たとえ冥闇に沈もうとも【3】

「デートですね」

 身支度を整える私に、ヒカゲは嬉しそうに笑った。

「ただの買い出しだ」
「またまた、照れちゃって」
「……この煩い子犬はケージに入れておくか」
「いやあん、冗談ですよ、くんくぅん」
「……まったく」

 ただ出掛けるだけだというのに、やけに嬉しそうだ。
 だがそれも悪くないのだろう。屋敷から一歩も出たがらなかった時に比べれば、彼女も幾分かトラウマを乗り越えてくれたということなのだから。

「しかし、いいのか? 向かう先は帝都だぞ」
「いいですよ。ご主人様と一緒なら、どこへでも」
「そうは言うが……」
「もう、今更じゃないですか」

 問題は、この国の制度だった。
 ヒカゲは、というより孤児院の子どもたちは、制度上は皆”奴隷”という扱いになっている。
 元々帝都にあった孤児院を潰し、この屋敷の近くの田舎町の、新たに建設した孤児院へ皆を移したのだが……。一度奴隷へと落とされた身分は変えることができなかった。
 この町は帝都から遠く離れた辺境の地であり、子どもたちを知る者もない。だからこそここへ引っ越し、身分を隠して平民と同じような暮らしをさせてあげられている。

 しかし、帝都では違う。
 奴隷として登録されている彼女たちは、奴隷としての振る舞いを求められる。
 身分詐称は見つかれば重罪だ。帝都中に張り巡らされた監視の目が、日々獲物を狙っている。
 正直に言えば、連れて行きたくはない。

「何度でも言いますけど、あたしは大丈夫ですよ」

 だが、彼女の決意は固い。

「絶望しかなかったあの街を、乗り越えるんですから」

 彼女は、逃げない。それは、生まれ持った強さなのだろうか。
 持たざるを得なかった、自己防衛の術なのか。
 どちらにせよ、彼女が持つその尊い勇気を、いつも私は説き伏せることができなかった。

「うんと楽しんで、何度でも一緒に歩いて、つまらない過去を塗り潰すんです」

 強かに笑う彼女は、とても美しい。
 一瞬目を奪われた自分を咳払いで誤魔化して、私は身支度を終えた。

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