妹中心に回るこの世界の中では、私の存在なんてゴミ同然だった。
それなりの名家として知られる我が家の家庭事情は、両親が妹の才能に気付いた頃から大きく変貌した。
優秀か、そうでないか。求められていたのは、結局それだけでしかなかった。そしてそれをようやく理解した時にはもう、何もかもが遅かった。
どちらがより『優秀』か。そんな単純明快な理論によって、私はいともたやすく立場を失い、妹は『神』となった。
「璃々奈(りりな)はお姉様のこと大好きですよ?」
私は妹が嫌いだ。とても、とても嫌いだ。
両親からの愛を根こそぎ奪っていった恨みもある。自分より優秀な才能を妬む気持ちもある。
だけどそれ以上に、自分より劣る私をこれみよがしに哀れんで見せて、労せずに、手を汚さずに、己の評価を稼ぎ出す。その無自覚で鋭利な博愛主義こそを嫌った。
「私は嫌い。あんたのこと」
「またそのようなことを。でもきっと分かり合える日が来ると、璃々奈は信じていますから」
疑うことを知らない目。世界中の誰もが手を取り合えるのだと。人類が皆、善であると。愛されない者などいないのだと。信じて疑わない目。
周囲から愛され、賞賛され、崇拝される存在だけが持ち得る、神懸り的な盲目。
そんなお話の中でしか存在し得ないような、綺麗で素敵な理想を振りかざし、笑顔で私をメッタ斬りにする。それが恐ろしく不愉快で、吐気がするほど苛々する。
快適なリムジンの中から、スラムを彷徨う捨て犬に食べかけのりんごを放るような。そんなお優しい慈悲が正義だと疑わない。
「世界中の誰もがお姉様を嫌っても。璃々奈だけはお姉様を好きでいます」
そして。
世界が味方するとはこういうことなのかと。世界が嫌うというのはこういうことなのかと。私はこの身を持って体験することになった。
「例えお姉様が、醜い存在に成り果ててしまっても」
それは、突如現れた身体の変化。
女性であるはずの私に備わった、本来あるはずのない器官。本の中でしか見たことのない男性器。前触れもなく、朝目覚めて気が付けば、元からそこにあったかのようにそれがくっついていた。
脈絡もない突然の事態に、乾いた笑いさえ出てこない。何かのドッキリではないかと疑えど、そんな様子は微塵もない。ただ単純に、現実として、私の身体は両の性を宿すこととなってしまったのだ。
「どうして……」
そこに至る経緯はともかくとして、そういった両の性を持つ人間を両性具有と呼ぶのだという。そう教えてもらった。
同時に、それらが性欲に支配された悪魔の子、いわゆる『ふたなり』として、世間から忌避される存在だということも。
「『コレ』ですか?」
「ええ、そうです。早いところ連れて行ってください」
「まさかうちから出るとはな。穢らわしい」
「可哀想に、お姉様……」
一夜にして『人非ざるもの』となってしまった私は、あっけなく世界から見放された。
両親が連絡したのだろう。すぐに役所の作業着を着た男性たちがやってきて、ぞんざいに私をトラックの荷台へと押し込む。話などろくに聞いてもらえない。その日のうちに私は隔離施設へ送られることとなった。
それは公には治療という名目の、事実上の終身刑だった。
「頑張ってください。きっと璃々奈が迎えに行きますから」
見送りは妹の涙混じりの言葉。
見上げた屋敷の窓からは、汚物を見るような目をした両親。
家族という名の不確かな枠組みは、異物と化した私をいともたやすく弾き飛ばした。
神というのはかくも公平に、不平等を撒き散らすのだ。そんなこと、分かっていたはずなのに。等しく与えられる愛の結果がこれだというのなら、もはや私に抗う術はないじゃないか。
もはや私にできる返事は一つだけ。目の前の『神』にそれを表する。
「くそくらえ」
天に吐いた唾は、過たず愛を讃える尊顔を汚した。
頬にこびりついた私の精一杯の抵抗の証を、妹は愛おしげに指でなぞり、舐め啜り、心底嬉しそうに笑った。
コメント