第二話『拘束ロリータ服』

「ほら、こんなのとか、絶対似合うよ。かわいいよ」
「無理だって……。まだ繭子の方でしょ、それを言うなら」

 繭子と一緒に、雑誌のページをめくる。
 ベッドの上で肩を寄せ合って、客観的に見ればとても仲良く見えるだろう。
 まぁ実際仲は良いんだけどさ。ただ問題はそのうちの一人が裸でいるってことね。

「服自体はかわいいと思うけどさぁ……。あたしに似合うわけないじゃん。想像してみなって。もうギャグの領域よ。男に着せるようなもんよ」
「そんなことないと思うけどな……」

 見ているのはファッション誌。
 ただし、普通の服よりもやけにひらひらしている。
 いわゆるロリータファッションと呼ばれるもの。
 自分には絶対似合わないと思っている服の筆頭だ。

 繭子自身も普段そういう服を着ているわけでもない。今も普通にデニム履いてるし。
 でも着るなら絶対繭子の方が似合う。ガサツっぽく見られるあたしよりもね。

「あ! ほら、これ、このボーイッシュなやつ。これならいけそう!」
「ダメ。そんな男の人みたいなのは嫌。冬華にはかわいい服着せるの」
「ちょ、あたしの主張は!?」
「誰のお金?」
「……ぐっ」

 実際のところ衣食住お世話になっている身だから、何も言えない。
 それなりに自前の服は持ってきているけど、繭子は自分が選んだ服以外を着ると怒る。
 だから繭子の好みの服しか着させてもらえない。
 つまり今のあたしは、いうなれば繭子の「着せ替え人形」と化しているのだ。
 まぁ養ってもらう条件のひとつにこれを提示されて、了承したあたしが悪いんだけど。

「これかわいいなぁ。あ、これも。うふふ。これも冬華に似合いそう」
「……お手柔らかにね」

 次々とドッグイヤーをこしらえていく繭子に、あたしは力ない溜め息を漏らした。

▼

 そう。確かに、あたしは繭子の着せ替え人形だ。家賃の代わりだ。それは了承した。
 だけど、こんな辱めを受けるとは思わなかった。

「……完成! うん、かわいい! 写真撮ろうね、写真」
「ほんと勘弁……。あと写真絶対ダメ! ダメだから!」

 二人してロリータファッション誌を眺めた日から幾日か経って。
 確実かつスピーディな日本の物流サービスに恨み節を呟きながら、繭子の手によってあたしはクソ似合わない「かわいい」を纏っていた。

 フリルとリボンとレースがふんだんにあしらわれたそれは、よりによってピンクを基調としたものだったのだ。
 ……せめて、せめてモノトーンカラーにしてほしかった……。

「ふふふ、でもまだこれだけじゃないんだよ」
「まだあるの? もうすでにお腹一杯なんだけど」

 一式を装備しただけでもう満身創痍のあたしは、すっかり諦めの境地だ。
 そんなあたしの思いを知ってか知らずか、やけに楽しそうな繭子。
 その繭子と一緒に姿身を見て、改めて溜め息を漏らす。

 丈は膝下、袖は手が隠れそうなほどのワンピに、レースをあしらったヘッドドレス。
 膝上まで覆う白いサイハイソックス、肘上まで隠すこれまた白いグローブ。
 肌の露出は顔周りだけ。
 全身がピンクと白で覆われ、そこだけ見れば確かに甘かわいい。

 ……着ているのがあたしじゃなければ、だけど。

「うん、やっぱりかわいい」
「あたしはそうは思わないけど。というか、この服さ……」
「いいでしょ?」

 そして、随所に感じる違和感。その正体を、繭子が念押しのように明かす。

「冬華、今度はその服に『閉じ込め』られるんだよ」

▼

 時は少し戻って……。

 服が届いて、あたしはさっそく繭子の手に堕ちていた。

「まず下着」
「……下着はありがたいけど、あたしまだそんな歳じゃないんだけどなぁ」

 繭子が持ってきたのは、胴体部分まですっぽり覆う、いわゆる補正下着だった。

「遠回しにあたしの身体が崩れてきていると」
「そ、そういうわけじゃ……」
「ま、いいけど。着ろと言われれば着ますけどね」

 もちろん本気で責めているわけじゃないので、大人しくその下着を身につける。
 ただ、それが通常の物と違うのは、すぐに分かった。

「な、に、これ。すごくきついんだけど……」

 その目的から多少身体を締め付けるものだとは理解しているけど、それにしてもこれは締め付け過ぎなんじゃないだろうか。
 何とか身体を入れたけど、あまりの締め付け感に息が浅くなる。
 サイズが小さいとか、もはやそういう問題じゃない。

「使ってる繊維と、編み方がちょっと特殊なの。でもすごくスタイル良く見えるよ」
「そ、れにしたって、ずっとはつけてらんないよ、これ……」

 確かに背筋も伸びて姿勢もよくなってるだろうけど、逆に言うと腰もロクに曲げられないくらい強烈に矯正されている。
 コルセットをぎゅうぎゅうに締めたらこんな感じなんだろうか。

「ろ、ロリータファッションの子って、こんな苦労してるの?」
「そんなわけないよ。これは冬華用」
「……あ、そう」

 何言ってるの、と言わんばかりの繭子の言葉に釈然としないものを感じる。

「あと、これ」

 次に身に付けたのは、グローブとソックスだった。
 ただその二つも普通のとは違って、下着と同じようにかなり窮屈だった。
 それぞれあたしが知っているものより異常に厚ぼったく、何より焦ったのは肘や膝の関節がほとんど曲がらなくなったことだった。

「繭子、これ、肘とか曲がらないんだけど……」
「うん」
「いや、うんて」

 あたしのツッコミも気にせず、繭子はそれぞれを二の腕と太ももあたりでベルトを締めた。
 それはグローブとソックスに元から付いていて、そのベルトがキュッと締められるたび、あたしは「これ自分じゃ脱げないよね……?」と不安を大きくしていた。

 何せ肘が曲がらないのだ。
 なんとかソックスには触れるけど、人間の身体は肘を伸ばした状態で二の腕に触れるようにはできていない。
 そのソックスにしたって、膝が曲がらない状態では脱ぐのにかなり苦労するだろう。
 そもそも分厚い生地に覆われた指では、この小さなベルトを外せるかも分からない。

「この状態で歩いたら兵隊さんの行進みたいじゃない?」
「うん。だからもう少しかわいい歩き方にするの」

 そう言って繭子は太もものベルト同士を短いチェーンで繋ぐ。
 あたしの歩幅は極端に狭くなった。

「あはは。ちょこちょこしてかわいい!」
「笑い事じゃないっての! こけないか冷や冷やしてるんだから」

 手を叩いて朗らかに笑う繭子に合わせて、あたしもちょっとだけ軽口を叩く。

 ただ、実のところ内心は穏やかじゃない。
 和んだ空気のままホイホイと身に付けてはいるけど、そのどれもがあたしの自由を奪い、窮屈な動作を強制させている。
 どう考えてもこれは、あたしを『拘束』する拘束具だった。

「じゃあお待ちかねのこれ!」
「それが一番お待ちになってないわ」

 テンションが上がってきた繭子の手には、雑誌で見たフリフリのワンピ。
 そこらじゅうにリボンやフリルがあしらわれ、気のせいかキラキラ光って見える。

「はい、着せてあげる」
「もうどうにでもして」

 ここにきて逃げることもできない。
 腹をくくったあたしは繭子の手を借りてそれをかぶり着る。
 関節が曲がらないから着るのも一苦労だ。

「け、結構きつくない? サイズ合ってる?」
「合ってるよ。……あ、もう少し腕伸ばして……そう、引っ張るからね……」

 それは思ったよりも小さくて、そして重かった。
 生地量が半端じゃないから仕方ないのかもしれないけど、そもそもその生地自体に違和感を覚えた。

 すごく丈夫なのだ、この生地は。
 二人がかりで四苦八苦してあちこち引っ張ったりしているのに、破れるどころかロクに伸びもしない。
 そのくせ身に纏うと、キュキュキュ、と締め付けてくるのだから始末に負えない。

「熱で少しずつ縮むんだよ。……はい、ファスナー上げるね」

 聞き捨てならないことを言われた気がするけど、さらっと流された。
 比較的余裕のあった胴体部分が、一気に窮屈になる。
 よくファスナー壊れないなと思うけど、これに合わせて強めに作ってあるのかも。
 なかなか上がらなくて息も絶え絶えな繭子の努力の甲斐もあって、ファスナーは上がりきり、あたしの身体はフリル満載になった。

「後はこれを付けて……」

 最後に繭子が持ち出したのは、レースだらけのヘッドドレスと、……輪っか?

「ちょっとだけ頭下げてね」
「あ、うん……。うぎぎ、いきが、くるし……」

 繭子の方が背が低いので前屈みになって頭を下げる。下着が身体に食い込んで苦しい。
 そんなあたしに配慮してか繭子は素早くヘッドドレスをとりつける。

「似合うね」
「……これで本当に合ってる? これ赤ちゃんが付けるやつじゃないの?」
「あはは。確かに同じボンネットタイプだけど」
「ボンネット? 車?」
「違うよ。全然違うよ」

 あたしのマジボケに苦笑しながら、繭子はあたしの首に手を回す。
 その手にはさっき見た輪っかがあって、それを首に巻かれた。
 首全体がレースに包み込まれる。これはそんなに締め付け感はない。ただ……。

「ま、繭子、これ下向けないんだけど……! というか頭動かない!」
「ムチウチの人たちが使うような固定用のコルセットだから。大丈夫。レースとかいっぱい縫いつけてかわいく作ってあるから」
「いや、そういう問題じゃ……」

 顔が真正面を向いたまま固定される。また動かせない部分が増えた。
 どんどん自由になるところが失われていってるけど、大丈夫……だよね、繭子?

「……完成! うん、かわいい! 写真撮ろうね、写真」

 ……うん、ダメそうだ。

 そして冒頭の写真の件に戻る……。

▼

「本当に写真撮らなくてもいいの?」
「撮らない」
「……いいもん。あとでこっそり撮るから」
「……なかなか強情ねあんたも」

 どちらにせよ抵抗できないあたしにわざわざ確認をとるあたり、繭子らしい。
 げんなりするあたしの横で、頬を膨らませたり、にやついたりしている。
 そんな表情豊かに『なった』繭子を見ていると、もうどうにでもして、という気持ちになる。

 あたしもいよいよ重症だな……。
 なんてことを考えていると、繭子はあたしの前に来て、脇の辺りでごそごそし始めた。

「……何やってるの」
「おしとやかポーズ」

 訳の分からないこと言いだす繭子に怪訝な顔をしながら、その手元を見る。
 脇から二の腕、手首の辺りまで、袖には小さなリングがいっぱい付いていた。
 本当に近くで見ないと分からないくらいのリング。……全然気付かなかった。

 よく見るとそれは袖の部分だけじゃなくて、ワンピース全体に散りばめられている。
 リボンやフリルの陰に隠れて、巧妙に。キラキラして見えたのはこれの反射光か。

「何、これ……」
「姿勢矯正用のリングだよ」

 そしてそのリング同士が、打たれたリベットにより重なりあって外れなくなる。
 ぷらぷらしていた袖が、脇から横腹、下腹の辺りまで、這うように接続され、袖と前見頃が縫い合わさった欠陥品みたいにくっついた。

「……。ふぬっ!」

 思い切り腕を持ち上げようとしたけど、僅かに服の中で動いただけで、びくともしない。
 ……そりゃそうだ。欠陥品になった服を着ているんだから。
 身に纏った服と同じように、あたしの腕は必然的に身体に張り付いた。

「腕、動かないんだけど」
「動かないようにしてるから当然だよ」

 あたしの声に何でもないように答えて、左腕も同じように身体と合体する。
 あたしの腕はまるで接客業のお姉さんのように礼儀正しく前に揃えた状態で固定された。

 ……いや、服の感じからすれば、裾を掴んで泣いている小さな女の子かな。
 しかもその状態から外れない。ここにきてようやく服が異常に丈夫な意味が理解できた。

「……拘束服?」
「そうとも言えるかも」

 何てことだ。フリルとリボンに騙されていたら、中身はとんだ拘束衣だった。
 思わず天を見上げるあたし。頑張れあたし。負けるなあたし。

「でも、こうしたらおしとやかな感じになるよね」
「そう? あたしには前で手錠掛けられた犯罪者みたいに見えるな」

 ただ残念なことに脳みその半分が現実逃避を始めていた。

「それは見る人次第かも。……というわけで、行こ?」
「行く? ……どこに?」

 思考能力の半分を放棄した頭だけど、危険に対するアラートだけはしっかり機能した。
 何が嬉しいのか分からないけど、繭子はにっこり微笑みながら。

「外。お散歩だよ」

 そう言ってあたしの腕をとる。

 あたしは目の前が真っ暗になった。

▼

 繭子の言ったことは、冗談でも何でもなかった。
 部屋のある8階からエレベーターで降りて、エントランスから外へ出るのには、人形みたいに固められたあたしにとって多大な労力を要した。

 腕が固定されて動かないのはともかくとして、太ももがほとんどくっついた状態で、さらに両足に履いたストラップシューズ同士が短い糸で結ばれているとあっては、どうしても狭い歩幅にならざるを得ない。
 それにソックスのせいで膝も満足に曲がらず、滑稽なほどちょこちょことした歩き方しかできない。

「はぁ……はぁ……」
「歩くだけでも疲れる?」
「それも……あるけど……」

 そして、この恰好だ。ふりふりピンクのロリータファッションだ。
 昔と比べある程度市民権を得てきたとはいえ、未だ奇異の目で見られるのは事実だ。
 しかも、それを着ているのは、お世辞にも似合うとは言えないあたし。
 すでにエントランスで何人か住人とすれ違って、その度に心臓が潰れそうだった。
 息が荒いのは、緊張と委縮の結果だ。

「大丈夫だよ。みんな『かわいいな~』って見てただけだから」
「絶対違う。あれは珍獣を見る目だって、珍獣」

 とはいえ、軽蔑や嫌悪の目で見られなかったのが幸いといえば幸いだろうか。
 普段の服でも、新しい服を着て外に出たら周りの目が気になるのに、あからさまに注目されるような服を着て外に出るのはあたしにとって大冒険だ。

 いつもこういう恰好をしている人や、コスプレなんかをしている人がいるけど、そういう人たちのメンタルの強さに初めて尊敬の念を抱いた。

「ほら、向こうの商店街まで行こ?」
「む、無理むり! 人すっごい歩いてるって! 絶対無理!」

 エントランスの隅で固まっているあたしと、見かねて強引に連れだそうとする繭子。
 でもあたしだって無理なものは無理だ。恥ずかしいんだ。
 そういう趣味を否定するわけじゃないけど、誰にだって向き不向きはある。
 不自由な身体を必死に突っ張って、引っ張る繭子に抵抗する。

「もう! そんなに嫌なの?」
「うん。嫌。もう帰る」
「家の鍵わたしが持ってるのに?」
「ぐっ……」

 そうだった。すっかり忘れていた。そもそもあそこは繭子の家だ。
 その絶望的な事実にあたしは抵抗する気力を失った。そしてようやく理解した。

 ……今のあたし、繭子に見捨てられたら……。

 自分の姿を見て、ゾッとした。

「い、行きます……」
「よろしい」

 にっこりと笑って、繭子があたしの腕に寄り添う。
 そしていくつもある服に付けられたリングに、見えないくらい細い糸を巻きつける。

「靴に巻いたのと同じ糸だよ。手品用に使われるような細くて丈夫な糸。ふふっ。逃亡防止用ってところかな」

 そう言って歩きだす繭子。こけないように慌てて歩きだすあたし。
 その構図はペットの散歩にも見えた。

「慣れれば大丈夫でしょ?」
「そんな、すぐ、慣れないって……」

 マンションの前の小道を歩き、商店街通りへと出る。
 サラリーマン。学生。主婦。いろんな人が歩いてる。いろんな視線があたしに突き刺さる。
 そのどれもが今のあたしにとって核ミサイルのような、無言の圧力だ。

 身体の前に置いたまま動かせない腕。知らず知らずのうちにワンピースの裾を握る。
 曲がらない膝をギシギシ言わせながら、走り去りたいのにそれもできず、たっぷり視線を浴びながら、ちょこちょこと子どものようなスピードで歩を進める。
 恥ずかしくて俯いてしまいたいのに、やけに強力な補正下着は良い姿勢を強制し、首に巻かれたコルセットが視線を真っ直ぐにして顔を隠すことを許さない。
 気を抜いたらすぐにでも蹲ってしまいそうだった。

「よっぽど恥ずかしいんだね、冬華」
「当り前じゃない。周りがみんな同じような服だったらともかく……」

 繭子の苦笑交じりの声に、声量は抑えながらも強く主張する。
 結局は『みんなと違う』ということに恥ずかしがっていて、この服が悪いわけじゃないと分かってはいるんだけど……。
 自分に似合っていないという思いが強すぎて、どうしても堂々としていることができない。

「なら、違うことに意識を向けたらいいんじゃないかな」
「違う、こと……?」

 もじもじと言い訳を繰り返すあたしに、しょうがないなぁと言わんばかりに繭子が言う。

「さっき言ったでしょ? 冬華は今、その服に『閉じ込め』られているんだって」

 そしてそれは、確かに意識を逸らすものではあった。

 今のあたしは、自分で服を脱ぐことができない。
 腕は身体に縫い付けられているし、肘も曲がらない。
 分厚いグローブでは細かい作業はできないし、手は使いものにならない。
 そのうえ足周りも上手く動かず、歩みは亀のようだ。

「冬華、あーん」
「へ? あー、はぐっ!?」

 口を開けた瞬間、丸っこいものが口の中に入ってくる。
 その丸っこいのから伸びた紐を後ろに引っ張られ、耳に掛けられる。

「えへへ。マスク一体型マウスギャグ。傍目にはマスクしているようにしか見えないよ」
「ふぐ、ふんっ!?」

 どうやら口いっぱいの大きさのおしゃぶりのようなマウスギャグを嵌められたようだ。
 それはすなわち、助けを呼ぶ声を、事情を説明する言葉を失ったということ。

 目を白黒させて呻くあたしを尻目に、さっきまで持っていた糸を見せる繭子。
 それはリードのようにあたしの服に繋がった見えない糸。
 それを近くの柵に巻き付ける。あたしがここから動けないように。

「ほら、冬華」

 先ほどと変わらない、いや、いつの頃からか芽生え始めた、僅かな嗜虐心を覗かせて。
 繭子は笑う。あたしの目を覗きこんで、笑う。

「逃げられないよ」

 その声はゾクッとするほど妖艶だった。

 あたしは今、物理的にも、精神的にも、この場所に縫い付けられていた。
 人の往来が激しい通りの端っこで、あたしだけが閉じ込められていた。

「ふ……ぐ……」

 右に、左に、目の前を通り過ぎる人たち。
 色んな人がいる中で、共通しているのは、決まってあたしに一瞥をくれるということ。

 それも無理からぬことだ。これだけ目立つ格好をして突っ立っていれば。
 ただでさえ目を引くロリータ服を着て、マスクをして、直立不動で柵に寄り掛かって。
 まっすぐ前を向いているだけの人形。あたしが通行人でも二度見する自信がある。

「うぅ……」

 繭子は、「ちょっと待ってて。お買い物」と言ってお店の中へ入っていった。
 とんでもないものをあたしに残して。

「ひゃ!? ぐ……っ」

 思わずあげた声に、また何人かの注目を集める。いっそう顔が赤くなる。

 声をあげたのは、身体中に起きた変化のせい。
 正確に言えば、補正下着に覆われた胴体部分と、グローブとソックスに覆われた手足が文字通り『揉まれた』からだ。

 そんなバカなことが……、と、混乱する頭で思うけど、実際こうして体感すると納得せざるを得ない。

「は、ううう……!」

 繭子が言うには、生地となる特殊な繊維に通電すると、うようよ蠢くように動くそうだ。
 それが全体に伝わって、身体を揉むように動く。そういう説明だった。

 それだけなら驚くだけで済むんだけど、問題は下着があたしの胸や大事なところまで覆っていることだった。
 それはまるで荒っぽい愛撫のように胸を揉みしだき、収縮を繰り返す生地はあそこに食い込み小陰唇を掻き回す。

 そうしてはしたなく感じてしまって、熱っぽく敏感になった身体に、特に湿った部分めがけてピリピリと電気を流し込んでくる。
 断続的に与えられる刺激に、声が漏れるのを必死で堪える。
 その時ばかりは、マウスギャグを嵌められていてよかったと思った。

「はふ……ぐ……っ!」

 笑顔のままリモコンのスイッチを入れていった繭子の姿が浮かんでは消える。

 本当に、一人だ。しかも、強制的に気持ちよくなってしまう装置付きで。
 ここまでは、繭子と二人だから、好奇の視線にもまだ何とか耐えられた。
 少しでも、意識を繭子や会話へと逸らすことができたから。

 だけど、今は一人だ。意識を逸らす先は……快感しかない。

「ははふ、はふゅほ……(早く、繭子……)」

 繭子が消えていったお店の扉をじっと見つめる。その間にも、好奇の視線は絶えない。
 耐えきれず身じろぎしても、何も変わらない。逃げようにも、柵から離れられない。
 暴れるように腕を動かしても、実際動くのは僅かな空間の中だけ。
 しゃがみこもうにも、膝が曲がらなければどうしようもない。

 いっそ足を放り出して座ってしまおうかとも思ったけど、
 そんなことをしたら柵に括りつけられた糸が引っ張られて、下半身があられもない姿になってしまうだろう。それだけは避けたい。

 縄で縛られたり、檻に入れられたりしているわけでもないのに。
 あたしはここから抜け出せそうで抜け出せなかった。

「ふぐっ! うう……!」

 少しでも意識をかっさらおうと、あたしの身体は揉みしだかれ、愛撫される。
 その度に噛み殺された嬌声をあげ、怪訝そうな顔をした通行人の視線に晒される。

 その視線は、せいぜい珍しいものを見た程度のものだろう。
 だけど今は、こんな人の往来がある通りで人目憚らず快楽を貪る、浅ましい変態を睨みつける視線なのではないかと邪推してしまう。

 そしてそれを否定することは、今のあたしにはできない。
 現にあたしは、その視線を一身に浴びつつも、身体の中溜まっていく快感に溺れようとしているのだから。

「は……ふお……あ、あ……」

 繭子はまだ帰ってこない。

 もしかしたら今のあたしの様子をどこかから眺めているのかもしれない。
 ただ、例えそうだとしても、あたしにはどうすることもできない。
 今のあたしは、繭子が望むとおりにしか身動きが取れないのだから。

「あ……はぁっ! ふっ……!」

 愛撫の動きは遠慮がない。いよいよもって身体が熱くなり、鳥肌が立ち始める。

 ……まさか、こんなところでイくんじゃないでしょうね、あたし……!

 そう心に喝を入れようとして、腰が砕けそうな快感に気持ちが霧散する。
 もはや頭の中は薄く白く靄がかかったように不鮮明になって、
 視界も同じように捉えたものを認識しなくなっていく。

 身体は、動かない。その状態は、ここ最近慣れ親しんだものを思い出させた。
 その時と違って手足は存分に伸ばせているのに不自由なのは、何の皮肉だろう。
 そう思って笑おうとして、それすらも白い波にさらわれる。

「はっ……はぁ……っ!」

 ぷっくりと膨らんだ乳首がさわさわと擦れ、ジクりと神経を侵す。
 息が荒くなり、口の中を占領するマウスギャグを噛み締める。
 そうして快感により意識が浮き上がろうとした時。

「ねぇ、あの子……」
「……っ!?」

 ふと聞こえた声に、全身が強張った。
 そして一瞬だけクリアになった視界に、それは映る。
 今まで、かろうじて目に入らなかった、あからさまな視線。
 こちらを見て、軽蔑するような、興奮したような、濡れた視線。
 あたしが今どんな状況にあるか、気付いてしまった視線だった。

「あ、ん、んんんんん~~~!!」

 その視線と視線があったとき、あたしの身体中にひと際大きな電気が走った。
 飛び出したクリトリスが潰れてしまうほどの締め付け。
 全身を抱かれる奇妙な安心感に、身動きとれない不自由感を混ぜて。

 あたしはイった。すぐ目の前に人がいることすら忘れて、イった。

 伸ばした手の指先まで、伸ばした足のつま先まで、全部を突っ張って。
 服の形に閉じ込められた身体をなんとか暴れさせて、快感を逃がすように。

 実際には1分にも満たないだろうけど、あたしにとっては1時間にも2時間にも思えるような時間。
 その間中、あたしは身体をブルブルと震わせてイき続けた。

「は、ふっ……! ふっ……!」

 そうして我を取り戻した時、さっき感じた視線の主は消えていた。
 とりあえずそのことに安堵しながら、荒い息を吐く。

 だけど、イってしまった。こんな恰好で。人がたくさんいるところで。
 好奇の視線を、嫌悪の視線を浴びながら、それすらスパイスに変えながら。
 そう思うと少し落ち込んでしまう。

「……ふぅ、ふぅ」

 次第に息も整い始める。相変わらず愛撫は続いていたけど、さっきより弱くなっていた。
 相変わらずこちらに向けられる視線は絶えない。
 だけど、最初よりは気にならなくなってきたかもしれない。むしろ……。

「は……ぅ……っ」

 そんなの……そんなの、変態、じゃない……!

 思い至った答えに思わず涙目になる。
 救いを求めるように逸らした視線の先には、袋をぶら下げ歩く繭子の姿が見えた。

▼

「ぷあっ! は、ふ……」
「大丈夫だった? 変な人に絡まれたりしなかった?」

 戻ってきた繭子が、マウスギャグをとって口元を拭ってくれる。

「それは、大丈夫だったけど……。それより、これ! こんなに強いなんて聞いてない!」
「あはは。ごめんね? いつの間にかカバンの中で『強』になってたみたい」

 開口一番、話が違うことに文句を垂れる。
 強いというのは、もちろん身に付けた下着たちの蠢き、愛撫のことだ。
 せいぜいマッサージ程度だよ、と言われていたのに、実際は絶頂までさせられた。
 おかげでとんでもない目に遭ったのだ、文句ぐらいは言わせてもらう。

「でも、気持ちよかったでしょ?」
「ぐ……」

 でもすぐに言いくるめられてしまった。弱すぎるぞあたし……。

「まぁおかげで視線もそんなに気にならなくなったみたいだし、結果オーライだよ」
「あんたが言うなっての。恥掻いたのには違いないんだから」

 柵から糸を解き始める繭子に、せめてと反論する。
 こんなところで不器用発揮するのはやめてよ……と溜め息をつきながら繭子から視線を外す。

 そうして何とはなしに商店街を見渡していると、古びたお店に目が止まった。
 そこは洋品店だろうか。曇ったガラスのショーウィンドウの奥には、マネキンが2体、何とも言えない表情でこちらを眺めている。
 着ている服は違うけど、何故か親近感を覚えた。

「よし、取れた! ……どうしたの、冬華」
「いや、あそこのマネキン、なんか今のあたしにちょっと似てるなぁ、って」
「え? ああ、あれ……。心配しなくても、そのうち冬華にもマネキンになってもらうよ?」
「そ、そんな心配しとらんわ!」

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