たとえ冥闇に沈もうとも【7】

「えぐっ、えぐっ!」
「覗いたのは悪かった。だが、帰ったら誰もいないし、探していたらというかなんというか」
「い、いいんです……、ずびっ……悪いのはあたしですから……。うぅ……うわあああああん!」
「悪かったって」

 事の発端は、忘れた書類を取りに家に戻ってきたとき。
 何ともまぁベタというかなんというか。書斎から物音がするから覗いてみれば、中でヒカゲが自慰行為に励んでいた。

「すん……すん……」
「……」

 ヒカゲだって人間だ。性欲が溜まることもあるだろう。特にその過去を鑑みれば、なおさら。
 ただ、するならするで自分の部屋があるのだからそこで、と思わなくもない。
 当の本人は、少し拗ねたような上目遣いでこちらを見てくる。そもそもここ俺の書斎なんだが、とか、性行為までしている相手に何を今更、などと言いたくなったが、泣いている女の子にそれはないことくらい鈍感な俺でも分かるので、さすがにそれらは飲み込んだ。

「……戻ります」
「待て待て。そんな情緒で一人にしたら何されるか分からん。もう少しここにいろ」
「……非常に居たたまれないんですが」
「……分かった、部屋を変えよう」

 余韻なのか細かく痙攣する身体を支えながら、書斎を出る。
 シャツ越しに感じる熱は普段より高く、火照っているのが分かる。
 盗み見た横顔は呼気も荒く、妙に艶めかしい。汗で頬に張り付いた髪を後ろへ流してやる。

「俺では力不足か?」
「ち、違うんです……今日のは、そういうんじゃなくて」
「……そうか」
「あ、いや、ホントに……。な、なんていうか、その、性欲を持て余すっていうか……めちゃくちゃにしてほしい日っていうか」
「……なんだそりゃ」
「ちょ、変な生き物を見る目で見ないでください! あるんですよ、たまにそういう、人としてじゃなく、動物みたいにぐちゃぐちゃなえっちがしたいときが……って、なんか恥ずかしいこと言ってる気がする!」

 わたわたと身振り手振りで説明するヒカゲ。そんなに顔を赤くするなら言わなければいいのに。
 けれど、分からないでもない。男だって、そういう時はある。女にもあるとは知らなかったが。

「だからって何で自慰行為を」
「……ご主人様、最近忙しそうだったから……」
「……」
「それに、あたし、その、こんなだから……。普通のじゃ足りないっていうか、もっと……酷いこと、されたいというか……」
「ヒカゲは超が付くほどマゾだもんな」
「そ、そうなんですけど……そんなはっきり言われると、なんか……はぁ」

 正確には、マゾに作り変えられた、のだろうが。
 孤児院での調教がどれほど過酷だったのかは知る由もないが、その影響が未だ消え去っていないのは十分に分かる。
 そしてそれは、今後も消えることなく、一生付き合っていかなければならない刻印だということも。

 今回のことは、主人としての配慮不足が原因、ということなのだろう。

「縛ってやろうか、ヒカゲ」
「はい……。……へっ?」
「たまには、そういうのもいいだろう」
「え、あの、きゃあっ!?」

 別に俺も、聖人君子を気取っているわけじゃない。
 人並みに性欲はあるし、人並みに相手をめちゃくちゃにしてやりたくなる欲望くらいある。
 ただ、ヒカゲ相手にそれを出すのは違う気がしていた。

「泣き叫んでも止めないからな、今日は」
「……はい♪」

 しかし今だけは、自分勝手に欲望をぶつけ合う、獣になろう。
 顔を紅くし誘うように笑う彼女も、それを望んでいるのだから。

コメント

タイトルとURLをコピーしました