【短編】友愛の心

 その施設のセキュリティはとても強固で、どんな侵入者も許さない……らしい。
 伝え聞いた時はさすがに大げさだと思ったけれど、なるほどこれは、噂に偽りなしのようだった。

「大変でしょ? デジタルロックに生体認証、正しい手順で開けなければ最初から。まるでゲームのダンジョンのようだわ」

 そう言いながら、女性職員は慣れた手つきで次々と解錠していく。
 施設の中はひんやりとしていて、静かだ。ピッピッという電子音。ガラガラとキャスターが走る音。私たちが発するそれらの音がとても大きく響く。
 これをダンジョンというのなら、奥にいるのはきっとラスボス級なのだろう。

「それに、これの神髄は内側。入る時よりも、出るときのほうがもっと大変なのよ」

 そして無事にお宝を手に入れたとしても、そう易々と帰してはくれない。
 侵入者を防ぐことより、脱走者を逃がさないことに重きを置いた施設というわけだ、ここは。
 出る方が厳重であることの意味も理解できる。

「ま、そこまでするかって感じではあるんだけど。どうせ逃げられないのにね」

 しかしながら、女性職員が言うことにも一理ある。

 潜水艦でしかたどり着くことのできない、海底に沈む要塞。
 月に何度かの定期便以外は職員すら帰還不可能の、大国の刑務所も真っ青な絶対孤立の監獄。
 通称”ヒューイ”と呼ばれる、ごく僅かな人間にしか知らされていない極秘機関。
 それが、ここだ。

「そんな奈落の底まで”視察”だなんて、大変なお仕事よね」

 極限の水圧に耐える極厚の外壁。仮にそれを超えたとしても、外はもはや宇宙空間に放り出されるようなもの。
 生きて脱走できるはずもない。

「まぁ我々もこんな環境で刺激に飢えてるの。歓迎するわ」

 女性職員は気さくに話しながら、最後の大扉を解錠する。
 まるで銀行の金庫扉のように重厚なそれが開くのを見届けると、こちらに向かっておどけたように笑いかけた。

「わくわくヒューイ観光ツアー、まず見えてきましたのは、こちら。”第一管理室”でございます」


▼


 白い。
 壁も、床も、天井も。
 大部屋の中に小部屋がいくつも敷き詰められ、碁盤目のように通路が走っている。
 すべてが直線的であり、しかしあちこちが不規則に壁で遮られていて、どこか巨大迷路のアトラクションを想起させた。

「はぐれたら本気で迷子になるわよ」

 その言葉は大げさに聞こえなかった。
 これも脱走防止用の施策なのだろうか。ところどころに錯視のギミックも仕込まれているようだった。
 冷静に観察すればなんて事のないものだけれど、脱走しようとする者がそこまで冷静でいられるだろうか。

「さて。”第一”はここに来てまず入る場所ね。新人の部屋と言ってもいいかしら」

 いくらか角を曲がったところで、無造作に一つの部屋へ入る。
 その部屋だけでも緩衝帯が3つあり、入ってきた扉を施錠して初めて次の扉が開かれる仕組みだ。
 それにもどうやら手順が必要なようであり、何も知らない”収容者”が初見で突破できるとは到底思えない。

「最後の扉は開けないから、このモニタで確認してね」

 小窓の一つもない重厚な扉を臨む緩衝帯には、簡素なデスクとチェア。それとモニタリング用のPC。
 映し出されているのは、部屋の内部だろうか。

「カラー暗視だからくっきり映っているけど、実際は真っ暗だからね」

 いや、部屋と言っていいものか。
 そこは今いる緩衝帯よりも狭く、手足を伸ばして寝そべるスペースすらない。
 まるでロッカーの中にいるような空間、そこに”収容者”は押し込められていた。

「ここに来る時点で、ある程度”素質”があると認められて来るわけだけど……。どれくらいの強度かは、試してみないと分からないからね」

 それは一見すると細長い棒だった。
 ”人っぽい形をした棒”。マネキン、彫刻、何とも形容しがたいけれど。
 おそらく女性であろう肉体に、肌が一切見えないラバースーツが纏わりついている。そのうえで四肢の自由を奪うアームザック、レッグザックが強固に咬みつき、骨が軋みそうなほどの強さで無数のベルトが身体中を縦横無尽に走っている。
 これを拘束と呼ぶのなら、極悪犯罪人の拘束はなんと緩やかなことか。まったくもって自由意思を許さない、厳重極まりない牢獄。

「まぁ、次に進むための試験ってとこかしら。メンテナンスの時以外は一日中この状態。それを数か月。数値の暴れ具合を記録しながらね。ここが最初にして最大の関門。求めるレベルの適性を持つ子はそういないから」

 そしてそれは、単なる通過儀礼にしか過ぎない。
 すでに人間性を無視した拷問を受けているようにしか見えないけれど、ここではこれはリトマス試験紙程度の意味合いでしかないのだ。

「閉塞空間に耐えられるっていうのが絶対条件だからね。まともな子はすぐに発狂してお払い箱。実際、ここで脱落して”その筋の方々”に払い下げられることも多いのよね。もったいないけれど、それもまたここの資金源だから仕方ないのよ」

 ここから出られることは幸か不幸か。末路を知れば答えは得られるのだろうか。

「おっと。それで、ここでは他に排泄管理、性欲管理、呼吸管理等を通じて、適正を調べているってわけ。チューブがいくつも伸びているのが分かるでしょ?」

 再びモニタに意識をやると、先ほどの”人型の棒”の上下からいくつもチューブが接続されている。
 これによって生理現象は管理され、人間性は剥奪されているのだ。
 人として当たり前に持つ自由を奪われ、ただただ何もできない暗闇を耐えるだけの日々。
 そんな試験を通過するためには、どれほど強靭な精神力が必要なのだろう。

「基本的にオートパイロットだから我々は初期設定や異常値の確認をする程度なんだけど。ま、分厚い扉の先で可愛い子が発狂スレスレの涙を流していると思うと、……何ていうか、ゾクゾクしちゃうわよね」

 そんな命懸けの忍耐すら、ここの職員たちにとっては刺激をもたらす娯楽でしかない。
 この世に蔓延る不平等こそが、”収容者”達にとって何よりの絶望なのかもしれない。

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