使い魔とは、つまるところ『道具』だ。 戦闘においても、研究においても、日常生活においても。魔女が使う道具の中の一つにすぎない。 故に、使い魔は主人にとっての『便利』であろうとする。『お気に入り』であろうとする。そうすることが、使い魔にとっての存在意義だから。役に立たない使い魔は、使い魔足り得ない。必要とされない。 そうなれば、行き着く先は容易に想像できる。魔女としても、貴重な使い魔の枠を無駄にしたくはないから。 「ハッ……ハッ……」 結果、使い魔が魔女に心身とも依存し、多かれ少なかれ媚を売るのは必然で。その姿から、傍目にはしばしばペットや奴隷と混同して認識されている。もちろん希少種や位の高い精霊などは例外だけれど、魔獣や亜人種なんかはその見た目も相まって尚更その風潮が強い。 そして、その中でも特にヒト型の容姿を持つ者は、魔女が使い魔を愛玩具として囲うことがあるという噂も手伝い、より人々に偏見を抱かせている。 だから、といっていいのか。世間一般のイメージと合わせるかのように、使い魔の仕上げ方も昔と変わった。ペットの如く躾けられたり、奴隷の如く調教を受ける使い魔が多くなった。 それは、魔女という存在が昔に比べて世間と近くなり、触れ合う機会が増えたからかもしれない。歴史の表舞台に登場するようになり、発生した『世間体』。それを保つために、下手な使い魔を侍らせてはいられない。そんな心理が、使い魔に見栄えの良さを求め始めたのだと。 私が調教前に教えられたのは、おおよそそんな内容だった。 「そろそろ3週間ほどでしょうか。短期間とはいえ、なかなか様になってきましたね」 それらを含め、メイドさんの調教は苛烈で、的確だった。 一般的な使い魔が持つべき知識、所作。心構え。通常の使い魔と違い、特殊なケースであるが故の注意。 そしてそれ以上に、一番多くの時間を割いて行われた、忠誠心を養うという名目の愛玩ペット調教。どこに出しても恥ずかしくない、『世間のイメージに合わせた』使い魔像を叩き込む躾。 これまでに何度もこういうことをしてきたのだろう。そう容易に想像させるくらい、メイドさんのペットの扱い方は熟練していた。 「……。よし、食べなさい」 「わぅっ」 幾度も打たれた鞭をちらりと横目に。エプロンドレスの足元で、私は今日の食事を開始する。 床に置かれた木の器。そこに盛られた野菜や果物。それを這いつくばって貪る姿は、まさに獣と変わりない。 けれど、そこに羞恥心を感じてはいけない。そう教えられた。使い魔として、何もおかしなことはないのだと。それが自然な姿なのだと。理解するまで、食事抜きにされたこともあった。 だから、恥ずかしくない。そう思い込ませる。 そうしないと耐えられない。とてもじゃないけど、正気ではいられない。 小さい頃に必死で学んだ、食事の際の美しいマナー。そんな自分の、社会の価値観を無視して、ただ貪る。口の周りを汚して、ガツガツと食み、咀嚼する。知性のない獣を演じながら、知性ある人間の醜態を残して。 そんな姿を、他人に見られる。 レストリアに、見られる。 「あらあら、すっかり板についてきましたわね。美味しい?」 「わぅ」 「そう。それはよかった」 ニコニコと、愛玩動物を愛でるように、レストリアは微笑む。私はカーっと顔が赤くなった。それはやはり羞恥心だと思う。事務的なメイドさんとは違う、かつて勉学を共にした知人に見られるというのは、想像以上につらいことだった。 「顔が赤くなっています。まさかまだ恥じる気持ちが?」 「わ、わうっ!?」 そんな思いを抱いているところに、メイドさんの声。 しまった、と思った。また食事抜きにされる、と恐怖した。 お腹が空いたまま受ける調教は本当につらい。ただでさえ鈍い動きがさらに鈍くなって、お仕置きを受ける。そうしたらより動けなくなって。負の連鎖から抜け出せなくなる。 「わぅ、わぅっ!」 だから、考えるより先に身体が動いた。蹲るような食事の姿勢から、後ろにコロンと倒れこんで。仰向けでお腹を見せる、服従の姿勢。不敬を働いた時、ご機嫌を伺う時、許しを得たい時。獣が取る本能の行動。 「まぁ! 随分と殊勝なこと」 身体に染み付いた動き。それをしてから、ようやく意識が追いつく。驚きと感心に顔を綻ばせるレストリアに気付き、よりいっそう顔が紅潮する。 けれど、そうするしかない。でないと、使い魔は生きていけない。人間として惨めなことだけれど、これが当たり前なんだ。そんな存在にさせられようとしている。そのことを改めて認識する。 「そんな態度を取っても……」 「まぁまぁ。これくらいは愛嬌ですわよ」 「……お嬢様がそう仰るのなら」 そっと唇を噛む。でも、羞恥の甲斐あってか、許してもらえた。食事抜きは免れたようでホッとする。 と同時に、すっかり飼い慣らされてしまったように感じて、胸を撫で下ろした自分が少し悲しくなった。 ▼ 「少し席を外してくださる? 何かあればまた呼びますわ」 「かしこまりました」 葛藤する私をよそに、レストリアがメイドさんを下がらせる。 調教が始まって以来、こんなことは初めてだ。珍しい。 「……さて。もうすっかり調教されてしまったようですわね」 「わぅ」 「あら、うふふ。お返事までお利口さんですわ」 「あっ……」 「ふふふ」 お目付け役がいなくなったのに、思わず鳴き声で返してしまい、死にたくなる。レストリアはそれがツボに入ったのか、しばらくクスクスと笑っていた。 「そういうことなら、少し遊びましょうか。身体の火照りも、そろそろ我慢できないでしょう?」 「う……わぅ……」 そう言ってレストリアは器を下げ、汚れた私の口周りを拭う。小さな子供のように、私はされるがままに任せる。 「おいで」 綺麗になったところで、レストリアは近くの椅子に座った。私もそれに追従する。 四足歩行ももう慣れた。散々叩き込まれたその動きは、見た目以外の不自然さを感じさせないはずだ。 「あの子の手腕も大したものですわね。『伏せ』」 「わぅ」 「『お座り』」 「わぅ」 「そしてあなたの物覚えの良さも。はい、取ってらっしゃいな」 「わぅっ」 放り投げられた骨のおもちゃを無心で追いかける。最初の頃と比べて、駆ける動きは力強い。苛烈な調教のせいか、次第に薬が抜けていっているのか。かなり思い通りに身体が動くようになってきていた。 「ほら、そこですわ」 見つけた骨のおもちゃを口でくわえ、レストリアの元へ戻る。息は上がるけれど、それほどつらくはない。体力も戻ってきている。視界にレストリアだけを捉え、駆ける。 「よし。よく出来ましたわね」 「わぅっ」 レストリアの手に骨のおもちゃを渡す。労うように頭を撫でられる。それが無性にむず痒くて、でも悪い気はしなかった。むしろ、胸の奥がじわりと暖かくなった。 「ほら、もう一度」 「わんっ」 嬉しい、んだと思う。メイドさんはこうして褒めてはくれなかったから。出来ることが当たり前だと、叱責され、罵倒され、鞭打たれたから。 「よしよし。上手上手」 「わふ、わふ」 次第に荒くなる息は、疲労じゃなく高揚感だ。認めたくなくても、心が弾む今を誤魔化しきれない。 だって、仕方ない。そういう調教を受けたのだから。こうやって主に構ってもらえるだけで、喜びが湧き出すように。 そうしてより真摯に、全力で、主に仕えることが出来るようになるんだ。 「もう何日も果てていないでしょう。ご褒美ですわ」 「わ、う、うぅぅ~~っ!」 しばらく『遊んだ』後、レストリアはご褒美をくれた。 常に蠢き、でも決して満足する刺激を与えてくれない触手たち。もどかしさを生み出すばかりのそれらが、レストリアの命により久しぶりに激しく動き出し、快楽を渇望する身体を満たしていく。 「ぅ、あ、あ! い、ひぐ……っ! ひ……!」 「いいですわよ。許可します」 ずっと寸止めで、悶々としていた身体が喜んでいるのが分かる。貞操帯として自らが慰めることを阻んできた触手たちが、レストリアの意思により私を絶頂へと導く。 「わたくしを楽しませた褒美として、果てなさいな」 「ぃいい、ぐ! う! ううううううっ!」 中途半端で置き去りにされていた劣情は、みるみるうちに膨れ上がって。 「あ! あ! あ!」 処女膜を残したままの膣が震えて、イク。 「ぃ、ぐ! いぐっ!」 排泄することが無くなり、性器として作り替えられた肛門が、尿道が、擦られて、イク。 「ひあっ!? ああああああ!」 剥き出しになり肥大化したクリトリスが吸引されて、イク。 「や、あ! あああ! ひぐううう!」 惨めな思いすら、快感に変換して、イク。 「あ、ひっ! ひ! ま……だ、……ぐ! ぃぐ……っ!」 「こんなに震えて。よほど気持ちいいのですわね」 椅子から立ち上がり、しゃがんで。レストリアが私の身体を抱き締める。その温もりが妙に安心を生んで。 「ああああああああああっ!」 思う存分貪った。それまでお預けにされていたもの、全部。 それはとてつもない解放感だった。絶頂感だった。 このためなら、この人のためなら、何でも出来そうな。そんな気さえした。 『だから』それを。 「可愛らしい。これなら契約も……っ!?」 火照り紅潮した私。その顔を覗きこんできたレストリアを。 渾身の力で押し倒した。 ▼ 「……っ!」 「はぁ……、はぁ……っ!」 馬乗りになった私の下に、レストリアがいる。床に縫い付けられ、微かな驚きを含んだしかめっ面を浮かべて。 対する私は、軽い目眩と、息切れを起こしながら。注意深く、決して油断しないよう慎重に、彼女の細い首を両手で握りしめた。 「もう、ここ……まで……。呆れ……た、回復力……ですわね……」 「わ……たし、はっ……!」 管の隙間から漏れ出すようなレストリアの声。それよりもっと細く震えた声。 一瞬の隙をつき、ここにきてようやく主導権を握ることに成功した。これが魔力を練れない今の私に出来る精一杯。それでも十分な成果だ。全身が熱くなる。 ただ、自惚れはしない。レストリアが思うほど、回復しているわけじゃない。この程度で安心できるほど、レストリアは甘くない。きっと。これは、彼女がその気になればすぐにでもひっくり返される程度の、儚い抵抗だから。 だからこそ、私は言う。途切れないように。止まらないように。言葉を吐き出す。 今私ができるのは、これだけだから。 「私……! やら……なきゃ……!」 言う。 言葉を、紡ぐ。 今まで誰にも話したことのなかった思い。秘めた意志。 なるべくなら、話したくはなかった。話すことなどできなかった。 『国家機密』を漏らす愚を犯すことは、あってはならないことだ。 頭の中に、一人、二人。よく見知った顔が現れては消える。 そして何より。 話してしまえば、縋ってしまいそうで。 自分が、弱々しく崩れ去っていきそうで。 「やらな、きゃ、いけないこと……が……ある、の……!」 でも。それでも。 我慢の限界だった。抱えていられなくなった。抑えていられなくなった。 感情が先走って、想いばかりが溢れて。言葉が追い付かなくて。しどろもどろになりながら。 今までのことを思い出しながら。 ……口火を切って、しまった。 「だか、ら……、だからっ!」 頭の中が白くなる。これからのことを想像して、震えが大きくなる。 一糸纏わぬ頼りない姿のままで。何もかもを掌握された状況下で。精一杯の波紋。 鎮まりきった部屋の中で、それだけが存在を主張する。薄く広がっていく。 メイドさんはまだ戻ってこない。 「……」 対するレストリアは、艶やかな唇を閉じたまま。 息苦しさにひそめた眉と、乱れた髪がどこか扇情的で。 私の手を振り払おうともせず。 ただ視線だけを相対させた。 「……ようやく。あなたの心を覗かせてくれますのね」 いつものように微笑んだ。
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