エピローグ

「あ……」

 目が覚める。
 そのことが、やけに久しぶりのことのように思える。

「お、目が覚めたか」

 声のするほうを見れば、ご主人様。
 そういえば、ご主人様に会うのも久しぶりのように感じる。

「ごしゅひんはま……あっ、ひ!」

 喉が引っ掛かり、声が出しづらい。
 そう思ったとき、急速に身体が待ってましたと言わんばかりに震えだす。
 それが『絶頂』を迎えているのだと気付くのに数瞬の時間を要した。

「ひ、く……! なん、……これ……!」
「無理もない。お前の身体は今、常人なら発狂死しているくらいの快感を常に感じている状態だ」

 ご主人様の言葉を聞く間も、寝かされていたベッドのシーツと身体が擦れる感覚でイってしまう。
 常に発情する奴隷。そう聞かされていたけど、こんなに辛いなんて……。

「それでも一番マシな状態なんだ。その首輪、快感をコントロールすると言っていただろ。その機能は上げるばかりじゃない。快感を抑えることも可能だ。といっても首輪の機能最大限使って抑えて今のそれなんだが」

 言われてそっと首輪をなぞる。
 ヒヤリとした感触が指に残る。
 逆に触れた指のほうが秘部を撫でられたようで慌てて離した。

 首輪の機能についてはそういうものだと理解した。
 でも、これで最大限ってことは、これ以上この敏感な状態が収まらないってこと?
 それは、すごく、怖い……。

「今後はその状態で普通の生活を送れるように、精神力から何から鍛えないとな。内に暴れ出しそうなほどの快楽を秘めながら、表面上は何でもないように振る舞う。だが、主人が求めれば狂ったような快楽に身を焦がし、その目を楽しませる。そんな理想的な性奴隷に、楓を作り替える」

 じっとこちらを見つめるご主人様の瞳に真剣さを読み取り、本当に私を自分のものにしようと、私を必要としてくれていると、そう思えて嬉しくなった。

 だけど、私の身体がどんどん変質していくことに、どうしても恐怖を覚える。
 かつて持ち得た常識からすれば正常とは言い難いこの身体。
 純粋に生き物としての生存本能が、私に警告を発する。

「怖いのは分かる。当然だ。だが、俺はその感情すら自分のものにしたい。俺のために狂ってくれ、楓」

 だけど、その警告すら、ご主人様の前に霞む。
 伸ばされた右手が私の頬を捉え、私の身体が大きく跳ねる。
 左腕が背中にまわされ、身体が密着する。
 ご主人様のぬくもり。匂い。吐息。鼓動。
 ご主人様の全ての情報が、今までとは比べ物にならない精度で、私の脳へ叩きこまれる。
 最後に抱きしめられたという結果に脳がたどり着き、それをきっかけとして、爆発的な多幸感から身体中の細胞が分裂してしまいそうなほどの電流が全身を流れる。

 それは快感に近い『何か』。
 でも嫌な感じではなかった。

「こん……な、色に狂った、女でも、いいんです……か」

 それに溺れてしまう前に、かろうじて言葉をひねり出す。
 それは、性奴隷として調教を受け出した時から持ち続けた私の引け目。ウィークポイント。
 快感にボケたふりしてそっと聞いたそれに乗せた思い。

「楓に変わりない」

 キスとともに粉々にされた。
 だから安心して、溺れた。

▼

 身体が敏感って、大したことのないように聞こえるけど、その頭に『常に』って付くと、これが結構大変だ。
 何せ、何もしてなくても甘い快感の海に沈めこまれているのだから。

 普通は、そういった行為を行う時にだけ飛び込む、本能の世界。
 そこに入りこむと、人は皆正常な思考を失い、ただ快楽を享受するケモノになる。
 それは人として生まれた以上誰もが持つ、強力な麻薬。
 いわゆるピンク色の世界に、刹那の幻想を見る。
 種としての義務を果たす、そのご褒美として渡される快楽。

 そんなものに、日がな一日休みなく晒されているとしたら?

「は……っ! ……くはっ! ……ぅ、あ……!」

 何千回目かの絶頂。
 息をするのも絶え絶え、というか、息をするだけでも気持ちいいのだから、あまり大げさに呼吸することもできない。深呼吸などもってのほか。
 空気を吸い、そして吐き出すという動作にすら気を遣い、絶頂により強張った身体を慎重に解きほぐしていく。
 ベッドの上仰向けに寝転がった身体には何も纏わず、薄い胸とピアスが浅く上下を繰り返している。

「はぁ……、はぁ……はぁ………」

 これでも、随分良くなった。
 あの改造処置から一週間ほど。
 私の身体と脳はようやく異常を正常として受け入れ始め、我慢すればイキ狂うということはなくなった。
 せいぜい、全身を愛撫されている程度だろうか。
 ……いや、それも十分異常なんだよね、本当は。はは。

「はぁ……」
「どうだ、調子は」

 乾いた笑いを表に出さないように噛み殺していると、部屋の中にご主人様が入ってきた。

「あ、ごしゅ――」
「おいおい、無理はするなよ。辛ければ横になっておけ」
「いえ、そういうわけには。……おはようございます、ご主人様」
「ああおはよう。……気のせいか頑固に磨きが掛かっているな」
「気のせいです」

 慌てて挨拶しようとする私を気遣ってくれるご主人様。
 でも、主人が目の前にいて横になっている奴隷というのはとても居心地が悪いものだ。

 ここ何日か身体の異変に慣れて余裕が生まれた頭が、有り余る時間の中これまでの思い出をリピート再生していた。

 幸せに暮らしていた中学生までの私。
 奴隷としてどん底で暮していた私。

 そして――。
 ご主人様と再会し、共に暮らす私。

 なかなかに、波乱万丈な人生を歩んでいる自負はある。
 それでも今こうして好きな人と一緒にいられるのは、すごく幸運で、幸福で、奇跡的なことなんだと思える。
 例えそれが主人と奴隷という、一般的には理解されないような関係であっても。

「まぁ元気であればそれでいい。……よ」
「はい。……て、あっ! どさくさにまぎれてどこ触ってひゃああっ!?」

 ご主人様の指がぷにぷにとお腹をつつく。
 たったそれだけで全身が燃え上がるくらい熱を帯びる。
 悪戯っ子のような顔をして非道を働くご主人様に思わず抗議の声を上げた。

「さすがに敏感だな」
「何でそんなにニヤニヤしてるんですか、もう」
「いや、ロマンだろ。いつでも発情している奴隷。それが目の前にいるんだから。まぁ楓の場合はかなり物理的な意味だが」
「確かに、ずっとえっちな気分ではいますけど……」

 えっちな気分特有のぼやけた思考。熱っぽい身体。浮ついた感覚。
 それらは治まることなく私を侵し続ける。
 自分では普通にしているつもりでも、全身が常にそれを求めている。
 この間気まぐれに覗いた鏡には、瞳を潤ませ、肌を紅潮させ、荒い息をしながら快感を耐え忍ぶ発情した牝の姿があった。
 自分のことながら、なんて劣情を誘う姿だろうかと、思わずその場で身体を弄ったのは内緒だ。

「何より、そんな状態にあっても、本人はきちんと意識を残しているというのがミソだ」
「そう、ですか? 自分で言うのも何ですけど、結構ぽうっとしている気もしますけど……」
「こうして普段と同じように会話しているのが証拠さ。本物の色狂いはそうはいかない。……楓、狂ってくれるなよ」

 いつの間にかベッドに腰掛けたご主人様の視線が、私の瞳を捉える。

「はい。……狂ったら、変態のご主人様に何されるか分かりませんし」
「言ってくれる」
「きゃあっ」

 生意気な子どもにお仕置きするように、身体中をくすぐり弄られる。
 その刺激に耐えきれず、全身を暴れさせながら逃げようとする。
 でもそんな抵抗もご主人様の前では弱々しく、両の腕を捕えられ、ベッドに張り付けにされた。

「……」
「……」

 今の私には過剰ともいえる刺激を受けて、汗の滲む白い身体。
 そこに覆いかぶさるように、大きな身体が私の視界を埋め尽くす。
 万歳をするように押さえられた腕は動かず、無防備になった身体が余すところなくご主人様の視線に犯される。

 恥ずかしい。
 でも、もっと見てもらいたい。

 相反する感情。
 こんな身体になっても未だ失われない羞恥心と、それを上回る「この人のために」という心を預ける解放感。
 それらがごちゃ混ぜになって、コクンと一度喉を通る。

「……ご主人様」
「……」

 ご主人様は何も言わない。
 見つめ合った視線を外すこともなく、じっと私と向き合ってくれる。
 私はもう一度口を開く。

「……要さん」
「……何だ」

 跳ねたのは心臓か。心か。
 ドクンと脈打つ音を、確かに聞く。

「私、貴方のものになりたい、です」

 それは、奴隷としては遅すぎる宣言。
 だけど、好き合うものとしては、どうなんだろうか。

「……俺も、お前が欲しい。……いいんだな」
「ここまでしておいて、それを訊くのは卑怯です」
「そうか。……そうだな」
「はい。……失礼しますね」

 カチャカチャとベルトを外し、ズボンと下着を下ろす。
 お口では何度も触れたそれは、しっかりと存在を主張していた。
 そのことが、何だか嬉しい。
 私という存在がここにいると、認めてもらえている気がした。

「貰うぞ」
「はい」
「楓を、俺のものにする」
「はい」
「ずっと、傍にいろ」
「……はいっ!」

 両手で顔を包まれ、口づけを交わす。
 その瞬間、秘所に熱いものが満たされる。
 引き攣るような痛みと、それを上回る快感と多幸感。
 私は、一瞬の間に白い世界へ誘われる。

「ん、くぅうううっ!?」
「う、ぐ……」

 全ての中心が秘所になった感覚。
 全ての神経が秘所に集まった感覚。
 解放された両腕が無意識に大きな身体へとしがみつき、爪が立つのにも構わず力の限り、寄り辺を求める。

「うん……っ、は、む……! んちゅ……!」

 窒息するかもしれないと思うほどの、両の粘膜の擦り合い。
 粘っこい液体が何度も交換される。
 その度グチュグチュと脳を溶かすような音が部屋を満たす。

 それは、ケモノの交わり。
 そして、ヒトの営み。

 もっとも原始的な欲求のぶつかり合いは、何よりもお互いの存在を認識させてくれる。

「き、もち、……い、い……っ!」
「……俺、も、だ……っ!」

 そして。
 火傷しそうなほど熱を帯びた命が子宮の奥注ぎ込まれた時、私の全てはこれまでで一番の快楽に包みこまれた。

▼

「……大丈夫か?」
「大丈夫かと言われれば、大丈夫じゃないって答えます」
「そうか。なら大丈夫だな」
「私の主張届いてます?」

 私たちが激しく交わった後。
 ただでさえ敏感なのにキャパシティオーバーの快楽を注ぎ込まれた私の身体は、オーバーヒートして生まれたての小馬のようになっていた。
 ……早い話が、全身がプルプル震えて身動きとれない状態だ。
 子馬より酷いかもしれない。

「まぁしばらくすれば治るさ。身体の疼きは治らんが」
「そうなんですよね。えっちしたはずなのに、ずっとえっちな気分のままです。鬼畜です。悪魔の所業です。きっとロクな死に方しません」
「おー痛い。肉が抉れた両肩が痛むなぁ」
「あああごめんなさい生意気言いました」

 肩をさするご主人様に平謝りする私。
 行為が終わって両手を見たら
 爪が血で真っ赤に染まっているなんてちょっとしたホラーだ。
 そんなに強くしがみついていたのだろうか。

「……ま、しばらく安静にしておけ。その状態も、じきに慣れる。それに、まだまだ調教は終わってないんだからな」
「はい」
「せいぜい狂わないように頑張れよ」

 まるで悪徳調教師のようなセリフ。
 いや、まるで、じゃないか。この人は優しいけど、鬼畜だ。うん。
 口にしたら怒られるので絶対言わないけど。

「……さっき言ってなかったか?」
「ちょ、心を読むのは無しですよっ!?」

 それでも、好きなんだ。
 優しいのも怖いのも、頼りになるのも、たまに抜けているところも。

「まぁ、実は私もう狂ってるんですけどね。……要さんに!」
「……」
「に!」
「……」
「えええちょっと黙って出ていかないで下さい~!?」

 これまで色々あった。
 人として耐えられないような仕打ちも、色々。
 そしてそれはきっと、これからもある。
 でもこの人と一緒なら、それは少し違う意味を持つ。

 『普通』とはちょっと違うかもしれないけど。
 感度の上がった心と身体で、私なりに日々の機微を楽しもう。

 そう思った。

「……飯食ったら地下に降りるか。皮膚感覚の限界も試してみたい。それで――」
「ぐーーー」
「こいつ……」

 やっぱり身体はもう少し鈍感でいいかも……。

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