たとえ冥闇に沈もうとも【#1】

「ご主人様……」

 ヒカゲは時折、私の寝室を訪ねてくる。
 普段身に纏うエプロンドレスを脱ぎ捨て、裸体をあらわにして迫るその姿は、子どもの殻を破り、成体へと成長した証を存分に見せつけるようだ。

 年相応にふっくらと膨らんだ乳房。肉付きのいい腰回り。触れた指に感じる張りのある肌。少し高い体温。思考を惑わす雌の香り。
 ここに来た時に初めて見た、栄養失調で骨の浮いた痛ましい身体は、もうどこにもなかった。

 いつからか始まったこの情事は、もちろん強制しているわけではない。むしろ、そんなことはできないと、何度も断った。
 しかし断るたびに彼女の表情は暗く沈み、ついには夜這いを掛けられたのが最初だった。

 今にして思えば、それは彼女自身の”記憶の上書き”だったのだろう。
 孤児院で商品として過ごしていた頃、夜な夜な行われていた望まぬ性行為。
 今でも夜を一人で過ごしていると、時折それがフラッシュバックするのだという。

「ご主人様、着けてください」
「ああ……」

 だからこそ、私に抱かれる。商品時代を思い出させる、首輪を着けて。

「あたしが、もう売られるのを待つ商品じゃなく、ちゃんとご主人様のものになったんだって、刻み込んでほしくて」

 いつか一度だけぽつりと言った言葉。それは彼女の本心に近かっただろうか。
「ご主人様、また何か考え事してます?」
「……すまない、何でもないんだ」
「……そですか。まぁいいですけど」

 声色とは裏腹に、少しだけ眉を下げたヒカゲの顔が目に入る。
 しかしそれは一瞬で、次の瞬間にはまた”いつもの”明るい彼女に戻る。
 それが嬉しくもあり、痛ましくもあり。彼女の受けた傷は、きっと生涯消えることはないのだと、実感する。

「あまり思い詰めないでくださいね。あたしは、ご主人様に拾われて本当に良かったと思っているんですから」

 だからこそ、これからは。
 これ以上傷が増えないように、傷を思い出すことが少しでも減るように、この笑顔を守っていこう。
 さらさらと彼女の頬を撫でながら、そう思った。

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