第十一話『魔女というもの』

 それは、まさに昂然。
 それは、まさに威風堂々。

 それは、まぎれもなく『魔女』だった。

「皆様におかれましては、ご機嫌麗しく」

 御声は淀みなく。優雅に。端麗たる口上を紡ぎ。

「会えて光栄ですわ。危局の王よ」

 されど不遜。無知ゆえではなく、己への絶対的自信からくる振舞い。
 浮かべた笑みは挑戦するような慇懃無礼。一国家の中枢を前にしてなお失われない余裕。

 絶対の強者が、そこに在った。

「あなたは……何者ですか」

 そんな存在を目にした時、人が思い浮かべるものはいくつもない。
 それでもアリアリアは問うた。問うことしかできなかった。
 漏れ出る、いや、隠そうともしない桁外れの魔力を漂わせ。歴戦の勇者であるエンでさえ警戒し、自らも明確に生命の危機を感じるほどの威圧を放つ相手に対して。
 何であるか、を問わずにはいられなかった。

「お初にお目に掛かります」

 そんな、怯えとも、敵意ともとれる反応。
 それを全く意に介さず、魔女は丁寧に礼をしてみせる。

「わたくし、レストリア・ウィルストングス、と申します」

 それはとても自然な笑顔ではあった。あったが、それに応える者は誰もいない。
 ただただ、突然の来訪者を厳しい目で見つめていた。

「……」
「……」

 予期せぬ事態ゆえの硬直。それもあっただろう。
 だがそれ以上にレストリアという魔女の存在は、この部屋にいる誰もに冷静な対応をさせないほど特異なものであった。

 グレイドウィン皇国は、辺境の小さな国である。
 中央国家間で行われている、いかに優秀な魔女を囲い相手を潰すか、といった、血で血を洗う覇権争いなど遠い世界の話であった。
 今までに魔女の力など必要としたことはなかったのだ。

 そこに、招いてもいない魔女が訪ねてくるという異例。
 そして、国中で抵抗しても勝てないような化け物が目の前にいるという異常。

 一体、相手の目的は何なのか。
 いくら友好な態度をとっていたとしても、不穏なものを感じるのは致し方ないことであった。

「……エン・グレイドウィンだ」
「急な謁見、無礼をお許し下さいませ」
「構わん。が、何用で参られたか、早急に説明願いたい」
「あら、随分と急かされますこと」
「『知っての通り』、現在我が国には謁見予定のない者とゆっくり歓談する余裕がなくてな」
「……。さすが、小国とはいえ救国の英雄なだけありますわ。話が早くて助かります」
「やはりか……。だとするなら、なおさら疑問に答えてもらわねばな」
「その点はきちんとご説明差し上げますわ」
「あなた……」

 ただし、国を背負って立つ男だけは、そうではなかった。
 いち早く魔女の思考に追いつく。その先読みの鋭さは、とても病に伏せていたようには見えない。夫の健在ぶりに胸を撫で下ろしつつも、外部秘を仄めかす発言をしたことにアリアリアは控えめに声を掛けた。

「あのことは、その……」
「心配するな。隠す必要がない。この魔女は、どうやってかそれを知ったうえでここに来たようだ」
「そういうことですわ」
「それに、知ったうえでこうして我が国に魔女としてやって来る意味。ここまで言えば、お前にも分かるだろう」
「……」

 こくり、と喉を鳴らしたのが自分なのかそうでないのか。判断もつかないほどの静寂と、緊張。
 アリアリアは、自らを襲う虫の知らせとでも言うべき悪寒がますます強くなるのを感じた。

「ご推察の通り、わたくしは『魔女』としてここを訪ねました。ならば申し上げることは一つ」

 ただ一人微笑むのは、レストリア・ウィルストングス。
 胸に手を当て、軽くお辞儀をして見せる。

「殿下。わたくしが貴国を救って差し上げましょう」
「……」

 その言葉に、何の感情を返すでもなく。
 国を預かる者として、ではなく。

「分からないな」
「分からない、とは?」
「貴殿の動機が分からない」

 エン・グレイドウィンは、事務的に言葉を並べる。

「言っては何だが、この国は辺境の小国だ。それに見る限り貴殿はかなり腕が立つ。引く手あまたな今の世で、この国に目を付けた意図が読めない」
「……」
「そして報酬だ。魔女は莫大な報酬と引き換えに力を振るうと聞く。魔女を抱えるのが大国ばかりなのもそのためだ。だが、うちにはそんな余裕はまるでない」
「ええ、存じております」
「……っ」

 礼を欠いた言葉に女性陣の視線が鋭くなるが、エンは構わず続ける。

「魅力的な提案だが、裏がとれない限り諸手を挙げて歓迎とはいかない。ご理解いただけるか」
「ええ、ええ、もちろん。ごもっともなお話ですわ」

 もうこれ以上話すことはない、とでも言わんばかりの、上辺の口調、言葉。

「ただ、裏と言っても、とても単純なことですわ。殿下のその疑問、まとめてお答えさせていただきます」

 そんな国の総意を、魔女はあっさりと切って捨てる。

「力を振るうに足る報酬。ええ、ありますとも。足りますとも。この国の第一皇女であり、殿下の愛娘。スティラ・グレイドウィンをいただければ」
「なっ!?」
「お姉さまを……!?」

 今度こそ訳が分からなかった。外面をどこかへ置き忘れたかのように、感情を隠さず口が動くままに任せた。
 アリアリアもアイリィも、そうするしかなかったのだ。
 魔女がやって来るだけでも厄介なことなのに。何故スティラの名前が出るのか。スティラが行方不明なことと関係があるのか。何か情報を持っているというのか。そもそも、今回の騒動をどうやって知ったのか。

 ……もしかして、全部裏で繋がっているんじゃないか。

「……。悪いが、言っている意味が分からない」
「あら、そのままの意味ですわ」
「見る限り、貴殿は女性のようだが」
「いえいえ、妻として娶りたいわけではございません。まぁ、それもやぶさかではありませんが」
「……回りくどいのはやめにしてもらおうか」
「ですから、文字通り、いただきたいのです。……もっと分かりやすく言いましょうか。わたくしは、スティラ・グレイドウィンを、『所有したい』、と申し上げているのです」
「何を馬鹿なことをっ!!」

 もう我慢の限界だった。
 国のため。民のため。家族のため。仕事のため。我慢して、我慢して。
 思いがけない事件に、国の危機。期限は過ぎたはずのに、なかなか戻ってこない娘。心労は零れんばかりに器に満ちて。
 アリアリアはぎりぎりのところで、己を守るために吼えた。

「いくら魔女であろうとも、無礼にもほどがあります!」
「そうでしょうか? これは真っ当な契約交渉だと認識しておりますわ」
「いきなりやってきて、娘を寄越せなどと……! 賊の類と変わらないではないですか!」
「随分な言われようですわね」

 それをどこ吹く風と、魔女は嗤う。

「勘違いされているようですが、これは提案ですわ。労働の見返りに対価をいただく。何もおかしいことはないでしょう?」
「その対価がおかしいと言っているのです!」
「こちらとしては、貴国に十分な支払い能力がないと踏んでの代替案なのですけれど。国が亡ぶよりマシでしょう?」
「……魔女め……っ!」

 僅かに残った理性がアリアリアに諭す。
 こいつは確実に、スティラの居場所を知っている。
 でなければ、これほどまでに残酷な貌を人に向けることなどできやしない。
 これは、人質を盾に身代金を要求する誘拐事件と変わりない。

 激情が理性を喰ったアリアリアの脳内妄想は、あくまで推測の域を出ない八つ当たりのようなものであった。
 ただそれは皮肉にも、客観的な視点での事実を説明するのにそう遠くない答えであり、彼女の感情からそれを読み取ったレストリアは、誰にも気付かれないよう本心からの苦笑を漏らした。

「さて、殿下のお考えをお聞かせ願いたいですわ」
「……。……まず、貴殿はいくつか偽りを口にしているな。だがまぁ、それは今はいい」
「……」
「魔女である貴殿の力は、正直喉から手が出るほど欲しいのが現実だ。求めていたものが向こうからやってきてくれた。神の御加護とでも言うべき僥倖だ」

 アリアリアとは対照的にあくまで事務的なエンは、大仰に両腕を一度広げて、肩をすくめた。

「そして、報酬を用意できない我々に代替品の提案。民の上に立つものとして、喜ぶべきなんだろうな。スティラも、腐っても皇族だ。国のために犠牲になることを厭いはしないだろう」
「あなた……!」

 そこには、笑みさえ浮かんでいるように見えた。

「しかし」

 それでも、目は心を偽らない。

「一人の親としては、断固承服しかねる。この感情、分かってくれるな?」
「もちろんですわ。それはもう、十分すぎるほどに」

 ほんの少し。ほんの僅かな時間だけ。魔女は視線を逸らす。
 そこにどんな感情があったのか。伺い知ろうとする本能を掻き消すようにエンは続ける。

「だが、疑問は解消された。貴殿はどこかでスティラと会い、この国の現状を聞いたのだろう。どういった経緯で娘を欲するようになったかは知らぬが」
「……ふふ」
「しかし、スティラを手に入れてどうする、魔女よ。利発な子だが、貴殿にとって莫大な財の代わりとなるほどか。小間使いにでもするか?」
「あらあら。一国の姫を小間使いとは、贅沢なお話ですわね」
「……」
「……」

 固まる時。そこには目に見えざる感情と牽制の応酬。それもあっただろうが。

「……。ご主人様……」

 得た虫の知らせに、思わずミルリアが声を漏らす。その腕には精神的に疲弊したアリアリアをかき抱きながら。
 そんな怯えともとれる姿に、レストリアは微笑みを一つ。

「どうやら、思ったより早いようですわね。いよいよ時間が無くなってきましたわ」

 それと、一閃。続け様に、高音。キンと、まるで高温の金属が存在を軋ませるような。
 瞬きすら許さぬ間に、魔女の右手には一振りの杖が現れる。

「……っ」

 思わず身構える一同。
 それに構わず、レストリアは詠唱を四小節。呟くように零した。

「なるべく面倒ごとにはしたくありませんが」

 どの口が、とエンが憎まれ口を漏らすよりも早く。

 それはそこに現れた。

「GuRuuuluAou!」

 初め煙のようだったそれは、誰もがそれを認識した瞬間から渦を巻くように魔女の傍らで収縮を始める。
 聞こえたのは咆哮。
 低く相手を威圧するような。まるで獣が自らの縄張りを主張するような。その縄張りに侵入してきた愚か者に警告を伝えるような。
 だからこそ驚きはある程度抑えられた。徐々に形作られるその姿は、各々が想像するそれとさして大差はなく。
 だがそうであるがゆえに、煙が晴れそれが顕現したことに混じり気のない恐怖を覚えた。

「ラプラス=ラプス……!」
「あら、よくお勉強してますわね」

 低い唸り声を撒き散らしながら魔女の隣に控える、魔獣。
 その名を口にしたミルリアに対し、レストリアは優秀な生徒を褒める先生のように笑みを向けた。

 ラプラス=ラプス。
 その姿は狼に似るが、大きさはその数倍になる。
 一般のそれと比べ長い鼻と耳、尾を持ち、黒に近い灰色の体毛が身を覆う。性格は勇猛果敢で忠実。ある程度の人語を解すると言われるが、絶対数が少ないため詳細は不明。一説によれば、野生のラプラス=ラプスは全て魔獣化してしまい、純粋な血族は絶えてしまったという。それゆえその名を知る者は少なくなり、今ではただ恐れを込めて化け物と呼ばれる。

「まさか、純血種なのか……」
「血統にはこだわるほうですので」

 冗談とも本気ともつかない魔女の軽口に、エンの視線が少し鋭くなる。

「本来であれば、じっくりとうちの子の自慢をしたいところなのですが」

 警戒色を強めるエン。すっかり怯えた表情を見せるアリアリア。それを守るようにミルリア。俯いたまま動かないアイリィ。
 それぞれの顔を見渡した後、レストリアはやれやれといった感情を隠そうともせず、溜息をつく。

「足りませんわ。時間も、怒りも、何もかも」

 そして、もう一閃。一閃。一閃。
 散らばる輝煌。迸る魔力の奔流。
 これは攻撃?
 否、それはただ、八つ当たりのように辺りに拡散し、暴風雨のように部屋を掻き乱す。

「ぐ、ううっ!」
「きゃああああっ!?」

 轟々、ゴウゴウ、と。
 悲鳴すら消してしまうほどの轟音。轟音。轟音。
 世界の終わりがここにあるのだと言わんばかりの揺れ、音、明光。
 それらが満ち満ちて。
 溢れて。
 爆発して――。

「~~~っ!?」

 そして、しん、と。
 その数瞬後に訪れる、嘘のような静寂。無音。

「うぅ……、……ぇ……?」

 思わず耳を塞いだ女性陣のその両の手が、行き場を失って宙に浮く。
 余りの落差に理解が追い付かない。目の前の現実が現実と信じられない。
 今まさに、この場は大地の怒りが噴出したような大災害に見舞われたはずではなかったか。
 なのに、それらは残響すら残さず、まるで意識がぷつりと途切れたかのように突然に、どこかへ消えてしまっていた。
 取り残された感覚すら覚えるミルリアが見たのは、先ほどと変わらずそこに佇む魔女と。
 むしゃむしゃと、何かを咀嚼する化け物の姿。

「う……そ……」

 それは博学なミルリアだからこそ思い至った真実。
 『喰らった』のだ。目の前のこいつは。
 実際に体験してなお信じ難い御伽噺のような事実。

 『事象を喰らうケモノ』……。

「わたくしもまだまだ未熟ですわね……」

 そして思い出す。
 その化け物を。そんなとんでもない災厄を。この魔女は召喚したのだ。

「ぅ……ぉ、ええぇ……っ」

 吐き気がする。悪寒がする。恐怖心が、身体を蝕む。
 これは。目の前のこれは、もはや。

 人間では、ない。

「ですが」

 そんなヒトデナシが召喚したものは。召喚してみせようとしたのは。
 意図するところは。突き付けたかったものは。見せたかった現実は。

「あなた方もまだ」

 別にあったのだと。

「何もかもが足りていないのだと」

 気付いた時には、もう。

「知ってくださいませ」

 感情が軋む音が響いていて。

「いやああああああっ!!」
「きゃああああああ!?」
「お……ねぇ……さま……?」
「き、さま……っ!」

 恐るべきケモノの陰から現れたその姿を信じたくて、信じたくなくて。
 真っ先に我を取り戻したエンが剣を振りかざすよりも早く、レストリアは口上を述べる。

「さあ、刮目くださいませ! あなた方が愛する姫君の末路を!」

 まさしく演者の如きその声と、仕草。
 それに寄り添うはスティラ・グレイドウィン。まごうことなきグレイドウィン皇国の姫君だ。

 だが、違う。これはスティラではない。こんなスティラは知らない。
 脳が理解を拒絶する。自らの認識を否定する。そんな苦悩をあざ笑うかのように、悲鳴が聞こえていないかのように、目の前の四足の動物は無表情だ。

「スティラに何をしたああっ!!」

 四足の動物。まさにそう呼ぶにふさわしい姿かたちだった。
 一糸も纏うことなく、短くなった手足でひょこひょこと移動する様は、四つん這いではなく四足歩行と言われたほうがしっくりくる。
 まるで犬のようなその姿に、重罪人の刑罰を思い出す。だが、彼女が一体何をしたというのか。
 虚ろな瞳は目の前の両親の姿を捉えることなく、反応することなく、ただただレストリアの足元を寄り辺とする。その姿に、堪らず激昂する。
 ようやく噴出したエンの感情に、魔女はますますその笑みを深め詠う。

「さあ、思い知ってくださいませ! あなた方が愛するこの国が置かれた現実を!」

 再び一閃。業炎が空間を焼き、密度が変質する。現れた陽炎は不安定に揺らめき、つかの間の幻覚を映し出す。
 それは、兵の群れ。鈍く光る武具に身を包んだ、敵国の軍勢。それらがまさに、国境付近で進軍を開始している様。

「……っ!」

 ただの幻覚だと切って捨てる、わけにはいかなかった。
 分かっていたからだ。それが自らを惑わす虚像などではなく、これから現実のものとなる明白な未来であると。
 時間がない、と魔女が呟いた時。エンとミルリア、そしてレストリアだけが得ていた、予感。すぐそこまで近づいている、気配。いよいよだという、確信。
 それら戦場を知る者だけが持ち得る予知能力が、目の前でゆらゆらと揺れる行軍の光景を現実だと知らせていた。

「さあ、混乱してくださいませ!」

 ならばどうすればいいというのか。
 かたや娘を人質に取られ、それどころではないというのに。
 かたやもう幾ばくの間もなく戦が始まろうとして、それどころではないというのに。
 理性を掻き乱す原因の半分は、理不尽な打開策を心に垂れ流してくるのだ。
 「娘を渡せば全てを助けてやるぞ」、と。

「存分に苦悶してくださいませ!」

 兵の準備はできている。自分が目を覚ました時点で、『そういうこと』なのだと、ミルリアに指示を出していた。
 いざとなれば自分が出よう。病に伏せ弱った身だとしても。かつてこの国を救った英雄の呼び名、伊達ではないことを証明して見せよう。
 そのくらいの気概は、力は、まだ残っている。

「思うまま咆哮してくださいませ!」

 だが。……だが!
 それでも足りないだろう。この国は、足りないだろう。
 外敵を迎え撃つ力が。降りかかる火の粉を振り払う力が。圧倒的に足りない。
 そんなことは分かっていた。そしていつか、こんな日が来るだろうことも。

「ですが、逃げないでくださいませ!」

 準備の時間が足りなかった。そう言うことは簡単だろう。
 だが本当にそうか。もっと他に、やり方はなかったか。この段になって考えるには詮無きことと分かってはいても。
 思わずにはいられない。目の前に現実を見て、ようやく。ようやく。
 気付く。

「……ふふ」
「魔女、お前は……」

 一瞬、目を奪われる。
 魔女に、そして感情のない瞳でこちらを見る、あらぬ姿にされたスティラの姿に。

「さあ、決断してくださいませ! 見せてくださいませ!」

 そうまでしてようやく。
 自分が、この世界に追いついたのだと。
 苦笑する。

「あなた方が持つ愛と毒がどのような結末を創り出すのかを!」

 そして、笑みには笑みを。
 向かい合い対峙した二人は、互いに獲物を構えて。
 エンは、その一足で間合いを詰め、その剣を振りかぶり――。

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