第一話『床下収納』

「お邪魔しまーす」
「ど、どうぞ。あ、どこでも、あの、好きなところに……」
「おっけ」

　未だに少し気を遣うような、明け透けに言えばおどおどした声に促され、部屋に入る。知り合ってしばらく経つけど、こういうところは変わらない。
　別にあたしが脅しているわけでも、超が付くほど強面なわけでもない。ただ単にそういう性格なのだ、彼女は。

「外観見た時点で分かってたけど、やっぱいい部屋ね」

　大学の講義が終わって、さぁ帰ろうと思ってたら家に誘われた。
　貧乏学生のあたしが住む安アパートとは違って、それなりに家賃を要求されるであろう広くて綺麗な高級マンション。
　同じ大学生のはずなのに格差を感じて、心で少し泣く。

「はい、どうぞ……」
「ありがと。……うわ、何これかわいい！」
「え、えへへ。最近凝ってるんだ」
「器用ねぇ」

　くつろいでて、と言われ、ソファに腰かけてしばらく。甘く香ばしい匂いとともにやってきた、うさぎの顔が描かれたラテアート。それと、それを作ってくれた彼女に賛辞を送る。

　大学に入ってから出会った彼女は、繭子（まゆこ）。
　今時珍しい黒髪ストレートで、深窓のお嬢様然とした顔立ち。性格は見た目通り大人しく、悪く言えば少し内向的に過ぎるとも言える。
　そんな彼女とは入学時のガイダンスで隣に座ったときからの付き合いだけど、きっとあの偶然がなければこうして家に呼んでもらう仲にはならなかったと思う。

「こ、これ、この間言ってた、アロマなんだけど……」
「ああ、あれね。どれどれ……。うん、いいじゃない。落ち着く感じ」
「ほ、本当？　よかった……。いくつかあるから、も、持って帰って」
「え、いいの？　高いんじゃないの？」
「い、いいの！　そのために、買ったから！」
「そう？　なら遠慮なく。ありがとね、繭子」
「う、うん……！　えへへ……」

　三年ほど経った今でも、繭子が他の子と親しく話しているところは見たことない。あたしが見てないところでちゃんと友達付き合いはしているのかもしれないけど……。
　あたしの勘だと、……きっと『そういうこと』なんだと思う。

　繭子は、いい子だ。
　だからあたしが仲良くしてあげないと、と勝手に意気込んでいる。
　こう言うと上から目線みたいで申し訳なくもあるんだけど、どうしたって保護欲が沸いちゃうから仕方ない。

　今だってお礼を言われて嬉しかったのか、急にそわそわしだして、それで目が合うともじもじして照れ隠しのようにはにかむ。

「き、今日は、来てくれて嬉しいな……。あんまり、こうやって遊んだ経験、ない、から……」

　何だこの生き物反則的に可愛すぎるじゃんか！
　あれか、貧乏一筋でやってきたあたしへのご褒美か！

　控え目ながら相好を崩してあたしの手に自分の手を重ねてくる繭子に、あたしは思わず顔が赤くなるのを感じた。
　ノーマルだと思っていたけど、今なら勢いでイケちゃうかもしれない。……何がとは言わないけど。でも、それくらい繭子はかわいい。
　なんだろう、小動物的なかわいさ？

　まぁイケるイケないは冗談としても、本当にいい子と出会えてよかったと思う。
　今まで恨んでばかりだった神様だけど、少しは褒めてやってもいいかな。

「そ、それでさ、なんか相談があるって聞いたけど……！」
「あ、うん……」

　赤くなった顔をごまかすように、繭子に話題を振る。
　そもそも家に誘われたのは、相談したいことがあるからという話だ。

「ちょっと、進路で迷ってて。……と、冬華（とうか）はどうするのかな、って」
「あ～……もうそんな時期か」

　繭子の口から出たキーワードに、現実を思い出してげんなりした。

　大学三年生のあたしたちは、この秋口から本格的に就職活動が活発化する。
　必死に自分を偽って、自身を商品化する作業が始まる。それが、たまらなく嫌だ。

　もちろん自分らしい生き方を勝ち取る人もいる。だけど世の中そんな人ばかりじゃない。
　右を向けば、やれ新卒がどうとか、面接だマナーだと就職課のおばさんが忠告してくる。左を向けば、夢を持てだの自由に生きろだの知ったふうな言葉がメディアから聞こえてくる。
　堅実に生きても不安は拭えず。夢を追って生きるには厳しい。
　あたしはそんな社会を真っ当に生きるプレッシャーに萎縮してしまった口だ。

　元より家出同然で実家を飛び出して、今の大学に通っている。仕送りなんてないし、安アパートに住んで、奨学金やアルバイトで食い繋いでいる身だ。目の前の生活に必死で、将来の見通しなんか考える余裕もない。
　大学に入る前は、何かしら情熱を持っていたはずだった。だけど、三年も経った今ではそれもどこか遠い過去のように思える。

　抜け殻のような自分。でも、死んではいない。とりあえず生きている。生きている以上はお金がいる。働く必要がある。就活を頑張らなくちゃいけない。
　そんなことは分かっている。けど、どうにも必死になれない。
　卒業してもこのままバイトを続けながら、惰性で生きていくんだろうな、とか。あたしは女だし、そのうち結婚して養ってもらえばいいか、とか、そんなことを考えている。

　一所懸命を馬鹿にするような、流されるがままのあたし。
　そんなあたしに、繭子の進路についてあれこれアドバイスするような資格があるだろうか。

「あたしは、……うーん、まだ何にも。とりあえずナビサイトに登録したくらいかなぁ」
「そうなんだ……」
「繭子は？　迷ってるってことは、いくつか候補はあるんでしょ？」
「わ、わたしは、その……。なるべく人と関わらないお仕事が……」
「……何だかんだで『今の子』してるわよね、繭子も」
「無理、かなぁ……」
「あー、まぁ大丈夫じゃない？　今の時代パソコンあればなんとかなるっしょ。多分」

　自分でも苦笑してしまいそうな無責任な言葉。それでも繭子は真剣にあたしの言葉に耳を傾けていた。
　だから『いいこと』が言えないのが申し訳なくなる。

　それでも、なるべく不誠実にだけはならないよう気を付けた。
　その後も不安を吐露する繭子に、それらしい答えを返していく。

　デザイナーをしたい、と聞けば、手先が器用だし向いてるよ、とか。
　事務は自信ない、と聞けば、真面目だしかわいいし大丈夫だよ、とか。

　茶化しているつもりは全くないけど、我ながら安っぽいことを言っているなと思う。それはやっぱりあたし自身に中身が無いからなんだろう。

　そう考えると、たとえ人と関わらないとか甘い事を言っていたとしても、将来について真剣に悩んでる繭子の方がよっぽど価値のある人間に見えた。

　そうしてしばらく相談を受けたり、雑談をしながら時間が過ぎる。
　お茶受けのチョコパイにかじりつきながら、ふとリビングの床に目が行く。

「あれ？　これって、収納？」
「え？　ああ、うん。床下収納だよ」
「へぇ～。リビングにあるのって珍しくない？　それともあたしが知らないだけかな。なんとなくキッチンにあるイメージなんだけど」

　部屋の隅、壁際の床に刻まれた四角の枠。
　それは見た目から想像した通り床下収納を示す扉だった。

「何入れてるの？」
「今は何も。前はお漬物とか漬けるのに瓶を置いたりしてたけど」
「なかなか渋いことしてたのね。……開けていい？」
「いいけど……。何も入ってないよ？」
「いいよいいよ。見てみたいだけ。うちにはないし」

　実家にはあったけど、よくよく考えたら開けた記憶はない。小さい頃は開けて遊んでいたのかもしれないけど。多分それで怒られて触らなくなったとかそんなオチだ。キッチンにあったから十中八九調味料の買い置きとかそんなのだろう。
　と、今はそんなことより目の前の床下収納だ。

「よっ」

　何だろうね。収納って言葉だけでわくわくしちゃう。無駄に収納ボックスとか本棚とか買ってしまうタイプなのだ、あたしは。物はそんなに無いのに部屋が狭いのはきっとそのせいだろう。

「へー、こうなってるんだ。本当に何にもないね」
「だから言ったのに。大きさも中途半端だから、使い道に困るの」

　扉は外すのではなく、９０度に開くタイプのようだ。中は繭子が言った通り何も入っていない。人一人がかろうじて入れそうなくらいの空間が、ぽっかりと空いていた。

「確かに中途半端な空間ね。元から部屋も片付いてるし。これは持ち腐れだわ」
「有効活用できないかなって、考えはしたんだけど……」
「お漬物はその結果ってわけね」
「うん……。でも、それももう止めちゃったし……」
「そっか。……あ！　かくれんぼするにはうってつけじゃない？　ほら、サイズ的にもちょうど入れそうだし」
「そ、そうかな……」

　言ってから思ったけど、我ながら意味が分からない。繭子もどう反応していいのか困った顔をしている。でも言ってしまった手前、なんか引き返せなくなってしまった。

「そうだって。……試しにちょっと入ってみていい？」
「いいけど……狭いよ？」
「割と身体柔らかいから大丈夫～。……お？　んっ！　け、結構狭いわね。よっ……と」

　忠告を軽く受け流しながら、長方形にくり抜かれた空間の中に身体を押し込めていく。四つん這いから手足を畳んで、身体を丸くして頭を内側へ。なんだかむちゃくちゃ畏まって土下座しているみたいだ。

「ほ、ほら！　何、とか、入れた！」
「だ、大丈夫？　声苦しそうだけど……」
「う、ん。ずっとは苦しいかも」

　繭子の心配そうな声に、くぐもった返事を返す。
　なんとか入ることはできた。ただ窮屈感が半端じゃない。まぁ人間が入るようにできてないから当然なんだけどさ。
　でもなんていうか、安心感……みたいなものを感じる。狭い空間に、ガシッと包まれているというか。
　……自分でも何言ってるか分かんない。あくまで感覚的な話だ。

「まぁいいや。さて、出よ――」

　うとしたところで。

　ぴんぽーん。

　と呼び鈴が部屋の中に響いた。

「あ！　はーい！」

　それに反応した繭子が、こちらを覗き込む姿勢から立ち上がり。

　ガッ！　……バタン！

　そして頭上から音と風が降ってきて。

「……ん？　……あれ!?」

　音がしたと思ったら急に真っ暗になった。

「え……？　な、ちょ、ええっ!?」

　な、何を言っているのか……！　って、やってる場合じゃない。
　一瞬パニックになりかけて。

「……あ、そうか」

　すぐに扉が閉められたのだと理解が追いつく。
　……でも、何で？

「……チャイム鳴って、慌てて出ようとした繭子の手が当たったのかな」

　考えてみたらすぐ答えは出た。
　変なところで抜けている繭子らしいといえばらしい。
　でもこの状態だと身動きが取れない。早く出してほしい。

「繭子～！　そこにいるの？　開けて～」
「あ、あ、ごめんね！　今開け――」

　ぴんぽーん！

「え、あ、ちょ、ちょっと、待って、あれ？」

　ぴんぽーん！　ぴんぽぴんぽぴんぽーん！

　うるさーい！
　こっちは今それどころじゃないんだってば！
　遠慮もなく呼び鈴を酷使する見知らぬ誰かに若干殺意を抱く。
　ほら、急かすから繭子があたふたしちゃってるじゃない！

「あ、あうあう、指、入らない、どうしよ……!?」
「落ち着きなさい！　取っ手の太いほう、……あーもう先応対してきなさい！　こっち後でいいから！　ほら早く！」

　なかなか開けてくれない繭子。こんなのすぐに開けられるでしょうが！
　でもこういうときこそ泥沼に嵌るのが繭子なのだ。残念ながら。だからあたしは先に来客対応を済ませるように指示を出した。
　どうせ回覧板とか宅配とかでしょ。すぐ終わる。

「ご、ごめんね！　すぐ、戻ってくるから、ごめんね！」

　繭子の焦る声とともに、玄関へバタバタと足音と振動が消えていく。もう。テンパるとすぐこうなんだから。
　普段は器用なくせして、一度慌てだすと途端に何もできなくなる。特にあたし以外の他人と接する時、その傾向が強い気がする。宅配か近所の人か知らないけど、どちらにせよ、きっとしどろもどろの応対だ。
　それ自体は対人恐怖症の気もあるし、仕方ないことだとは思っているけど……。

「……で、いつ出られるわけ？」

　変なこと言い出さなきゃよかった。

　真っ暗な空間の中で、一人きり。

　別にこの程度で悲鳴を上げるほど乙女してないけど、とにかく狭い。姿勢きつい。
　いくら身体を縮めても、頭とお尻が押さえつけられた状態。つまり上にしか動きようがない。

　なのにその上も。

「んっ！　ん！　……はぁ、無理か」

　背中でぐ～っと押してみてもびくともしない。

　……やっぱり取っ手を回さないとダメか。
　繭子が戻ってこないとどうにもならないので、自力脱出を諦める。

「……」

　……。

　しーん。

「繭子～。ま～ゆ～こ～！」

　……。

　へんじがない、ただのしかばねのようだ。
　……って、本当にそうなってたらシャレにならないって。あはは。

　はは……。

　……。

　……え、ちょっと待って、遅くない？
　そろそろ５分くらいは経つはず。そんなにやっかいなお客さんなの？
　いい加減窮屈な姿勢を続けるのはつらいんだけど。

「ちょっと！　繭子！　まだ」

　どん、どん、と背中で扉を叩くように押す。鈍い音はするけど、相変わらず開く気配はないし、繭子も戻ってこない。
　……ちょっと待ってよ、どうすんのよこれ！

「ん～～～っ!!」

　渾身の力を込めて扉を押す。だけど、やっぱりびくともしない。
　……嘘。

「……どうしよ」

　急速に嫌な予感が全身を襲う。密閉空間でもぞもぞしていたせいか、肌に汗がにじみ出す。
　冷静に考えれば繭子が戻ってくるまで大人しく待っていればいいんだけど、それにしても遅すぎる。自力で出られないという事実と合わせて焦燥感が忍び寄る。

　……まさか、繭子に何かあったんじゃ。
　それで、もしそうなら、……あたし、ずっとこのまま？

　嫌な想像をして一気に血の気が引く。自分でもバカなことを考えていると思う。けど、有り得ない話じゃない。
　時間が経てば経つほど、小さかった不安が膨れ上がって、楽観を上回っていく。

「こ、このっ、開け！　開きなさい……！　んんっ！」

　狭い空間の中で、動ける範囲なんてほんの僅かだ。もう一度力を込めて踏ん張るけど、結果は同じだった。
　いよいよ焦りが冷静な心を喰らい尽くそうとしていた。

「誰かっ、繭子！　出してっ、出してよ！」

　さっきまでと違い余裕のない動きで身体をめちゃくちゃに暴れさせる。でも返ってきたのは、扉がたてる鈍い音と背中をぶつけた痛み、疲労感。
　いつまで経っても戻ってこない繭子。どんなに暴れても開かない扉。
　やがて徒労感と不安感と絶望感に支配され始め、あたしはうずくまった姿勢のまま、めそめそと泣き出してしまった。

「うっ、うっ、出して、よぅ……」

　後から思えば情けないことこの上ない。
　ただこのときは真剣に「もう出られないんじゃないか」と思ったし、窮屈な姿勢で身体が痺れてきて、つらくて、心が折れそうだったのだ。

　……そうしてしばらく。

　やがて涙も枯れ、姿勢も慣れだして落ち着きを取り戻した頃。
　身動きとれない空間に閉じ込められ、自由を奪われているこの状況に、胸の奥がざわつくような感覚に陥った。

「う、うう……う？」

　それは囚われのお姫様に自分を重ねるようなものなのかもしれない。その時は気付かなかったけど、資質もあったのだと思う。
　疲労とは違う、しっかりと感じることのできる心臓の鼓動。

　手足を縛られているわけじゃないのに、動けない。土下座のような姿勢を強制され、身動きの取れない拘束感。
　息をするのも苦しいほどの、窮屈感。不快感。
　そしてそれらが、決して自分では抜け出すことができないという不自由感。

　……もしかして、ドキドキしてる？　この状況で？

　気の迷いか魔が差したか、なんとか右腕を動かして。ショーツの中、女の子の部分へと持っていく。

「……濡れ、てる？」

　信じたくない。追い詰められた時の、一時の気の迷いだと思いたい。
　だけど右手の人差指と中指には、しっかりと粘度のある感触が残っていた。

　自分ではどうにもできない状況。強制的に、つらい目に遭わされる。あたしの意志など関係ない。ただ無慈悲に。嘲笑うように。
　大げさだけど、そう考えたら身体がじわっと熱くなって。
　股間に寄せた右手の上に、つつ……、とおつゆが垂れた。

　……うそ、あたし、こんなので、感じてるの？

　すぐには認められない現実。感情。だけど身体は反応している。どうして、あたし……。

「ん、あっ！」

　撫でるように触ったあそこ。
　そこには確かに、クチュリと音を立てるぬめり気が存在していた。

　何でそんなことをしたのか分からない。
　苦しみを紛らわせるための逃避だったのかもしれない。
　理由はどうであれ、きっとあのとき、あたしはどうかしていた。

「んっ！　ふ、ふっ……！」

　自覚してから加速度的に運動量を増す心臓と、熱量を増やす身体。湿っぽい息を押し殺しながら、人差し指をつぷりとあそこに差し込む。
　呑みこまれた第一関節が、火傷しそうに熱い昂りの証に包まれる。膣壁を撫でればジンとした快感が下腹部を満たし、全身を痺れさせた。

「あ、くぅ！　ん……ぃ、い……っ」

　そのまま鈎爪のように曲げた指で、膣壁をコリコリと擦る。空気が入ってクポクポと間抜けな音を奏でながら、さっきよりも多めのおつゆがコプッと溢れだした。

　こんな状況で何やってるんだろう。
　そう思いながらも、スイッチの入った頭は指を止めることをしない。

　荒く熱っぽい息で空間が満たされ、おつゆと交わって湿った空気がこもる。そして、さらなる刺激を得ようと、すっかり尖った肉芽を親指で潰した。

「～～～っ!?」

　ピンと主張する突起が、おつゆでぬるぬると指の間で踊り、形を変える。強すぎる刺激に耐えきれず、ぐんっ、と身体が突っ張った。
　でも四方八方を塞がれた身体は欲求を満たせず、押し込められた状態のまま快感を逃がそうとする。

　もどかしいっ！　身体伸ばしたい！
　こんなの……つらいよ……！

　内からどんどん湧き出る快感を発散できずに、反射するように再び内に溜まっていく。
　それをごまかすように、さらなる快感で上書きするように。指の動きは激しさを増して、もっと、もっとと気分を昂らせる。
　不快感すら快感の燃料にして、スパイラルに嵌り込む感覚。
　処理できないほどの快感がマグマのようにぐるぐる渦巻いて、いよいよ頭の中が白くなり始めた時――。

「冬華っ！　大丈夫!?」

　頭上から慌てた様子の繭子の声が降ってきた。

　感じたのは目に入る眩しいほどの光。
　それと、籠もった空気を洗浄する涼しげな風。

「ご、ごめんね？　本当はもっと早く戻ってくるはずだったんだけど……」
「いいわよ、もう。元はと言えばあたしが子どもみたいなことしたからだし」

　結局あたしが解放されたのは、閉じ込められてから一時間ほど経ってからだった。
　あの時扉が開けられて、逆光の中繭子が顔を覗かせた時。冗談抜きで神様が助けに来てくれたと思ってしまった。

　いや、繭子は女の子だから女神様かな。こんな神様ならもっと敬うのに。って、それは今どうでもいいか。
　なんとか繭子の手によって救出されたあたしは、身体を解しながら床に大の字に倒れ込んだ。

「……で、誰だったのよ。相手によっては報復しに行くわ、あたし」
「ぶ、物騒なのは止めてね？　……隣のおばちゃん。すごくよくしゃべるの。わたしも、苦手なんだけど、悪い人じゃないから、抜け出しにくくて……」
「……。まぁそんな事だろうと思ったけど。繭子ももう少し自分を主張しなきゃダメよ。今日みたいなときは特に」
「ご、ごめん……」

　別におしゃべりが悪いとは言わないけど、こっちは死にかけたんだっつーの。いや、まぁ自業自得なんだけどさ。
　……あと、その泣くの我慢してプルプル震えるの止めなさい！
　何にも言えなくなっちゃうじゃない！

「もういいから。だから泣くのは止めて。ほら」
「う、うん、……ひくっ、ご、ごめん、ね？」

　泣きたいのはこっち……いや、もう泣いちゃってたか。
　放っておくのもあれなので繭子の背中をさすりながら、あたしはその時のことを思い出す。

　いい歳して泣いちゃうのも恥ずかしい話だけど。
　あたし、閉じ込められて、つらいのに、……イキそうになってた。
　そのことが何より、今のあたしを困惑させていた。

「……まさか、ね」

　繭子が落ち着くまでの間、そんなことを考えていて。
　ようやくお互いが落ち着いて、そろそろお暇しようかと思ったとき、他ならぬ繭子の口からとんでもない言葉が出てきた。

「あ、あの、ね。わたし、見間違いだったら、あれなんだけど……」
「何よ、歯切れ悪いわね。何か変なものでも見たの？」
「その、冬華、わたしが扉開けた時、ね？」
「うん」
「どうして、お股、弄ってたのかな……？」
「ぶふっ!?」

　思わず下品に噴き出すあたし。
　ちょ、ちょっと、ええ!?　見られてた!?
　繭子の指摘に心臓が飛び出そうになる。
　……でも事実なだけに否定もできない。うう。

「いや、み、見間違いじゃないかしら？」
「そう、なの？　なら、いいんだけど……。何か右手が、こう、くちゅくちゅって――」
「それ以上は止めて！　お願い！　すみませんでした！」

　不安なさげに言う割に、しっかり細かく覚えている繭子に土下座を敢行する。

「感じてたの？」
「うおおおおい!?　はっきり言うなこのやろう！」

　いつもの繭子からは考えられないような言葉と指摘に混乱するあたし。だけどそれに構わず繭子はにっこりと微笑んで、諭すように、言った。

「大丈夫だよ。冬華」
「へ？」
「おかしくないよ。閉じ込められて、つらくて、でもドキドキして、感じるのは。マゾって言うんでしょ？　そういう人。冬華も、一緒なんだよ」

　……ダメだ、バレてる。あたしが、あの時イキそうになってたこと。
　でも、そうか。あの時のあたし、きっとすごい顔していたはず。身も蓋もなく言えば、友人の家でオナニーをしていたんだ。……ばつが悪い。
　でもそれを責めるでもなく、悪意なんて一欠片もなく、頬を染めながら笑う繭子。

　後から思えば、その言葉を口にしたときの繭子は、それまでの繭子とは思えないほど、しっかりとした口調と態度で。
　でもあたしはそれに気付くこともなく、ただ身体中が脱力するのを感じていた。

▼

　『あたし床下に閉じ込められ事件』から一週間。
　単位を取るためだけに講義を消化して、週末の過ごし方を考えていたら、あの日と同じように繭子があたしを家に誘ってきた。

「注文してたご当地スイーツが届いたんだけど……」
「行くー！　絶対行くー！」

　スイーツに釣られてホイホイついていくあたし。
　その日はアルバイトがあったから短時間だけそっちに顔を出して、その後に繭子の家に向かった。

「うまうまー！　レアチーズ大好きー！」
「あんまり甘くなくていいね。ラズベリーも美味しい」

　到着早々挨拶もそこそこにスイーツにありつくあたし。
　……我ながらすごくバカっぽいぞ。

「で、今日はどうしたの？　もちろんこのケーキだけでも来た甲斐あるけど」
「あ、うん。あの、ね……」

　少し恥ずかしそうな顔をしながら、繭子が視線を逸らす。
　そしてその視線の先を見て、あたしも顔が赤くなるのを感じた。

「この前のこと、確かめてみたくないかな、と思って」
「……ああ」

　視線の先には、四角に区切られた床。
　あたしが閉じ込められた、床下収納の扉があった。

「確かめる……って？」

　問うたその声は、少し震えていたかもしれない。

「うん。冬華に、もう一度入ってもらうの。それで、本当に冬華は閉じ込められただけで気持ちよくなっちゃうか、調べるの」
「うあ……」

　何をバカなことを、と言いたい。
　だけど、「そこ」から視線を逸らすことができなかった。

　気になっていた。そう、この一週間。
　何でもない風に過ごしていたけど、本当は心のどこかで気になっていたんだ。
　あたし、おかしくなっちゃったの？　繭子の言う……ま、マゾに、なったの？
　そんなことを、ぐるぐる、ぐるぐると、考えていた。

「ほら、冬華」
「え、あ、ちょっと……っ」

　柄にもなく強い押しであたしを導く繭子。
　すぐに長方形の扉の前までやってきて、今度はすんなり繭子がそれを開ける。

　一週間前のあの日から、繭子の態度は変わった。
　それは邪険になった、とか、冷たくなった、とかじゃくて。単に、物怖じしなくなった。必要以上に、おどおどしなくなった。
　他ではどうか知らないけど、少なくとも、あたしの前では。

　それは、いいことだ。いい変化だと、あたしは思う。
　だけど……。

「入って」
「っ！」

　こんなに、蠱惑的な雰囲気が出せるなんて知らなかった。
　繭子の声に、表情に、纏うオーラに、ゾクッとする。
　顔は確かに普段のままなのに、それは何故か逆らい難い力を持っていて。

「……うん」

　思わず気圧されて、思考停止した頭で。ロクに選択する猶予も与えられないまま。
　機械的に頷いたあたしは、再び狭くて暗い空間の中に閉じ込められた。

　バタン、と音を立てて閉まる扉。それと同時に、全身を包む暗闇。あの時と同じように、窮屈に土下座をしたような姿勢。
　その状態からは、身体を起こすことはもちろん、身じろぎすらほとんど許されない。

　ああ……あの時と同じだ。

　暗くて、狭くて、窮屈で、息苦しくて、自分ではどうにもならない状況。
　……繭子にしか開けられない、それはもはや檻とでも言える空間だった。

「ふっ……ふ、く……」

　自然と息が荒くなる。身体は少しでも楽な姿勢を探そうともがく。

「ふぅ……ん？」

　そうして腕を動かした時、手にこつんと何かが当たる感触があった。すぐ近くにあったので、それを手繰り寄せてみる。
　そして手のひらに収まるサイズのそれを触りながら、暗闇に慣れてきた目で確認する。

「……て、これローターじゃない！」

　外にいる繭子に聞こえるようにツッコミを入れる。
　こんなものが偶然入っているわけないから、どう考えても繭子の仕業だ。特に返事が無いところをみると、聞こえないふりをしているのか席を外しているのか。

「こんなの、で、感じるわけ……」

　……ある、のか。ローターがなくてもオナニーしていたんだし。はぁ……。
　自分で出した結論に思わず溜息をつく。

　どちらにせよ、ローターがあれば無条件にイケるわけでもないし。
　そう呟きながら、そろりそろりと右手をアソコへ。

　……くちゅ。

「……でしょうね」

　いい加減言い訳できなくなってきた。自分自身に。
　なけなしの冷静な自分も、押し潰されそうな恐怖と高揚に『素直になれ』とどこかに追いやられる。

　震えておぼつかない手でローターを握って、ショーツの中に突っ込んだ。

「はぁ……ふ、んっ……」

　素に戻りそうになる心は、窮屈さと胸の動悸が上書きしていく。
　いけないことに手を出すような背徳感。
　わざと身体を上下左右に動かし、相変わらず身動きとれない状況なのを確認する。

「ああ……出られないんだ、あたし。こんな狭い所に、閉じ込められて……」

　口にしながら、自分で自分の首を絞める。
　やめておけばいいのに、自分を煽る言葉ばかり頭のなか思い浮かぶ。
　そうして散々気分を盛り上げたところで、ローターのスイッチを入れた。

「んあっ!?」

　突然の刺激に、存外大きな声が漏れる。繭子にも聞こえたかもしれない。
　だけどそんなことすぐに気にならなくなるくらい、あたしの関心はローターから与えられる刺激に向けられていた。
「う、そ……っ！　こん、な……きもち、い……っ」

　あたしだって、何も知らない子どもじゃない。
　オナニーだってするし、大人のおもちゃだって使ったことくらいある。

　だけど、こんなの……。

「ん!?　ふ、うぐぅううう……！」

　認めたくない。でも、認めざるを得ない。
　いつもよりドキドキしてる。こんな、気持ちいいなんて……！

「冬華？」
「ん、んんんん～っ！　うあっ！　……って、え、わ、わああああっ!?」

　自分でもはしたないと思うくらい、快感に集中していた。だから、繭子が扉を開けたことに気付くのが遅れた。

「なにっ、な、ちょっ、し、しめっ、閉めてっ」
「え、閉めていいの？」
「あ、や、違う、ごめん、出る、出るから閉めないで」

　混乱のあまり、再び閉じ込められる選択を選びそうになりながら、なんとか這い出す。
　とっさにローターは外したけど、まだ余韻が残ってる。頭の中も少しぼんやりしたままだ。

「その顔は、気持ちよかったんだ」
「……言わないで」

　繭子に指摘されて、ぐうの音も出ない。
　もう言い逃れできない。あたしがここに閉じ込められて興奮してしまうこと。何でこんな変態のような……。ような、じゃないか。変態そのものだ。
　軽く落ち込むあたしに、それでも繭子はいつも通りに接してくれた。

「大丈夫だよ。匂いフェチとか、眼鏡フェチとか、いろんな人いるから。たまたま冬華はこういうのが好きだっただけだよ。おかしくないよ」

　まるでこの間の、繭子の相談に乗るあたしのように。繭子はちゃんとあたしと向き合って、そう言ってくれた。
　そして、言われて気付く。
　悩んでたら、こうして肯定してもらえるだけでも救われるんだ。

　あの時言ったあたしの言葉も、繭子にとってそうで在れたのかな。
　自分が何か違うものに変わっていきそうな、言いようのない不安の中。あたしは繭子に慰められるがままに任せた。

　ショーツどころかショーパンまで濡れてしまったので、洗濯機を借りる。そのついでにお風呂も借りて、そのまま繭子の家に泊まることになった。

「お、お泊まり……」
「何で繭子がドキドキしてんの」
「だ、だって、誰かを泊めるなんて、初めて」

　ああ、そうだろうな、と失礼ながら思った。下手したらここまで上がり込んだのもあたしだけかもしれない。
　いくら改善しつつあるといっても、基本的に大人しくて内向的で、警戒心の強い小動物のような繭子。
　そう考えると、少なくともあたしは家に招かれる程度には受け入れられている。そのことが嬉しく、また少し誇らしく感じた。

「ふぅ……」

　そんなことを考えながら、あたしの安アパートの百倍は綺麗なお風呂を出る。どれでも使っていい、と言われていたから、手近にあった真っ白なバスタオルを取る。

「うわ、すごいふわふわ！　何から何まであたしのとは違うな～」

　といっても家にあるのは安い温泉宿から拝借した備品だけど。

「……あ、そうだった……。洗濯中か」

　あらかた身体を拭き終えたところで、下着も服も無いことに気付く。元々泊まりに来るつもりじゃなかったので、何も持ってきていない。
　しまったな……。コンビニにでも買いに行ってもらおうか。

「繭子～！」
「……は～い。どうしたの？」
「あのさ」

　あたしの声に飛んできた繭子に事情を説明する。

「あ、そっか、洗濯中だもんね」
「そうそう」

　繭子のを借りてもいいんだけど……、繭子が嫌がるかな。
　そう思って繭子を見たら、何故か顔を赤くしながらもじもじしていた。

「……どうしたの顔赤くして。あたしの裸なんて見てもしょうがないでしょ」
「あ、や、そうじゃなくて……」

　ちらちらとあたしの身体を見る繭子。まさかソッチの趣味が!?
　と思ったけど、本人はもう少し斜め上を見ていたようだった。

「もうひとつ、実験……」
「実験？」
「こ、この家にいる間、冬華は、ずっと、は、裸で過ごすの……！」

　な、なんだってー！！
　繭子の突然の提案にピキッ、と身体と頭が固まった。
　ずっと、裸で……って、このままってこと？

「あ、部屋の中は、ちゃんと暖房かけるから、寒くないよ……？」
「いや、いやいや。そういう問題じゃ……」
「あ、あのねっ！　マゾの実験なの！」

　一言物申そうとしたあたしの言葉を、珍しく声を張り上げて遮る繭子。まぁそれでも一般人以下の声量なんだけど、それは今どうでもいいか。
　そんなことよりなにより『マゾ』という単語に身体がびくんと反応する。冷静に考えればマゾの実験って意味分かんないけど、そんな疑問をどうでもよくさせる勢いがこのときの繭子にはあった。

「冬華、さっきは、閉じ込められて、つらくてもドキドキしてたでしょ？　だから今度は……」
「あー、恥ずかしいことでもドキドキするか、ってこと？」
「う、うん……」

　言いだしっぺのくせに自信なさげな繭子を見ながら、少し想像してみる。
　リビングで、一人ポツンと正座しているあたし。しかも全裸で。
　……なんで鼓動が速くなってるんだろう。

　繭子の提案に、結局あたしは従った。これで明日の朝まで、全裸で過ごさなくてはならない。
　とんでもないことになった。

　繭子が言うには、これはマゾの実験だという。
　何で大人しい繭子がそんなものを知っているのか、とか。あたしにそんな実験してどうするの、とか。思うところは少なからずあったけど、泣きそうな顔をするので逆らえなかった。

「ご飯作ってくるね。ちょっと待ってて」
「あ、うん」

　あたしが折れて笑顔を取り戻した繭子は、晩御飯を作りにキッチンへと消える。リビングにはあたしと、笑い声をあげるテレビの中の住人だけとなった。

「……落ち着かない」

　いつものように座っているだけなのに、そわそわして落ち着かない。
　空調は利いているから寒くない。カーテンも閉まっているから覗きの心配も無い。さらにいえば同じ空間には気心の知れた友人しかいない。
　エッチなことをしているわけでもない。男の人に強要されているわけでもない。
　ただ、裸でいるだけだ。

　なのに、心許ない。恥部を隠す布が無いだけで、すごく恥ずかしい。
　脱衣所だったら、自分の部屋で一人だけだったら、きっと何ともない。だけど、リビングというだけで、自分以外の人間がいるだけで、こうも違うんだ。

「ぬ、ヌーディストビーチみたいに、外で裸になる人もいるんだし……」

　このくらいは大したことない。そう思おうとしても、なかなか納得してくれない。自分という人間は、思った以上に『常識』というやつに侵されているみたいだった。

「……」

　お風呂上がりでさらっとした肌を、指でそっと撫でる。

「は……ん、あっ！」

　現状の頼りなさを知らせる冷たさに、思った以上に鼻に掛かった声が出て死にたくなった。

「お待ちどうさま。……どうしたの？」
「な、なんでもないっ」

　お盆を持って戻ってきた繭子にバレないように、身体を弄る手を隠す。
　あぶないあぶない。いきなりこんなことしてるのがバレたら、それこそ恥ずかしいじゃん。

　……って、あれ？
　これもうバレるとかバレないとかの問題じゃ……。

「今日は鮭が安かったから、ムニエルとホイル焼きだよ」
「おお鮭三昧。いい匂い～」
「いくらもあるよ。ご飯にかけてね」
「ふおおお！　高級食材いくら！　ありがたくいただきます繭子様！」
「冬華大げさだよ」

　テーブルに並べられる晩御飯。すっかり餌付けされたあたしは貪るように食べ始める。

「おいし～い！　何でこんなにおいしいの？　高い鮭使ってんじゃないの」
「そんなことないよ。近所にあるスーパーの特売品。チラシとか見て行くの」
「マジで!?　もうあんたすぐ嫁にいけるわ。旦那の胃袋掴みまくり」
「……やだよ」

　未来の旦那の前にあたしの胃袋が掴まれちゃってるけど。
　なんて考えながら軽口を叩いていると、急に繭子から感情のない声が聞こえてきた。

「男の人なんて、嫌。他の人間なんて、わたし……」
「繭子……？」
「わたし、冬華だから……。冬華が、冬華さえいれば……」
「ちょ、ちょっと！　繭子、落ち着いて！」

　俯いてブツブツと呟く繭子に、うすら寒いものを覚える。
　……何か、押しちゃいけないスイッチ押しちゃった？
　繭子の肩を揺らしながら、ここ最近の繭子の言動を思い返す。
　我に返って恥ずかしがる繭子の姿にホッとしながら、拭い切れない不安を感じた。

　食事を終えて、食後のお茶を頂く。
　テーブルを挟んで二人。同じ方向を向いて、テレビを眺める。国際的にも評価の高い、何度見たか分からないアニメ映画が流れていた。

「やっぱり、恥ずかしい？」
「まぁ……。でも、結構慣れてきたかな」

　いたって何でもない風を装って返事する。
　実際、意識しなければ大丈夫なくらいには慣れた。

「寒くない？　暖房の温度上げる？」
「大丈夫。ちょうどいい」

　だけど、素っ裸でいて全く羞恥心を感じないほど、開放的な性格ではなかった。
　足を崩そうとした時。お尻でクッションの感触を直に感じた時。
　ああ、今自分は裸なんだ、と思い出してしまう。

　何より、隣に『服を着た』繭子がいること。
　いっそ二人とも裸か、それともここに一人だけでいればきっと感じないのに。『あたしだけが裸』という状況がすごく惨めに感じる。

　衣服を着ることを許されないというだけで、なにかこう、服を着た繭子よりも立場が下のような気になって、なんとなく萎縮してしまう。
　大げさかもしれないけど、服を着るという人間らしさ、尊厳みたいなものまでも奪われてしまったようで。
　そしてそれはまるで『奴隷』のようでもあって……。

「冬華」
「……え、なに？」

　繭子の声に迫力を感じたのも、そんなことを考えていたせいかもしれなくて。

「正座、して」

　お願いの口調なのに命令に聞こえたのは、あたしの心がどこにあるのか示していたんだろう。

「う、ん……」

　立ちあがってこちらを見下ろす相手を、正座して見上げる。これだけでも、今どちらが立場が上なのかがよく分かる光景。
　ましてや服を着ている相手に対し、全裸で畏まっていればなおさらだ。

「裸で過ごしてみて、どう？」
「どう……って……」
「ドキドキ、する？」

　まるでペットを見るような目で微笑む繭子に、思わず身体をギュッと強張らせる。
　こんな顔もできるんだ、この子……。
　普段の気の弱そうな繭子じゃない。あたしという『弱者』を前に、それは支配者が持つような絶対感を、繭子は今掴もうとしている。

　そしてその力の矛先があたしだと気付いた時、あたしの身体は微かに震えだした。

「気付いてたよ？　たまに思い出したように、『はぁ』って、熱っぽい溜め息してたの」
「え、や、それはっ!?」
「恥ずかしくて、惨めなのを理解して、ドキドキしちゃったんだよね」

　言いながら、繭子はあたしの前で膝立ちになり、あたしの頭を胸に抱いた。

「かわいい」
「っ!?」

　それは肯定の言葉。思いがけない言葉。
　裸になって、恥ずかしい思いをするのは普通だ。誰だってそう。

　だけど、あたしはその状態で、ドキドキしていた。してしまっていた。
　隠れて一人エッチをするときのような、背徳感。それに付随する、快感。こんなことでそれを感じることを惨めに思えたし、恐ろしくもあった。
　この間のこともあわせて、自分がどんどん変態になっていくようだった。

　だけど、繭子はそんなあたしの気持ちを一言で吹き飛ばしてしまった。
　すぐそばに感じる布越しの繭子に、温もりと、……被虐を感じた。

「あたし、マゾなのかな……」

　問い、というより、確認のニュアンスで呟く。
　そんなあたしの言葉に繭子は何も言わず、ただ微笑んでいた。

　思考が錯綜する。
　それなりには耳年増だったから、いろんな性癖の人がいるのは知ってる。
　だけど、自分がその『いろんな性癖の人』のくくりの中に入るとは思わなかった。

　つらいのがいいの？
　恥ずかしいのがいいの？
　惨めなのが気持ちいいの？

　今まで、それほど意識してこなかった性癖。
　多少のフェチはあれど、至ってノーマルだと思っていた自分。
　それが繭子によって壊され、そして繭子によって再構築されていく。

「冬華。今、裸だよ？」
「～～～っ!?」

　繭子の言葉に、お腹がきゅーっとなる。
　いじわる！　そんなの、今思い出させないで！　思い出したら……！

　……思い出したら、何……？

「やっぱり、これも気持ちいいんだ」
「や……あ、ふっ！」

　スッとお股の間に繭子の手が忍び込み、自分でもびっくりするくらい甘い声が出た。下から聞こえる粘り気のある音を聞きたくなくて、いやいや、と首を振る。
　そんなあたしの顔を両手でしっかり包んで、強制的に繭子と視線が合う。
　そして繭子が発した言葉は、あたしの顔をぐずぐずにするのには十分だった。

「今夜は、あそこで寝ようね、冬華」

　繭子が示す先には、あたし一人が入るのがやっとの、床下収納があった。

「あぁ……」

　無意識に溜め息が漏れる。
　それはこれから起こることを憂いているようでいて。
　……実際は、期待しているのだ。

　自分ではどうにもならない、『自分』が自分の手から離れていく感覚。
　窮屈なまま、解放されない。逃れられない。そんな、被虐感。

「ふあっ!?」
「これはおまけ」

　あそこを抉る快感に身を捩る。繭子を見ると、その手のひらの上にリモコン。
　一瞬だけスイッチが入れられて、腰が砕けそうになった。

「じゃあ、寝よっか」
「……うん」

　にっこり微笑んで言う繭子に対して、あたしの声は弱々しく震えていた。
　胸の動悸が治まらない。「本当にやるの？」と頭の中が騒ぐ。

「入って？」
「……っ」

　せめて、繭子の手で入れてほしかった。
　ぱっくりと開いた床下収納に、あたし一人が向かう。

　自分で自分の首を絞めさせられる。それは無理やりさせられるより、数倍惨めな行為だった。
　「寝よっか」と言われて、床下収納へ向かうあたし。
　犬が「ハウス」と言われてケージに戻るように、そこがあたしの寝床であると認める行為。

　自分がしようとしていることの異常感に、へたり込みそうになりながら、あたしはその淵へと足をかけた。

「ん……」

　三度目ともなれば、身体の入れ方も少しは慣れる。
　足を入れ、折り畳むように身体を下ろし、収まりのいい場所を探す。
　身体全体を極限まで縮めて、少しずつ微調整しながら、空間を埋めていく。
　同時に、あたしの心も被虐という名の檻の中に閉じ込められていく。

「『布団』掛けてあげるね」
「……おねがい」

　あたしの身体がすっぽり収まったところで、繭子が近寄り、扉に手を掛ける。
　普段なら茶化している繭子の言い方に、上手く返事ができない。

「どっちかというと、『蓋』かな。冬華を『寝かせて』、『マゾ』という名のお漬物を作るの。ここはその瓶」
「だれ、が……っ！　うまいこ、と……！」

　珍しく饒舌な繭子にツッコミを入れようとして、でも息苦しくて声にならない。
　四方八方から加わる圧力に、あたしの身体が四角く整形される。
　もちろん実際に四角くなってしまうわけじゃないけど、そう思ってしまうくらい力の逃げ道が無かった。

「じゃあ、おいしくなってね、冬華」
「あ、の……ね……！」
「おやすみ」

　そう言って、視界から光が遠ざかっていく。
　微かにキィと音を立てながら、扉……もとい蓋が閉まっていく。
　これが閉まればもう、自力では脱出できない。
　自分では逃れられない、不自由と不快感の地獄に突き落とされるのに。

　……パタン。

　完全な暗闇になって、あたしは「はぁ……」と、熱っぽくてよく分からない感情を漏らした。

「……」

　しん、と無音が響く。

　最初は、妙な安心感がある。
　包まれていて、安定している状態。暗くて静かで、無心になれる環境。

　それがだんだん不快感へと変わっていく。
　身体は痺れだし、窮屈さがもどかしく、何も見えず聞こえないのが不安を煽る。
　そこからが本当にきつい。

「んっ！　ふ……ん！」

　自然と身体が窮屈な体勢を嫌い、伸ばそうと暴れ出す。
　頭もそれに従い、なんとか楽な体勢を探そうと知恵を絞る。
　せめて背中だけ、丸まった背中だけでも伸ばしたい……！

「んん～～っ！　はっ！　んっ！」

　だけど、それは絶対に叶わない。
　いくら力を振り絞ったところで、あたしの身体はこの窮屈さから逃れる術はない。
　そのことがさらに頭を焦らせ、精神を消耗させていく。

「出し……っ、出して……！」

　次第になりふり構わず解放を願うようになる。
　ここから出してくれるなら何でもいい。何でもする。そんな気持ちになっていく。
　理性で抑えられない、原始的な欲求。あまりの辛さに、それが剥き出しになる。

　窮屈さ。不快感。やるせなさ。屈辱。悲壮感。疲労。痺れ。諦め。無気力。
　いろんな感情が移り変わり、混ざり合い、ぐちゃぐちゃになっていく。
　辛いことから逃げだしたくて、気持ちよくなることばかり考える。

　そうして、おそらくは数十分。体感としては数時間の身悶えの末に。
　あたしは、ぱああっ、と、頭の芯が痺れる感覚を得る。

「は……ふぐっ!?」

　……来た、白い世界だ……。

　それはランナーズハイというやつに似ている気がする。
　あまりの辛さに、脳が快楽物質を出して痛みから逃れようとする反応だ。
　その片鱗を、前回味わっていた。
　だから今回は、比較的すんなり受け入れられた。

「あぁ……！　あふっ……」

　なんか、気持ちいい。辛いのに爽快。
　いつまででもここにいられそうな、そんな感覚。
　そんなはずないのに、そうなるように考え続けたせいで、それは自己催眠のように影響しているのだろうか。
　頭が、この状況が気持ちいい状況だと認識してしまったのだろうか。
　例えそれが、苦し紛れに苦痛から逃げた先の思考回路だとしても。

　びいいいぃぃぃ！

「っ!?　ふ、きゅううううっ！」

　そしてそれを証明するように、後押しするように、定着させるように。
　膣の中に入ったリモコン式のローターがそのボディを震わせる。
　すでに零れ落ちそうなほどのおつゆと、過敏になった肉壁に包まれて。
　機械ならではの無慈悲な力強さでもって、あたしを快楽の渦へ放り込む。

「あ、く、ぅぅぅ！」

　骨まで砕けてしまうのではと錯覚するほど蕩けていく下半身を中心にして、抗いがたい快感が全身に満ち満ちていく。
　そして強すぎるそれを逃がそうとする手足は四方八方を壁に遮られ、全ての感情と感覚は身体の内側へと溜まっていく。

　それは繭子が言った通り、漬物の如く。
　漬け込み材料が染み込み、素材の旨みが凝縮されるが如く。
　あたしの中に快感が染み込んでいく。
　被虐の悦びを感じる変態として、純度が高められていく。

「まゆ……こ……」

　知らず、あたしは繭子の名前を呟いていた。
　自分が何か別のものへと変わっていく怖さ。それから逃れようとするかのように、あたしはすぐそばにいるであろう友人の顔を思い浮かべる。

「繭子……まゆこ……」

　依然としてローターはその勢いを緩めない。
　狂おしいほどの刺激が下腹部を襲い、すでにおつゆは足まで垂れてびちょびちょだ。
　だけど、それこそ繭子との繋がりだと思えた。
　今このときに限っては、あたしと繭子を繋げるのはこのローター一つなのだ。
　そう思い、あたしは敢えてローターを噛み締めるように膣に力を入れる。

「あひゅ！　くぅ……っ！　ん！」

　そうしてさらに溜まっていく快楽物質。逃す先などない。もう限界だ。
　手足の感覚も無くなり、頭の中はすでに白く滲み、視界などあってないようなもの。
　ぽたぽたと半開きになった口から涎を垂らしながら、
　あたしは来たるべき絶頂の瞬間に備える。

　とん。とん。とん。とん……。とん…………。

「あ……」

　身体が限界を迎え、快楽が暴発する予感に身を震わせながら、あたしの耳は頭の上から聞こえる『足音』を聞いた。

　ああ、この上には繭子がいる。あたし、繭子の足下にいる。

　ローター以外であたしと繭子を繋げるその音。それを聞いて少し安心する。
　何もないこの空間で、それは福音のようにも聞こえる。
　いつものように生活する繭子。狭い檻に閉じ込められ自由を奪われたあたし。
　物扱いを惨めに感じながら、あたしは。

「い、……く、う、ううう……ううう～～～っ!!」

　誰にも気付いてもらえない絶頂へと転がり落ちた。

▼

　哀れな絶頂を迎えたあたしは、知らぬ間に寝てしまっていたようだった。
　慌てて意識を取り戻したけど、視界はまだ真っ暗闇のまま。
　どれだけ寝ていたんだろう。知る術はないけど。

　でもそれにしては身体の節々が痛い。快楽の波も過ぎて、今は不快感が強い。
　閉じ込められて気持ちよくなっちゃうのは分かったけど、シラフに戻るとやはり辛い。そういえばローターも止まっている。

「冬華、大丈夫？」
「あ…‥まゆこ……」

　強引にもうひと眠りできないかと悩んでいたところで、視界が白く染まる。
　まばゆいばかりの光に目を徐々に馴らしていきながら、繭子の顔を見る。
　相変わらず大人しそうで、でもどこか自信を持てた顔だ。
　元々顔立ちは美人なんだよね。何となく部屋の明かりも後光に見える。

「自分で出れる？」
「うん…‥と、ごめん、ちょっと手貸して」
「分かった」

　繭子の手を借りて四角いスペースから抜け出す。
　足に力が入らない。思ったより消耗していた。立つのも億劫だ。

「どうだった。……って、訊くまでもないね。びちょびちょだもんね」
「え……？　あ、きゃあっ!?　ちょ、見ないで！」
「あはは。お風呂沸いてるよ。入る？」
「うん、すぐ入る！」

　そう言って速攻でお風呂場へと向かおうとするあたしを一旦制止し、いきなり繭子があたしのあそこを弄る。
　たまらず「ふわっ!?」とか「あん！」とか変な声が出たけど、単にローターをとってくれただけだった。死にたい。
　あたしは恥ずかしい思いを誤魔化すようにお風呂場へと急いだ。

　「わたしも、一緒に入りたい」なんて言う繭子とともに、湯船に浸かる。
　やっぱりこの子、ソッチの気があるんじゃないだろうか。
　まぁ別にどっちでもいいけどね。そういうのに差別的感情はないし。
　それに、性別以上にあたしは繭子という人間を気に入っている。

「身体ほぐしてあげるね」
「ああ、うん。お願い」
「やっぱり同じ姿勢は辛い？」
「まぁね。……ああそれ気持ちいい～。お姉さん蕩けちゃう」

　幸いにしてというのか、湯船は二人が入っても充分なくらいの広さがある。
　痺れた手足を繭子にほぐしてもらいながら、しばし至福の時を過ごす。

「……はぁ」
「どったの、溜め息ついて。……あ、揉むの疲れちゃった？　ごめん、もういいから」
「あ、ち、違うの、そうじゃなくて……。冬華、その、身体、綺麗だなって……」
「は……？　そ、そうかな？　自分じゃあんまり……」

　何が気に入ったのか、あたしの腕や足や胸まで必要以上にぷにぷにと触りまくられる。
　何の変哲もない普通の体型だと思うけど……。繭子自身もスタイル悪いわけじゃないし。
　まぁ何がコンプレックスか分からないから、わざわざ薮をつつくこともない。

「……湯船に拘束して閉じ込めとかも興奮するかな」
「あんたはお構いなしにつついてくるわね!?」

　なおもぶつぶつとプランを練っていてる繭子を尻目に、脱力する。
　……なんか、ここ最近は繭子に振り回されっぱなしだなぁ。
　ただそれが悪いことかと言われれば、そういうわけでもない、ってのが何とも。

「……冬華」
「ん～、なあに？」
「よしよし。よく頑張ったね」
「あんたに頭撫でられると変な感じね。……まぁ悪くはないけど」

　気分がフワフワするのは、多分のぼせたせいだ。

▼

　そんなこんなで、一ヶ月ほど経った。
　あの日から何だかんだと理由を付けて部屋に誘ってくる繭子と、ついていくあたし。
　目的はもちろん、誰にも言えない秘密の遊びだ。

「ふ、はっ……！」
「お疲れ様、冬華。今日も気持ち良かった？」
「う、うん……んむっ！」

　いつの頃からか、繭子はあたしを床下から出す時、労いとともにキスをするようになっていた。
　快感でグズグズになった頭に、貪るようなキスは、刺激が強い。
　嫌悪感よりも先に解放されたという安心感に包まれて、繭子という存在を強烈に心に刻み込まれた。

「はふ……ちゅ……、んっ」
「はぁっ……！　ふぅ……。お風呂、入ろうか」
「う……ん」

　すっかり骨抜き状態のまま、お風呂へと連れて行かれる。
　そしてぼけ～っとなったあたしの身体を洗い、湯船に入れ、そしてほぐしてくれる。
　傍目には介護状態だけど、繭子は嬉々としてそれをやっていた。

「すっかり慣れてきたね。そんなに気持ちいいんだ？」
「……うん」
「どんなふうに？」
「……最初は、窮屈で、暗くて、辛くて、早く出たい……んだけど、だんだん訳が分からなくなって、ドキドキして、頭の中がわーってなって……」
「うん」
「繭子が、あそこの、ローター、動かしてくれて……。逃げられなくて、ゾクゾクして。それに、繭子の足音聞いてると、なんか、安心して、でもなんか惨めで……」
「それが気持ちいいんだ」
「……そう」

　開放的な気分に任せて、感情も素直に口から出る。
　こうした振り返りや思考のまとめは、その事実をより鮮明に頭に刻んでいく。

「かわいい。冬華、すごくかわいい。もっと気持ちよくなろうね。わたしと、一緒に」
「うん……」

　啄むようなキス。何度も、何度も。
　いつの間にかあたしは、繭子のすることに否を言うこともなくなっていた。

▼

　そうして二カ月が過ぎた。
　要領のいい同級生はすでに内定をもらったと言っていたが、どうでもよかった。
　そもそも講義にもほとんど出なくなったし、アルバイトも辞めていた。

「やっぱあんたいいとこのお嬢様だったのね」
「そういうわけじゃないけど……。お金には困ってない、よ」
「字面だけ見ると腹立つわね」

　あたしだって人並みに将来について悩んでいた。焦りだってあった。
　でも、高尚なプライドなんてなかった。好きに生きていければそれでよかった。
　だからこそ、繭子の「わたしと一緒に暮らそ？」という言葉に飛びついた。
　ぼろい部屋も引き払って、繭子の部屋に転がり込んだ。

　ようするに、ヒモだ。繭子に寄生する冬虫夏草のようなものだ。
　僅かなプライドと人間らしさを犠牲に、あたしは安定した住処を手に入れた。

「はい、ご飯だよ」
「わーい」

　あれから、あたしは服を着ることが少なくなった。
　部屋にいるときは大体裸で過ごしている。もちろん繭子の指示だ。
　さすがに外に出るときは服を着るけど、そもそも外に出ることも少なくなった。
　なにせアルバイトも辞めたし、大学もほとんど単位を取り終えている。
　本来ならみんな就活を始めているんだろうけど、繭子が養ってくれると言うので、職探しをしなくてもよくなった。

　たまに遊んでいた友達とも、一緒にどこかへ行くたびに繭子が泣きそうな顔をするので、徐々に疎遠になりつつある。

　買い物は繭子が行くし、必要なものがあればネットショッピングを利用する。
　外に出ずとも、特に不都合はない。プチ引きこもりだ。

　少しずつ、少しずつ、あたしは社会から離れていった。
　少しずつ、少しずつ、あたしは人間としてダメになっていった。

　少しずつ、少しずつ、あたしは繭子に依存し始めていた。