エピローグ

「自分の人生なのだから、好きにやればいい」

 学校を卒業した後。
 就職でも進学でもなく、お姉さまに付いていくことを両親に伝えたら、思ったよりすんなりとOKがもらえた。
 いや、そりゃいろいろとツッコミはあったけど。
 本音を言えば、勘当くらいは覚悟していたから。

「え、い、いいの?」
「良いか悪いかで言えばそりゃ悪いけどな」
「あ、はは……」

 お姉さまはすでに新居の準備も終えていて、あとは私がそこにお邪魔するだけ。

「ま、子どもっていうのはいつかは親の元から離れていくものだしな」
「そうよねぇ。しかも好きな人に付いていく、っていうのが素敵よねぇ。お母さんもしたかったなぁ、そういう、青春? っていうの」
「……。とにかく、自分の思うとおりにすればいい。たまには帰ってこれるんだろう?」
「うん、それは大丈夫だと思う」

 頻繁には無理だろうけど、やっぱりそれは子供の義務だからって、自分はできてないけどと笑いながらお姉さまも言ってた。

「じゃあ、準備するね。お昼過ぎに駅に迎えに来てもらうから」
「ああ」
「お母さん手伝わなくて大丈夫?」
「うん。準備っていっても昨日のうちに殆ど終わってるから」

 生活に必要なものは全部向こうに揃ってるから、私が持っていくのは本当に自分の身の回りのものだけだ。
 いつも登っていた階段を少し新鮮な気持ちで眺めながら、私は開け慣れた部屋のドアを開ける。

「さてと……」

▼

「なぁ冴子」
「んー?」
「やっぱり分かるもんだな、親になると」
「いくつか隠し事してる、ってこと? それなら心配する必要ないでしょ。むしろ親を騙してまで自分に素直になったことを嬉しく思うな、お母さんとしては」
「今までが良い子過ぎたのかもな」
「それでも最後には全部きっちり説明してくれるわよ、あの子は」
「……子どもって、知らぬ間に大きくなるもんだな。少し……へこむ」
「どうしたのよ?」
「いや、なんか親らしいことしてやれたのかな、とか……。考えれば、あの子が大きくなってから、ロクに構ってやれてなかったし」
「馬鹿ね」
「……馬鹿、って……」
「そんなのは、あの子自身が決めることよ。……まぁ、でも……。難しいわよね。『独りよがりじゃない愛』というのは」
「冴子……」
「良かれと思ったことはやってきたつもりだけど……。あの子が望んだものを全部あげられたかと言われれば、どうかしら。今あなたが言ったことも含めて、『賢い貴子』に甘えてしまっていたのかもしれないわね。私たち」
「……」
「……」
「ま、それでも今生の別れじゃないでしょう? 例え子どもから嫌われていても、それでも愛情を注ぐのが親ってものよ。私なんかそのうち相手先に遊びに行こうかと思ってるんだから」
「なっ!? お前……! ……行く時は絶対誘えよ」
「はいはい。親ばかは黙って親ばかしていましょうね」

▼

 荷物を整え、両親と別れの挨拶を交わし、家を出る。
 キャリーケースを転がし、駅前に行くと、すでにお姉さまが待っていてくれた。

「お姉さまーっ」
「こんにちは、きぃちゃん」
「では美祢は荷物をお運び致します」
「あ、すみません、運転手さん」
「美祢で結構です。それでは出発します」

 私の荷物を軽々とトランクへ運んでいく運転手さん……もといメイドの美祢さん。
 それを見届けながら車へ乗り込み、出発する。
 見慣れた景色から、見慣れない景色へ。
 それなりに時間が掛かったけど、お姉さまとおしゃべりしている間に到着する。

 静かな高揚感。新生活の始まり。
 いろんな感情を胸に抱えながら、新居となる洋館を見やる。

「遠慮しちゃうくらい大きいですね……」
「そんな貴子のために犬小屋も用意してあるわよ」
「わ、わふ……」
「ふふっ」

 笑い声が薄く馴染んでいくような、春の陽気。
 新しい生活を始めるには、絶好の季節だ。

「……ねぇ、きぃちゃん」
「はい?」

 さらりと撫ぜる風が通り抜ける。
 振り返りみたお姉さまの顔は、緑に溶けこむように穏やかだ。

「まだまだ不慣れだけど、よろしくね」
「それは、お互い様です。……それに、きっと正解なんてないですよ。自分たちで作っていければいいんです」
「……なんかここ最近急に大人っぽくなったわね」
「い、いいじゃないですか。私だっていろいろ……」
「生意気。貴子、おすわり」
「あ、ずる……わ、わん!!」
「はいお仕置き決定。さてなにしようかな~」
「きゃうんきゃうん!」

 きっと他人から見れば褒められた人生ではないけれど、それでも幸せになることはできるんだ。
 だから、大丈夫。

「ふふっ」
「どうしたの?」
「大好きです、お姉さまっ」

 好奇心の果てにあったものは。

「あたしもよ」

 愛しい人の、最高の笑顔だった。

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