ひふみよももち!

「こんにちはー」

 と言いながら、手に感じる固い感触。あれ、ドアの鍵閉まってる。お昼で混み合う売店に寄って来たから、てっきり誰か先に来ていると思ったのに。
 幸い、部屋の鍵は一人一つずつ持っている。スカートのポケットから目当てのものを取り出し差し込んだ。カチャリと少し重い音がして、ドアを押す手への抵抗が弱まる。

「お疲れ様でーす……」

 誰もいないと知りながら呟く。はぁ、涼しい。猛暑の名残を捻じ伏せる現代文明の利器バンザイ。ほどよい冷気を肌に感じながら、部屋の中に身体を滑り込ませドアを閉じた。

「……ふぅ」

 残暑厳しい二学期のとある一日。今日も今日とて、私はお昼を済ませにこのサークル室へと参上する。売店で買ったカップ麺に野菜ジュース。この歴史ある隷光女学院という名のお嬢様学校におよそ似つかわしくない食料をテーブルに置き、まだ少しだけ収まりの悪い椅子に腰掛ける。

「……あれ、誰もいないのに何で冷房付いてるんだろう。消し忘れかな」

 人心地つくように息を吐きながら、何気なく周囲を見渡す。
 決して広くはない部屋。それでも、『5人』が過ごすには十分な部屋。簡単な給湯室に本棚がいくつか、今座っている椅子が4脚と、テーブル。二人がけのソファが一つに、床に置かれた真っ黒なボンデージ人形。
 調度品は最低限。特に目につくものはない。だけど、こうしてお昼休みにご飯を食べる空間としては申し分ない。これだけでも、このサークルに入った意味があるというものだった。

「……ん?」

 一通り見渡したところで、ギギギと頭を戻す。今、見過ごしてはいけないものがあった気がする。

「……」
「……」

 どこの世界にボンデージ人形が置かれたサークル室があるんだ。

「……。何やってるんですか、風子(ふうこ)さん」
「……ごきげんよう、陽子(ようこ)」
「こ、こん……ごきげんよう……」

 ……あるんだなぁ、これが。ここに。
 無表情で挨拶を繰り出す風子先輩に、私はがっくりと項垂れて返事をした。

 文月風子(ふみつきふうこ)。私のひとつ上の学年で先輩。でもとても先輩に見えないくらい小柄な人で、周囲もマスコットのように扱っているようだ。
 日頃から暇さえあれば本を読んでいるので、文学少女と言えなくもない。ただ、その容姿と言動が少し浮世離れしていて、どちらかというと不思議の世界の住人といったイメージのほうが強く印象に残っていた。

「……姫華(ひめか)さんですね」
「……ん」

 脚を投げ出し、ソファを背もたれのようにして床に『置かれている』。そんなボンデージ人形、もとい風子先輩が、私の確認にコクンと首を縦に振る。
 ……可愛い。でも違和感がすごい。部屋の風景から浮きまくってる。

「……今日はいつからその格好で?」
「朝から」
「朝から!?」

 静かな部屋の中でないと聞き逃してしまうようなぽそぽそ声。被害者のはずなのに、何故か少し申し訳無さそうに目を伏せて恥じらう風子先輩可愛い。先輩に対して言う言葉じゃないかもしれないけど思いっきりよしよしして可愛がりたい。そんな狂おしい感情を抑えきれず私は三割増しで声を荒げてしまった。

「き、キツくないですか……?」
「……キツい」
「なら、脱いだほうが……」
「……鍵かかってる」

 抑揚のない声でそう言って両腕を上げる風子先輩。身の危険を感じて然るべきなのに、全然焦るどころか感情が揺れる様子もないところがこの人らしい。
 ひとまず事件性がないことを確認できたところで、改めてその姿を認識する。

 全身を包むピチッとした黒のラバースーツ。いたるところに張り巡らされたベルト拘束が、柔らかな肌をラバー越しに締め付け歪に絞り出している。両手両足の自由を奪う手枷に足枷。そして、あちこちで金色の南京錠が、アクセントのように鈍く光る。

「……ごくり」

 エロい。本人には悪いけど、エロすぎる。
 決して豊かとは言えない風子先輩の身体。むしろ小柄も小柄、噂では学院一小さいと噂の身体ではあるけれど、それでもやっぱりシルエットは女性的で柔らかく、無残に縛られることによって艶めかしさが増している。胸は控えめだけど、それが逆に小柄な身体と相まって犯罪臭を強めるというか、小さな子にイケないことをしているような背徳感が……。

「……陽子?」
「はっ!? ……え、ええと、鍵は姫華先輩?」
「……そう」
「そのご本人は?」
「……百桃(もも)と出ていった」
「……なるほど」

 妄想は横に置いて、ひとまず事情は理解した。
 姫華先輩の手によって風子先輩がボンデージ人形に。その後このサークル室に設置された。姫華先輩はどこかへ行ったまま。単純な話だ。
 ……事情はわかったけど色々突飛すぎる。何だこの状況。解けた謎は、どうして冷房が付いていたかくらいだ。
 不憫なものを見る目で風子先輩に視線を向けると、ハテナを浮かべた顔で見つめ返された。くそう、可愛い。

「部屋に風子先輩がいるのに鍵かかってたのもそれか……。とりあえずお昼食べていいですか」
「ん」

 本人に悲壮感がないのが余計になんか、あれだ。調子が狂う。本当はとんでもないことのはずなのに。
 『いつものやつ』ということなんだろう。このサークルは『そういうこと』なのだ。であれば、私も受け入れなくちゃいけない。慣れなくちゃいけない。そうでないとここでは生きていけない。そして今私にできることはない。だからお昼を食べる。気にせず食べる。
 お昼を食べるだけで何故ここまで強い決心をしなければならないのか。ドツボに嵌りそうだったので私は考えるのをやめた。

「そういえば風子先輩、お昼どうするんですか」
「……わからない」
「……その格好じゃ自分で食べられませんもんね。姫華先輩待ちか」
「……陽子、今日は何味」
「これですか? 今日は家系ラーメンです」
「……いえけい?」
「えーと、豚骨醤油ベースのスープに太麺が特徴で、結構ガッツリした味が癖になるというか……食べてみます?」
「……ん、食べたい」
「了解です。ちょっと待っててくださいね」

 お昼にありつけない先輩を放っておいて自分だけ食べようとするのも気が引ける。なのでおすそ分けはむしろどんと来いだった。
 とはいえ、ド庶民な私と違って風子先輩は、というかここに通う生徒の殆どは名家のお嬢様だ。ジャンクな味を覚えさせていいものだろうか。かやくを乾燥麺の上にぶちまけながら、ふと不安になる。
 ……いや、ならそもそも売店で売るなという話だ。気にしないことにしよう。

「こんちゃー。おお、涼しいわね。あれ、陽子のほうが先だったの」

 電気ケトルに水を入れ、沸かし始める。というか風子先輩はその位置で良いのだろうか。せめてソファの上に移動させようかと考え始めたところで、ドアが開く音と少し気怠そうな声が部屋に響く。

「あ、光音(みつね)。今日はこっち?」
「そうそう」

 入ってきたのは、同じクラスの快活金髪ツインテール。
 峯岸光音(みねぎしみつね)。見た目は可憐で漫画に出てくるようなお嬢様然とした美少女。なのに本人の性格は至って庶民的で大雑把。明るい性格も相まって、クラスでも中心にいることが多い。
 本来なら、私のような日陰者とは接点すらないはずだったのに。何の因果か、こうして名前で呼び合う間柄になっていた。

「昨日は教室で食べたし……って、うわ! こっこ先輩どうしたのそれ」
「姫華先輩みたいだよ」
「ああ、いつものやつね」

 どうみても性犯罪の臭いがする風子先輩の姿を見ても『いつものやつ』で即スルー。これは光音の性格ゆえか、このサークルに染まってしまったゆえか。多分両方だろうな。
 ちなみに光音は風子先輩のことをこっこ先輩と呼んでいる。本人曰く深い意味はないし、そう呼んでいるのはこの学院で光音だけだ。

「というか、あんたまたカップ麺? 身体に悪いわよ」
「い、いいでしょ、好きなんだもん。安いし、美味しいし。……あと安いし」

 うちの学院の売店は、通う生徒が生徒なので割と物価が高い。どこの意識高い系スーパーなんだとツッコみたくなるラインナップ。いや、下手なモノを出せないのはわかるけど。
 なのでこうしたジャンクな食べ物は相対的に安く見える。となればド庶民の私が選ぶのは消去法的に確定する。まぁ、本当に好きだから困ってはない。

「……ま、別にいいけど。よかったらあたしがお弁当作ってきてあげようか」
「そ、それはさすがに悪いよ……」
「媚薬フードマシマシの超元気になるお弁当。それを食べれば、超奥手な陽子もギンギンに発情してあたしに襲いかかり……」
「本当にやめてください」

 身振り手振りでミュージカルのように説明する光音にジト目を向ける。光音は本当に実行する時があるから怖い。

「まぁまぁ。でも本当に栄養偏るでしょ。ちょっと分けてあげる」
「……ありがと」

 冗談を言いながら、お弁当箱の蓋におかずをいくつか載せて渡してくれる。
 行儀が悪いと思いながら卵焼きを一つ摘んで口に入れると、普通に美味しかった。語彙が足りなくてうまく表現できないけど、確実に自分が作るより美味しい。

「でも意外だよね。手作りなんでしょ、それ」
「まぁね。でもこれくらい普通でしょ」
「どう見ても学校に専属シェフ呼んでフルコース作らせる見た目してるのに」
「なんだこのやろう」

 口ではそう言いながら、光音のそういうところ、本当に尊敬している。
 自分の境遇に胡座をかかない。鼻にかけない。飾らず、自分のまま接してくれる。それがどれほど救いになっているか。
 ……こんなこと、本人には言えないけど。

「……陽子、まだ?」
「え、あ、そろそろですね。えーと、液体タレを入れて……」
「すごい匂いね。後で換気しないと」
「……お腹空いた」
「はいはい、今混ぜてますから」

 なんてことのない日常。お昼の一幕。平和な時間。
 でも忘れちゃいけない。風子先輩は今ギチギチに拘束されているのだ。
 その姿を見ると、あまりの落差に頭がおかしくなりそうになる。日常、非日常。それらが境目なく共存して、だけどやっぱり異質は異質としてそこにあって。

 そんな、曖昧な境界線を追求する変態の集まり。名前をビザール研究サークル。通称ビザ研。
 そこに入部したのは、私がこの学院に編入して間もなくのこと。

 そして。

「あらあら。みんな勢揃いね。それになんだか楽しそう♪」

 全ての元凶は、サークルの発足人および部長である姫華先輩。
 つまり、ようやく部屋に戻ってきたこの人だ。


▼


「今日は一段とすごい匂いね、陽子さん」
「す、すみません。あとで換気するので……」
「うふふ、怒っているわけではないの。ただ、あまり馴染みがないので新鮮で」
「はぁ……」

 妃皇院姫華(ひこういんひめか)。
 このサークルの部長にして、学年主席。いわゆる完璧超人で文武両道。神話の女神のように整った顔立ち。女性として理想的なスタイル。それでいて性格は優しく母性に満ち溢れ、同級生ながらまるで母親のように慕う生徒も多い。
 ……というのが、学院全体での評価。

「それはそれとして……」
「……」
「はあぁぁあ~~っ! 風子っ、風子~~っ。お留守番お利口さんね~! ん~はすはす」
「……苦しい」

 私達への挨拶もそこそこに、自分が拘束し、放置プレイをかました風子先輩のところへ一直線。その見た目でどこにそんな力が、といった動きでそのボンデージ人形を抱き上げ、ソファに座った自分の膝の上に載せて一心不乱に撫で回している。

 ……ああ、初めて見た姫華先輩のイメージがもはや思い出せない。
 風子先輩も諦めているようで、抵抗せずされるがままになっている。まぁ元々抵抗したくてもできないけど。

「やっぱり抱き心地は風子が一番ね~。すっぽり収まる小柄な身体。赤ちゃんのようなプニプニのお肌。とても同じ歳だとは思えないわ~」
「……喧嘩売ってる?」
「逆よ逆! 素敵すぎていつまでもそのままでいてほしいくらい!」
「……ならいい」
「いいんかい」

 思わずといった様子で光音がツッコむ。私も大いに同意した。

「……お腹空いた」
「はいはい。今、百桃(もも)が準備するから」

 まるで子どもをあやすように言いながら頭を撫でている姫華先輩。その横で、名前を呼ばれた百桃さんが静かにお辞儀をして昼食の準備をする。

 諸図百桃(もろずもも)。この人も不思議な人だ。姫華先輩たちと同学年、つまり先輩。容姿端麗成績優秀、ツワモノ揃いのこの学院の中でもトップレベルに位置する優秀さでありながら、寡黙で誰に対しても恭しく、自分の色を出そうとしない。
 そして、姫華先輩から決して離れず、黒子のように付き従っている。その理由は、服装を見ればわかる。百桃さんは、学院でも数少ないメイド服を着用した学生。つまり、姫華先輩の侍女として学院に通っているのだ。

「……陽子のラーメンもらう」
「あらそうなの? 陽子さん、いいの?」
「へ? あ、ああ、はい、大丈夫です。さっき約束したので」
「あげるのはいいけど、早くしないと麺のびちゃうんじゃない?」
「そ、そうだった。すぐ取り分けますね」

 突然話を振られてキョドってしまった。姫華先輩がいると、場の空気が全て姫華先輩色に染まってしまうというか。姫華劇場が始まってしまって、つい自分が観客になったように感じてしまう。

 とはいえ、光音の言う通り、作ってから少し時間が経ってしまった。急いで戸棚から小鉢を取り出して取り分ける。その間に姫華先輩のお弁当が用意されていくのを横目に見る。どこのおせち料理だというツッコミは飲み込んだ。

「……あ、そういえば風子先輩自分で食べられないですね。どうしましょう」
「大丈夫よ。陽子さん、その小鉢、ここに置いてもらえる?」
「え? は、はい……」

 用意したものの、風子先輩の両手両足が拘束されていることを思い出す。すると姫華先輩がにこやかに下を指差す。
 下。つまり床。そのことを認識して、私の心臓がトクリと跳ねる。

「ど、どうぞ……」

 一瞬動きが止まりながらも、なんとか指示通り小鉢を床に置く。そんな私に「ありがとう」と一言。
 そして一切の声色の変化のないまま、姫華先輩の『命令』が飛ぶ。

「風子、おあがりなさい」
「……はい、姫華様」

 私は先程とは違う意味で言葉を飲み込む。
 床に置いた小鉢。そして、床に降ろされた風子先輩。拘束された不自由な姿のまま、のそりのそりとそれに近づいたボンデージ人形は、いつものようにぽそりと「いただきます」と呟き。
 躊躇いなく、小鉢へ顔を突っ込んだ。

「……はぐ、はぐ」
「……」

 ゾクゾクとした、言いようのない電流が全身を駆け巡る。

 これは、なんだろう。数ヶ月前、初めて見たときの私の感想だ。
 今は正しく認識している。

 これは、『食餌』だ。紛れもない、生の営みの一つ。

「美味しい?」
「……これ、好き」
「そう。ですって、陽子さん」
「あ、あの……ありがとう、ございます……?」

 ギチギチに拘束された美少女が、不自由な身体をくねらせ、顔が汚れるのも構わず犬喰いしている。
 平和な昼下がりに突如現れた異常な光景。あまりに日常に馴染みすぎていたボンデージ姿がみるみるうちに本来の意味合いを取り戻し、風子先輩を矮小な奴隷へと貶めていく。

 日常の中にポタリと垂らされる背徳感。無色な世界はあっという間に濁り始め、そのあまりの落差に混乱した頭が、間抜けな感謝の言葉を口走らせたのだと思う。

「……いつ見ても強烈だわこれ」

 光音は光音で、自分のお弁当を片付けながら呆れたような視線を向けている。それは軽蔑……とは違う。私では全てを推し量れないけど、それはどこか恍惚としたような。出来すぎだからこそ嫉妬する気も起きないような。そんな声色だった。

「風子様、こちらも」
「……ありがと」

 小鉢の中身がなくなると同時に、本来の食餌であろうドッグフードが入った餌皿を、百桃さんがそっと床に置く。
 再び犬喰いを始める風子先輩。その様子をニコニコと眺めながら、姫華先輩もお弁当を平らげていく。回収した小鉢を持った百桃さんは、私に「洗っておきます」と言って給湯室に消えた。光音は意味深な視線をこちらにくれながら、ニヤリと笑う。

「……」

 わかっている。これは『プレイ』なんだ。
 日常と非日常の境を研究し楽しむこの『ビザ研』の、これはサークル活動の一環。

 スレイブは、マスターに絶対服従。それがこのサークルの決まりごと。
 今日のマスターは姫華先輩。スレイブは風子先輩。今日の、というより、この組み合わせになることがほとんどだけど。だからというか、二人はお互いに堂に入っていて。行為も、関係も、どう見ても『本物』にしか見えなくて。

「……姫華様。ごちそうさまでした」
「はい。残さず食べて偉いわね~。ご褒美に『ブルブル』してあげるわね」
「……あ、ん……くっ」

 食べ終えた風子先輩の頭をよしよしと撫でる姫華先輩。
 椅子に座った主人と四つん這いのペット。きれいにクリーニングされた制服と身体を戒めるボンデージ。見下ろすものと、見上げるもの。
 一目見るだけでわかる、この上ない対比がそこにあった。

 そして、姫華先輩の手に握られたリモコン。ビクリと身体を跳ねさせ、堪えるように背中を丸める風子先輩。何が起きているのか、わからないほど私もウブじゃない。

「お昼休みが終わるまでお昼寝してていいわよ~。百桃」
「はい、姫華様」

 自分ではどうすることもできない、快楽拷問。
 話はそれで終わらず、命令を受けた百桃さんが、うずくまるボンデージ人形にさらなる拘束を加えていく。

 いや、それは拘束というより、梱包に見えた。正座の状態で上半身を前に倒し、両腕を背中側で拘束し直す。まるで沙汰を待つ罪人のような状態。その姿をキープするようにベルトが巻かれ、取っ手をつければ持ち運べそうなほどコンパクトに折り畳まれる。

 その『荷物』は、梱包材が敷き詰められたケースに収められ、空気穴を確認したあと、しっかりと蓋をされ鍵をかけられる。もはや人の気配なんて微塵もない。小柄な風子先輩だからこその拘束。
 そして百桃さんはソファの座面をめくり、中の空洞にその梱包ケースを収納した。

「……」
「……えげつなー」

 光音の言葉に、私は息を忘れていたことに気付く。
 あっという間に、部屋から人が一人消えた。その人は物のようにソファ下に収納され、ただの家具の一部となった。その上にマスターである姫華先輩が座り、百桃さんが入れた紅茶を優雅に嗜み始める。

「あ、はは……」

 日常だ。思わず笑ってしまうくらい、わざとらしい日常だった。だって、これこそがこのサークルの活動内容なんだから。
 だから私も日常を演じる。伸びてしまったカップ麺をもそもそと食べる。

「……」

 ……そうだ、私は食べられる。ちゃんと日常を演じられる。このサークルの、部員、だから。
 それなのに、どうしてこんなに身体が震えるんだろう。悪寒のような震えが止まらないんだろう。スカート越しに下腹部を押さえる手を、離せないんだろう。

 どうしても想像してしまう。あのスーツを着せられ、身動きがとれないよう折り畳まれて、拘束されて。窮屈なケースに閉じ込められ、意思の疎通もできない暗闇の中に囚われながら、じっと強制的な快感を受け入れさせられ続ける。
 誰かに助けてもらわなければ逃れられない。他人に生殺与奪を握られる破滅的な快楽。そんな命がけの異常を、食後のおやつのように気軽に流されてしまう日常。

「……濡れてる?」
「~~~っ!?」
「いいよいいよ。責めてない。ただ、あたしの目に狂いはなかったなって思っただけ」

 これは、慣れるのだろうか。当たり前の日常と、受け入れられるのだろうか。光音はどうだろう。震える手で頬杖を付きながら、それでも楽しげに笑みをくれる光音は、慣れたのだろうか。

 収まるどころか次第に大きくなる動悸を必死に抑え込みながら、私は味が濃いはずのスープを胃に流し込んだ。

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