たとえ冥闇に沈もうとも【4】

「もうすぐ着くな……」
「心配ですか？」
「そりゃあな」
「大丈夫ですよ、心配しなくっても」

　口をついて出た言葉が、これまでと同じように呆気なく撃墜される。
　弱いのは私のほうかもしれない。気を抜けばすぐにこれだ。
　自分がこれほどまでに過保護だとは思いもしなかった。

「一緒にお出かけできるだけで嬉しいですから」

　”奴隷は恥部を隠してはいけない”。
　馬鹿馬鹿しい決まりだが、帝都のトップが馬鹿なのだから法律もさもありなんだ。
　一応、胸の上や下腹部に刻まれた奴隷の刻印（魔力を通すと表れる）を手早く確認するためだとか、それらしい建前を掲げてはいるが、そんなものを言葉通り受け取っている者などいない。結局のところそれは見せしめであり、辱めであり、身分階級の明確化だ。要は、市民がガス抜きできる対象として都合よく使われているだけなのだ。
　奴隷の振る舞いさえ守っていれば、街中を比較的自由に出歩けるというのも、独裁的な政治と人権擁護者気取りの好感度稼ぎを両立したいが故の歪な施策にしか思えない。

　唯一の救いは、一般的な常識を持つ街の人間であれば奴隷に同情的なことだろう。
　というのも、街を出歩ける奴隷というのは、比較的やむを得ない理由の者が大半だからだ。
　田舎が貧乏で口減らしにあったり、孤児や生活困窮者など自立が難しい場合など、いわゆる社会的弱者と呼ばれる者たちであり、それらが”奴隷”という枠組みに入れられ、身分という形で明文化されている。

　中には、罪を犯し奴隷へと堕とされる者もいるが、そういった者は街中を出歩くことはできず、そもそも帝都ではなく鉱山などの重労働従事者として送り出される。一般市民が目にする機会はそうない。

「ここはまだ規則も緩いですしね」

　それに、奴隷に対する目にも地域差がある。馬車を止め、一人降りたところで腰を伸ばしながら周りを見渡す。
　中心に向かうにつれて道も整備され、住居が立ち並ぶが、来た道を振り返ればそこはまだまだ田園風景だ。
　さすがに帝都の中心市街地まで行くと締め付けが厳しいが、郊外であるこの辺りであればある程度自由は効く。奴隷の格好についても、それほどお咎めを受けることもない。
　……まぁ、直接的に恥部を晒さないだけで、やはり市民と同じ格好はできないのだが。

「それに、ご主人様は奴隷にはもったいないような服をくれますから」
「そんなことは……」
「この辺りだとご主人様くらいですよ。奴隷にこんな高そうな生地の服着せるの」
「どうせ着るなら良い物にすべきだろう」
「もっと言えば、奴隷を馬車の屋形に乗せるのもご主人様くらいです」
「……外を歩かせてたら効率が悪いだろう」
「はいはい」

　とはいえ、人々はあくまで同情的なだけで、奴隷に対して優しいわけではない。
　気持ちはあれど実際に施しを与える市民はほとんどいない。それぞれがそれぞれの生活で手いっぱいであり、奴隷はあくまで奴隷であるからだ。
　対して奴隷の主人はどうか。奴隷を所有するのだから、それなりに裕福であるはずだ。それでも、扱いはやはり奴隷相応のものだろう。自分で買っておきながら、ボロ布しか渡さない主人もいると聞く。実際、街中を見渡してみても、目につく奴隷は皆みすぼらしい格好をしている者が多い。
　そういう意味でいえば、私はヒカゲの言うようにいささか変わっているのかもしれない。

「でも、元が可愛い服だからこそ、奴隷用に改造されたときのエッチさが際立つんですよね」
「おい、なんてこと言うんだ」
「えへへ。……ねぇご主人様、知ってます？」

　一人残った屋形の中で着替えるヒカゲが、またいつもの茶目っ気を出して私に声を掛ける。

「おしゃれな服を頂いて、こうして街中で見せびらかす度、あたし、思うんです。奴隷として、あたしは恵まれているんだなぁって。恵まれすぎてるって思うくらい」

　楽し気な声色なのにそんなことを言い出すから。
　馬車の車輪に寄り掛かっている私はどういう顔をしていいか分からなかった。

「もちろん奴隷だから、街中ではおっぱいも、あそこも、出さないといけない。すっごく恥ずかしいです。外だし、人に見られるし。ああ、自分はどこまでいっても奴隷なんだなぁって。すごくちっぽけで卑しい存在なんだなぁって、思い知らされるんです」
「ヒカゲ……」
「あ、そんな顔しないでくださいね、見えてないですけど。あたし、悲しいわけじゃないんです。いえ、そりゃ全くないかと言われたらそんなことないですけど……。でも、誇らしいんです。それでもあたしにはこの服がある、って。何というか、奴隷なんだけど、あたし、こんなにご主人様に愛されているんだぞって」

　……そんなことを考えていたのか。

「ごめんなさい、上手く言えないんですけど……。ちゃんと、奴隷であるあたしも、愛してもらえてるんだって。大事にしてもらえてるんだって。身分は変えられないから。そこも含めてあたしを受け入れてくれてるって、感じられるから」

「ご主人様に恥ずかしい服着せられて辱められてるって思えば、それはそれで興奮しますしね」
「……台無しだぞ」
「まぁまぁ。つまり、ご主人様は気にせず、あたしが恥ずかしがる姿を堪能していてくださいってことです」

　それが強がりだと知ってはいても。
　彼女の高潔さに、目を奪われずにはいられなかった。