第四話『到達と停滞』

 夏休み中のスクールカウンセラーは暇だ。
 何せ仕事がない。部活動のある生徒はともかく、大半の生徒が登校しないのだから当然といえば当然なのだが。
 月に何日かは生徒の登校日に合わせて出勤したりもするが、基本的にこの期間は休業ということになる。休みが多いのはありがたいことだが、その間は給料が支払われないので浮かれてもいられない。

 本来ならこうした期間は、別の仕事をしたり研修や勉強会に行ってスキルアップを図ることが多い。しかし、残念なことに俺にはそんな殊勝な考えはない。ひたすら家に篭ってゴロゴロしつつ、たまに自主学習するのが恒例だった。
 それでも勉強しているだけ偉いと言いたいところだが、単に金がないので他にやることがないというのが正直なところだ。

「ふあ……あ……」

 現実問題として、スクールカウンセラーという仕事は不安定極まりない。
 今の学園は裕福だからか異常に金払いがいいから助かるが、それでも他職の同年代と比べるとはるかに稼ぎは少ない。掛け持ちや副業をしないと食えない奴はゴマンといる。
 次年度も同じところで仕事があるかどうか分からないし、非常に流動的なケースが多い。

「とはいえ、今さら他の仕事っていってもな……」

 暇潰しを兼ねて読んでいた教本を閉じ、空を見上げる。
 気晴らしに何処かへ行こうと思っても、こうして近くの公園に来るのが関の山。自販機の缶コーヒーに贅沢を感じながら、ベンチで風景の一部と化して過ごす。
 それがここ数年の日常だった。

「……はぁ」

 暇を持て余して始めたクラウドソーシングも、苦労の割に実入りが少ない。かといって向かいのベンチで昼寝するサラリーマンのように、スーツを着込んで頭を下げる仕事も性に合わない。
 一念発起して独立開業しようかとも思うが、そんな行動力と根性があれば先にやっている。何より先立つものがない。

 ああだこうだと文句を言いながらも、何とか生活できてしまっている。そんな今の状況がダメなんだろう。
 きっと俺は、ギリギリまで追い詰められないと何もできないのだ。
 そんなこと、再確認しなくても分かりきっていることなのに。また一つ真理を見つけた気になって、非生産的な時間をごまかす。

「……。ダメだな、暇があるとどうしてもいらないことを考えて……」
「せ……んせー……っ!」
「……お」

 空は青々と晴れ渡っているのに、心はどうしてこんなにも雲が覆って……。
 なんて、頭が現実逃避を始めたところで、聞き慣れた声が俺の意識を浮上させた。

「来たか。思ったより早かったな」
「う……んっ。用事があるって、……ふぅ。早めに、切り上げてきたよ」

 ベンチに腰掛ける俺の前に、久織が現れる。偶然ではなく、事前に約束をしてあった。
 待ち合わせの時間より少し早い。息が切れているのは、急いできたからか。それとも。

「……俺が言うことじゃないが、休みの日にまで駆り出されるのはおかしくないか?」
「んー……。まぁ、週に一、二回くらいだし……」
「久織がいいならいいが……」

 今日も朝から部活だそうだ。相変わらず体よく使われているらしい。
 本人が納得しているから何も言えないが、進路で忙しい三年生をいつまでも部活に引っ張るのはどうなんだろうか。まぁ久織に関してはその辺の不安がないのを知っているからこそなのかもしれないが。どこか釈然としないものを感じる。

「それより……」
「あ、気付いた?」
「ああ。新鮮だな」
「可愛い?」
「あー、そうだな……可愛い可愛い」
「む~、心がこもってないっ!」

 いや、よそう。決めるのは彼女自身だ。俺が口を出す問題ではない。
 くるりと回ってはしゃぐ久織に冗談を言って、俺は胸の内を隠した。

「嘘じゃないって」

 冗談でごまかしたが、制服を着ていない彼女の姿は本当に新鮮だった。
 学園から帰った後、一度家に帰って着替えてきたのだろう。透け感のある白いチュニックに藍色のショートパンツ。首にはシンプルな革紐のネックレス。斜めにかけたショルダーバッグが、ささやかな胸を少しだけ強調させている。
 夏らしく、元気な彼女に映えていて、女性のファッションには疎いが素直に似合っていると思えた。

「……せっかく、勇気出して着てきたのに……」

 だからこそ、たまらない。ふくれた久織の呟くような恨み節も、むしろ興奮を誘う。
 いくら疎くても、よく見れば分かる。そのチュニックは、他の上着と重ねて着るものなのだろう。向こうが透けて見えるほどの薄い生地は涼しげに太ももまでを包んでいて、下に履いたショートパンツを透かして見せている。
 上半身も同じく透けて見える。ただ違うのは、そこに本来合わせるのであろうシャツどころか、下着すらもないこと。透けて見えるのはどこまでも肌色だ。
 つまり、彼女は上に薄いチュニック一枚を着ているだけだった。

「……」
「……せん、せ。そんなに見られると……」

 遠目であれば違和感はないだろう。だが近くで見れば、明らかに見える。健康的な肌に、つんと張った胸。ぷくりと桃色に膨らむ乳首と、それを穿つ銀色のピアスまでもが。
 それに今はバッグの肩紐が胸に食い込み、その形がより浮き彫りとなっている。正直、裸でいるよりもフェティッシュでエロティックな状況だ。

「……可愛いよ。本当にそう思ってる」
「……。嘘じゃない?」

 そんな恥ずかしい格好で外に出る。しかも、俺のために。
 その献身と従順を含めて、可愛くないわけがなかった。

「ああ。こうして悪戯したくなるほどにな」
「あ、やっ……ん!」

 チュニックの裾を掴んで股間を押さえる久織の姿に、嗜虐心が肥大化していく。
 目の前にある全てが、自分で作り上げたものなのだ。汗で張り付き、明瞭に現れ始める胸の頂きも。ネックレスの先にぶら下がっている鍵も。微かに聞こえるバイブレーションの振動音も。全部俺が彼女に刻みこんだものだ。

「ちゃんと着けているみたいだな」
「は、ふ……っ。ひ、どい、先生っ!」
「はっはっ。悪い悪い。あんまり可愛いからつい、な」
「意味分かん、ないよっ。……ひゃ!?」

 ぷりぷり怒る久織の横に回って肩を抱く。ビクリと身体が跳ねて、素っ頓狂な声が上がった。
 小さな肩から、服越しに熱が伝わってくる。それはさんさんと降り注ぐ太陽の熱か。彼女自身が生み出す体温か。
 ぶつくさ文句を言っていた彼女も、やがて観念したのかこちらに身体を預けてきた。油断した胸元を軽く弄り、ネックレスの先にぶら下がっていた鍵を回収する。彼女を管理し、支配する鍵だ。
 「あ……」と声を漏らし、視線がそれに集中する。反論の余地を与えないよう、俺は強引に唇を奪った。

「ん……。ちゅ……ん、ふ」
「む……んん」
「んにゃ……。なんか……大人って、ずるいね」
「何言ってるんだ。子どものほうがずっとずるいさ」
「ボクもう子どもじゃないもん」
「じゃあ久織も立派なずるい大人だな」
「……先生ってずるいね」
「そうきたか」
「そうきたかじゃないよ、もう……んっ」

 やれやれというように、溜息を吐いて視線を外す。その仕草が妙に大人びて見えて、逆にこっちがドキリとした。

 初めて会った時から、もう二年以上経った。
 この時期の子の二年は本当に密度が濃くて、成長が早くて。だが、まだまだ成熟しきっていなくて、不安定で。
 だからこそ、眩しい。

 ボクもう子どもじゃない、か……。

 どうしてか、その言葉がやけに耳に残った。

▼

 例えば誰かに簡単な用事を頼みたい時。余ったチケットを譲るとき。ちょっと食事にでも行きたいとき。候補の人間が何人か頭の中に思い浮かぶことだろう。
 さて、誰にしようか。考えてはみるが、どうにも決め手に欠ける。本音を言えば誰でもいい。誰でもいいのだが、『誰でもいい』という答えを選ぶことはできない。『誰か』を決める必要がある。簡単なはずなのに、難儀な問題だ。
 そういった『迷い』というやつは、深刻でない分、数が多い。そのくせ決めるという行為自体はしっかり要求してくる。いちいち真面目に相手をするのも大変だ。だから結局、少ない判断材料を元に直感や何となくで決めることが多いのだろう。人というのは、往々にしてそうやって生きているものなのだ。

 俺の能力はそこに介入する。
 どうにも決めかねて分かりやすい答えを求めているところへ、その分かりやすい『答え』を流し込む。しばしば利己的で作為的なものになるが、それを知る術は相手にない。
 「そうだ、こうしよう」、と、一度思わせれば十分だ。ふと頭に浮かんだなら、それは強力な判断材料となり、理由となり得る。完璧に構築された理論でなくていい。ああそうか、と思える程度の力で、トンと背中を押してやる。それだけで、人の思考は容易に前に進む。俺の示した方向へと。
 結果として、この能力は思考操作と同義になる。

「腹減ったな。とりあえず飯でも食うか」
「う、ん……んっ」
「何が食べたい?」
「は、う……ぅえ? あ、うーん……と……。どうしよう」

 ……なんて、大風呂敷を広げたが。言ってしまえばたったそれだけの能力だ。
 影響を与えられるのは、曖昧で流動的な選択の場面だけ。地味なことこの上ない。

 だがそんな曖昧で流動的な選択が、人間の人生というやつの大半を占めているのだ。
 生きるとは選択の連続だとはよく言ったものだが、確固たる信念を持ってあれこれ選択する場面はそう多くない。
 そして、その大事な場面で選択するための物差しは、実は日々の何でもない選択の積み重ねが作り出している。
 ……と、俺は思っている。

「何でもいいぞ」
「……じゃあ、ファミレス」
「分かった」

 そんな、俺の、俺による解釈によって使われた能力は、ここにきて着実に実を結びつつあった。
 この能力の真髄は、単発的ではなく継続的な思考の流し込み。そう考えて、5回や10回どころじゃない、100を超える回数の『刷り込み』を行ってきた。俺の流した思考を考え、それを元にして選択する。そんなプロセスを繰り返させてきた。

「……」
「……ど、したの?」
「いや……。そういえば前に嫌いだと言ってなかったか。ファミレス」
「そうだったんっ、だけど……ね。せんせ……と一緒だと、大丈夫になったんだ……ぁっ」

 結果、対象である久織の思考回路は、その性質までもが変化始めていた。
 表面上の変化はほぼない。ただ、選ぶものが変わる。そして選ぶものが変われば、日常も少しずつ変わっていく。それは小さな分かれ道の積み重ねだが、確実に久織という存在自体を変質させていく。
 例えば、嫌いだったはずのファミレスに、自分の意思で行きたいと言いだすような。

「ここから近いところは……と。お、あったあった」
「ぅ……ん」
「少し離れているな。まぁたいした距離じゃないか」
「……」
「よし。……久織、行くぞ?」
「あ、う、うんっ」

 思わずにやける口元を隠すようにスマホを掲げ、俺はマップアプリで目当ての店を示す。
 久織は先ほどから心ここに在らずといった様子で、終始上の空だったが、構わず彼女を促し歩き出した。

▼

「はぁ……っ、ぁ……」

 学園のあるK市は、県内でも有数の都市部だ。JR駅を中心に商業施設が立ち並び、今なお開発が進んでいる。
 大都市圏へのアクセスもいいことから近年はベッドタウンとしても人気で、高層マンションの数も随分増えた。若い家族層を中心に他県からも人が集まり、活気ある街だ。
 そんな中心街を縦断する道路から少し外れた道を、二人並んで歩く。絶え間ない人や車の往来も、一本二本中の道に入ればどこか別の世界の光景のようだ。昔ながらの商店街は軒並みシャッターを下ろし、時代の波に取り残された通りは静かで閑散としている。

「……」
「ふぅ……ん……ぅ」

 だからこそ、隣を歩く俺にはよく聞こえる。久織の弱々しくも荒い吐息。そして、途切れることなく響き続ける微かな振動音。
 俺の腕に縋るように抱きついているその身体から、彼女の感情が感じられる。

「は、く……う、んんっ!」

 デート、には違いなかった。だが、ただのデートで終わるはずもなかった。
 俺は彼女に愛情を抱いている。それは間違いない。でも、だからこそコレが必要だった。彼女との関係をより盤石に、より強固にするために。
 そのための、これは調教だった。

「うぅ……ひあっ……あ、あ……」

 あの日から変わらず装着している調教パンツ。剥き出しにされたクリトリスに、排尿を管理する尿道プラグ。アナルを埋めるディルドーは、一回り大きくなった。こうして歩いているだけで、ゴリゴリと腸壁を抉っているはずだ。俺と合流してからは振動もプラスされ尚更だろう。
 漏れ聞こえる嬌声は途絶えることなく、それでも必死に噛み殺そうと悶えているのが分かる。

 きっと学園でも、ふとした拍子に艶めかしい声を漏らしているのだろう。こんなものを装着していながら、平静を装って生活している精神力には全く感服するが、それでもその小さな身体に余る調教なのは想像に難くない。
 少し前、久織のクラスを担当する教員から、彼女の様子がおかしいから話を聞いてやってほしいと頼まれたこともある。
 そのときは流石に肝を冷やしたが、それも当然の話だった。虚ろな返事と蕩けた顔は、どんなに誤魔化してもクラスメイトの不審を買ったことだろう。

「気持ち良いか?」
「よく……わかん……な、いひっ、で……でも、恥ず……か、しい……っ」

 その光景を想像するだけで興奮を抑えられない。きっとその時も、今のような顔をしていたのだろう。
 たまにすれ違う通行人を視界に捉えるたび、必死に緩んだ顔を引き締めて、身体を襲う刺激を抑えこもうと強がる。果たしてそれが成功しているのかどうか。
 すれ違うのは男が多いが、皆一様に視線をくれていたように思う。赤く上気した久織の顔と、薄く透けた胸の頂きに。

「だろうな。……ほら、またやってきたぞ。今度も男だな」
「……っ」
「さっきから皆、久織のこと見ているぞ。あれは気付いてる顔だったな。その服が透けて丸見えなこと」
「や、だ……っ」

 実際のところ、こちらを見ていた人がどこまで気付いているかは当人にしか分からない。だが確実に視線は向けられていて、久織はそれを逐一感じていた。羞恥を煽るにはそれで十分だ。
 俺の腕にしがみつこうとする身体をやんわり解いて、自分の足で歩かせる。もじもじと頼りない歩みが今の彼女の心境を物語る。
 少し歳のいったスーツ姿の男は何度も彼女をちら見しながらすれ違っていった。若い男女は無遠慮に視線を向けていた。
 俯いた彼女の表情は見えないが、耳が真っ赤になっている。

 出会った頃からは考えられないほど、彼女は羞恥心を抱くようになった。結果、見ているこちらが思わずドキッとしてしまうような、女性らしいしおらしさを得ていた。

「なぁ久織」
「は……ふ……な、なに、せんせ……」
「下はアレを履いているだろ?」
「え……う、うん……」
「クリトリス剥き出しだろう。痛くないか」
「う、ん……。擦れて痛いから、ハンカチあててる……。それでも……ひぅっ!」

 調教パンツにより一日中剥き出しになっているクリトリスは、短期間で驚くほど大きく、敏感に成長していた。横に貫くピアスが揺れるだけで声が漏れ、スカートの裏地が擦れるだけで腰が砕けてしまいそうだと、涙目ながらに言っていたのを思い出す。
 だとするなら、股間に密着するショートパンツなどもってのほかだろうと思うが……。不規則に触れる危険性のあるスカートよりは、固定して計算できるほうを選んだということなのだろうか。こればかりは他人の身体なので測りかねる部分だ。

「なら脱いだらどうだ」
「ん……、……へっ!?」

 どちらにせよ、つらいことには変わりない。そんな都合のいい理由をさも今見つけましたと言わんばかりに、俺は久織に意地悪く提案した。
 当の本人は虚ろだった目を見開いてこちらを見るほど動揺したようだ。今ここで、下を脱ぐという行為。それはつまり、調教パンツのみになるということ。ぷっくりと膨れ上がったクリトリスを外に晒すということ。

「せ、せんせ……ぇ、それって……!」

 彼女の戸惑いも当然だった。動揺して挙動不審になる姿も可愛らしい。
 だが、拒否させる気は毛頭なかった。

「できるな?」
「あ……ぅ……」

 提案から命令に変える。口調は同じだが、その変化は久織も感じているはずだ。
 冗談で言ったわけじゃない。羞恥調教として、どこまでできるか試しているのだ。その意図が汲み取れないほど、彼女は鈍くない。

 『無理だよ、そんなの。恥ずかしすぎる……』
 『だって、これ脱いだら、……見えちゃうし……』
 『でも……でも……』

「……うぅ」

 『ここまで来て、しないなんて言えない』
 『先生に失望されたくない』
 『もっとドキドキできるかもしれない』

「……」

 『何かあっても、きっと先生が守ってくれる』

「大丈夫だ。誰に見られようと、それだけだ。横に俺がいる。手出しなんてさせない」
「……っ」
「久織は、そのドキドキをただ楽しめばいい。解放感に浸ればいい。それは凄く刺激的で、……気持ちいいぞ」

 能力で誘導して、言葉でダメ押しする。すっかり我がものにした黄金パターンは、今の俺の最強武器だ。
 まして久織は、これまでに幾重もの調教と思考誘導を積み重ねてきている。もはや俺の意思に反することなどできやしない。

「……ボク、やる」

 ああ、何て可愛いんだろう。普段は明るく元気に跳ね回っている久織が、俺の意思一つでズブズブと淫獄に嵌ってもがき、その表情を蕩けさせる様は。

「よしよし」
「ぁぅ……」

 俺は「よく言えたな」と頭を撫でてやり、震える肩を抱いて路地裏へと連れ込む。路地裏といっても日中なので明るく、小料理屋の看板なども見えるが……まぁ構わないだろう。
 彼女の肩に回していた腕を解き、通りを背景にして相対する。

「見ててやるから」
「……ぅ、ん」

 久織の覚悟が揺らがないうちに促す。
 『もたもたしていたら……』と思考を流そうかと思ったが、ちゃんと状況を理解しているようだった。初めはチュニックの裾を握っていた両手が、もじもじとではあるが、思ったより早くショートパンツの留め具に掛かる。

「は……ぅ……」

 いくらか躊躇した後、こちらに視線をくれたので、見つめ返して頷きを一つ。
 それで覚悟が決まったようだ。

「~~~っ!」

 脱ぎ方一つにも性格が出るものだな、と思う。
 意を決した久織は、留め具を外した後、えいやと言わんばかりに一気に両手を引き下ろした。

「あ、んうう……っ」

 足元でくしゃりと塊になるショートパンツ。その上に可愛らしいハンカチが落ちる。
 肝心の股間部は裾の長いチュニックでかろうじて覆われている。だが、黒い調教パンツはしっかりと透けて見えた。遠目では分からないかもしれないが、この距離ならクリトリスを穿つピアスの銀色まで確認できる。

「ふう……ぅう……!」

 いくら大部分を調教パンツで覆っているとはいえ、局部を晒していることには違いない。それに調教パンツ自体も、傍目には下着と変わらない。
 外で恥ずかしい部分を晒すという行為。鼻息荒く耐えるようにその身を震わせる久織の顔は、茹で上がったように真っ赤だ。人の往来がある通りをバックに、恥ずかしいところを剥き出して立ち竦む。その姿は激しく劣情を誘った。

「ほら、肩に掴まれ」

 固く握られた両こぶしをそっと掴んでほぐし、目の前でしゃがんだ俺の肩に乗せる。しがみ付くように手に力が入っているのが伝わってきた。
 安心という名の拘束具で久織の行動を縛った後、俺はゆっくりと厚底のミュールを脱がしてやり、ショートパンツを抜き取った。その間、通りから何人かがこちらを見てぎょっとしていたが、今暴れられても困るので彼女には言わないでおいた。

「どうだ?」
「……ドキドキしすぎ、んっ! て、……わかん、ない……っ」

 今脱いだものを俺のバッグにしまう。久織の視線がへばりついていたが、チャックを閉めると完全に諦めたのか溜息をついた。
 俺の問いかけに対する返答も、心なしか少し投げやりだ。もうどうにでもなれという気持ちになってきたのかもしれない。

「今からドキドキしすぎていたら、後が持たないぞ」
「え……」
「ずっとここで隠れているつもりか? 行くぞ」
「あ、せんせ……っ!」

 それならそれで構わない。露出というのは思い切りだ。身を焦がすような躊躇いも、過ぎれば足枷となる。多少はポジティブな思考がないと身動きが取れない。それがたとえやけっぱちで強制されたものだとしても。

「うぅ……」

 久織を置いて、一人で通りに出た。路地裏に取り残されたその顔には、悲壮感すら漂っている。思ったより情けない顔をしているのが可笑しくて愛おしくて、少し笑ってしまった。
 時間が許せばいつまでも見ていたかったが、あまり目立つ行動もしたくない。捨て猫のように蹲る彼女に手を伸ばした。「まだついてこれるか」という暗喩は、能力を使わなくても彼女なら汲み取るだろう。

「……っ!」

 心が折れるには、まだ早い。果たして久織は、一度深呼吸をした後、駆けるように通りへと飛び出してきた。
 溺れた人間が救助の浮き輪にするように、急いで俺の腕をかき抱く。その力は今までで一番強かったように思う。そのまま、ぎゅっと目を閉じ硬直する彼女。その姿がたまらなく庇護欲を刺激して、半ば無意識にキスをしてしまった。
 褒めるように、労うように、まさぐるように。火照っている身体をさする。次第に力が抜けていくのが分かる。また何人かに凝視されていたが、彼女は気付かなかったようだった。

「ん……む」
「はむ……ちゅ……ぷ、はふっ……んぁ……」

 唇を離して見えたその顔は、もはや外を出歩いていい顔ではなかった。
 羞恥と、興奮と、未だアナルを抉り続けるディルドーの刺激。すっかり発情し切った雌の匂い。
 臨界点を超えたのが分かる。久織は白昼堂々、露出という名の性行為に嵌り始めていた。

「よし、行こう」
「う、ん……っ」

 促して、歩く。その歩行もおぼつかない。乳房と股間でツンと尖った肉芽は、触れれば破裂しそうなほど勃起し膨れ上がり、自らピアスを噛み締めているようだ。薄い布地を張り上げ、もはや誰が見てもそれと分かるほど存在を主張している。

「は……ぁっ!? ふ……ん、ぐ……っ!」

 ここぞとばかりにディルドーの振動を強めてやる。俯いた顔は跳ね上がり、視線は虚空を彷徨う。そして視界に入ったカーブミラーに映る自分の姿を見てしまい、また顔を伏せる。
 それでも歩みを止めない精神力はさすがだ。しかし、半開きの口からは犬のように荒く熱い吐息が漏れ、時折立ち止まっては明らかな嬌声を上げている。
 誰が見ても、性欲に溺れた姿だった。

「んああっ……! ひ、は……ひ……ううっ!」

 久織のアナルはまだ開発途上だった。拡張のため、マッサージと浣腸、日常的なディルドー挿入を行っているが、直接的な性感との紐付けはまだしていない。
 だが、この様子だと彼女は自らその快感に目覚め始めているようだった。どこかでスイッチが切り替わったのだろう。ただ排泄にしか使われなかった不浄の器官が、性的快感を得る道具へと変化した。そしてもどかしく、ともすれば不快だったかもしれないディルドーの異物感が、ここにきて性感帯と化した腸壁を抉る責め具となったのだ。

「アナルが気持ちいいのか」
「なん、か……変なん……だ、あっ!? ごりゅって、来る……たび、頭の、な、んっ! かがっ、……バチバチってぇ……え! あ、あっ!」

 断続的に訪れる刺激が、久織を軽い絶頂へと押し上げる。何度も、何度も。
 それは処女の彼女からすれば未経験の刺激で、待望の快感だっただろう。突如訪れた、立っていられないほどの快感。戸惑い、恐怖、そんな感情ごと快感が押し流していく。無防備な彼女に、抗う術はない。
 ここに至り、彼女のアナル性感は完全に開花した。

「見ら……れてる……のにっ! ぎゅうって、と、……とまらなっ……! う、く……うぅ!」

 そしてその圧倒的な奔流は、露出の快楽さえも飲み込み、リンクしていく。
 強烈な初体験を味わっている最中の身体が、心が、今の状況を覚えてしまう。露出し辱めを受ける自分と、快感に溺れる自分が、紐付けされる。
 それは新雪の雪原に足跡を残すが如く、くっきりと刻み込まれることだろう。もはや久織は、生涯この快感を忘れることはない。

「せんせ……せんせえっ! ボク、どうな……あ、んあっ! こん……んんぅっ、こわ……ひ……い!」
「大丈夫だ。受け入れろ。それが気持ちいいってことだ」

 久織は人目を憚ることもなく、通りの真ん中で絶頂を極めていた。
 大声を出しているわけではない。暴れているわけでもない。ただ突っ立ってぼそぼそと呻きながら震えているだけ。
 それでも、その姿は通行人の注目を集めるのに十分だった。その恰好、雰囲気、表情が、それだけ平和な昼下がりから浮いて見えたからだ。

「きも……ち、いいっ……!?」
「そうだ。それが気持ちいいという感情だ」
「きもち……い……! き……もち……いいぃっ!」

 それは少女という器に似つかわしくない妖艶さ。内側から漏れ出す淫気は異様ですらある。
 次第に声を抑える余裕もなくなり、紐付けを終えた心は遠慮なく嬌声を上げ始める。

「あああああっ! ボ、ク……っ、こん……な、きもち……ひああ!」

 ああ、なんて狂おしく、愛おしい。
 きっと、これこそが俺の求めたものだったのだろう。
 自身に留めておけないほどの濃密な淫欲。それを未だ男を知らない、いたいけな少女が抱えるというアンバランス。
 その姿を目に焼き付ける。見ているだけで暴発してしまいなほどの背徳の愉悦がそこにあった。

「あ、ひ……う、せ、せん……せ……っ!」
「……っ。なんだ」
「おしっこ……の、せん……とって……!」

 こちらを見る瞳にゾッとする。濁った黒に一瞬飲まれそうになる。
 気付けにこめかみを数度叩いた俺は、先ほど回収した鍵を使って、要望通りに尿道を塞ぐプラグを外してやる。

「あり……がと……っ!」

 蕩けた顔で笑みを浮かべる久織を見て、理性が吹き飛びそうになる。
 溺れていながら、まだこんな顔ができるのか。
 頭が痛くなるほどに熱くなる。

「……っ」

 人通りが増え、何人もの通行人がちらちらとこちらを伺っていた。露骨になっていく彼女の有り様に、不審な感情を抱いているのが分かる。
 だがそんなものは関係ない。通行人など、ただの舞台装置でしかない。こちらを見ていた全員に、『撮影か何かだろう』と、通報の必要性はない旨の思考をありったけ流し込んだ。面倒ごとを避けるためではあったが、何より今は二人の時間を邪魔してほしくなかった。

「く、は……ははっ」

 多数の人間へ同時に能力を使うなど、本来なら疲労でぶっ倒れるところだ。あまりの無茶に自分で自分が可笑しくなって思わず笑う。
 だが、不思議と今は容易く扱える。妙な高揚感が、頭のネジを何本か吹っ飛ばしたようだ。理屈は分からないが、それすら今はどうでもいい。

「ボク……さ……っ」
「……ん」
「いっぱい、おかしく……んっ、なっちゃ……った……!」

 プラグからポタポタと尿を滴らせながら、久織が呟く。その両手がそっと乳首とクリトリスへと伸びる。
 薬と日々の自慰行為によって淫らに成長した肉芽。そしてそれを飾るリングピアス。それだけじゃない。アナルは拡張され、いよいよ身を焦がすような性感を獲得した。喉はペニスを奥深くまで飲み込み扱く性器となり、最近では俺の小便まで飲み下せるようになった。辱められることに興奮し、そのくせ今まで一度もノーマルな性行為をしたことがない。
 そんな彼女を、俺が創った。

「せんせ……っ」
「ああ」
「ボク、の……こと、すき……?」
「ああ」
「こんな、でも……?」

 だから、この言葉は俺のエゴだ。
 久織に、そう言って欲しかったのだ、俺は。

 とんでもない変態と化してしまった自分を、それでも受け入れてくれるのか。不安と孤独感と、どうしようもない性欲を抱えて。思い、悩み。
 そして最後には俺に縋り、頼ってくれる。

 そんな都合のいい存在が欲しかったのだ。

「……。もちろんだ」

 万感の思いを込めて、俺は頷く。

「そっ……か。……なら、いいや。えへへ……」

 対して久織は、朗らかに笑った。その笑顔がやけに眩しく映る。
 俺に彼女の心中を読み取る能力はない。
 ただ、俺が想像するとおりであってほしいと、それだけを願った。

「ボク、がん……ばるね……っ」

 肩に掛けていたショルダーバッグを俺に預けてくる。
 久織にも、俺の心中を読み取る能力はない、はずだ。
 だが、後から思えば、この時の彼女は察していたように思う。
 俺が何を思い、何を望み、何を見ていたのか。

「は、ふ……んっ」

 息を吐いて一拍、その手がチュニックを掴み、上へと引き上げられていく。
 露わになる日焼けた肌と白い肌のコントラスト。最近大きくなってきた胸の膨らみ。周囲のざわめきが強くなる。
 「ふぅ」と、まるで脱衣所でそうするように服を脱いだ彼女は、どうだと言わんばかりにこちらに見て、それを手渡してきた。
 軽く触れた手は、震えていた。

「すきって、ん、ぅ……いってほしい、な……っ」
「好きだ」
「……うん。ボクもっ」

 羞恥、興奮、快感。それだけでは作り得ない表情。
 その足りないものに気付く前に、久織はゆっくりと俺の前を歩いていく。

「はぁ……ん、は……ぁっ」

 もはや誤魔化しは効かない。上半身は裸で、下半身は下着のような調教パンツ一枚。
 通りは先ほどまでより道幅も広がり、人の往来も増えていた。明るいうちから局部を晒して歩く姿に、あちこちから視線が痛いほど飛んでくる。

「あぁ……」

 証人だった。ここにいる視線の数々は。
 そして、承認でもあった。自らの変態性と、二人の関係性の。
 それを受け止める背中は、華奢で小さいのに。この上なく誇らしげに見えた。

「~~~っ!」

 ぷしゃっという水っぽい音。声にならない嬌声。久織の身体が一際大きく震える。
 それは強い絶頂だった。
 局部を隠すこともせず、見せつけるように歩いていた身体が、強烈な快感に耐え切れずガクガクと痙攣する。そして腰が砕け、膝から崩れ落ちていく。

「……っ!」

 久織が地面に倒れこむ前に、咄嗟に駆け寄り受け止めた。
 触れた手に感じる、身体の熱と汗。ポタポタと滴る果てた証。聞こえてくる荒い息。
 彼女は確かに絶頂へと達した。その事実に、見ていただけの俺も打ち震えた。

「久織……」
「……えへへ、イっちゃった」

 まったく、この子はどこまで俺を満たしてくれるのか。
 息も絶え絶えに笑うその顔を撫でようと手を伸ばして。

 その声が聞こえたのは、そんな時だった。

「こんなところで何をしているのですか!」

 それは、当然といえばあまりに当然な指摘の声だった。
 むしろ、今まで静止の声がないのが異常ともいえた。

 とはいえ、そうした邪魔が入らないように能力を使い、それぞれの思考をずらしていたはずだ。よほどの正義感を持つ人間でなければ、声を掛けてくることはありえないはずだった。
 だとすれば、これは……。

「あなたたちは、一体……っ!?」

 そうして思い至った仮説は、すぐに現実のものとして俺たちの目の前に現れた。

「あなた……小鳥遊さん!? それに、清心先生……っ」

 いくら能力で俺たちの邪魔をする不利益を説こうと。
 そんなものには目もくれず、己の信念のまま行動する人間は存在する。そのことを失念していた。

「主……任……っ」

 そしてその相手が俺たちの通う学園の学年主任で、顔見知りとなれば、是非もないだろう。

 せめて警察ではなかっただけ救いだったのだろうか。
 そんな判断をする余裕もなく、唐突に訪れたあっけない幕引きに、二人はただ呆然としていた。

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