、ぶつけたい。なりふり構わず、人目も気にせず、世間体も関係ない。どこでだってキスをして、触れあって、一つになりたい。そんな張り裂けそうな気持ち」
「……」
「もう一つは、欲情。あの日からずっと、溜め込んだ性欲。先生だから白状するけど、オナニーだって、毎日してたんだよ。でも、やっぱりイケない。最後までイケない。吸引とお薬で、クリトリス、こんなに大きくなって、ちょっと触るだけで、腰が引けちゃう。おしっこ管理されてる尿道も、メンテナンスの度にプラグを抜き差ししていたら、いつの間にか気持ち良くなるようになって。お尻の穴なんか、ひどいよ。先生がトロトロに解してくれた穴。3年もずっとディルドーにほじられて、もうすっかり先生専用。うんちするたびにイキそうになる敏感なお尻の穴、先生専用のセックス穴」

 もはや狂気的であり、凶器的でもある。3年分の重みが、ずしりともたれかかってくる。その身体は軽いはずなのに、抱えていると奈落の底まで沈み込んでしまいそうなほど重くて。

「そんなのを抱えて、ずっと、ずっと。待ってたんだ。ボク。想いも、気持ちも、どんどん、どんどん、日を追うごとに膨れ上がって。でも、解放されないんだ。あとちょっと突けば崩壊してしまう、少しの余裕もない破裂寸前の爆弾なのに。どうしたって爆発してくれない。だって、先生が鍵を掛けたから。ボクを閉じ込める檻の扉は、先生にしか開けられないから。ボクは先生が解放してくれるその時まで、永遠に、もどかしさの中、悶え苦しみ狂うしかない。そしてそれを何でもないような顔をして、死ぬまで生きていかなくちゃいけない」

 それも当然だった。そうしたのは、久織をこうしたのは、俺だ。俺自身だ。
 彼女を壊し、再構築し、創り、加工したのは、俺だ。こう仕上がるように調教したのも、俺だ。
 それが、今目の前に顕現した。それだけの話だった。

「先生から見て、ボク、何でもないように、できてたかな。これでも、必死に顔に出ないように頑張ってたんだ。……でも、もうダメかも。ごめんね。我慢の限界。はしたないと思われるかもしれないけど、本当にボク、期待してたんだ。今日。やっと、やっと、先生から答えをもらえるかもしれないって。もしかしたら、その鍵で、開けてくれるかもしれないって。何もなければどうしようって、怖くもあったけど。ちゃんと賭けに勝てて、よかったよ」
「……もし。もしも。今日、俺が答えを出せてなかったら、どうしてたんだ」
「それは、怖いけど、でも、仕方ないかな。うん。ただ、ボクはもう限界だから。そうなったときは、ボクは先生にふさわしくなかったんだなって、諦めるつもりだった。それから女将さんに頼んで、誰か適当な人にこの鍵を渡してもらうつもりだったよ。心もだけど、身体も限界だから。相手は誰でもいい。先生以外は、ボクにとって誰も大差ないから。誰でもいい。それこそ、女の人を食い物としてしか見てないような、最低な人だったとしても」
「……」
「そうして鍵を渡したら、ボクの人生はそこでお終い。ボクの所有権は、もうボクにはないから。鍵を受け取ったら、その人がボクの所有者になる。ボクはボクとしてではなく、その人の所有物として、それからの一生を過ごす。大げさかな? でも、きっとそうなるよ。分かるんだ。先生に捨てられたら、きっとそうなる。今、扉を開けてもらえるなら。そして、この穴を埋めてくれるなら、全てを捨ててその人に服従してしまう。その人のために何でもする。靴だってお尻の穴だって舐める。排泄物だって口にする。それくらいもう切羽詰まってるんだ」

 その狂気を、恐ろしく思う自分もいる。抱えきれるか不安になる自分もいる。
 その盲信と盲目が反転する日がいつか来るのではないかと、恐怖さえ抱く。

 ……それでも。

「自暴自棄……とも、少し違うかな。先生に選んでもらえなかったから、こうするんだ、っていう意趣返しみたいな。きっとそう思うんじゃないかな。だから、先生はボクをちゃんと受け止めてくれないと、……ひどいよ」
「……」
「……なんて、こんなこと言うの、ズルいかな」
「……ああ、ズルいな」
「へへ。ボクもズルい大人の仲間入りしちゃった」

 それでも、久織は久織でしかなく。

「先生」

 俺は、久織を想う俺のままだから。

「こんな変態に育ったボクのこと、それでも好きでいてくれますか?」

 なればこそ、こんな久織を受け止めるのは、俺しかいない。
 俺以外の誰にも譲ったりなんかしない。

「当たり前だ」

 その身体を管理する鍵をひったくるように奪う。
 これは、彼女は、俺のものだ。誰にも渡してなんかなるものか。
 所有欲。支配欲。独占欲。それらを愛情の海に溶かし込みながら、その身体を感情ごと、かき抱く。
 決して離さないように。離れないように。
 そして貪るように長く、永く、口づけする。小刻みに震える身体に気付けど、無視して口腔内を蹂躙する。

「ぷあっ、は、ひ……ふ、震えが、止まらない。身体、中、……が、ガクガクしてる。ボク、イってるのかな」
「分からないのか」
「う、ん。もう……長い事、イってない、から、感覚……忘れ、ちゃった、のかも」
「そうか」
「でも、先生に、イケっ……て、命令、されてない、から。きっと、まだ、イってない」
「なら、これから存分に思い出させてやる」

 ひったくった鍵を使い、股間を覆う調教パンツを抜き去る。クリトリスを穿つピアス。尿道を支配するカテーテル。それぞれと接続する錠も全て。
 ぬぽぬぽと抜けていく、ケツ穴に入れられたディルドー。自らの分身を模ったそれは長く久織の穴を抉り続け、湯気が出るほどに馴染み切っている。それを離すまいと食い縛る肛門を擦り上げるように抜き差しすれば、久織の口から悶えるような喘ぎ声が漏れ聞こえる。

「はひ、ひ……ふひ……」
「まだ抜いただけだぞ」
「そ、そうだよ、ね。え、えへへ、へ……」

 口角を上げた頬を引き攣らせ、笑いを震わせる。
 泳いだ目が僅かに恐怖を感じていることを知らせ、それ以上に紅潮し熱を持った肌が隠し切れない興奮を露わにする。

「ぐちゃぐちゃだ……ボク、もう、ねぇ、せんせ……」
「寝かせるぞ」
「う……ん、ひっ!? は、ぁ……っ、ひ……!」

 文字通り一糸纏わぬ姿になった久織を、仰向けに寝かせる。触れるだけで痙攣したように跳ねるその身体は、本当にもう余裕が無いのだろう。

 さあ、ここにきて、もはや躊躇う理由など。
 もどかしく乱雑に浴衣を脱ぎ捨てた俺は、先ほどから勃起が止まらないペニスを見せつけるように、彼女の胸の上に腰かける。

「ひゃあっ……! お、ちん、ちん。近いよ……!」
「これがお前の穴をほじって、抉って、突き刺すんだ」
「ん……。大きい、ね……。ボク、死んじゃわないかな……」
「殺してやるさ。そして、新しく生まれ変わるんだ。今度こそ本当に、俺のものになるように」
「……うん。そう、だね。これまでにさよならして、今度こそ、ボクは……」

 その時を今か今かと待ち侘び、ビクビクと震える怒張に。マウントを取られ不自由ながらも、懸命に首を伸ばし、久織の口が口づけをする。
 まるで誓いのキスの様に。カウパー液を湛えた鈴口に小さなその口が触れ、舐め上げ、吸い付き、親愛の情を表現する。

 それはまさに契約然としていた。
 性器に傅き全霊を捧げるその姿はとても健気で、献身的で。
 ああ、これからこの子を、他でもない俺が支配するのだと考えると、痺れるような万能感が全身を伝い、抑えが利かなくなる。

「まずは、こっちだ。熟成し切ったそのアナルを味わうからな」
「うん。ずっとずっと、この日のために準備してきた先生専用だよ。きっと、気持ち良くするから。……あ、そうだ。それ、ゴム……いらないよ。さっき、下で浣腸してきたんだ」
「……。ああ、だから帰ってくるのが遅かったのか」
「えへへ、そういうこと。先生のモノだから、ね。先生が楽しめるように、準備はちゃんとしてきたんだ」

 あの日から、ずっと……。
 そう呟く声にたまらず腰を上げ、正常位へ移行する。ずっとお預けを喰らっていたヴァギナは、見ていて可哀そうなほど涙を流し。これまで散々解されトロトロになったアナルは、物欲しげにヒクついていた。

「好きなだけ、イっていいからな」
「うん……うん! ボク、今なら何したってイっちゃうよ。イって、きっともう……戻れない」
「戻れなくていいさ。俺がいる。俺が、持ってる。俺が、管理する。俺が、俺が、久織の全部を、愛するから」
「うん。ボクの……心の鍵も、身体の鍵も。持ってるのは、先生だけ。ボクが全部あげるのも、先生だけ、だもん……!」
「……久織っ」
「せ、ん……っ!」

 抱きしめる。それらごと。もう我慢できない。
 久織が言い終わるより先に。先ほどから密着したペニスの先端に吸い付こうと震えるアナルを、一思いに串刺しにした。

「っ!? ~~~っ!! ~~~~~!?」
「ぅ、ぐっ!」

 挿した、だけだ。一息、ズンと、奥まで。それだけ。動いてすらいない。
 なのに、どうだ。温かい。柔らかい。心地いい。違う、そんな生易しいものじゃない。全身の毛穴が開き切るような、電流。腰が無くなる。まるであつらえたようなフィット感に、そこに手があるかのようなペニスを揉みしだく蠢き。
 一瞬で駆け巡る、これが俺のものであるという確信。充足感。万能感。

「い! がぎ、ああああああああっ! あぐ、ぐぅ! ふひ……い……ぐ……っ!!」

 向かい合えば、絶叫。咆哮。獣の断末魔が鼓膜のみならず部屋中の空間に響き渡る。
 目は見開き、視線は定まらない。開いた口は喉奥まで曝し、吐き出される音はとても知性のある生き物の出すものとは思えない。
 全身の肌には粟のような鳥肌が立ち、断続的に痙攣し、生死すら危ぶんでしまうほど。
 イっていた。絶頂していた。何度も。何度も。取り戻すように。絶頂を極めていた。

「ぐあ……くっ!」
「い、ひぐ! にゃあああああっ! あ、あ、ああああ!」

 どれほどのものだろう。年単位で身体を嬲られ、昂らせ、しかし絶頂はできず、欲情を解消できず、溜め込み続けた渇望をようやく満たせた解放感は。絶頂感は。充足感は。
 しかしこんなものでは足りない。足りない。絡みつき離そうとしない肉ひだの群れからペニスを引き抜き、再び押し込む。引き抜き、押し込む。引き抜き、押し込む!

「ひっ、はひっ! ひぐっ! ひは、がぎっ……!? あ! ぎ、あぎゃっ!」

 躊躇はしない。擦り上げ、擦り上げる。抉り込み、抉り込む。肉壁を削り取ってしまうように、穿る。穿る。穿る。
 快感が、脳を蝕む。思考が、溶ける。視界が、狭まる。
 背中に痛みが走った。爪。久織。しがみ付いた腕。血管が浮き出そうなほど、力の入った両手足が、俺の身体をホールドする。
 痛い。だが、もう痛くない。消えた。いや、感じなくなった。どうでもいい。もはや目の前。貪ることしか。

「はひ……っ! せ……、ん! せ……ああぎぐっ!?」

 本能のままの、ピストン運動。グッポグッポと、粘液と空気と肉とが擦れ合う。排泄器官を性器に仕立てる背徳感。専用の肉便器。オナホール。精液のゴミ箱。飾り立てる言葉が浮かんでは消える。

「んぎ、あ、せん……あぐっ! せ……ぇっ!」

 かろうじて声が届く。俺を呼ぶ声。久織の声。
 見つめれば、その顔は快楽に溺れ。しかし、純真だった。涙や鼻水や涎でぐちゃぐちゃで、それでも清廉だった。
 どれだけイっても。イっても。イっても。
 久織は、久織らしさを失わないのだ。

「あ、あ……っ」

 そして思い出す。
 そうだ。俺は。久織を。この子を。この手に。手にして。
 染め上げ。染め上げ。誰にも。誰にも。

 俺の。俺だけの。

「ひゃひ……っ!?」

 ごぽり、と大量の粘液が床へと零れる。引き抜いた刺激で、久織がまたイク。
 外界へと這い出たペニスはむせ返るような湯気を立ち昇らせ、淫猥な香りをこれでもかと漂わせる。
 高まったそれはビクビクと脈打ち、今にも解き放ってしまいそうだ。だが、抑え込む。辛いが、今すぐにでも出したいが、我慢する。それくらい、訳はない。大したことはない。

「ん……れろ……ぶ、ちゅ……ん、おご……っ!」

 再びの口づけ。胸の上に跨り突き出した、両者の粘液が滴りテラテラと輝く怒張に。
 そして清拭。己の舌を使って。舐め回し、咥え、啜り、飲み下す。
 その表情に浮かぶのは、恍惚。感謝。発情。……慈愛。
 俺には想像することしかできないが。そのどれもがあってほしいと、身勝手に想像する。
 だからこそ、契約然、だ。されど先ほどとは少し意味合いが違う。性の関係。身体の関係。そして心の関係。もはやここまで来たのかと、今更ながらに理解する。

「刻んで……やる。久織、が……、俺のものだって……こと……!」
「う……ん。ん、はふ……おね、が……い。も……ボ、クが、よ……けいな、こと、かん……がえなく、て、んあっ! ひ、ふ……す、む、……ように……!」

 これは、儀式だった。二人だけの、儀式だった。
 改めて痛み入る。彼女は、こうまで強いのかと。
 これは悪魔の契約だ。もはや逃れようもない。一生涯に渡り魂に刻み込まれる。
 久織は全てを捧げ。俺は全てを受け止める。
 これは、そういう儀式だ。

「いく……ぞ」
「は、い。たか……な、し、くお……りを、もらって。せ……んせ、あ! あ! ああああああああぐうううううあああああっ!!」

 そうであるなら、これ以上に相応しい行為もない。
 互いを視界に収める正常位。涙を流すヴァギナにあてがわれ、メリメリと侵入していくペニス。亀頭に膜の抵抗を感じるが、一思いに突き破る。

「あああああああああああああああっ!!」

 痛みか、快感か、その両方か。声が枯れるのではと思うほどの獣の咆哮を上げる久織は、俺の身体を滅茶苦茶にかき抱く。

「い、いいぐっ! い、あ、あぎ……いいいっ! ぐうぅう!」

 ガクガクと震え、腰を跳ね、痙攣しながらも。待ち侘びた膣肉はペニスを離すまいと食らいつく。
 破瓜の痛みなど忘れたように。いや、それを感じさせないほどの脳内麻薬が久織を溺れさせているのだろう。咆哮から嬌声、喉が閉じることもないまま、久織は挿入の刺激だけで何度も絶頂を極めていた。
 アナルセックスの助走。数年に渡る想い。寸止めされ続けた快楽が、ぐちゃぐちゃに混ざり合い、暴力的な波となって、久織の意識を断続的に攫って行く。

「はひっ……はひっ……ひ……!」
「く……おり……!」
「ら、め……しん……じゃ……ああああああっ!?」

 さりとて、休ませる気は毛頭ない。譲る気はない。数年分の想い。それはこちらも同じだ。失ってから、今まで。いや、出会った時から、今まで。こうして彼女を自分のものにしたいと、恋焦がれ続けてきた。それが今日。今。こうして。こうして。
 久織の快感に狂い乱れる姿にあてられて、冷静な判断ができなくなっていく。人としての理性がボロボロと剥がれ落ち、相手を思いやる気持ちさえ霧散し。
 そこにあるのはただ、獣同士の交尾。本能に任せるがままの、性器のぶつけ合い。
 そして快感。生身の。剥き出しの。遺伝子に組み込まれた、抗いようのない快感。

「はぁっ! は、ふっ! はっ……!」
「ひぎ! ぃぐ……! っぃあ……! ひぐっ!」

 そうして理性なんて言葉も失くした俺たちは、ただひたすらに交わった。
 オスとしての本能が、メスを求める。
 メスとしての本能が、オスを求める。
 二人にあるのはそれだけだった。

「ぐ、あ、ああ……っ! で……るっ」
「ひあっ!? あ、あぐ、うううううううっ!?」

 ただただ、交わって。
 ただただ、交わった。

 ただただ、交わり続けて。
 ただただ、交わり続けた。

「はっ! ふ、……ぐ! はぁっ!」
「ぃ、ぐ……! ひゃひっ!? ぃあ、あっ!」

 ぶつけて。受け止めて。与えて。与えられて。
 命を削ってできた性という削りカスを貪り喰らうかのように。
 そうすることで、これまでと、これからとに、祈りを捧げるかのように。

 ペニスとヴァギナを擦り合わせた。
 俺と、久織を、重ね合わせた。

「は……、ふ……っ! はぁ……!」
「あ……ひぎっ、ひふ……んぁ……!」

 やがて。

 ……やがて。

 濃密な淫気に酔い潰れ。筋肉が悲鳴を上げるほど疲れ果て。
 強制的に意識を失い、ようやく腰を振ることを止めた頃。

 外の景色は移ろい。
 すっかり宵から明けへと表情を変えていた。

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