私にとって、お姉さまの手はご褒美の象徴でもある。
ペットプレイをするようになってからというもの、私は快楽を求め、安寧を求め、高揚を求めていたわけだけど、それらを与えてくれるのは、往々にしてお姉さまの手によってだったからだ。
「どうしたの、ぼうっとして」
「……え、あ、な、何でもないです……」
だから時たまこうしてお姉さまの手に見惚れるのも仕方のないことなのだ。
「ほかの番組見たい? 別に良いわよ。あたしも好きな俳優が出てるからこれ見てるだけだし」
「え、と、そういうわけでは……。私も好きですし、この人」
「そう。でもこの一緒に出てる芸人は嫌いなのよね。必死な感じが逆にうざいでしょ」
「き、厳しいですね……」
あーだこーだと好きな俳優以外の共演者をこき下ろしながら、おせんべいを食べるお姉さま。
手に取ったそれを口元に運ぶ動作を、ついつい目で追ってしまう。
「……ん、CMのあいだにトイレ行ってこよ」
そうして番組が途切れたところで席を立つお姉さま。
テレビから流れる「今でしょ」という声を聞き流しながら、その後ろ姿を見送る。
……ああ、『だめな日』だな、今日は。
そわそわしているのが自分でもわかる。お姉さまの手ばかり見ているのがその証拠だ。
もちろんお姉さまの手は白くて細くてきれいだから、見惚れてもおかしくはないけど、一般的な感覚からすれば、いつまでもそれを追いかけるのは少し異常だと思う。
だけどそこにはちゃんと理由があって、それは今日の私の状態にも関わっているのだ。
いくつかある性癖が日によってばらばらに出てくるムラッ気のある私は、たまにこうしてどうしようもなく、お姉さま手ずからの愛撫を身体が欲してしまう日がある。
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発端はいつだったか、お姉さまの一言から始まった。
「勝手にイッちゃだめよ。イクときはあたしの前でだけ。いいわね」
お姉さまに与えられた、絶頂禁止の命令。
要するに性欲管理の一環だったのだけど、初めはそんなに難しいことじゃないと思っていた。
たまに思い切ってぶっとんじゃうときもあるけど、基本的に一人エッチはそんなにはしないし、お姉さまの責めにどれだけ自分が耐えられるかだろうな、と身構えた程度だった。
事実、お姉さまはあれやこれやと手を尽くして私を焦らし責めに掛けて、私の忠誠心を試すかのように意地悪し続けた。
そうして日がな一日発情して火照った身体を持て余す日々を送りながら、それでも何日かに一度はちゃんとお姉さまにイカせてもらえて。
「イクときはお姉さまの前でだけ」という命令を破る必要もないくらいその場でイッて、ぐったりとした満足感の中一人エッチする気力もなく寝てしまうのが常だった。
それと合わせてお姉さまに言われたのが、愛撫を受けている時や頭を撫でてもらって嬉しい時におしっこを我慢しないこと。
最初は言われている意味がよく分からなかった。
けどお姉さまが言うには、私は少し真面目すぎるから、幸せすぎて力が抜けて呆けたようになって、だらしなく失禁するくらいのほうが可愛げがあっていい、とのこと。
恥ずかしい思いするのも後片づけするのも私なんだけどな……とはとても言えず、とりあえず私は言われるままにした。
お姉さまの指が私の身体の上を滑り、胸を揉まれ、横腹をさすり、お尻を掴んで愛撫したり。
命令を達成できてよしよしと頭を撫でてもらって幸福感に包まれた時。
意識しておしっこを出すように、尿道のあたりを脱力するよう心掛けた。
とはいえ、いきなり所構わずおしっこできるわけではないから、最初のころはお姉さまに促され、見守ってもらいながらなんとか出していた。
それと、トイレでもない場所でジョボジョボと大量に垂れ流すのはさすがにつらいので、日頃から頻繁に用を足すように心がけて、いざというときにそんなに量が出ないように調整していた。
おかげでいつもより多くおしっこ姿(檻の近くのおしっこシートに出す)をお姉さまに目撃され、そのたびにその姿をにやにやと観察されたけど、仕方ない。
お漏らしでびちょびちょになったフローリングを拭う惨めさを考えればまだマシなのだ。
とまぁそんな努力もありつつ、実際にお姉さまの愛撫に骨抜きにされるときに、わずかに膀胱内に残ったおしっこをピュッピュッと吹き出すようになった。
元々感じ過ぎると緩んでしまう傾向にはあったけれど、こうして意識して解放するようになってからというもの、愛撫されている時におしっこを漏らしてしまうことがすぐに癖になってしまった。
性欲管理に加え、まるで擬似的な潮吹きのような、お漏らしの癖付け。
そんなちょっと変な命令もありつつ、だけど最後にはちゃんとイカせてもらえる調教。
気持ちいいから、と、多少の変なことには目を向けていなかったけれど、その調教の本当の目的が分かったのは、それからしばらくしてだった。
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「ふぅ、すっきり~。……って、どうしたの、きぃちゃん」
「あ、あの……」
お手洗いから戻ってきたお姉さまが、私を見て驚いたような顔をして、だけどすぐに意を得たような妖しい笑みを浮かべた。
お姉さまじゃなければ、もっと驚いていただろうと思う。
何せ今の私は服を全部脱ぎ捨てた全裸の状態で、犬の『ちんちん』のポーズでお姉さまを待っていたのだから。
「わ、私……今日は、その、……もうだめで、我慢できなくて……」
それにいつもと違うのは、私が犬の『貴子』としてじゃなく、あくまで人間の『きぃちゃん』としておねだりをしている点だった。
「堪え性のない子ね。だからさっきからずっとあたしの手を見てたわけね」
「そ、そうです……。お姉さまに、いっぱい触ってほしくて……」
「だからそんな恰好でおねだり? 誰に命令されてなくても、犬になるのね」
「それは……」
おねだりをするときにはこの恰好で、と教えてくれたのはお姉さまだ。
それを叩きこまれているから、身体は無意識にポーズをとってしまう。
とはいえ、今『おねだりをしろ』と言われたわけじゃないし、犬になる命令を受けていたわけでもないので、このポーズをとる必要性はない。
だけど私はおねだりの仕方はこれしか知らない。
一時の快楽を得るためにプライドを捨てたこのポーズしか。
隠すべきところを曝け出す恥辱に、そんな状況すら興奮材料にしてしまう自分のはしたなさに、身体中がカッと熱くなる。
それに加えお姉さまの蔑むような声色、視線に晒され、犬の状態なら割り切れたかもしれない羞恥心が心臓を高鳴らせる。
「……ま、いいわ。おいで、『きぃちゃん』」
「は、はい……っ!」
胸の上で握った両こぶしが白くなり始めたところで、お姉さまのお許しが出る。
あくまで人間として呼ばれ、だけど身体は自然と四つん這いでお姉さまのもとへ這い寄る。
頭の中は羞恥の嵐で荒れ狂っていても、身体に刻み込まれた動作は狂いない。
お姉さまの足元へたどり着くと、また最初のように『ちんちん』のポーズをとる。
「そんなに期待してたの? もうこんなに乳首勃起してるじゃない」
「あっ……」
言いながら、お姉さまの指が胸の頂点に近づくのを、じっと見つめる。
少し骨ばっていて、きっと冷たいだろうその指が自分の身体に触れるのを、今か今かと待ちわびる。
「……身体、震えてるわよ。待ちきれないの?」
「はっ……あぁ……は、い……」
触れるか触れないかというところで、意地悪にもその指が触れずに止まる。
静電気が発生しそうな距離で寸止めされた指をもどかしく見ながら、これから訪れるであろう感触を想像して、息が荒くなる。
そう、あの調教の成果の一つが、これだった。
自ら慰めるのを禁止されていたころ、イカせてもらえるのは、いつでもお姉さまの手。
その手こそが、私を絶頂へと導いてくれる神具だった。
だからこそ、それを見ただけで、欲情の色が蘇る。
レモンや梅干を見て酸っぱいと想像するように、お姉さまの手を見て絶頂する自分を想像する。
早く……早く触ってほしい……!
痛いほど勃起した乳首を、摘まんで、胸を、あそこを、弄って……。
「まだ何にもしてないのに、興奮してるの? 変態さん」
「あ、あぁ……変態、です……私……もう、我慢、できな……」
「そう。……じゃあ」
煽るようなお姉さまの言葉に、すでに潤み始めた目で見つめ返しながら答える。
するとお姉さまはにっこりと微笑んで、私に向かって伸ばした手を。
「変態なきぃちゃんにご褒美」
そっと、脇腹を撫でるように滑らせた。
「ひゃあああっ!?」
思っていたのと違う場所へのフェザータッチ。
完全に無防備で、しかも恐ろしいほど敏感で弱い脇腹を冷たい刺激が通り過ぎ、思わず大きな声をあげてしまう。
触れられたところからゾクゾクゾクッと電気が走って、全身が強張る。
「ほら、お待ちかねの刺激は嬉しくないの?」
「あふっ!? う、うれし……ひゃっ! く、ふ……う……れしい、です……!」
たった一撫でで全身を震わせる私に、追い打ちのように愛撫の手が伸びる。
核心を外した刺激。だけど待ち望んだ刺激。
頬から首筋を撫でられ、二つのふくらみを揉まれ、お腹をぷにぷに突つかれる。
ようやく訪れた至福の感覚に、呆けるように身体に力が入らなくなる。
口にした言葉に偽りなく、頭の中が嬉しいという感情でいっぱいになる。
『ご褒美』として与えられ続けた愛撫。
ご褒美という名の通り、『与えられて嬉しいもの』として刻み込まれた愛撫。
それを今与えられて、条件付けによっていつかの快楽が呼び戻され、その幸福感に何も考えられなくなっていく。
「気持ちいいのね。可愛いわ。よしよし」
そして、お姉さまの手が、私の頭を撫でる。
小さな子にするように、ペットの小犬にするように、二回、三回と、撫でられる。
その瞬間、私は無意識のうちに、ぴゅぴゅっとおしっこを噴き出していた。
言われたことを守って、出そうになったところを我慢せず、漏らし続けた生活。
その成果が、こうして撫でられ、幸福感に満ちた時、自然とお漏らしをしてしまうようになったことだった。
あの時のお姉さまの狙いはここに成就していた。
お姉さまの手によって引き起こされる、条件反射の快楽と、排泄。
その手に触れられれば、嬉しい。気持ちいい。
触れてもらえるということ、全身が感じること、失禁してしまうこと。
それらがすべてイコールによって結び付けられてしまった。
私の身体はより惨めに、お姉さまのペットだということを示す身体に改造されていた。
漏らしてしまってから気づくけれど、止めることなんかできはしない。
出す量も癖付いたおかげで少しずつしか出ないけど、でも確実にフローリングの上でピチャピチャと音を立てた。
「あら、きぃちゃん、うれションしたのね」
「あっ……あ……! うれション……! 私……、うれションして……! はずか、しい……」
「そうね。惨めでみっともなくて、はしたなくて。でも、そういうところが可愛いのよ」
「あぁ……」
もはやぐずぐずになった顔で、お姉さまを見つめる。
私を見返すその表情は穏やかで、慈愛に満ちて、そして飼い主の優しさにあふれた顔だった。
『ちんちん』をしたままお漏らしをする恥ずかしい恰好のまま、それでも頭を撫でてもらっている嬉しさをごまかせなくて、感情を処理できなくなって、持って行き場がなくて、結局最後にはお姉さまの言葉に縋る。
どんなに惨めでも、みっともなくても、お姉さまは可愛いと言ってくれる。
自我が崩壊しそうなほどの羞恥の中で、そのことだけが神々しく、救いの言葉に思えた。
「ほら、許可してあげるから、イッちゃいなさい。見ててあげる」
「は、ひっ! ひゃ、……う、ううううう~~っ!! ……っ! ぐぅ!」
絶頂許可の言葉とともに、お姉さまの右手の指がピンと尖がった左の乳首を痛いくらいにひねり上げる。
それと合わせて膣に入れられた左手の指が肉壁を擦り上げ、親指でクリトリスを膣内の指とくっつかせるように潰した。
「いぐっ! イぎ、ます……っ! いっ……! ……っっ!!」
声にならない声を上げ、ただただ湧き上がる快楽の奔流に身を任せる。
足の指が突っ張って、つま先立ちの姿勢が保てなくなってしまう。
ゴロンとその場に仰向けになりながら、それでも姿勢は保ったまま、お姉さまの手が離れた後も、断続的にピクピクと痙攣しながら、イッた。
期待にあそこを濡らしていた通りの快楽に、私の身体はまた一つ、『お姉さまの手によって快楽を得られる』という条件付けを強固なものにした。
▼
行為の後。
私はお姉さまの手によってお風呂に入れられ、さっぱりしてからリビングに戻ってきていた。
お姉さまに身体を洗われて、お風呂の中でもビクンビクンしてしまったのは秘密だ。
「……もうそろそろ良い? 本当に寝ちゃうわよ」
「もう少しだけ……」
で、身体に力が入らないという理由をこじつけて、お姉さまに膝枕をしてもらっている。
なでなでされるのも幸せでほわんとなるけど、膝枕もなかなかいいものだ。
「もう発作は大丈夫なの?」
「発作って。……とりあえず落ち着きました。ありがとうございます」
「そのうち目につくものなんでも欲情しちゃうんじゃない? 厄介な身体ね」
「お姉さまがそう調教したんですよ!?」
私のツッコミにお姉さまは「そうだったかしら」とシラを切る。……まったくもう。
だけどそれを本気で言っているわけではないのは分かっているので、私も「そうですよ」とブスッとした声で返しながら再び太ももに顔をうずめる。
ああ、温かい。それに、いい匂いだ。本当にこのまま寝てしまいそう。
テレビの音も知らない間に小さくなって、意識がぼうっとなってくる。
ふと頭にさっきも感じた程よい重みを感じた。
……あ、お姉さま、頭撫でてくれてる。
髪を梳かすように往復するその手のひら。
それはやっぱり少し冷たくて、だけど優しくて、心が休まるようで。
同じ手なのに、いろんな感情を私に与えてくれる。
そのことを不思議に思いながら、そっと感謝をして。
眠気の誘うまま、私の意識は夢の中へと落ちていった。
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