たとえ冥闇に沈もうとも【2】

 ここに来た当初のヒカゲは、まるで抜け殻だった。
 感情を表に出さず、言葉も話さず。何をしても反応が薄く、魂というものがあるのなら、今この肉体には宿っていないのだろうと思わせるほどだった。

 ただ、原因は経歴を調べれば容易に想像できた。
 中流家庭に生まれた彼女であったが、幼いころに両親が蒸発、孤児院に預けられている。
 元々、家庭内で酷い虐待を受けていたらしい。今でも歩くときに少し違和感のある動きをしている。
 親の愛情を受けず、捨てられたも同然の彼女だったが、本当の地獄は孤児院であったようだ。
 そこは孤児院という名の”牧場”であり、人身売買の温床であったのだ。

 身寄りのない子どもたちを集めては、”教育”を施して売りさばいていく。どの時代、どの国でもこういった類のものは無くならないもので、ヒカゲも例に漏れず商品として教育を受けていたそうだ。
 彼女は生まれてこの方、信じられる大人に出会うことなく成長した。それはどれほどの虚無と絶望だろう。そしてその孤児院には、彼女と同じような境遇の子どもたちが大勢いるのだ。ヒカゲを引き取ったときにそれを知った私は、感情のままに偽善を振るい、その孤児院に群がるハエどもを駆逐した。

 ……そう、偽善だ。こんな話は、この孤児院に限ったことではない。
 違う町に行けば、そこでも同じような場所は存在し、同じような境遇の子どもたちが今日も泣いている。しかし、私にはそれらまでも掬い上げるほどの力はない。中途半端な偽善だった。
 それでも孤児院の子どもたちは、私に感謝の言葉をくれる。
 ヒカゲも今では私を慕ってくれている。
 しかし私は、それを素直に受け取ることにどこか後ろめたさのようなものを感じていた。
 あの孤児院が牧場のままでよかったなどとは思わない。
 ただ、自分一人が舞台で踊り、周囲を白けさせているのではないかと。自己満足に溺れてやしないかと、自戒の念がいつまで経っても消えてくれないのだ。

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