第四話『食堂にて』

「ん……んぅ……?」

 ……あれ……私……。

「ここは……」

 寝ぼけた意識を引きずりながら、少しだけ頭を起こす。
 馴染みのない枕カバーとシーツの感触、体温の移った温もりが気持ちいい。
 どこかホテルにでも泊まっているような感覚に陥る。

「ん、まぶし……!」

 部屋に差し込む、溢れんばかりの陽光に思わず目を細める。
 辺りを見渡すとそこは昨日見た地下への入り口のあった客室と似たような部屋で、私はそこのベッドの上にうつ伏せで寝かされているようだった。

「とりあえず起きて……っつう!」

 身体を起こそうとしていきなり、というか今更お尻からくる痛みに気付いた。

「あ……そういえば……」

 昨日、焼印押されたんだっけ。
 妙に冷静にそのときのことを思い出しながら、そっとベッドから降りる。

「何で裸なのか……は追求しても仕方ないか……」

 いろいろと理由は思い浮かぶけど、
 何にせよそれがご主人様の判断ならただ甘んじて受け入れるだけだ。

「そんなことより……」

 ちょうど服も着てないし、身体をひねってお尻を確認してみることにする。

(どんな感じなんだろう……)

 悲壮感よりまず好奇心が表に出てくるところが、我ながらよく訓練されていると思う。
 ま、まぁ、それは今さらだし……って、あ、これ自分じゃよく見えない。
 とりあえず何とか覗き込めないか、尻尾を追う犬よろしくその場をくるくる回ってみる。

「……。何やってんだろ、私」

 ふと我に返る。冷静に考えるとかなりバカっぽい。
 ……まだ寝ぼけてるのだろうか。

 照れ隠しのように部屋の中を眺めていると、隅っこのほうにデデンと姿見が置かれていた。

「……」

 何も言わず、つつつ、と姿見の前へと移動する。

「これが……」

 鏡にお尻を向けて、未だズキズキと痛む箇所を映し出す。
 果たしてそこにあったのは、白い……。

「……ガーゼ、ね……」

 一気に脱力した。

 考えてみればそりゃそうだ。
 傷跡に施された、治療のあと。
 何もおかしなところはない。

 とはいえ気付かないものかな、私。
 いや、やっぱり寝ぼけているのだ、きっと。

「はぁ……」

 大きく嘆息しながらも、正面を向いて鏡の向こうの自分を眺める。

 ふくよかでも痩せ過ぎでもない標準的な体型。
 平均と比べるとちょっと身長が高いのかな、という気もしてるけど、ご主人様に比べたらそれも些細なことだ。
 むしろ残念なのはその分の栄養が胸に回らなかったことだけど、それは今言っても仕方ない。

「……あらためて見ると不思議だよね……」

 そんな中で一際目立つのが、股間で揺れているモノ。
 本来あるはずのないモノ。
 寝起きなので少々勃起してしまっている。

「それと、昨日付けられたコレ……」

 存在を主張するペニスから視線を上げれば、乳房の先に付けられたピアス。
 首を覆う、見るからに強固な首輪。
 そして、鼻の間からぶら下がるリング。
 ジクジクと痛み、目に飛び込んでくるそれらは、まだ見ぬお尻の証よりも明確に事実を確認させる。

「本当に、こんなところに……」

 思わずまじまじと鼻輪を覗き込む。
 軽く引っ張ってみると、ピリッと痛みを返してきた。

「はぁ……。これも……」

 立っていられなくなって、ペタンとその場に座り込みながら、首に着けられた首輪をそっと撫でる。
 ひんやりと冷たいこの無機質な輪っかに命すら握られているのだと思うと、私の意思とは関係なく身体が自然と反応してしまう。

「こんな……触ってもいないのに……」

 ドクンドクンと心臓の動きが活発になるにつれ、私のペニスは肥大し、強度を増していく。

「は、ぁ……」

 すっかりそそり立ったそれにそっと手を添え、軽くなで上げる。

「あ……溢れてきた……」

 鈴口からはすでに先走りが球となって朝日を反射していた。

「一度、処理しておこうかな……」

 このままではまともに歩けそうにないとかなんとか言い訳しつつ、添えた手を使ってそっと扱き始める。

「ふぁ……いい……よぉ……」

 ピリピリと股間に快感が走る。
 そういえばこんなにソフトに自慰をするのは久しぶりだ。
 今までは付けられると同時に管理される日々が続いていた。
 自慰ができるのは、大抵羞恥プレイの一環として。
 必然的に求められるのは扇情的な激しいものなので、
 自分のペースでゆっくりと、こうして弄ることは少なかった。

「ああ……!ダメ、……ん……っ」

 朝特有の生理現象も相まって、股間の昂りはたやすく頂点近くまで引っ張られていく。
 先走りのヌメヌメが亀頭から全体にまで広がって、くちゅくちゅといやらしい音が部屋に響く。

「で、出ちゃう……っ!」

 自分の意思で、自由に射精するなんていつ振りだろうか。
 思う通りに快感を得られることに喜びを覚えながら、いざ先端から迸りそうになったとき。

 ……ガチャ。

「おはよーございますー!!」
「……起きてるか?」

 お約束のようにお二人が入ってきたのでした。

「わーーーーーっ!?!?」

 ここですか!?
 このタイミングですか!?

 あまりの動揺とばつの悪さに、いたしている恰好のままフリーズする私。

「……へぇ」
「にゃー!? 楓ちゃんー!!」

 何か含みのあるご主人様の声と眼差し。
 ハイテンションで獲物を見付けたような嬉しそうな志乃さん。
 限りなく劣勢に立たされて呆然とする私のところへ、お二人が悠然と近づいてくる。

 うわああ……。もう、うわああしか言えない……。
 とりあえず二人の顔がまともに見れない。
 勇気を出してチラ見したら、とても笑顔がそこにあった。

 ……死にたい。

▼

「えうぅ……」

 何て言っていいか分からない。
 ただ、私一人がもの凄く恥ずかしい格好でいることだけは確かだ。
 涙でそう。

「朝っぱらからチンポオナニーとはな。いや、責めてるんじゃないぞ? 気持ちはよく理解できるからな」
「は、はぁ……」

 大仰に頷きながらご主人様が言う。
 その慰めも今の私には虚しく響きますです……。

「自分の姿見て興奮しちゃったんですねー? 可愛いですー!」
「ひぃ、志乃しゃん……」

 志乃さんは志乃さんで私と頬っぺたを合わせて、グリグリしながら抱きついてくる始末。

 あああ……、こんな姿を見られるなんて……一生の不覚。
 すごく、情けない気分……。
 今までだって、たくさん恥ずかしい姿は晒してきたはずなのに、家族に自慰を見られたような気恥かしさは、すごい破壊力がある。

 片や健やかな朝の気配を引き連れた二人。
 片や劣情丸出しでペニスを握っている私。
 互いの立場を考えれば別段おかしくないのかもしれないけど、それにしたって私の惨めさがよく分かる対比に、眠気の吹っ飛んだクリアな頭でも処理しきれない羞恥心が沸き起こる。

「ま、気にすんな。そういう恥じらいがあったほうが、俺としても嬉しい」
「……はい」

 火照った顔を撫でるようなご主人様の声に、暴れていた私の心もようやく落ち着きを取り戻す。

 ……それに、実のところ二人の対応を見ると何故だか無性に安心してしまってもいた。
 それはこんな風に身体を慰めてしまったり、自分に付けられたピアスや首輪を見て興奮するような私を、否定せずに認めてくれているような気がして……。

 まぁ施術自体二人がしたことなんだし、元々私がここで飼われることになったのもそういうえっちな目的からなんだから、それで割り切ればいいことなのかもしれない。

 むしろ今までそうしてきたはずなのに、ここに来てそれができていないことに一番驚いていたりするのだけど。

「まぁ何はともあれ、おはよう、楓。ちゃんと眠れたか?」

 ご主人様の声に、志乃さんも我に返ったようだ。
 頬からぬくもりが消える。

「そうでしたー。おはようです、楓ちゃんー。昨日どっちもちゃんと処置はしたので、のたうちまわるほど痛くはないはずですけどー」

 心配そうに聞いてくれる志乃さん。
 私は座りなおそうとしてお尻の焼印に気付き、これじゃあ正座は無理だと四つんばいになって二人を見上げる。

「おはようございます、ご主人様、志乃さん。今朝はおかげさまでぐっすり眠れました」

 今から思えば寝ている間も痛みにうなされることもなかったし、痛みに気付いたのも起きてから少し経ってからだし。
 確かに今はひりつくような痛みがあるが、それでも思っていたほどではない。

「それはよかったですー。一所懸命処置した甲斐がありましたー。これからしばらくは痛みが続きますけど、どうしても我慢できなくなったら言って下さいー」

 完治するまでは結構時間が掛かるとのことなので、しばらくは志乃さんのお世話になりそう。

 ……でも、焼印かぁ。
 普通の感覚で言えば目的が目的だけに屈辱を感じるところなのかもしれないけど、私にとってはご主人様との繋がりを感じる、証。
 自然と顔が綻んでしまう。

「ではちょっとだけ検診させてくださいねー。あ、ちょうどいいからそのままの格好でー」

 右手に医療箱をぶら下げた志乃さんが、四つんばいの私の後ろに回る。
 ペリペリとガーゼがはがされ、患部があらわになる。
 ひんやりと朝の気温を敏感に感じ取る。
 何となく少しだけヒリヒリ度が増した気がした。

「ふむふむー。良好良好ですー。ご主人様のイニシャルがくっきりですよー。……はい、ちょんちょんー」
「ひゃうっ!?」

 患部に湿った綿玉を当てられ、その冷たさと痛みに思わず情けない声が出た。
 おそらく消毒してくれているのだろう。
 患部に刺すような痛みとスーッとする感覚。
 その後ジワジワとまだ焼かれているかのように熱を帯び始めた。
 お尻の皮膚が、少し引き攣る。

「痛むだろうが、しばらく辛抱してくれ」

 横で見ていたご主人様に声を掛けられる。

「いえ……。少し、痛みますけど、これくらい平気です。それより、きれいに出来たみたいでホッとしました」

 見上げて笑顔を見せる。
 多少やせ我慢もあった。
 でもちゃんとご主人様の証が付いたんだという喜びのほうが大きく、その前では痛みもまた喜びを証明する一要素でしかない。

 それに、余計な心配は掛けたくない。

「そうか……」
「はい」

 心なしか穏やかになったご主人様の表情を見て、本当に私の身を案じてくれての発言だったと分かった。
 それだけで、私の心はフワフワと浮ついた気持ちになる。

「……と、これでいいはずですー。あまりここを弄ったり、物をぶつけたりしないように気をつけてくださいねー」
「あ、は、はい」

 処置が終わったのであろう、志乃さんは再び患部にガーゼを貼り直し、正面に回って私の頭を撫でながらそう注意してくれた。
 くすぐったさに首をすくめる。
 うーん、触って確かめるのはしばらくよそう。

「志乃、治るまでどれくらい掛かる?」
「そうですねー。楓ちゃんも若いですし、ちゃんと処置を怠らなければ一ヶ月くらいでー。完全に落ち着くのは半年くらいですー」
「そうか。ならその間に……」

 ご主人様の問いに、志乃さんが私の頭をなでなでしながら答えている。

「……」

 外見だけで言えば私よりも年下に見える志乃さん。
 その志乃さんに子どもをあやすように頭を撫でられると、何とも言えない気持ちになるなぁ。

「……、……?」
「…………! ……」

 二人の会話をどこかフィルターを通して見ているような感覚に陥る。
 私が口を挟む状況でもなかったので、しばらく茫然とやり取りを見守る。
 一歩意識を外にやると、まるで遠くに聞こえる二人の会話。
 ここにいるけど、ここにいない。

 ふと我に返って考えた。
 今の状況の客観的な視点。

 この部屋の中の、今の私。
 ただ一人、全裸の四つんばいで頭を撫でられている私。

「……だな。とりあえずそっちを先にやってしまうか……」
「そうですねー。身体組織を弄るのはいつでも出来ますし、追々やっていっても特に問題は……」

 その私の見上げる先で、時折私に視線をやりながら私の体調管理などを話している二人。

 対等では、ありえない。
 この構図はまるで……というより、まるきり「飼い主と家畜」のそれだ。

「あ……う……」

 心なしか、声が震えた。

 気付いてしまうともう、ダメだ。
 身体に火が入る。
 ピクンと股間が反応した。
 どんなに意志の力を用いようとも、一度気付いてしまったその思いを、完全に拭い去ることは出来ない。

 高鳴る心臓を、肥大するペニスを、溢れ出す体液を、止められない。

「あぁ……だめ……」

 手が自然と股間にそびえ立つそれに伸びる。
 右手がその竿に触れた瞬間、背筋に走る快感によって身体が無条件に跳ね上がり、クチュリ、クチュリと卑猥な音が発生する。
 さきほどのオナニーを中途半端なところで中断したこともあり、私のペニスはすぐに臨戦態勢へと移った。

「はぁ……はふぅ……!」

 ……最低だ、私。
 こんなことで、息を荒げて。
 いくら『そういう身体』にされたからといって。
 ただの日常のひとコマの中で、一人勝手に発情して。
 触りもせずにペニスを勃起させて。
 少し触っただけで快楽の渦に引き込まれて。
 そのうえ、制止の心などあっさり放り投げ、その渦の中へ自ら飛び込もうとしている。
 そしてその惨めさが、さらに行為を加速させる。

「ならしばらくは改造と処置の繰り返しだな」
「そうですねー。楓ちゃんと遊ぶのはそれからですー」

 ああ……。
 二人が同時に私を見下ろす。

 その、ただ物を見るような視線がたまらなく私を興奮させる。

 ……本当に変態だ、私。

「あれ、楓ちゃんー?」
「っ!?」

 気……づかれ……た?
 身体は興奮を残しながらも、頭のどこかが冷静に志乃さんと向き合う。

「……ここをこんなに大きくして、どうしたんですかー?」
「あうっ!?」

 すばやく股間へと手が伸ばされ、ギュムッと両手でペニスを握られる。

「あうっ!?」
「……もしかしてー?」
「ち、違いますっ!」
「……まだ何も言ってませんよー?」

 聞かなくても分かる。
 志乃さんのその目、絶対分かってる目だから。
 横のご主人様も、得心がいったようにこちらに笑みを送る。

「なるほどな。つまりお前は今……」
「いや……ぁ……」

 あるいはそれは、死刑囚への罪状確認のように。
 そして、疑いでもなんでもなく、ただ事実としての問いかけ。

「全裸で四つん這いになりながら、人が見てる前でチンポを弄ろうとしていたわけだ」

 ドクン……。

「言わ……ない、でぇ……」

 恥ず、かしい……。
 そんなことで興奮してしまう自分自身も。
 そのことが、バレていることも。

 だけど頭の隅の少しだけ冷静な場所では、やっぱり飼い主様に隠し事は出来ないな、と変に納得していた。

「さっきも一人で大きくしてましたし、いけない楓ちゃんですねー」
「あっ、だめぇ! 扱かないで……!」

 まるで牛のお乳を搾るように、躊躇いなく扱かれるペニス。
 その快感は自分でやるときよりもすさまじく、気を抜けばすぐにでも射精してしまいそうになる。

「いやっ、いやぁ……! そんなにされたらでちゃううぅ!!」

 細く滑らかで、僅かにひんやりとしたその小さな指が、ますますペニスの硬度を増やしていく。
 我慢などしようもない。
 すぐに限界が訪れ、私のペニスは射精の体制に入った。

 でも。

「おい志乃。今日の予定を忘れたのか?」
「あ、そうでしたー。というわけで、ごめんなさい楓ちゃんー」

 二人の会話が聞こえたと思ったら、次の瞬間には。

 バチンッ!

「あぐっ!? あああぁぁああ!?」

 ペニスの根元に重い痛みが走る。
 と共に、もうすぐ解放されるはずだった精液は、尿道内を刺激することなくバンドで食い止められ、あとは竿が空しく前後運動するだけだった。

「いやあああぁあださせてええぇえぇえ!!」
「我慢してくださいねー。これからの楽しみが減っちゃいますからー」

 滲んだ視界の中、志乃さんが申し訳なさそうに、でもどこか楽しそうに詫びる。
 でも、そんなことを気にしている余裕などないくらい、今の私の頭の中は精液を吐き出したい思いでいっぱいだった。

「しゃ、せ……ぃ……」

 シナプスが焼き切れてしまいそうだ。
 志乃さんの話もほとんど頭に入らず、自然と手がペニスを締め付けるバンドへと伸びていった。

「あっ! 楓ちゃん、メッ、ですー! ……マスター!」
「ああ」

 バリッ!
 バチバチッ!!

「……っ! ぅぎゃあああぁぁああああ!?」

 一瞬、何が起こったかわからなかった。

 全身が硬直し、視界がチカチカする。
 身体中に痛みが走り、思わずペニスに伸ばした手を引っ込めた。

「か……は……」

 何、今の……!?
 突然の出来事に、茫然とする。

「言うこと聞かない子は、ビリビリのお仕置きですー!」

 志乃さんの言葉に、かろうじて生き残っていたシナプスが仕事の報告をしてくれる。

 ビリビリ。お仕置き。スイッチ。神経。首輪。
 昨日受けた、痛み。

 もしかして、今のは首輪の……?

 考えている間に身体が無意識に動いて、再びペニスバンドへと手を伸ばそうとしていた。

「早く学習しないと辛いぞ、楓」

 ビリッ!
 バチバチバチッ!!

「が、はぁぁぁああああぁ……!!!!」

 もはや声にならない。
 視界が白く染まる。
 全身が痛い。
 先ほどと比べ物にならないくらい強烈な電流が身体中を巡り、強制的に身体の動きが止まる。
 私は前方の床へと肩から突っ伏した。

「うぐ……」

 これがこの首輪の威力、なんだ……。
 本当に、これじゃ絶対逆らえない。
 意志とか、覚悟とか、きっと役に立たない。
 本能がひれ伏してしまう力。
 どんなに足掻いたって、主人が望まなければ何一つさせてもらえないんだ。

 人間性を剥奪された、哀れな家畜奴隷。
 それを、今身をもって体験した。

「今みたいに、我を忘れた状況下であっても、命令には絶対服従しなければならない。つまり、いかなる理由であろうと勝手な行動は許されない。……分かったな、楓」
「は、はい……! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 突っ伏した私の上半身が抱き起こされる。
 私の目を見つめ諭すように紡がれるご主人様の言葉に、私は本能的な恐怖からか子どものように謝っていた。

「分かればいい。……怖い思いをさせたな、楓」
「あ……ごしゅ、じんさ、ま……ぁあ、あ……!」

 トスッとご主人様の胸の中に上半身が納まる。
 先ほどの恐怖とはうってかわって心休まる温もりの中で、私は笑顔のままボロボロと涙をこぼした。

 まだまだ甘かったんだ、私。
 首輪を着けられて、電気の話を聞いたとき、正直に言って、こんなの必要ない、と思った。
 こんなのがなくても私は逆らったりなんかしないし、お仕置きを受けるような粗相なんかしないと思っていた。

 思い違い、だった。
 確かに、そういった用途には使われるのだろう。
 でも、次元が違った。
 それは猛獣を引っ張りまわすためのものじゃない。
 そんな生ぬるいものじゃない。
 これは、心の奥底、細胞の一つひとつまで隷属の極意を叩き込む躾役なんだ。

「……さて、そろそろ落ち着いただろう」
「は、はい……すみませんでした……」

 未だ脈打ちながらも、先程よりは落ち着きを取り戻したペニスを見る。
 少しでも擦ればすぐに至上の快楽を貪れる状態ではあるけど、いくら貪ったところで、その行為が報われることはない。
 むしろ、いたずらに苦痛を増していくだけだ。
 それになにより、今の私にはベルトを外すことはおろかペニスそのものですら許可なく触ることなど出来なくなっていた。

「こうやって、調教されていくんだ……」

 小さくつぶやく。

「……そうだな。だが、その首輪の機能も、本来の意味合いで言えばお前にはあまり必要のないものだと思っている。今のように我を忘れた状況下ではその限りではないが」

 そばに居るご主人様には聞こえていたようだ。

「す、すみません……」
「いいさ、そのための首輪だ」

 つい、と首輪を撫でられる。

「今はただ、見た目どおりの効果があればそれでいい。俺へと繋がっているという事実の象徴として。必要に迫られれば今のように使いもするが、付いている機能の大半は元々従順なお前にとっては飾りだ。その飾りをどう思うかはお前次第だが」

 たしかに私の場合、たとえ飾りであろうと、それが存在することによってより被虐感が増すことは先ほど証明されてしまった。

「はい……。でも、ひとつだけ」
「なんだ」

 それと、強制力を持つが故の意識のあり方。

「私のこの思い。ご主人様の奴隷としての心構え。気持ちのあり方。貴方に向かっている私の全ては、この首輪に強制されたものじゃない。それだけは、分かっていてください」

 首輪があることによって、どんなに惨めな行為をしようが、「首輪があるから仕方なく」という言い訳が成立する。
 この首輪をつけるということは、
 躾けられていない奴隷に対してならともかく、元々従順であった奴隷の自主性を、わざわざあやふやにさせるような矛盾した行為だ。

 ある意味奴隷に精神的アドバンテージを与えてしまうこの首輪。
 それは、もしかしたらご主人様が用意してくださった私用の逃げ道なのかもしれない。

「……いいんだな?」
「はい」

 だから、私は絶対にその道を選ばない。

「……分かった」

 そっと、唇をふさがれた。

「んっ……ちゅ」

 ご主人様の、唾液が、返事が、流し込まれて……。
 そっと離れた唇と唇の間に、妖艶な橋が架かる。

「あ、はぁ……」

 あの頃には、考えもしなかったひととき。

「にゃう……志乃だけ除け者ですかー……」

 ふと二人同時に向けた視線の先には、しゃがみこんでむくれた志乃さんの姿。

「……」
「……ふ」

 再び見つめあった私とご主人様は、互いにこぼれた笑顔を見合って、志乃さんにキスの雨を降らせるためにその身体を抱きしめにかかった。

▼

「では朝食を……と、言いたいところだが、その前にいくつかやっておかなくてはならないことがある」
「……?」
「志乃、準備を」
「了解ですー」

 どこから出してきたのか、志乃さんの手にはボストンバッグ。
 その中から、ジャラジャラと鎖が出てきた。

「違う部屋へと移動するんでな。そのための準備だ」
「では少し顔を上げてくださいー。そうです、そのままー……はい、いいですよー」

 カチャン、と音がして、首輪と鎖が連結する。

「は……ふぅ……」

 これはもしかしなくても、私を牽いて歩くためのリードだ。
 誰が見てもそうと分かる、被支配者の姿。

 ……ああ、だめだ、想像しちゃダメだ。

「それと、これも着けてくださいー」

 次にバッグから出てきたのは……。

「……肉球?」
「かわいいですよー!」
「……お前、またそんなやつを……」

 ため息交じりのご主人様を尻目に、モフモフと披露されているのはどう見ても猫の手グローブ。
 しかも、しっかり足の分まであった。

「はいはい、手を出してくださいー!」
「グローブなら何でもいいとは言ったが……」
「かわいいですよねー?」
「そうです、ね……あは、は……」

 どう反応していいか分からず、とりあえず笑っておく。
 そうこうしている間にも志乃さんの手はしっかりと動いており、瞬く間に私の手は猫のそれへと変身していた。

「……わぁ」

 意味の分からない感嘆符を棒読みで漏らす。

「床につけてみてくださいー」
「あ、はい……わ、凄くしっかりしてます」

 ぱすぱすと床を叩いてみるが、痛みなど全くなく、振動なども軽減されているようだ。
 それと、見た目のことはともかくとして、このグローブは私の手の自由を奪うには十分な拘束力を持っている。
 分厚い生地の大きな猫手では細かい作業など不可能だし、もちろんこの猫手を固定するベルトを、自分で外すことなどできない。

 ヒトが本来持っている、『器用な指先』という権利が奪われた。

「次は足を上げてくださいねー」
「あ、はい……」

 足もしっかり猫になる。
 こちらも同じような素材のようだ。
 もちろん私一人で外せるはずもない。

「それでこれをー……」

 次に志乃さんが取り出したのは、鎖でつながれた二つの輪っか。
 足枷にしても大きいベルトを太ももに、通常サイズの枷を足首に巻きつけられる。
 両足にそれが取り付けられ、足を下ろす。
 足を伸ばそうとしても、繋がっている鎖の長さの関係で、中途半端に膝を曲げた状態にしかならない。
 結果的に私は立ち上がることが出来なくなった。

「これで四つんばいでしか歩けないですねー」

 ああやっぱり。
 そりゃそうだよね。家畜が立って歩いてたらおかしいもんね。
 なんて、また自分で自分の首を絞める。

 ん? でもこの場合は猫なんだし、ペットになるのかな?
 ……どのみち飼われてる存在には変わりないけどね。

「最後に、これはおまけですー」

 サッと頭にカチューシャを着けられた。
 どんなカチューシャかは見なくても分かる。
 まさか自分がこんな格好(コスプレ?)をするとは思わなかったので、ちょっとげんなりした。

「いいですよいいですよー! ね、マスター?」
「まぁ可愛らしいのは認めるが……」

 でも、ご主人様がそう言うなら喜んでやります!
 ……って、やっぱり現金な子だな、私。

「じゃあ行くぞ。もたもたしてると、その分朝食が遅くなる」
「そうでしたー。……マスター、これをー」

 ジャラ、と私へと繋がる鎖がご主人様へと渡される。

「ああ」

 そして、その鎖がクンッと引かれ、同時に私の身体も強制的に少し前に前進する。

「あっ」

 ゾクゾクゾクッと背筋に首輪とは別の電気が走る。

「楓、行くぞ」
「は、はいっ!」

 ペタペタと、猫の手足を駆使しながら四つんばいで歩き出す。
 私の首輪から伸びる鎖、それを握るご主人様の思うが侭に。

▼

 このお屋敷が山の上にあるせいか、朝の廊下は夏でもひんやりと涼しい。
 大きくとられた窓から差し込む朝日と、チュンチュンと聞こえる鳥の鳴き声がさわやかな朝を演出する。

「はぁ……はぁ……ふぅ……」

 そんななか、全裸で、四つんばいで、リードに牽かれて歩く私。
 慣れない歩行ですぐに手足が震え、ともすれば崩れ落ちそうになるのを必死で堪える。
 膝の可動範囲が制限されているので、太ももへの負担が大きい。
 まるで空気椅子をしているかのようだ。
 そのせいか止まっている方が辛いので、まだ歩いているほうが負担に感じなくて済む。

「はぅ……ふ……あぅっ!」

 知らぬ間に歩くペースが落ちていたようで、クンッと首輪が引かれる。
 その度に私は身体中を奮い立たせ、必死に前を歩く二人に追いつこうとペースを上げる。
 そして同時に、歩くペースを落とすことの出来ない辛さと、首輪を引かれ強制的にペースを戻される不自由さ。
 私一人だけこんな目にあっているという被虐感で、ペニスは痛いほどに、秘部は愛液が滴るほどに興奮しながら、二人についていくのだった。

「……やはりまだ辛そうだな」
「トレーニングもしてませんからねー。でもこれから毎日こうやって移動しますし、すぐに慣れますよー」

 二人の会話が聞こえてくる。

 毎日、こうやって……。

 また胸がキュッと締め付けられる感じがした。
 これからの私にどれだけ二足歩行のお許しが出るのかは分からないけど、少なくとも屋敷の中を移動するときはこの格好になるのだろうか。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 無心になって歩く。
 とにかく手足を動かす。
 チャリチャリと聞こえる鎖のBGMにはもう慣れた。

 ふいに鎖の張力がなくなり、前を行く二人が立ち止まったのだと気付く。
 ガチャッと扉を開ける音が聞こえ、再び鎖がクンと引かれる。
 目の前にある扉をくぐり抜け中に入ると、まさしく洋館といった趣のダイニングルームが広がっていた。

「では準備してきますので少々お待ちくださいー」
「ああ」

 言葉を残して志乃さんがキッチンへと消えていく。
 さきほどから良い匂いがしていることを考えると、おそらくある程度は出来上がっているのだろう。
 私の胃袋も控えめに存在を主張した。

「さて、こちらも準備をしないとな、楓」
「はぁ……ふうぅ……は、はい?」

 息を整えつつ、視線をご主人様へと戻す。
 ダイニングの真ん中、堂々と居座る長テーブルの脇で、着々と道具をそろえ始めるご主人様。
 それを見つめるのは猫の格好をした奴隷。
 部屋の奥からはカチャカチャと食器の音が聞こえてくる。

 こんなに日常の中なのに、ごく自然と非日常が浸透していることに変な感慨を覚える。
 もっとも、私がその非日常の最たるものなんだけれど。

「おいで、楓」
「あ、はい……」

 呼ばれて意識を現実へと戻し、道具を持ったご主人様の元へと這い寄る。
 なんだか本当にペットのようで少しくすぐったい。

「尻をこちらに向けろ。上半身は伏せてな」
「こう、ですか……?」

 ペタペタとその場で半回転し、お尻だけ持ち上げて肩や顔を床につける。
 フローリングがひんやりして気持ちいい。

 そういえばさっきまで四つんばいで歩いてたけど、あの時も今みたいに股間丸出しで歩いていたことになる。
 そう思うと今更ながら恥ずかしくなってきた。

「少しほぐすからな」
「ひゃっ!?」

 聞こえた瞬間、お尻の穴に冷たいものが触れ、思わず奇声を上げた。
 けど、なんてことはない、指でローションをつけられただけだった。
 少しホッとしつつ、そのままご主人様の指に身をゆだねる。

 クチュ……キュポ……。

「……ここは、結構弄られたのか」
「ぁ……そう、ですね……ぅ……」

 それからまたグチュグチュとお尻の穴をほじられる音だけが響く。
 慣れた刺激に甘い快感を見出し、必死で声を抑えつつもそれを甘受する。

「よし、これくらいでいいだろう。ちゃんと力を抜いておけよ」

 そういってご主人様が手にしたのは、管が3つ付いたアナルバルーン。
 そのバルーンにもローションが塗りたくられ、私のお尻の穴にあてがわれる。

「んぅ……!」

 かつて散々味合わされた、お尻の穴の異物挿入感が思い出される。
 とはいえ男性のペニスに比べれば可愛いもので、微かな違和感を覚えるに留まった。

「膨らませるぞ」

 シュコシュコシュコシュコ……。

「あ……あああ、あ……!」

 空気が入れられてからしばらくして、バルーンが膨らんでいくのを感じた。
 微かな違和感はすぐに強烈な異物感に取って代わる。
 やがてそれはいつも感じていた拡がり具合を超え、私自身体験したことのないくらい拡張され始めた。

「うああ……! ご、ご主人様っ! もう無理です裂けちゃいます!!」

 これ以上は無理だと思わずギブアップの声を上げた。

「そうか」

 シュコシュコシュコ!

 そういってご主人様はそこからさらに3回ポンプを握った。

「ああああああぁあぁああ!!」

 限界だと思っていたところからさらにバルーンが膨れ上がり、本当に裂けてしまうかと思った。
 心臓が急速に脈打ち、脂汗が滲み出す。
 激しい痛みと異物感で息が上がり、少しえづきながら唾液を床にこぼした。

「こんなところか……ケツの穴なら心配するな、裂けてはいない。万が一裂けたところで、お前が心配する必要はない。そうだろう?」

 諭すようなご主人様の言葉。

 そうだ、この身体ももうご主人様のものなんだから、たとえ括約筋が使い物にならなくなろうと、私は甘んじてそれを受け入れるだけだ。
 そう思うとさっきまでの動揺も嘘のように鎮まり、私はただ息を整えることに専念できた。

「さて、いいか? ……次はこいつをお前のペニスに嵌める。仰向けになって見せてみろ」

 お尻からバルーンの管をぶら下げながら、今度は仰向けになって腰を突き出す。
 さっきと比べるとだいぶ勃起は落ち着いてはいるけど、今お尻の穴をいじられたことによって再び臨戦態勢が整いつつあった。
 我ながらはしたない。

「ベルトを外すが、射精はするなよ」
「が、がんばります……」

 ここに来るまででも、何度射精しそうになったことだろう。
 それが出来なかったのも、ひとえにこのベルトが嵌められていたからだ。
 その戒めを解かれれば、私は物理的に射精を行うことが出来るようになる。

 あくまでなるだけだけれども。

「ぁう……」

 スッとご主人様の指がペニスの根元にあるベルトへと伸びる。
 カチカチとベルトが外されていく最中、一瞬だけご主人様の指が私の竿に当たった。

「~~~~~~!!」

 それだけでも暴発してしまいそうな快感。

 やがてしゅるりとベルトが外されるが、何が何でも射精はすまいと私は顔中をくしゃくしゃにして耐え忍んだ。

「偉いぞ、よく我慢した」

 頭を撫でられ、くすぐったく思いながらも「はい……」と小さく返事した。

「ほら、こいつをつけるからな。根元だけは触れることになるが、我慢しろ」

 そういってペニスに筒のようなものが被せられる。
 それはコンドームを膨らませたような形で、先には管が付いていた。
 やがて根元まで被せられるが、根元を軽く締め上げる以外はペニスと密着はせず、竿との間にある程度の空間を保っていた。

「さぁ、こうすればもう意味が分かるな?」
「あぁ……」

 筒から伸びた管は、先ほどのアナルバルーンから伸びた3つの管のうちの一つと連結された。
 すなわち、ペニスから流れ出る液体は全てバルーンの方向へ流れていくということ。

「今からはもう射精を止めたりなんかしないさ。好きなだけ出せばいい」
「そ、そんな……や……」

 私が射精すればするほど、結果として自分へと浣腸をすることになる。
 快楽を貪るほどに苦しみが返ってくるというわけだ。

「おまけにこいつも……」

 今度はその下、女性としての尿道へとカテーテルが挿入される。

「ひっ! いた、いです……!」

 尿道内を擦られ、ひりつくような痛みが襲う。
 やがて先端が膀胱へと辿り着いたのか、侵入は止まった。

「こっちも同じようにな」
「ふあああああああ!?」

 先ほどのアナルバルーンと同じように、膀胱内でバルーンが膨らみ始めた。

(痛い……すごくヒリヒリする……それに、お腹が重い感じが……)

 とはいえこちらはあまり無茶なことはせず、抜けないことが確認できた時点で許してもらえた。
 カテーテルの先もアナルバルーンへと繋がる管へ接続され、堪えることのできなくなった尿が早速私のお腹へと吸い込まれていく。

「あああ……はいってくるぅ……」

 素直に感じたのは、温かいという感覚。
 でもそれはこれから起こることへの予告。
 もう少しすればそんなことを思う暇もないくらい悶えることになるはず。
 あとの苦しみを考えると、なんとしても注入量は最小限にしないと……。

「さて、最後は少しお遊び感覚ではあるが」

 手にしたバイブを弄ぶご主人様。

「こいつには吸引機能があるからな。膣に突っ込んで、愛液を吸い取るわけだ。お前が淫らなほど腹に入る量も増えるからな。自分の本質を、身をもって体感できるだろう」

 すでに濡れそぼった私の膣に、吸引バイブの先端があてがわれる。
 これが入れられれば、私は自分の愛液を自らに浣腸してしまうことになる。

「あ……ふぅ……ん……」

 グチュグチュとすでに愛液でベトベトになった入り口を軽く嬲られたあと、いよいよ挿入される、というところで私は思わず声を上げた。

「あ、ご主人様っ」
「……どうした」

 あまりご主人様の行為を妨げたくはないけど、ひとつ、確認してきたいことがあった。
 知った上での行為なのか、それとも……。

「あの、私、その……まだ、なんです」
「なにがだ?」
「私……まだ、処女、なんです……けど……」
「……は?」

 視線の先、ご主人様が固まるのが見えた。

▼

「いや、ちょっとまて、……処女?お前、処女なのか?」

 ご主人様は少し唖然とした表情で念を押す。
 この様子だと本当に失念していたようだ。

「ええ……まぁ……」
「そう、か……あんな場所にいたから、てっきり……」
「そうですね……本当は、どちらも、その、『使える』ようにされる予定だったんですけど……。自分から『ふたなり』になることで見逃してもらったんです。……当時は、幼くしてふたなりになる、という娘も少なかったですから」

 好んで私を抱こうという人も少なかったけど。

「なるほどな……ん? ……ちょっと待ってくれ。確か受け取った書類にそんなことが書いていたような……」

 しばらく記憶をたどるように思案に耽ったご主人様。
 おそらく、ご主人様は今の話が書かれた書類を受け取っているはず。
 そして、それ以上に事細かな私についての全ての情報を。
 私は直接その書類を見たわけではないから確証はないけど、以前そういった話を聞いたことがある。

 落札者には、落札物の個人情報から身体データ、果ては死亡診断書まで、『それ』に関するあらゆる証明書が渡されるのだと。

 やがて何か思い至ったようにハッとするご主人様。
 私の見つめる先、今度は深いため息が漏れ出した。

「はぁ……」
「ご主人様……?」
「……すまん、楓。俺は相当浮かれていたらしいな。こんな大事な情報をど忘れしていたとは……。あれだけ偉そうなことを言っておきながら、情けない」

 私は初めて見た。
 額に手を当て、非力を嘆くかのようなその表情を。

(仕事をしていたときですら、そんな表情を見たことがないのに……)

 そんな『要さん』の新しい一面を見ることが出来て、場違いかもしれないけど、トクンとひとつ心臓が反応した。

「そんな、謝る必要なんて……。それに私、嬉しいんですよ? そうやって思ってもらえてるんだって分かって。……私のこと、大事に思って下さってるってことですよね?」
「ああ、当然だ」
「なら、何も問題はありません。だって、それだけですごく幸せなんですから」

 およそ好意と呼ばれるものが存在しなかったあの場所に比べれば、今こうやって思ってもらえるだけで私にとって過ぎた幸せのように感じる。

 ……いや、あの場所を知らなくても、きっと。

「強いな、お前は」

 思わずといった感じで、苦笑がこぼれだしているのが見えた。

 でも、彼は笑った。
 昔の顔で。

「それに比べて、随分と格好悪く背伸びをしていたようだな、俺は。理想の主人像を作って、そこに自分を当てはめようとして。……結果、こうしてボロが出るわけだ」

 彼の瞳が真っ直ぐに私を捉える。

 劇的に変化したわけではない。
 けど、どこか肩の力が抜けたような、少し懐かしいような、そんな瞳に見えた。

「……素直に、自然体でやることにするよ。少なくとも、お前に関しては。そうでないと、楓ときちんと向き合えない、そんな気がする」

 今度は、今までとどこか違う『ご主人様』の顔で。

 私の好きな顔で。

「……はい」

 それを見て私の顔は赤く染まり、慌ててうつむく。
 少し考えた後、思い切って顔を上げ、ごまかすように言葉を続ける。

「やっぱり、あの時の『要さん』に調教されてるんだ、って思うほうが興奮しますしね」
「……調子に乗りすぎだ」

 コツンと頭を小突かれ、互いに笑いあうことで何とか照れ隠しに成功した……気がした。

▼

「さて、どうしようか……まだ処女だとすると、膣への刺激はかなり制限されるな」
「どうぞ、お好きなように」

 ご主人様の手にあるのは、愛液を吸い取るというバイブ。
 自分の愛液で浣腸をするというのも恥ずかしくてドキドキするけど……。

「ん。とりあえず、膜はそのまま。調教の計画は少し変更して……。今はこれでおしまい。ただのバイブにくれてやるには惜しい」
「わかりました」

 バイブが片付けられる。
 ということで、私につけられたのは、精液を吸い取る筒と、尿道カテーテル、アナルバルーン。
 そして、相互をつなぐ、二本の管。
 相互といっても、バルーン側には逆支弁が付いているそうなので、その、アレが逆流する心配がなくてちょっと安心した。

「出来ましたよー」

 そうこうしているうちに、志乃さんが向こうの部屋から料理を持って戻ってきた。

「さて、飯にしよう。さすがに腹が減った」
「はい」

 次々と並べられる朝食。
 漂ってくる食欲をそそる匂い。
 四つんばいの私からは机の上の様子は見えないけど、パンの匂いがすることからおそらく洋風の朝食なのだろうと思う。

(美味しそうな匂い……)

 やがて配膳を終えた志乃さんは、スススッとご主人様の座る椅子の斜め後ろへと移動した。

(あ、やっぱり『ご一緒に頂くわけには……』ってことなのかな?)

 なかなか元気いっぱいな性格の志乃さんだけど、細かなところでちゃんと身分をわきまえている。
 同じご主人様にお仕えする身として、『先輩』から学ぶことは多そうだ。

「楓」

 そんなことを思いながら志乃さんを眺めていると、突然そのご主人様からお呼びが掛かった。

「は、はい!?」

 慌ててご主人様の座る椅子のそばへと這い寄る。
 ああ……四つんばいがもどかしい。

「ほら、おいで」
「きゃっ!?」

 ご主人様のそばまで辿り着いたとたん、スッと脇に手を入れられ、そのままご主人様の膝の上へと持ち上げられる。
 横向きに座らされ、いわゆる『お姫様抱っこ』の少し崩れた形のような格好になった。

(わ……ぁ……)

 視界が、高い。
 四つんばいだった時間は大して長くなかったはずなのに、ふとそんなことを思ってしまった。
 それに、テーブルの上には美味しそうなお料理……。

「どうした?」
「い、いえ……」

 慌ててお料理から目を離すと、反対側にはご主人様が。

(あ……ご主人様の顔が、こんなに近くに……)

 思わず顔を赤くしてそっぽを向いたら、志乃さんがうらやましそうな目でこちらを見ていてさらに視線をそむけた。
 ……どこを見ればいいの。

「さて、食べるか」

 そんな私に構わず、ご主人様はパンをひとかけら、口に運ぶ。
 そんなつもりはなかったけど、はしたなく私のお腹が鳴った。

「あ、あの……」
「ん?」
「この状態で……私、どうしたらいいんです……?」

 食事をするのにわざわざ私を持ち上げる理由がわからない。
 なにか、目的があるのだろうか?

「いや、深い意味はないんだが……そうだな……」

 少しだけ思案顔を見せていたご主人様が、突然私の唇を奪った。

「んぅ!? ……ふぅ……んっ!」

 突然のことに頭がパニックになる。

 けど、それも一瞬のこと。
 状況を把握した私はすぐに惚けたように顔を赤らめ、視界に靄が掛かる。

「ぅ……ちゅ……んっ……」

(あ……ご主人様とキスしてる……)

 キスされるたびに頭がボーっとなるのだから、困ったもんだ。

「くふぅっ!?」

 今度は胸を愛撫された。
 少し冷たいその指が私の表面を這いずり、ビクンと身体が脈打つ。
 あらためて自分だけが丸裸でいることを認識し、身体中が朱に染まった。
 まるで全身が性感帯のように、少し触れられただけで敏感に反応してしまう。

「んっ……」
「イケるか?」
「ふぇ……?」

 言われた瞬間、私の頭はご主人様の両手でがっしりとホールドされた。
 そして、今度は先ほどとは違い、強く強く口内を蹂躙される。

「ふぅんっ!? ん~~~っ!!」

 次の瞬間には舌がバキュームのように吸われ、まるで身体全体が吸い込まれていきそうな感覚を覚えた。

(だめっ! とんじゃう! ……ふぁあ!? あ、あ、これ、イッちゃう!? 私……!)

 もはや一つの性器のように敏感になった口内を責められ、私の身体は急速に高みを目指す。
 愛液のように唾液が唇の間からこぼれ落ちるが、そんなことに構ってる余裕はなかった。

 コリッ!

(あああ!! 舌、噛んじゃだめぇ!! ィ、イクぅ、ああ、私、キスだけでイッちゃう……ぅう!!)

 舌を甘噛みされた瞬間、まるでクリトリスが噛まれたような電気が身体中を走り抜け、ビクビクと身体を脈打たせながら私はイッた。

(あ……私、射精してる……触ってもないのに……キス、だけで……っ!? うぁっ!? ああああああ……!)

 それと同時に、何の刺激も与えられていないペニスさえも我慢の限界を超え、ドピュドピュと精液を吐き出した。

「おぁあああああ!!」

(すわっ……吸われてる……! ペニス伸びちゃ……ぅ……!)

 鈴口から精液があふれ出した瞬間、ペニスを包む筒からシュコーと掃除機のような音が聞こえ、出したそばから精液がバキュームのように吸い取られていった。
 浅ましく発射された精液は私のはしたなさを責めるかのように腸内に染み渡る。

「は、ふぅ……はぁ……」
「イケたみたいだな」
「は、はいぃ……」

 絶頂の余韻に浸る。

 ペニスをバキュームされるなんて初めて体験した。
 こころなしか充血度が上がっているような気がする。
 まぁ吸い取られずにペニスが精液漬けになるよりはマシかも。

 ……でもお腹に入っていくんだからやっぱりマイナスか。

「多少胸を愛撫したとはいえ、キスだけでイケるんだから、感度は良好だな」

 またふわりと胸を撫でられ、「あふっ」と変な声が漏れた。

「だけど、求めるのはその程度じゃない。例えば……」

 おもむろに伸ばしたご主人様の手には、スプーンにすくわれたスクランブルエッグ。
 それを自らの口に運び、そのまま私の唇が奪われた。

「んんっ!? ちゅ……じゅるぅぅ……!」

 口移しで、さっきまでご主人様の口にあったスクランブルエッグが、ご主人様の唾液と共に流れ込んでくる。

(あ、おいし……)

 ふんわりと、とろける様な食感が舌の上に広がった。
 自分で作るより数倍美味しいそれは若干の悔しさと共に口の中を巡る。
 が、空腹の身体はそれを味わうこともせずにすぐさまの栄養補給を要求した。

(余計にお腹空いちゃうよ……)

 多少名残惜しく感じながらそれを飲み込もうとするところで、異変が起きた。

「ん……んぐっ……!? んんんん~~~っ!?」

 スクランブルエッグが喉を通過しようとした瞬間、うなじのほうから『パリッ』と音がした。
 理解する間もなく急速に私の性感は頂点まで高められ、飲み込むという動作をしながらも強制的に絶頂を味合わされた。

「んふっ! く……ぅんっ! ひぅっ!?」

(な、なに……!? イってるっ!? 私、食べながら……あ、またイクっ……!)

 ごくり、ごくりと飲み込むたび、身体がバラバラになりそうな絶頂が立て続けに訪れ、私は全身をビクンビクンと脈打たせながらようやく全てを飲み込み終えた。

「ぷぁっ! はぁっ……! はぁっ……!」

 唇が離され、私は慌てて酸素を補給する。
 死んでしまいそうな絶頂を何度も味わい、ピアスによって狭まった鼻からの呼吸だけでは間に合わない。

「とまぁこんな感じだ。すぐに絶頂に達するような敏感な奴隷は数多くいるが、それはあくまで性的な行為の中に存在するものだ。当たり前といえば当たり前だが……」

 呼吸を整えつつも、ぼやけた視界でご主人様の言葉を聞く。

「お前が目指すのはそこじゃない。そんなものはきちんと調教すれば身につくからな。目指すのはさらに上、『日常の些細な動作ですら絶頂を覚えるほど敏感になる』というものだ」

 ぼんやりとした頭の中に、ご主人様の声だけがクリアに聞こえてくる。
 日常の、些細なことですら。
 つまり、何をしていてもイッちゃうってこと?
 食べ物を飲み込むだけでイッてしまった、今のように?

「いつでも……イっちゃう、身体……?」
「ああ。ずっと、発情しっぱなしのメスになるんだ。自らの意思で進んでそうなる、はしたないメスにな……ん」

 また、唇がふさがれる。
 今度は咀嚼されドロドロになったサンドイッチが流し込まれ、喉を鳴らすと同時に再び絶頂の波に攫われた。
 先ほどからひとつ絶頂に達するたびに私のペニスは壊れたかのように射精を繰り返し、食べる以上に私のお腹を膨らませていった。

「ひぐっ……! ふぅんっ……! んぅ~~~!!」
「ちゅる……ふぅ。……本当はこうやって首輪の機能を使って絶頂させるのは、俺の調教の美学……というと大げさか……。まぁそれからするとなるべく控えたいんだけどな。とはいえまだ満足できるほど身体を開発できてないし、しばらくは頼らざるを得ないんだが」

 度重なる細かな絶頂に意識がドロドロになりながらも、ぼんやりとそんな言葉が聞こえてくる。

「いきなり刺激もなしにイッてみろというのも無謀な話だからな。まぁそのうち何か手段を考えるか……」

 また、口に何かが入ってくる。
 もう、それしか認識できない。

「ふぐっ! んんん~~っ!? んっ……くぅっ!!」

 それを食べる。飲み込む。絶頂する。射精する……また、食べる。

 イク。
 ……何でイクの?

 キモチイイ。
 ……何でキモチイイの?

 何も、気持ちよくなることなんかしていない。
 ただ、食べているだけ。
 なら、食べているから?
 食べると、キモチイイの?

 わからない。

 わかるのは、食べていることと、イッてること。
 でも、食べているだけでイッちゃうなんてこと私は知らない。
 でも、実際に食べているだけでイッちゃってる私がここにいる。
 どっちが本当?
 わからない。

「慌てても仕方ないし、のんびりいこう」

 イキ過ぎてか、ろくに頭も回らなくなった私。
 首輪の存在などとうに忘れ、ただ食べてイクだけの存在。
 整然としたダイニングで、ご主人様と志乃さんが普段通りの朝を過ごす中、餌を分け与えられた私は静かな部屋いっぱいに嬌声を響かせてイキ続ける。
 そんなグチャグチャした時間が、テーブルの上の朝食が全部無くなるまで続いた。

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