【短編】私は私のものじゃない

 今日はよく晴れている。気温も暖かで、どこかに出かけたくなるような陽気。
 少しだけ風が強く、それもまた涼やかでいい。
 昨日はどうだったかな。あまり憶えていないけど、確か晴れていたような気がする。
 制服も夏服へと変わり、露出した肌が焼けないように日焼け止めが欠かせない。通りを歩く日傘の数が、そのまま季節の進みを知らせてくれるようだ。

「……ふぅ」

 家から学院までは徒歩通学。少し距離があるものの、ダイエットと思えばそう悪くはない。
 とはいえ夏が近づくと学院に着くころにはすっかり汗ばむので、臭いや汗染み対策をしないといけないけど。

 そんなことを考えながら歩いていると、校門が見える。
 レンガ造りの少し古風な構え。歴史があるように聞いているけど、具体的にどれほどのものなのかいまいち憶えていない。
 それをくぐると、決まって私は挨拶をする。なぜならそこには、毎朝私を待っていてくれる人がいるから。

「おはようございます、朝芽(あさか)さん」
「ええ、おはよう。利世子(とよこ)さん」

 校門に寄り掛かるようにしてこちらに手を振るのは、一つ上の先輩、朝芽さん。
 スレンダーで見目麗しい、まさに学院の模範的なお嬢様然とした女性。吸い込まれそうな黒い瞳と艶やかな黒髪。生徒会役員なのに少しも偉ぶらず、文芸部の部長で下級生にも優しい。

「暑くなってきたわね」
「そうですね。汗が気になる季節になってきました」
「あら、利世子さんの汗の匂い、好きよ」
「や、やめてください……もう」

 こちらに顔を近づけて、匂いを嗅ぐ仕草。纏う雰囲気とギャップのある距離感の近さにドキリとする。
 ドギマギしてこっそり自分の臭いを確認する私を見て、クスクスと可笑しそうに笑う朝芽さん。
 そんな姿に私は無性に愛おしさを感じて。

 同時に、跪いて頭を垂れ、噎び泣きながら崇拝したくなるのだ。

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