第五話『調教~佳境~』

 やがて一週間が経った。

「は……んんっ! ……ぁ、ああ……」

 といっても、快楽に狂っていた私に時間の感覚はない。
 それでも一週間が経ったと分かるのは、身体を拘束していた拘束衣などが外され、久しぶりに自由の身となっているからだ。

「快楽漬けの一週間はいかがでした?」
「いかが……も、なに……も……あ、んっ!」

 絶頂に埋め尽くされた日々が終わり、昨日は一日休息を与えられた。まぁ、ほとんど気絶に近い形で寝て過ごしただけなのだけれど。それでも、多少なりとも休めたのはありがたかった。
 とはいえ、股間を覆う触手貞操帯は依然そのままで。今も私の意識を飛ばさない程度の強さで蠢いている。

「これ、も……んっ! はずし、て……っ」
「あら、随分お気に召したように見えますのに」
「だ……れが……!」

 ひとまず、第一段階は乗り切った。そのことにホッとする。相変わらず触手は鬱陶しいけれど、緩やかになった刺激は絶頂を強制するほどじゃない。
 ただ、淫欲が途絶えない程度の愛撫は延々と続いている。身体の火照りも止まない。

「ふふ。それはともかく、長い付き合いになる、という言葉に嘘はありませんわ」

 不適に笑うレストリア。どうやらそう簡単には外してもらえないらしい。
 
「まぁ、今ここで契約を受け入れるならば、話は変わりますけれど」
「それは、ん、く……っ! む……り、ね! だけ、ど、はずし……て……」
「……わたくしの話聞いてますの?」

 絶頂責めが終わったことで、何とか口は動く。言葉は紡げる。けれど、呼吸は整わない。何より身体がまだ言うことを聞かない。
 それは長く拘束され凝り固まっているせいでもあるし、絶頂続きで疲弊しているのもある。休んだとはいえ、疲れもまだまだ残っている。そして何より、飲まされた薬が思った以上に強力だった。

「せっかく快楽だけを感じて楽しく生きられる道を提示していますのに」
「そん、な、もの……ほかの、だ……れかに、あげた、ら……?」
「……まぁいいですわ。わたくしとしては、必要以上にあなたを追い詰めたくはないのですけれど」
「ど……のくち……が……!」

 魔力も練れない。身体も動かない。できるのは、憎まれ口を叩くことと、与えられる刺激に必死に耐えることだけ。

「わたくしもそれほど時間を掛けられませんの」

 どうすればいい。どうしたらこの状況から抜け出せる。彼女は時間を掛けられないと言うけれど、それを言えば私だって……。
 悟られないように思考を走らせるけれど、見つけてくるのは行き止まりの道ばかりで。

「じかん、……ない、なら……、あき、ら、……めれ、ば……?」

 責めの合間の、冷静になれる時間。せっかくの貴重な時間なのに。妙案が出ないことに、焦りと苛立ちを感じる。その感情を抱くこと自体が悪手だと分かっているのに。

「それは最終手段ですわ。わたくしだって、クラスメイトを殺めるような真似はしたくありませんもの」
「……っ」
「なので、早めの屈服をお勧めしますわ」

 レストリアの合図と共に、再び動きを強める触手たち。もはや慣れ親しんでしまったそれらは、まるで身体の一部のように馴染み、気持ちいい部分を的確に責め、装着者である私の劣情を最大限に誘う。

「い……や、ああああっ!?」

 休憩を挟んだせいか、純粋に快感が脳を浸していく。貞操帯越しでも聞こえる、グポグポと粘液が絡むいやらしい音。感じる、粘膜を擦り上げる動き。それは快楽に染まりきった身体には必要十分の刺激で。すぐさま絶頂へのカウントダウンが始まる。

「あ! あ! ぃ、い! い、……っ!」
「あら、もう? この一週間ですっかり道が出来てしまったようですわね」

 薄れる意識にかろうじて聞こえた彼女の言葉。浅ましいものを見る目。
 けれど、知ったことじゃない。もはやどうしようもない。耐えられるわけない。彼女の狙い通り、骨の髄まで絶頂を覚えこんでしまった身体は、意志の力なんか簡単に打ち負かして。条件反射のようにたやすく快楽の果てへと辿り着こうとする。

「も……だめ……! いく、いく……っ! うううううっ!」

 ……けれど。

「ですがもう、『それ』はあなたのものではありませんの」

 もうイってしまう、その寸前で。
 無常にも触手たちの動きは鳴りを潜め、私を絶頂へと誘う前に沈黙してしまった。

「う、あ、あああっ! あ、あぁ……!? な、なん……!?」

 得られるはずだった快感。与えられるのが当たり前になっていたそれが、直前で取り上げられる。そのことに戸惑う。
 大きな喪失感が、頭の中を支配する。

「いや……っ、やめな……」
「止めると何か不都合でも?」
「あ……ぅ……っ」

 だからこそ、思わず出てしまった懇願。剥き出しになった恥ずかしい本心を拾い上げられ、羞恥に顔が紅潮する。
 あれだけいらないと叫んでいたものを、欲してしまうなんて。人前で淫らに気持ちよくなることを、求めてしまうなんて。しかもこれ見よがしに股間を押さえながら。
 自分のはしたなさに感情が震える。

「あ……あ……く、しゅみ……!」
「その様子だと察しはついているようですわね」
「どう……せ、こんど……は、んっ! いかせ、ない……つも、りっ……なん……でしょう……!」
「その通りですわ。性欲管理も飼い主の義務ですもの」

 レストリアが飼い主なら、私は……。その意味を理解するより前に、性欲管理という言葉が突き刺さる。これから彼女がしようとしていることに、絶望を覚える。

「今後、わたくしの許可無く果てることは許しません」

 何故、最初に絶頂責めだったのか。
 それは単に快楽で籠絡するためのものではなかった。
 それが『当たり前』になっていればなっているほど、取り上げた時の影響は大きい。
 すっかり覚え込まされた、性的快感により果てる気持ちよさ。強制的、連続的なそれはつらくもあったけれど、それは間違いなく快楽だった。

「逆に言えば、許可さえあればどれだけ果てようが自由だということ。この事をよく理解なさい」

 それを、制限される。自分ではない、誰かの自由にされる。
 それは恐ろしいことだと思った。今はまだ我慢できる。けれど、これからを考えて怖くなった。
 当たり前になってしまった絶頂を何度も寸前で取り上げられ、お預けされたとき。私はみっともなく懇願してしまうんじゃないか。惨めな自分を晒してしまうんじゃないか。
 ……もうあの快楽を味わえないんじゃないか、と。恐怖した。

「その身体には、わたくしが刻み込みます。なのでその心には、あなた自身が刻み込みなさい。自分が置かれた立場、これからの立ち位置。役割。そして、服従すべき相手を」

 元より望んで得ていたものじゃなかった。無理矢理だったのに。押し付けられたものなのに。その味に慣れ親しんだところで、今度は取り上げるだなんて。こんな理不尽なこと、ない。
 けれど、この場に限って言えば、それは絶対の法であり真実で。
 私を服従させるための、一手段でしかなくて。

「それがなされれば、わたくしはあなたに慈悲を与えますわ」

 受け入れれば、イカせてもらえる。逆らえば、いつまでもお預けのまま。とても単純で、残酷な決まり事。それが、この『世界』で私が順守すべきこと。
 馬鹿馬鹿しいことのはずなのに。私にとってはとても大事なこと。大事なことにされてしまった。

「な、に……さま……な……のよ……!」
「『ご主人様』ですわ、と答えればよろしくて? ……ん、これは少しユーモアに欠けますわね」

 そしてその世界の支配者は、目の前の彼女なのだ。管理されるものが増えるたび、そのことが実感を伴って頭の中に入り込んでくる。いやというほど理解させられる。

「く……だらな……あ、あ、……ぃ、……!」
「『お預け』ですわ」
「ああぁ……く……っ!」

 彼女という存在が、どんどん大きくなる。私という存在が、どんどん小さくなる。もはや錯覚だと思えないくらいに。

「…………ぜっ……たい、ま……けな……い……っ……から!」
「……好きですわよ、そういうの」

 だからこそ、虚勢を張らなければ。ここから無事に抜け出して、逆転するためにも。策が見当たらない今だからこそ。
 そうしていないと押し潰されてしまうから。

「つか……いま、には……ならな……いっ。あ……んた、の、すき……には……させな……い!」
「勇ましいこと。どんな逆転の手が飛び出すのか、楽しみにしていますわ」
「や、あああっ!? つ、つよ……ひぃ、い、いぃ!」
「『お預け』」
「ぐ、うううううぅ……!」

 折れそうになる心を奮い立たせる。必ず策を見つける。だからその時まで。
 『自然』に。違和感のないよう、振る舞う。

「では、続きを」

 彼女の宣言を前に、そう覚悟を決めた。

 ……そのはずだったのに。

▼

「あ、あああっ! あ、い、い……!」

 これまでと同じように、快楽による責めは続いて。

「ぃ……、けな……いいいっ! な、ん……あああっ!?」

 これまでと帳尻を合わせるかのように、寸止め責めも続いて。

「おね……が、い……ぃい……っ、いかせ……っ!」

 身体が、頭が、沸騰しそうになる。望んだものを得られないもどかしさに、そこら中を掻き毟りたくなる。

 イケないのが、溜まった性欲を発散できないのが、こんなにつらいことだなんて。
 初めは単なる物足りなさだけだったのに。次第にそれは渇望に変わって。股間の熱さが、ドロドロと粘り、濁って。快感という塊がジュクジュクと細胞という細胞を侵食していくかのよう。
 そしてそれは、果てるまでそこに留まり続け、私を苛み続ける。

「あっ! あ、また……っ! あああっ!」

 知ってしまった、果てへと辿り着く解放感。高揚感。身体中が震える快感。

「いぐっ! ひ、ひ、ぃいいいっ!? あっ、あ、あああっ……」

 でも、それは与えられない。『お預け』という言葉が耳の奥でまだ反響しているようで。レストリアの笑う顔が脳裏にこびりついて。

「あああ……あぁ……」

 思考が単純化する。同じことばかり考える。求める。身体が欲する衝動に抑えが効かなくなる。

「いつまでヘコヘコと腰を振っているのです。いい加減学習なさいませ」

 けれど、それに溺れきることも許されなくて。

「ぐ、ああっ!? つ……!」
「さぁ、休んでいる暇はありません。身体を起こして。頭も上げなさい。もう一度」

 ぱあん、と鞭が跳ねる。私の背中に痛みが刺さる。魔力の練り込まれた鞭は、全身の神経に直接針を刺すような痛みを与えてくる。震える身体を強引に奮い立たせて、膝を伸ばした四つん這いの姿勢を取り直す。
 求められるのは、いかなる状況でも揺るがない服従心。例え快楽に身を焦がし狂いそうな時でも。

「は……くっ! はあ……!」
「先程より遅い。もう一度」

 両手両足を使い、惨めに床を這い回る。けれど力の入らない身体では満足にそれも出来ず、幾度も叱責の鞭が飛ぶ。
 それは出来の悪い動物を躾る、見世物小屋の調教風景のようにも感じられた。

「そんなことでは、レストリアお嬢様に笑われてしまいます」

 もどかしい快感を燻らせたまま、必死で自分を貶める所作を学ぶ。
 笑ってしまいそうなほど、滑稽な構図だった。
 動物は、私。そして調教師は、名も知らぬメイドさん。

「な……ん……ぅ、あっ!」

 『何でレストリアじゃないの』

 ここにいない相手のことを想う。
 レストリアがいないと、レストリアじゃないと、反撃もできない。交渉もできない。この貞操帯を外すことも。……イクことも。
 レストリアがいないと……。レストリアが……。

「レストリアお嬢様はお忙しいお方です。数少ない来訪の機会に、しっかりアピール出来るよう努力なさい。でなければ……」

 でも現実は、赤の他人に素肌を晒し、はしたなく快楽に溺れ、惨めに這い蹲る術を躾けられるばかりで。
 理不尽だと思う心と、そう感じてしまう敗北感が思考を満たして。
 でもそんな感情も疑念も、痛みと渇望に混ざり沈んで。

「はっ! はっ……! んぐ……ふっ!」
「……そう、その調子です」

 ただただ、獣のように這う。鞭を持つメイドさんの周りを、ぐるぐる。あちらこちらへ、ぱたぱた。
 躾のなっていない犬に芸を教え込むように。何度も繰り返される行動命令。まずは歩き方から、という言葉が脳内で響く。

「もっと早く。下を向かない。キビキビと」

 拒否なんてできなかった。鞭打たれる痛みの前では、どんな感情も恐怖に変わった。反抗心が熟成する前に、目の前の痛みから逃れようと手足が動いた。
 ここでは自分はただの動物でしかないのだと、思い込んだ。そう思って、『前向き』に命令をこなした。

「……先程よりはマシです。それを続けて」

 そうすれば、叩かれなかった。それどころか、股間を覆う触手たちが私を労うように蠢きだした。「それでいいんだ」と、ご褒美のように気持ちよくしてくれた。結局イケなくてつらいけれど、痛みよりは何倍もマシだった。

「しなやかさ。艶かしさ。従順さ。足りないものは、動きに出ます。よく考えるように」

 何を訳の分からないことを、とはもう思わなかった。ああそうなのか、と納得した。そのほうが楽だと理解したから。
 言うことを聞けば痛くされない。いい子になれば気持よくしてもらえる。そんな図式を刻み込まれる。何度も何度も。反復して。実体験で。この身をもって。

「絶対者である主の足元で、一切の自尊心を放棄し、ただ盲目な一匹の獣として付き従う。それが使い魔としての在るべき姿勢です」

 調教師の言葉に、なるほど、と理解してしまう。

「今回のようなケースは非常に稀ですが、例え『魔女』だとしても、それは変わりません。人間ではなくなるからです。魔獣などは元より強者に対する服従本能があるので問題にはなりませんが……。あなたの場合、しっかりと所作と心構えを身につけなければ、ふとした言動で不敬罪となり処罰もありえます」

 ハリボテの服従心では、いつかボロが出る。そういうことなのだろう。
 不敬罪となれば、使い魔としてすらこの世界では生きていけない。社会的に抹殺され、流刑地に流されると聞いた。それだけは、嫌だ。

「今あなたのすることは3つ。所作を覚え、自身の身分を理解し、レストリアお嬢様への服従心を絶対のものとする。それが出来なければ……。それまでです」

 痛みと恐怖と快楽で浸され、薄まった自我に、言葉たちが抵抗なく染みわたる。そうしなければいけないんだ、と心が前を向く。
 もちろん、それが危ういことだということも理解している。染まってはいけない。あくまで『演技』なのだというフィルターを忘れないように。もう一人の自分がそう警告する。
 けれど、圧倒的な現実を前に、その姿は小さくて。か弱くて。

「次は芸を覚えましょう。使い魔となれば、その全ては主人の胸先三寸。時には媚びを売ることも必要です」

 鞭に追い立てられるがまま、私は着実に使い魔として調教されていく。

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