すっかり閉じ込めプレイが日常になったわたしたち。 大学を卒業して(冬華は「単位もお金もないしもういいや」って中退した)、就職もせず、有り余る時間をプレイに費やす日々。 住み慣れたマンションを引き払って、地方の山間部にひっそりと建つ別荘を買い取った。 車がないとどこにも行けない不便な立地だけど、静かで、いいところ。 山間にありながら海にも近くて、わたしたちはよく散歩に行っている。 ほぼ貸し切り状態の砂浜で、お弁当を食べたり、たまに泳いだり。冬華を砂に埋めたり。 消波ブロックを見ながら、あの中に閉じ込められたら怖いよね、なんて話したり。 そうそう、山の中で生き埋め放置プレイをしたときは、すごく興奮した。 適当に車を走らせて、地図を持っていてもたどり着けないような山奥まで行って。 地面に穴を掘って、そこにポリバケツを入れて、その中に冬華を閉じ込めて。 しっかりふたを閉めて、上から土をかぶせて、わたしは帰ってしまう、というもの。 まるで死体遺棄の犯罪みたいなプレイ。 後から聞いた話だと、冬華は埋められてしばらくしてからずっと泣いていたらしい。 たとえ脱出できても野垂れ死んでしまうような山奥だし、もちろん誰も通らない。 実際は近くで待機してたけど(これは冬華に言ってない)、わたしですら二度と発見できなくて、そうして自分は忘れ去られて、このまま土の中で寂しく死んでいくんじゃ……、と不安に思ったみたい。 だからか、掘り出したとき冬華の顔は涙でぐちょぐちょで、おしっこの匂いをさせながらわたしに抱きついてきた。 とても興奮したけど、冬華が怒るからそれ以来やってない。 あと、地下のワインセラーで樽の中に冬華を入れて冬華酒を作ってみたり。 リビングにあるソファーの中の空間で生活させてみたり。 たまに思い出したように、お庭で犬さんのようにお散歩させてみたり。 何も邪魔が入らない二人の世界の中で、わたしたちは思うさまプレイに没入した。 そして今冬華は、リビングでインテリアとして日々を過ごす。 ▼ 「冬華~。ご飯~」 リビングの壁に、正方形にくぼんだ空間がある。 多分前の持ち主は、ここに骨董品のお皿とかを置いてたのだと思う。 わたしはそんなのは持ってないから、代わりに冬華を置いた。 「入れるよ」 そこにあるのは、透明で大きな卵。ニワトリどころか、恐竜のそれのような大きさ。 樹脂でできたその卵の中に、冬華は閉じ込められている。 「これ食べたらお下の処理するからね」 食事は、上部にわずかに見える管から流し込む。もう一つの管は呼吸用だ。 排泄は土台部分にプラグを接続して、全て機械制御。浣腸液が出る。 あとは冬華洗浄用の洗浄液注入口と、排出口。外界と繋がっているのは、それくらい。 「……何回見ても、綺麗だね。冬華」 薄い琥珀色の樹脂の中。しなだれるようなポーズのまま固まった冬華。 お土産とかで売ってる、人工の虫入り琥珀を思い出す。虫と比べるのは可哀想だけど。 つるつるで、でも少し弾力のある表面に手を置く。冬華と目が合う。あ、苦笑いした。 冬華にわたしの声は聞こえていないはずだけど、何となくわかるのかもしれない。 「こうして閉じ込めるのは、すごく興奮するね」 ……だけど。最近は、冬華とおしゃべりできないのが寂しいとも思う。 とにかく必死で、周りに意識が向いていなかった頃には、思わなかった想い。 それがとんだ傲慢で、子どものような我が儘だと知っていても。それでも。 「冬華はすごいよ。……本当に」 冬華を封じる琥珀色の樹脂は、本物の琥珀を軟化させて使ってる。 口や股間から管を生やした冬華を型の中に入れ、そこに琥珀を流し込んで固めた。 もちろんかなりの熱を持つので、冬華の身体中隙間なく耐熱クリームを塗りこんだ。 一回りサイズアップするくらいクリームを重ねて、その上から琥珀が固まる。 完全に固まってから、差しておいた洗浄用の管から洗浄液を入れて、冬華の身体に付いたクリームを溶かして流してく。何度も、何度も。 そうしてクリームが完全に溶けてなくなると、晴れて剥き身の冬華が出てくる。 琥珀の中、クリームの厚み分のスペースしかない空間に、冬華は閉じ込められてる。 完全に固まってるわけじゃない。だけど、想像を絶するような閉塞感。窮屈感。 それらを感じているはずなのに、冬華はそれでも、わたしに笑ってみせる。 「敵わないよ……」 そういうことが好きになるよう調教した、ということもある。 だけどそれ以上に、冬華はわたしを、わたしのすることを無条件で受け入れてくれてる。 そのことを嬉しく思う。だけど最近は、そんな冬華を、素直に受け止められない。 「わたし、弱いな……」 冬華が飾られてるあのスペースは、時限式の圧縮機に改造してある。 くぼんだ所に箱形のその圧縮機を嵌め込み、その中に冬華は置いてある。 定期的にわたしがコマンド入力をしないと、それは冬華を中に置いたまま蓋を閉じ、中の琥珀を冬華ごと高圧圧縮し、本当の琥珀にしてしまう。 わたしの操作一つで、冬華は生きたまま永遠に琥珀に囚われ、化石になる。 わたしがもし死んでしまっても、確実に冬華を道連れにする、悪魔のような装置。 それは冬華という一人の人間の尊厳を無視した、わたしにとっての保険。 臆病者のわたしにとっては、これ以上ないほど魅力的な、精神安定剤。 ……だったのだ。『今までは』。 「でも、もう終わりにしなくちゃ」 それまでの自分なら、間違いなく、迷いなく、使っていたその麻薬。 だけど、いつまでも頼ってはいられない。依存したままではいられない。 「冬華のために」 思えば最初は、自分に正直に生きる冬華への、憧れからだった。 何だかんだと文句を言いながらも、楽しそうに生きる冬華が羨ましかった。 いつでもわたしを気に掛けてくれる、その優しさが心地よかった。 だから、好きになった。欲しくなった。閉じ込めてでも、独占したくなった。 周囲の人間にも分け与えられる、その優しさをわたしだけに向けてほしかった。 「そして……『わたしのため』に」 そして手に入れた。わたしだけの冬華。わたしだけに向けられる、優しさ。 嬉しさに舞い上がるわたし。だけど、日を追うごとに生まれてくる、罪悪感。焦燥感。 本当はわかっていたんだ。『それ』が、自分のためにならないことくらい。 ここまでやって、やっと理解した。納得した。……覚悟ができた。 だから今度は、本当に『わたしのため』になるように、頑張らなくちゃいけない。 「冬華。わたし、頑張ってみる。冬華からもらうばっかりじゃなく、あげられるように」 無条件で与えられる愛に、依存し続ける日々は、もう終わり。 今回のプレイが終わったら、冬華に言おう。 そして、冬華におんぶされるのではなく。一人で立って、冬華の隣で歩けるように。 そうしてお互いに歳を取って。……閉じ込めプレイは、やめられないかもしれないけど。 だけど、そこに在る思いは違う。一方的でなく、支えあいながら。生きていこう。 「それに……」 どうせ化石になるなら、二人一緒がいいよね、冬華――。 後日譚 「ねぇ、冬華……」 「ん、どったの。あたしこの前の琥珀封入プレイで関節バキバキだし、しゃべるだけで死にそうなくらいの危篤状態なんだけど」 「ご、ごめん」 「い、いやいや、何その反応。冗談に決まってるじゃない。てか泣くな! 悪かった!」 「う、うん……」 「もう、何、悩み事? あたしでよけりゃ何でも言いなさいな。解決するかは別として」 「うん、ありがと。頼りにならない言葉だけど、ありがと」 「もっと包みなさいよ。オブラート的なやつで」 「あのね、わたし……」 「無視か。まぁいいや。で?」 「その、頑張ろうと、思って」 「頑張る?」 「うん」 「ん~、それは何、次のプレイ全力であたしを責め殺しに来るとか、そういう話?」 「ち、違うよ! そうじゃなくて……! もう、真面目に聞いて!」 「はいはい。……とうっ! 真面目モード解放! さぁ来い!」 「……」 「……ごめん」 「……。あ、あのね、わたし……」 「うん」 「これまで、その、冬華に、頼りっきりだったなぁって、そう思って」 「頼り……? そんなこと言ったら、あたしだって繭子に頼りっきりじゃん。ご飯もそうだし、住むとこもそう。あたし一円もお金稼いでないニートだよ?」 「あ、え、と、そういうことじゃなくて」 「ん、違うの? ……っていうか、あんた、なんかしゃべり方が昔に戻ったみたいな……」 「む、昔のことはいいの! だから、わたし、冬華に、『依存』して……」 「……。……あー。そういうこと。わかった。全部わかった。言いたいこと」 「だから……」 「だから、先に謝っとく。ごめん。繭子」 「わたしは……へ?」 「自惚れかもしれないけど、今繭子が悩んでる原因は、あたしにあるかもしれなくて。だから、繭子はそれで、自分を必要以上に責める必要ないのよ」 「あの、え……?」 「いや、むしろあたしを責めてもいいくらい。お前の自己満足のせいでこうなったんじゃー! とか」 「そ、そんな……冬華を、責めるなんて……」 「そう言ってくれる? ならあたしは救われるわ。でもそれだけじゃ、繭子は救われないんでしょ? 言いたいのはそういうことよね」 「……うん」 「まぁ繭子があたしのことをただのおもちゃだと思ってても、構わなかったんだけどさ。一応、そういう覚悟はしてたし」 「……」 「でも、その楽な道を捨てて、ちゃんとあたしに向き合ってくれるというなら。あたしにとってはすごく嬉しい。……応援する。繭子」 「冬華……」 「まぁ、ゆっくりでいいから頑張んなさいな。そばで見ててあげるから。……なんて、こういうのが過保護でダメなのかなぁ」 「あはは。……でも、嬉しい。冬華、……ありがと」 「はっはっは。苦しゅうないぞ」 「ありがと……。本当に、……ごめん、ね。……ぐすっ」 「……。ばか」 ▼ 「……と、そんなこんなで大人の階段を上る繭子ちゃんであった、と」 「茶化さないで!」 「まぁ繭子のことは会ったときから子どもみたいに思ってたからね。『ちゃんと面倒見てあげなくちゃ』とか、そんな感じ」 「ひ、ひどっ! そ、そんなこといったら、わたしだって、冬華のことお母さんみたいに思ってたから!」 「……繭子、それちょっと違くない?」 「……あれ?」
コメント