「ねぇきぃちゃん」
「なんですか?」
「あたしのこと好き?」
「ぶっ!?」
ボッと顔が熱くなるのが分かる。
「い、いきなり何ですかもう!」
「いいじゃない、答えてよ」
さらさらと、髪の毛を指で梳かれながらその声を聞く。
意地悪そうな、楽しんでそうな、でもどこか、固さのある音。
私の瞳を見つめる瞳は揺るぎないけど、その力強さは逆に何かを恐れているようにも思える。
……なんて、考えすぎかな。
「こんな恰好のままですか?」
「こんな恰好のまま」
「ひゃ……!?」
髪を梳く左手とは逆に、意識を持った右手が私の裸体を滑っていく。
その指が、平が、爪が、ヒヤリと冷たいお姉さまが、まだ熱の残る肌の上を、ほんの少しだけ凹ませながら、スス……、スス……、と、火照った私の上を歩いていく。
そのたびにゾゾゾと快楽を告げる神経は過敏に反応し、
体中の毛が逆立つような、髪の毛がボワッとなってしまいそうな、そんな電気信号を脳髄に流し続ける。
「……何か、んぅっ……、違うような、気が、します……」
「本当に真面目ねぇあなた。ちょっとしたピロートークじゃない。さらっと流して『好きです』って言えばいいのに」
「ちょっ! そこはだめです気にしてるんですからっ!」
クスクス笑いながら横腹をぷにぷにされる。
……違うんです。いや、違わないけど、……違うんです。
あなたはそう言うけど、でも、あなたのそのかすかな心の動きは、そう言ってなかったように思うんです。
さらっと流して言った言葉なんて、聞きたくない、そんな風に。
ほんのちょびっとだけ、そんな風に思ってしまったんです。
それは、自惚れ、でしょうか。
「そんなの、気にすることじゃないでしょ」
「……え?」
「こんなのまだまだ痩せ気味よ。もう少しくらいふっくらしてもいいんじゃない?」
「……」
「……きぃちゃん?」
「…………いえ。そのうち本当にそうなりそうで怖いんですけど」
「あら、運動は適度にさせてるつもりだけど?」
「うぅっ……」
ここに来てからの調教をいくつか思い出す。
いや、そりゃ動いてますけどね。
っていうか走ってますけどね、すんごいきつい姿勢で。
それを運動と言い切りますか。
「……思い出して興奮した?」
「しませんっ!」
ただ、なんというか……、うん。
絶対本人の前で口にしたりしないけど。
……なんとなく、『幸せ太り』っていう言葉を思い出した。
こうして、大切な人のそばで、ゴロゴロと、じゃれあっていられる時間があるというのは、本当に幸せなことなんじゃないかって、最近は特にそう思ったり。
「嘘おっしゃい。本当はどうなのよ、『貴子』」
「……」
「答えなさい」
「……にゃー」
「このっ、あなたいつから猫にジョブチェンジしたのよ!」
「にゃーにゃ」
「なるほど。そっちがその気なら、こっちにも考えがあるわ」
「……に゛ゃっ!? にゃにゃに゛ゃっ!? っ、あははははやめてっ、ごめんなさいふざけ過ぎましたぁ! だから脇の下はやめてください~~~っっ!!」
「飼い主に逆らうとはいい度胸だっ!」
「あっあっ!お、おへそほじくるのやめてぇーーーっ!!」
ソファの上で、二人がジタバタ踊る。
傍から見ればバカみたいなやりとりが、妙に楽しい。
神様なんて信じてはいないけど、私たちを巡り合わせてくれた『何か』には、感謝してもいいかな。
「はぁっ……はぁっ……! こ、これで懲りたでしょ……!」
「……はあ……んぐっ……んっ! ……はあっ……ふぅ……、……わん」
「ふふ……よし。……ふ、はぁ……、ん……ちょっと休憩。さっきまでの疲れも取れてないし。……悪いけど、お茶淹れてくれる? きぃちゃん」
「そ……そうですね……ふぅ。そうしたら……あ、紅茶ですか?」
「ごめん、コーヒーでお願い……。はぁー、しんど」
「了解です。……私も笑い疲れました」
裸足でペタペタ、キッチンまで歩いていく。
ああ横腹が痛い。どれだけ笑っても、こればっかりは鍛えられないらしい。
大いに余韻を噛み締めながらなんとなく振り向くと、そこにはソファに座りなおしたお姉さまの後姿。
なんだか新婚さんの気分がわかる気がする。
すぐそこにいる、いつも近くにいる、という幸せ。
そんな幸せに浸っていたからこそ、不意に見えたその顔に一瞬息がとまる。
「……っ」
つい、と視線を移して見えたその横顔。
表情は同じなのに、その顔はさっきまでと似ても似つかない雰囲気をまとって。
それはとても寂しくて。
だから私はこのとき、思わず口走ったんだと思う。
後先考えずに言葉が出てくるなんて、きっとこの人のため以外あり得ないだろうなぁなんて思いながら。
「お、お姉さまっ」
「……ん?」
振り向いたその笑顔は全くいつもと同じで。
それが余計にチクリと私の胸を刺す。
なので私は、私が知っている唯一の方法で、お姉さまと向き合うのだ。
お姉さまの持つ罪が、傷が、負の感情が、少しでも軽くなりますように、と。
神様なんて信じていないけど、私たちを巡り合わせた『何か』は、それをする義務があるんじゃないかな。
そんな自分勝手な思いに、多少の悪戯心と、罪悪感と、大いに本気を混ぜ込んで。
伝える。
「す……好きですっ!」
「……っ」
今度はお姉さまがボッと赤くなった。
「あ、あなたって子は、本当に……」
頭を抱える仕草をしながら、その表情は、切なさ、悲しみ、喜び、覚悟と色を変え、最後は。
「…………ありがと」
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